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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第一章 始動
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攻防

 太陽が頭の上で全てを焼き、蜃気楼が見えない未来を揺らしていた。マリーの提案で、残存の中でも駆動系にトラブルのある車輌はタワーを中心に放射線状に配置され、正面にはデァ・ケーニッヒスが配置に付く。


 周囲の柔らかい砂地を考慮して、走行に問題無い軽戦車や中戦車が遊撃隊として前に出て、押しては引く引いては押すの時間消費戦を行う。


 動ける重戦車や駆逐戦車は、砂の固い場所や柔らかい場所を計算した上でハルダウンで相手を迎え撃ち遊撃隊を援護する。


 守る方が圧倒的に地の利がある。とくに不安定な砂地ではその差が大きい。作戦としてはオーソドックスだが、個人集団の賞金稼ぎに商売柄ヒットアンドウェイは信条で、逃げ脚こそがこの商売で生き延びる大きな資質だった。


 各個撃破の戦闘こそ賞金稼ぎの戦闘力が最大に発揮されると、マリーの作戦を全員が支持した。


「この丘陵は待ち伏せに最適ね、逃げ道も蛇行してて都合がいいね」


「敵はあの辺りから来るな、あそこは砂の粒子が他に比べて大きいから進撃し易いだろうし」


「あそことあそこに二両ずつ配備して、ヴィットの言う場所から来る敵を足止め出来る」


「それにこの丘陵の一番深い場所の周囲、ジィさん達が夜中に地雷原を作ってあるんだよね」


「そう、タワーの周辺にも味方の通路を確保しつつ、複雑な地雷原が出来てるよ」


「イワン達が怒ってたっけ、人使いが荒いって」


「対戦車地雷が足りないって、不良品の砲弾で即席地雷を作ってたしね」


「大丈夫なのか? 錆びてたやつだろ」


「発射は無理だけど、起爆装置と炸薬は生きてるから」


「そうか、それなら山程あったからな」


 威力偵察の最中に、ヴィットとマリーは話が弾む。追い込まれた様な恐怖心が確かに存在したが、話す事でかなり中和された。


「ヴィット、二時の方向に敵軽戦車!」


「向こうも偵察だな」


 ふいにマリーが敵戦車を発見し、砂の窪みに車体を隠す。ヴィットは索敵機能の低下したマリーを出て、砂山に伏せ双眼鏡を覗くと遥か彼方に大集団を見付けた。


「あの陣形は……」


「あれは典型的な一翼包囲攻撃ね。正面が貫通攻撃をしつつ同時に両翼が包囲、殲滅戦の基本陣形よ。それじゃあ、リンジーに連絡するね」


「無線、傍受されるんじゃ?」


「傍受させるの、その方が相手も警戒して攻めにくくなるし」


「そうか、別に相手をやっつけるんじゃなくて時間稼ぎだからな」


「取り敢えず偵察はやっつけとかないとね」


 言うが早いか、マリーは対空機銃を軽戦車の履帯にピンポイントに叩き込む。数発で履帯を破壊され、乗員は大慌てで退却する。


「機銃は撃てるの?」


「なんとか。飛行機なんかの高速移動目標はシステムのグレードダウンで出来ないけど」


 笑った様な声だったが、ヴィットはマリーの現状を思い出す。


「さあ、戦闘開始。敵の先陣が動き出したよ」


 更に明るいマリーの声に、ヴィットは返事が出来なかった。


__________________



 敵先頭の攻撃をジグザグに展開した味方が迎え撃つ。ハルダウンしたシュワルツ・ティガーが先頭の車輌を破壊した。直ぐに次の戦車が破壊された車両の陰から出て来る。


「後退だ、後方から側面に回り込む」


「了解」


 ゲルンハルトの指示にアクセルを蹴飛ばしたハンスは大声で答え、イワンは行進間射撃を繰り返す。


「弾薬は節約しろよ」


「当ててるんだからいいだろ!」

 

