アンナマリー
「爆発を感知! 近いっ!」
センサーが爆発を感知すると同時に、マリーは底面ロケット噴射! 大空に舞い上がった。毎度の事、猛烈な回転にヴィットは(ブッフェ~)と、しか言えなかった。
飛べば一瞬の距離、マリーは洞窟のある崖の前に着陸した。
「急に飛ぶなよ~」
頭を揺らしながらヴィットは言ったが、モニター中央に映る敵戦車より、丘の稜線付近の赤い物体に目を凝らした。
「マリー、何これ……拡大出来る?」
マリーは無言で拡大すると、そこには赤い装輪戦車があった。赤い迷彩の色調は少し違うが、短めの砲身や背部の機銃、対空レーザーも完全一致ではないが、シルエットはマリーにかなり似ていた。
しかし、砲塔のドクロマークはなく、更なる拡大でハッチから身を乗り出す少女にヴィットは見覚えがあった。
「あいつ……」
その瞬間、少女が乗る赤い戦車が発砲した。そして、敵の先頭の戦車が被弾すると思われた刹那! 砲弾は寸前で爆発した。
マリーの車内は発砲の振動で微かに揺れていた。
「マリー、あいつの砲弾撃ち落としたのか?」
「直撃なら、あの戦車の側面を抜かれてた……」
ヴィットの問いに、マリーは声を沈ませた。そして、少女がハッチ内に戻ると、赤い戦車は全速でマリーに向かって来た。
「何か分らんが、来るぞマリー!」
「……」
マリーは無言で回避行動に出る。だが、あっと言う間に赤い戦車は距離を詰めた。
「速い!」
ヴィットは回避する為の巨列なGに顔を歪めた。そして、擦れ違い様に同軸機銃を撃ってくる! マリーは片側車輪を急ロック! 車体を斜めにするとホイールロケットで横に躱すが、赤い戦車も六輪ドリフトで姿勢を制御! 銃口をマリーに合わせ続ける。
至近距離での機銃弾を電磁装甲が弾くが、激しい金属音と火花がマリーを包み込んだ。
「大丈夫かっ?!」
必死に踏ん張りヴィットは叫ぶが返事は無く、マリーは超急ブレーキの後に全速後退! 距離を取ろうとするが、赤い戦車は後部機銃でマリーの車体を舐める様に連射した。
更なる火花と爆音! 電磁装甲のアラームが破裂音に被さった。そして、モニターの警告灯が半分近く点灯すると、マリーは底面ロケット噴射! 大空に舞い上がるが、後ろからは対空機銃が高角を生かして追従した。
「まるで鏡だ!」
思わずヴィットが叫んだ。脳裏では、マリーと戦う相手はこんな感じなのかと冷静に思った。
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「何あれ……」
「マリーが二人や……」
抜け穴から出たリンジー達は、崖を上り洞窟の上部に出ていた。直ぐに視界に飛び込むマリー同士の戦闘。当然、片方は偽物だと分かるが、明らかに劣勢の方が敵でいてとリンジーは瞬時に思った。
「何なんだ……片方だけが発砲してる……片方は逃げるだけだ」
ケイティが唖然と呟くが、その言葉はリンジーの胸を締め付けた。至近距離で相手に深刻なダメージを与えるなら、マリーとヴィットは発砲なんて絶対しない。
だが優勢の赤い戦車は、お構いなく発砲して逃げる赤い戦車は火花と爆炎に包まれている……リンジーの胸は氷の刃を押し付けられる感覚だった。
「何とか通信出来る手段はないの?!」
リンジーは振り返り様、ケイティに叫んだ。
「ゴメン、急いでたから何も持ち出せてない」
ケイティが済まなそうに言った瞬間、今度はチィコがゴリマルに跨る。
「ダメっ!! あんたが行けば、マリーが不利になるっ!!」
「どないせって言うんやっ!!」
怒鳴るリンジーにチィコが怒鳴り返した。
「分かるでしょ……マリーはチィコを守る事に専念するよ……自分の事は後回しにして」
「そやけど……」
