本物の悪魔
暫くの間、ケイティの話す”赤い戦車”の事を聞いていたリンジー達だったが、チィコが頭から湯気を立てた。
「そんなモン、マリーとは別人や! マリーはそんな事、絶対にせえへん!」
ブルブルと肩を震わせ、チィコの大きな瞳には涙が滲んだ。
「大丈夫。マリーとは別人だよ……チィコはマリーを信じてないの?」
優しく声を掛けるリンジーの顔を、チィコは真っすぐに見て呟いた。
「信じてる……」
「私も信じてる」
そう言って抱き締めたリンジーを、チィコは強く抱き締め返した。
「……あの、何かゴメン……ボクも聞いただけで……別人だよ、きっと」
ケイティは済まなそうに言うが、マリーに対し”別人”と言った事に、不思議と違和感は無かった。
それから、ゆっくりと時間は流れた。最初は気まずそうだったケイティに、リンジーは穏やかな口調で言った。
「あなたは噂を話してくれただけ。私もチィコも気にしてないから」
「そうやで。ウチも気にしてへんからな」
チィコが笑顔で言うと、ケイティにも笑顔が戻った。だが、その時洞窟内に警報が鳴り響いた。
「どうやら、見つかったみたい」
「相手は組織なの?」
「ええ。規模は分からないけど、戦車や特殊部隊が来たみたい。組織の狙いはボクとゴリマル達、あなた達は関係ない。奥の抜け穴から逃げて」
リンジーの問いに、ケイティは警報装置のデータを見ながら言った。
「サルテンバは置いてきちゃったし、丸腰はツライわね」
普通にリンジーは言った。
「そやなぁ……でも、もう直ぐマリーとヴィットが来てくれるで」
「えっ? だから、あなた達は逃げるのよ!」
「ダメよ。皆で逃げるの、戦闘はナシ。時間を稼げばヴィットとマリーが来てくれるから」
「ヴィット?」
不思議そうに聞くケイティに、リンジーは少し頬を染めた。
「ええっと、マリーの相棒よ。まあ、その、操縦者ね」
「ふぅん……」
ケイティは見逃さず、リンジーの赤くなった顔を覗き込む。
「何しとんねん。はよ行くで」
チィコはゴリマル達の柵を開けながら、横目で笑った。
「あっ、ダメよ。三体同時に制御するのは難しいから……へっ?」
慌てたケイティの目がテンになる。ゴリマル達は、素直にチィコの言う事を聞いていた。
ゴリマルにはチィコ、イノマンにはリンジー、クマタンにはケイティが乗って抜け穴を進んだ。初めは戸惑っていたケイティだったが、心配そうに振り向いたクマタンの頭を優しく撫ぜるのだった。
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「あの洞窟だな」
「はい。周囲は取り囲みました。自然窟の様ですが、一応抜け穴の有無の確認中です」
指揮戦車のコマンダーズハッチから双眼鏡で見ながらの指揮官の問いに、副官らしき男は答えた。朝日が目に眩しかったが、太陽の明るさは自分達に有利だと指揮官の男の口角は上がる。
「そうか……敵兵器は猛獣のサルやクマだ。しかも装甲があるとなれば、生身の兵では分が悪い……か」
指揮官は独り言の様に呟いた。
「突入は考えますね」
「研究者の確保は見送って、榴弾叩き込むか……」
他人事みたいな副官の言葉に、指揮官は口角を更に上げた。
「出来れば新型照準器と散弾を試したいのですが」
副官も口角を上げる。
「そうだな、獣達を炙り出すか……」
「スモークグレネードでしたら発射準備完了です」
指揮官の声に副官は即答した。
「それでは狩りを始めよう。戦車隊は一列横隊。各車、散弾を装填!照準合わせっ!」
指揮官は咽喉式マイクに向かって叫んだ。
「スモークグレネード発射!」
副官は、指揮戦車の横でランチャーを構える特殊部隊の歩兵に指示を出した。声と同時に三方から洞窟の入り口に向け、グレネードが発射された。
灰色の煙の尾を引き、グレネードは洞窟の中に入る! 数秒後、爆発の炎と爆煙が洞窟から吹き出した。
だが、幾ら待っても洞窟から何も出てこなかった。
「抜け穴か……それとも、装甲壁でもあるのか?」