 残弾を気にするゲルンハルトに、イワンが笑いながら怒鳴る。サルテンバは包囲攻撃のその外側に隠れていた、味方の遊撃隊も等間隔で続く。


「チィコ、左翼の敵の背後に回り込むよ」


「オッケッ、でも大丈夫なん? 戦力差あり過ぎやで」


「相手を殲滅する必要はないの、とにかく時間が稼げればいいのよ」


「うちら、逃げ脚だけは早いもんね」


「そうよ、今回は本当の逃げるが勝ちだからね」


「どないしたん、声に元気があらへんけど」


「大丈夫よ、ちょっと疲れただけ」 


 自分でも気付かないうちに声のトーンが下がる、リンジーは強く目をつぶりマリーの事を思考から追い出した。


_________________ 



 正面に位置したデァ・ケーニッヒスでは、ガランダルの的確な指示が出る。賞金稼ぎとはいえ、素人の研究員に比べれば戦闘力は格段に違う。


「主砲、正面に弾幕。左右副砲は敵の包囲網の真中を突け。機銃座、軽戦車の脚を止めろ、索敵要員は対地対空監視を厳にせよ」


「中々やりますな」


「訓練された訳でもないが機転が利く、個人の技量は侮れないな」


 腕組みして関心するミューラーに、ガランダルも頷く。


「カッカッカ、最新型はよう命中するのぅ」


「わしも撃ちたいのぅ」


「わし、腰に来た」


 ポールマンは主砲の性能に大喜びし、ベルガーは装填席から羨ましそうに指を咥え、機銃弾を運んでいたキシュルナーが床に這いつくばる。


「のぅ、将軍閣下、ちょっと前進してもいいかのぉ?」


 操縦席から見上げるオットーは、動かしたくて仕方ない様子だった。機銃座ではバティースタが味方を誤射し、隣の大男に殴られている。


「……」


 ガランダルはその様子に大きな溜息を付いた。


__________________



「降着してます、敵は明らかに時間稼ぎをしている」


 マリー達の戦闘はジリジリと時間を消費し、進展しない戦況に副官は顔をしかめた。指揮官は頷くと、ゆっくりと口を開く。


「命令は二十四時間後に対象を確保しろだ。その為に少しづつ敵の戦力を削ぎ、最後の総攻撃の足掛かりとする」


「何故直ぐに攻めないんです、この戦力差なら一気に押せば直ぐに決着が付きます。それに、バンスハルに行くのが分かっていたなら、ここでの待ち伏せは幾らでも――」


「我々は命令に従うしかない」


 副官の顔を強張らせた具申を途中で遮り、指揮官は鋭い視線を向けた。


「自分には命令の意図が分かりません、何故に二十四時間後なのです」


「そこだ、敵はその時間を利用しているんだ。敵の指揮官が時間稼ぎをする戦略にこそ命令の意図があるはずだ」


「指揮官殿もご存じ無いと?」


「ああ、知らされて無い」


「それでは我々はどうすれば」


 副官は自分の手足が縛られ、その先を敵に操られている感覚だった。指揮官は視線を落とすと、静かに呟いた。


「悪魔が来る」


「今、何と?」


「イカロスが来る、九時間後だ」


「あれが来るんですね」


「ああ、丁度命令通りに二十四時間後だ。それが最後の攻撃になる、一気に敵の兵力を殲滅し主力部隊で対象の確保にあたる」


「そんな命令、いつ来たんですか?」


「つい、さっきだ」


 指揮官の声は微かに震えていた。しばしの沈黙の後、指揮官は作戦を告げた。 


「展開中の各車輌に作戦の変更を告げよ。無線ではなく伝令を使え……悪魔が来る、各車両は敵遊撃隊を出来るだけタワーから遠ざけろ、その隙に直援隊を攻撃、タワーから離れた場所に誘導、各部隊は敵と距離を取り後退、しかる後、総攻撃に移る」


