悪寒
「潜伏先の特定が出来ました」
指揮車両の中で、指揮官らしき壮年の男は報告を受け顔を綻ばせた。
「やっと仕事が出来るな」
「はい。試作品は全て排除して、研究員は捕獲せよとの命令です……デッド・オア・アライブで」
報告した男は、無表情で言った。
「そうか……仕方あるまい」
言葉とは裏腹に、指揮官らしき男は口角を上げた。
「特殊班30名、戦車10両で強襲します」
「大規模だな」
他人事みたいに言う男に報告した男は、また無表情で言った。
「報告された試作品は三体。戦闘力は未知数ですが、カタログデータではかなりの戦力だと推測されます」
「たかが獣に鎧を着せただけだ」
指揮官らしき男は吐き捨てた。
「そうですね。どの様な装甲かは不明ですが、戦車砲の直撃に耐えれれるとは思えません」
「まあ、当てる事が前提だがな」
ニヤリと笑う指揮官らしき男に、報告した男も笑みを返した。
「新型の照準器が試せます」
「相手は獣だ、動きが速いぞ。弾頭は散弾がよいのではないか?」
「対人用では不足ですので、新型弾頭は対装甲車両用散弾です。散布域も広く、軽戦車程度の装甲なら簡単に貫通します」
「万全だな……それに、例の赤い奴に出会うより余程マシな作戦だ」
指揮官らしき男は、満足そうに笑った。
「そうですね……物凄くマシだと思います」
報告した男も、安堵の息を漏らした。
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「それでね、ええっと……マリーは、どんな”娘”なの?」
ケイティは赤面しながら言った。
「ええ子やっ!!」
チィコが即答すると、隣のリンジーも微笑んだ。
「そうだね。とっても良い子だよ……マリーはね……」
リンジーは初めて会ってからの色々な出来事を、紡ぐ様に静かに話した。黙って聞いているケイティは、たまにゴリマル達に穏やかな視線を移した。
そして、聞き終えたケイティは少し笑った。
「そうか……最近聞いた事は、何かの間違いだったんだ」
「最近聞いた?」
違和感を感じたリンジーは、ケイティの方を怪訝な顔で見た。
「多分プロパガンダだよ……組織はマリーに、やられ放題だから」
笑顔を向けるケイティに、リンジーは最初から思っていた質問をブツけた。
「こちらからの質問だけど、此処は組織の施設じゃなさそうね」
明らかに粗末? 否、質素な感じは違和感しかなかったから。
「そうだよ。此処は組織とは関係ない、ボクだけの研究所」
ケイティはまた、少し笑った。
「何や分からんけど、逃げて来たん?」
ポカンとチィコが聞いた。”直球”かよ! とリンジーは思ったが、笑顔でケイティは返答した。
「うん、逃げて来た」
「どうして逃げたの?」
リンジーが被せる様に聞くが、答えは分かっていた。ゴリマルの音声で聞いた”動物達と分かりあいたかった”と言う言葉が全てを物語っていたから。
「……ボクだって生体兵器の開発として研究していた……けど、あの子達のふとした仕草には……あったの……”ココロ”が……」
急に俯いたケイティは、言葉を絞り出した。
「そっか……正解だね」
「えっ?」
笑顔のリンジーに、ケイティは顔を上げた。
「あるに決まってるよ、生きてるんだから」
「そうや、良い子達や」
また、リンジーは微笑み、チィコはゴリマル達に満面の笑顔で抱き付いた。
「……うん」
ケイティはチィコ達に視線を向けて、こちなく笑った。そして、リンジーは気になったケイティの言葉をもう一度聞き返した。
「それで、プロパガンダって奴、少し聞かせて」
「そうね……最近の事なんだけど、この先の山岳地帯の反対側に出没する赤い戦車の噂」
ケイティの言葉に、瞬時にリンジーは演算する。マリーとは、ずっと一緒。山岳地帯の反対側は国境に近く、山賊の巣窟。マリーが山賊の討伐に行った事実は存在しない。
「その噂って?」
リンジーは少し顔を顰めた。
「キミ達の話を聞けば、マリーとは完全に違うよ。噂では赤い戦車が盗賊たちを討伐してるって……普通に撃破で」
「普通に撃破?」
ケイティの言葉を聞き返リンジーの背中は、悪寒に包まれた。
「うん。乗員諸共にね……そして、赤い戦車の乗員は長い髪の女の子だって話だよ」
一瞬、ヴィットなら女の子の見えるかもしれないと思ったが、長い髪ってワードがリンジーの胸を締め付けた。