「逃げ出して日が浅いですから、抜け穴の方が現実的かと……ですが、まだ捜索隊からの連絡はありません」
腕組みする指揮官に、副官は直ぐに返答した。
「二両を残し、後は洞窟の左右に回り込む!」
「5号車から8号車は左を索敵! 9、10号車は、その場で待機。残りは指揮車に従い右に向かう! 特殊部隊は各自散開! 即応態勢を維持!」
指揮官に続き、副官は指令を出した。
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「日が昇るな」
一旦マリーが止まると、ハッチから顔を出したヴィットが、木々の間から差し込む朝日に目を細めた。
「森に入ったら、足跡が消えた……木の上を移動しても追えると思ったけど……リンジー達の匂いが木々の臭いに消されて……」
森に入ってから、マリーの追跡速度は顕著に低下した。咽る様な緑の匂いは、マリーの索敵能力を弱体化させた。焦りと苛立ちがヴィットに伝わるが、ヴィットは明るい声で言った。
「大丈夫だよ。ゲルンハルトさんも言ってただろ、会話が出来てチィコは笑ってたって」
「……でも」
マリーの声は情けなかった。
「よし。深呼吸だ。マリー集中して」
「分かった」
ヴィットの自信に満ちた声は、マリーに勇気と元気を与えた。センサーの感度を研ぎ澄まし、リンジー達の匂いのデータを精査する。余分な緑の匂いをデータ化して排除すると微かに残るリンジーの香り……。
「見付けた……」
マリーはエンジンを始動すると、蜘蛛の糸の様に細いリンジー達の香りをゆっくりと追い始めた。ヴィットは笑顔で、その様子を見守っていた。
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『こちら10号車! 後方より攻撃! 9号車被弾、撃破!』
ふいにレシーバーから、声が炸裂した。指揮官が聞き返す前に、矢継ぎ早にレシーバーが怒鳴った。
『ハッ速すぎる! 照準が……追い付かない!……ドッガガッ! ピー……』
声のコンマ数秒後、爆発音と雑音を残しレシーバーは沈黙した。
「全車入り口に戻れ!」
指揮官が叫ぶと同時に各車反転、入り口を目指した。そして、入り口の光景は指揮官を唖然とさせた。
「撃破だと……」
「新型のMBTが……複合装甲を貫通されている……対戦車兵器を装備してるなど報告にない……」
指揮官は唖然と呟き、副官も悪寒に包まれた。
『洞窟入り口上方! 赤い戦車!』
指揮官のレシーバーから報告が飛び込む。
「赤い戦車だと!」
指揮官が顔を上げると同時に、通信が入った。その声は、少女の様な声だった。
『あなた達は誰?』
「お前がやったのか?!」
思わず指揮官が怒鳴った。
『先に撃ったのそっちよ……』
通信が途切れる同時に、赤い戦車は洞窟の上から垂直に近い壁を滑り降りる!
「撃て!」
指揮官の叫びと同時に各車が一斉に砲撃を開始する。だが、砲弾は赤い戦車の残像に吸い込まれる様に炸裂するだけだった。装填速度が速いMBTの連射が出来ても、照準は全く追いつけなかった。
赤い戦車は地面に降りると、想像を遥かに超えた機動で砲弾を搔い潜る。
「散弾だっ! 装輪を破壊しろ!」
指揮官の指示に、各車散弾を発射するが散弾の散布域などスローモーションみたいに簡単に躱して、必殺の反撃は至近距離からの発砲だった。
先行していた二輌が、あっと言う間に被弾! 撃破された。
「短砲身、小径の砲でも至近距離なら抜かれる……」
唖然と呟く指揮官の横で、副官が怒鳴った。
「各車後退! ハルダウンしろ! 特殊部隊は援護射撃! 数で圧倒しろっ!!」
特殊部隊員は各自に対戦車ロケット砲を発射! 無数の砲弾が戦車の撤退を援護した。
それでも赤い戦車に直撃は望めなかったが、味方戦車の後退には援護出来た。赤い戦車は少し距離を取り、丘の稜線付近で停車した。
『どう? まだやる?』
可愛い少女の声に、指揮官は背中に流れる汗を止められなかった。