_________________


「変ね」


「確かに変だ」


 呟くマリーにヴィットも頷く、明らかに敵の動きが変わった。押せば引く、引けば押すの戦闘を敵も始めたのだ。


「段々タワーから離れてる。いえ、誘導されてると言った方が正しいかしら」


「そうやな、あんなにチッこく見えるで」


 リンジーも不安に包まれた、ハッチから顔を出したチィコが遠くに霞むタワーを見た。


『右翼で包囲網を突破された、数で押して来たぞ』


「分かった、援護に回る」


 突然のゲルンハルトからの通信に、ヴィットは方向転換する。


「待って、やはり様子が変。ここはタワーの直援隊に任せましょう」


「何でだよ?」


「敵の意図が分からないよ。今、この左翼を離れたら味方の中央部隊が孤立するよ」


 マリーはヴィットを止めた、確かにヴィットにも胸騒ぎがあった。


『そうだな、ここはデァ・ケーニッヒスに任せるんだ。直援の後方部隊が前に出て応戦する』


「でも」


『心配するな、ガランダル大佐を信じろ』


 マリーの言葉を支持し、ゲルンハルトはヴィットを窘めた。戦闘は十数時間を優に超え、各自は疲労と眠気との戦いも始まっていた。交替で休息は取っても、絶え間ない敵の攻撃が体力と精神力を消耗させ続けていた。


___________________



「右翼から敵、包囲網を突破、約二十輌、急速接近中」


「ジィさん、方向転換、敵に鼻を向けろ。対戦車戦用意、主砲は隊列の中央から狙え、副砲は先頭を効力射」


 ミューラーからの報告にガランダルが指令を発した、デァ・ケーニッヒスはその巨体を方向転換すると、各砲門が一斉に開く。


「なんてぇ、集中火力だ。防御も凄いぜ、八十八ミリを跳ね返しやがった」


 イワンがデァ・ケーニッヒスの一斉射撃と防御力に、あんぐりと口を開ける。敵はあっという間に散り散りになる。


「待て、右翼の一番端からも新たな敵だ」


 双眼鏡で見たいたゲルンハルトは、右翼の端の異変に気付く。ゆっくりとデァ・ケーニッヒスがそちらに指向し直すと、撃破した敵の後ろからも新たな敵が姿を現す。


 直ぐに後方の直援部隊が迎撃に向かう、しかし小競り合いを繰り返すと敵は直ぐに後退する。


『何か嫌ね、やっぱりタワーから引き離そうとしてるみたい』


「それにしても変よ、こちらと同じに時間稼ぎしてる」


 見ていたリンジーを悪寒が襲い、無線越しの声も震える。マリーも正直な疑問を口に出す。


「確かにおかしい、何なんだ敵の意図は?」


 双眼鏡に目を当てたまま、ゲルンハルトは呟いた。


「後、六時間か……」


 呟いたヴィットの嫌な予感は、かろうじて明るい月が支え、朝には終わるんだという希望だけが、今のヴィットを動かしていた。


___________________



 戦闘は散発的になり時間だけを浪費した。深夜を過ぎ、疲れ果てていても眠ることなんて出来ず、各自の疲労は肉体的にも精神的にもピークを迎えている。


 長くて苦しい二十四時間は、終わりを迎え様としていた。やがてゆっくりと日が昇り始め、朝焼けの光がそんなヴィット達に微かだが元気を復活さた。


 そして、目的の二十四時間が間近に迫ると敵の意図が判明した。


「レ、レーダーに巨大な飛行物体。これ、壊れてるんか?」


 目を疑うTDがレーダーをドンドンと叩き、信じられないと言う顔でミューラーに振り向く。確認したミューラーが、ゆっくりとガランダルに報告した。


「この大きさ、まさかとは思いますが」


「イカロスか……」


 ガランダルの血の気が引く。航空戦艦イカロスは、翼長五十メートルにも達する巨大三日月翼機で、全身を戦車並の装甲で覆い、櫛型に配置された十六基のレシプロエンジンで時速五百キロで飛行する。


 小型徹甲爆弾数百発の絨毯爆撃で、広範囲の敵機動部隊を殲滅。精密攻撃には腹部に配備された十門の主砲で、直上より砲撃。飛来する敵戦闘機は、その強靭な装甲で防御し、二十基にも及ぶ対空砲座が撃ち落とす。


 難攻不落の、まさに空飛ぶ戦艦であった。


「全車輌に通達。デア・ケーニッヒスを残し、撤退せよ……逃げるんだ」


 少し沈黙の後、ガランダルはゆっくりと指示した。


「しかし……」


 ミューラーがガランダルの目を見る。


「パンドラとて例外ではない、奴の前では戦車など無力だ……例え我々が航空戦力を持ってたとしても、戦闘機では奴は落とせん。最後の切り札は敵が持っていた……それだけだ」