今度は優しくリンジーが言うが、チィコの大きな瞳から大粒の涙が流れた。
「見て。撃破された戦車がある」
落ち着いたケイティの声は、リンジーをハッとさせた。どう見ても、撃破された敵戦車の残骸に生存者はいない。
「偽物は敵と交戦したんだ。マリーなら、死傷者が出る撃破なてしない!」
叫んだリンジーは、今度はチィコに向かって叫んだ。
「チィコ! ゴリマルに頼んで! 私を敵戦車のとこに連れて行ってと!」
「分かった!」
チィコはゴリマルの頬を優しく両手で包み、涙を浮かべながら言った。
「ウチらの大切なマリーとヴィットが危ないんや。リンジーを下の戦車のトコに連れてってや」
ゴホっとゴリマルは頷くと、リンジーを抱え崖を降りる。
「あなた達は隠れてて!!」
リンジーの叫びが大空に吸い込まれる。ケイティは溜息を付くと、朝日に目を細めて言った。
「何かもう、凄いって言うか……メチャクチャ……でも、嫌いじゃないよ」
ケイティは笑みを浮かべながら、涙を拭うチィコの頭を優しく撫ぜた。
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マリー達は敵戦車を完全に無視して、超高速な接近戦をしていた。着地したマリーは、円を描くように回避運動を行うが、赤い戦車の包囲網は少しずつ距離を詰めていた。
「意味が分かりません」
「そうだな……」
急に始まった赤い戦車同士の戦闘。それは見た事もない超高速戦闘で、次の動作も忘れ唖然と見るだけだった。
「指揮官は誰っ?!!」
リンジーは崖を降りるとゴリマルを上に戻し、戦車隊の方に駆け寄りながら叫んだ。
「私が指揮官だが。君は?」
気付いた指揮官が、コマンダーズハッチから不思議そうに見下ろした。下まで駆け寄るとリンジーは大声で怒鳴った。
「砲塔にドクロマークは敵じゃない! もう片方を狙撃して!」
「意味が分からんが」
指揮官は首を捻った。
「あなた達の仲間を撃破したのは、片方の戦車よ!」
「仲間割れじゃないのか?」
「マリーは皆を助ける為に来たの!」
リンジーは声を枯らすが、指揮官にはうまく伝わらない。その時、他の戦車から通信が入った。
『最初に赤い戦車が発砲しましたが、砲弾は寸前で爆破されました。砲弾を狙撃したのは、後から来た戦車です……それがなければ、我々は全員戦死でした』
指揮官は一瞬考えるが、リンジー向き直った。
「あれほどの高速、同じようなシルエット。砲塔のマークを視認するのは難しいが」
「撃つてる方が敵! 逃げてる方を援護して!!」
聞き返す指揮官に、リンジーは怒鳴り返した。
「分かった。全軍、発砲している戦車を砲撃! 逃げてる方は撃つな!」
ニヤリと笑った指揮官がレシーバーに叫んだ。同時に発砲が始まり、赤い戦車の周囲に砲弾が着弾する。
しかも、残存八輌からの絶え間ない同時攻撃は、直撃は無いものの赤い戦車でさえ至近弾が多発した。
そして、数分の後、赤い戦車は稜線の彼方に消えた。
「追い払うので精一杯か……」
「ありがとうございました。」
指揮官は溜息を付くと、リンジーは深々と頭を下げた。そこに、マリーが埃だらけになりながら、やって来た。
「マリー! ヴィット!」
ハッチから顔を出したヴィットに、リンジーの喜びは爆発するがヴィットの顔は少し暗かった。そして、童顔のヴィットを見た指揮官は挟む言葉を失った。
「リンジー、チィコは大丈夫?」
「ありがとうマリー、チィコも無事だよ」
優しいマリーの声だったが、少し元気がない様に感じた。そして、ヴィットがゆっくりと口を開いた。
「マリー、そろそろ教えてくれないか? あの戦車は何者だ?」
マリーは暫くの沈黙の後、小さな声で呟いた。
「彼女はアンナマリー……ワタシの姉さんよ」