 握りしめた拳に血が滲む、ガランダルは震えながら呟いた。


________________



『……聞いたか……撤退するぞ』


 神妙なゲルンハルトの声が、通信機に絡み付く。


「何でや? うち等にはマリーがおんねんで」


 鼻息も荒くチィコが怒鳴る。


「マリーでも無理よ……敵の作戦はタワーからから私達を離し、一気に殲滅する作戦よ。その後で一度後退した敵が、一気に中央突破。ほら、時間も二十四時間ぴったり」


 リンジーは優しくチィコの肩を抱く。


「そんな事無い、なっマリー、大丈夫やな?」


 リンジーの手を振り解きチィコは通信機を掴む。


『皆……逃げて……』


 応答するマリーの声に、いつもの歯切れ良さはなかった。


「マリー……」


 チィコの声は掠れて落ちた。


『とにかく、広範囲に散らばれ。固まると狙われる』


 ゲルンハルトも続けて声を落とす。


「逃げ切れるかな……」


 イワンが小さく呟く。


『大丈夫。ワタシが時間を稼ぐ、ヴィット……』


 声に元気を込めたマリーはその後の言葉を濁す。


「それ以上言うと怒るぞ。それと、ペイルアウトは二度とゴメンだからな」


 腕組みしたヴィットが静かに言った。その目は怒っているのとは違う様だが、メラメラと炎が満ちていた。


「ごめんなさい……」


 通信機越しに二人の会話を聞いていたリンジーは沈んだマリーの声と、その奥の意味が分が胸に染み込んだ。


「嫌やっ! マリーだけ残して! うちは嫌やっ!」


 泣き叫ぶチィコに誰も言葉を掛けれない、沈黙は悔しさを耐える各自の仕草が現わしていた。


『チィコ……心配しないで、必ず戻ってくるから』


 優しいマリーの声に、泣きじゃくるチィコは小さく頷いた。


「絶対やで、絶対の絶対やで」


『うん、約束する』


 その穏やかな声は、無線を聞いてた者達全ての胸を激しく圧迫した。


『撤退だ……』


 ゲルンハルトの声に、各車輌は四方に撤退を開始した。


_______________



「で……どうしますか?」


 皆を見送り誰も居なくなると、ヴィットは広大な砂の外輪山を見た。朝焼けの砂丘は明るく光を反射し、開いたハッチからは冷たい空気の匂いが流れ込む。


「あんまり寝てないでしょ……ヴィット、眠くないの?」


 マリーはワザと質問と違う答えを言う。


「体中痛くて、眠くなんかないよ」


 アチコチ擦ったヴィットは苦笑いする。


「ごめんね、時間を稼ぐには飛ぶしかないの。滞空時間はせいぜい五分、それ以上だとヴィットが……」


 静かにゆっくりとマリーは話す。


「また飛ぶのね……」


 前に飛んだ時の地獄が蘇る。一瞬、降りて見てよかなとヴィットは思う。


「ヴィット……ワタシね……」


「最高は何分飛べる?」


 マリーの言葉を遮りヴィットは強く言う。


「十分ぐらいは……」


「そう……」


「でも五分が限度だよ、ヴィット、本当に死んじゃうんだから」


 声を震わせるマリーにヴィットは微笑んだ。


「何、要はどれくらい我慢出来るかだ。皆を逃がす為に時間を稼ぐ……マリー、本当のとこ勝ち目は無いのか?」


「……うん……至近距離ならロケット榴弾が有効なんだけど、残弾七発。それだけじゃあ、イカロスには致命傷は与えられない。それに対空砲座の弾幕は、近付くのさえ簡単じゃないの。せいぜい撹乱するのがいい所」


「そうか……」


 砂丘の外輪山の遥か上方に、点滅する光を確認したヴィットは静かに頷いた。


「行くよ」


 マリーは底面のロケット噴射で急上昇する、高度はイカロスと同等。四隅のホイールからの噴射で、マリーは回転を始める。


「やっぱ無理っいっ!!!~」


 ヴィットの悲鳴が白みかけた空をを駆ける。


「反対側に誘導するよ!」


 マリーは皆の逃げた方向と反対側に飛ぶ。未確認飛行物体となったマリーは、イカロスの進行を招くのには成功した。しかしマリーの飛行には前の様なキレが無いのは、誰の目から見ても明らかだった。


「マリー……あなた……」


 リンジーにはマリーの痛みが手に取る様に伝わる、高機動で飛ぶ事はヴィットの命を削る事と同義なのだ。しかも、今のヴィットは怪我をしている。

 

 全身の打撲と数えきれない裂傷は、本当は立ってられない位に痛みを伴っているはずだ。

 

 震えが来る程にリンジーは我慢したが、大粒の涙が頬を伝う。その横ではチィコが、拭わない涙の河を流し続けていた。


 マリーはイカロスの対空砲座を狙っていた。しかし確実な直撃も、その装甲が簡単に防ぐ。もっと接近したくても、お返しの対空砲火は凄まじい数でマリーの車体を殴打する。


 回避しようと回転を上げると、Gがヴィットを容赦なく締め上げ苦痛に顔が歪む。瞬間マリーは回転を落とす、それは運動性の低下に繋がり被弾の確立を上げた。


 電磁装甲も度重なる戦闘の影響で機能の低下は著しく、吸収しきれない衝撃にマリーの車体がバランスを崩す。更に複雑で強烈なGに被弾の衝撃が加わり、ヴィットに出来る事は前より激しい悲鳴を上げる事だけだった。


(グゥエッ!!)(ギィヤャアア!!)(おごわっ!!)ヴィットの悲鳴はマリーのココロを押し潰し、張り裂けそうな痛みは精神の限界へと導く。


「もういやっ!!!」


 ほんの二分で、マリーのココロが耐えられなくなる。


「まっ! だだっだだぁああ!!」


 ヨダレと供に、ヴィットが叫ぶ。苦痛の叫びは咄嗟のマリーの判断力を失わせ、狂い始めたマリーの思考は大きな過ちを犯した。


 少しでも衝撃を無くそうと、マリーは更に回転を緩めながら……下に回り込んだ。


『やめてっえ!!』


『ダメやっあ!!』


 リンジーとチィコの泣き叫びが、通信機の向こうで炸裂した。


 イカロスの主砲がマリーを直撃する。瞬間に電磁装甲を展開させるが、その弱体化した防御力は既に限界に達し、更に砲撃はマシンガンの様に強烈に連続する。


 耐えきれない衝撃にマリーの警報装置が破裂し、モニターの一部も爆発すると車内は火花と煙に包まれた。


「しっかりしろ!!」 


 マリーの意識が飛びそうになる。しかし、ヴィットの叫びが寸前で踏み止まらせる。この高度からの墜落は、ヴィットの死を意味する。マリーは力を振り絞り、イカロスのとの距離を取った。


 砂丘の外輪山の麓に黒煙をなびかせ、マリーは着陸態勢に入る。全方向からの引き裂かれる様な激痛に耐え、マリーは薄れる意識をねじ伏せる……ヴィットを守る為に。


 着陸と同時にマリーの意識は、遠く彼方へと消えた。


「マリー……どうした? 体制を立て直してまたいくぞ!」


 首を振り、肩を押さえたヴィットが痛みに顔を歪めながら叫ぶ。しかしマリーからの返答は無い。ただの壊れた機械の様に、少しの火花と煙を漂わせるだけ。


「……マリー……」


 ヴィットの胸に最悪の結末が押し寄せる、放心状態のココロは灰になりかける。


『……イカロ……ス……が、そっちに……逃げて!』


 リンジーの叫びが、煙を上げる通信機から途切れる。


「マリーを置いて行けない……」


 ヴィットはそっとマリーの車体を撫ぜた。


『死んじ…ゃう…よ! ヴィッ…だけ…でも…逃げて!』


『もう……嫌…やっあ!!』


 リンジーとチィコの泣き叫ぶ声も、今のヴィットの耳には届かない。


「行くよ……マリー……今度は俺が守る」


 口元だけで笑うと、ヴィットは落ちていたヘッドギアを被った。


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