洞窟
連絡を受け駆け付けたヴィット達が、ゲルンハルトからの説明を聞いていた。
「その大猿とリンジーは話していたんですね」
腕組みしたヴィットは、地面に残る大きな足跡に視線を落とした。
「危害を加える気は、なさそうに見えた」
「ああ、チィコは笑っていた」
真剣な顔のゲルンハルトの横で、イワンは俯いた。
「大丈夫だよ。アイツら食べても腹を下すだけだから……それに、ゴリラは草食だから肉は食べないよ」
「……」
明るくヴィットは言うが、イワンは無言で目を逸らせた。
「今までの状況から考えると、明らかに人工物だな」
「全部が機械か、それとも生体に機械を組み込んだか……それより、捜索はどうするんだ?」
暗くなりそうな雰囲気を察したTDは話を変え、コンラートも先を急ぐようにヴィットに視線を向けた。
「マリー、痕跡を追える?」
直ぐにヴィットは切り替えた。相手が何であろうと、まずはリンジーとチィコを捜索するのが先決だと。
「足跡の形は覚えたから、追えるよ。最後に向かった方向は?」
マリーは足跡をトレースした後、ゲルンハルトに聞いた。
「あの山の方角だと思う……だが、手前は深い森だ。木を伝わって逃げてたら痕跡が消えるかもしれないぞ」
「多分、大丈夫。二人を抱えていたら両手が使えないから、地面を行くしかないと思う」
「そうだね、マリーの言う通りだ」
マリーの説明に、ヴィットは納得した。
「それに、木の上逃げてもリンジーやチィコの匂いは覚えてるから」
「えっ?」
続けるマリーの言葉に、ヴィットは目がテンになった。
「ワンコロか……」
少し気が楽になったイワンも苦笑いした。
「索敵用に視覚と嗅覚、聴覚のセンサーもあるんだよ」
明るい声でマリーが言うと、顔色を変えたTDが詰め寄った。
「何ですと! ちょっと見せて!」
「はいはい、帰ってからね」
苦笑いのヴィットが背中を押して、隅に追いやった。
「捕って食うつもりは無いようじゃが、急ぐのじゃ」
マリーに乗り込んだヴィットに、オットーが親指を立てた。
「分かった!」
元気よく返事したヴィットは、不思議と落ち着いていた……それは、世界で一番頼りになる小さな赤い戦車が一緒だったから。
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「ブッフォ~! ヴィットの気持ちがわかるっ!!」
高速で走るゴリラに、小脇に抱えられ真正面からの風圧で息も出来ないリンジーは、思わず叫ぶ。高速回転のマリーの中で、ヴィットがどう言う状況なのか分かった気がした。
「キャハハ~!!」
そんなリンジーとは裏腹に、チィコは大喜びで叫んでいた。そして、もう少しで酸欠になりそうな所で、目的地に到着した。そこは、予想通りと言うか山の麓の洞窟だった。
ゴリラは、そっとリンジーを地面に降ろすと先に洞窟に入って行った。チィコは肩に乗ったままなので、慌ててリンジーも後を追った。
先に進むと、途中から壁はコンクリートに覆われ巨大な鉄の扉があった。
「如何にも秘密基地ね」
呟いたリンジーだったが、その扉が開くと目を見開いた。そこには、想像していた数多くの機器などはなく、巨大な檻の中に牛くらいはある猪と、立ち上がれば3メートルは優に超す熊がいた。
「クマさんに、ブタさん!」
大喜びのチィコは、大猿の肩から飛び降りると檻の前に走った。
「ブタさんじゃなくて、イノシシだよ」
苦笑いのリンジーだったが、クマも猪もその巨大な身体とは裏腹に円らな瞳で可愛い顔だった。
「危ないから……」
必死で触ろうとするチィコの服を後ろから引っ張って、リンジーは部屋の隅に誰か居るのに気付いた。人影が明るい場所に出ると、更にリンジーは驚いた。
そこには白衣を着た、少女が居たからだった。
「ようこそ、ボクの研究所へ」
聞き覚えのあるボーイソプラノが、大猿の外見と重なりリンジーの思考を停止させた。
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「マリー、どうだ?」
「足跡が少し変だよ……」
ヴィットの問いに、マリーは言葉を濁した。
「どう、変なんだ?」
「つま先の後が続いてる……」
「それって」
「そう。全力疾走だよ……歩幅から推定して、100km/h以上出てる」
「厄介だな」
ヴィットは眉間にシワを寄せた。
「うん。だから、超速機動が可能なんだね」
マリーの言葉は、最初に接触した時に感じた違和感と重なった。機銃弾を跳ね返す装甲、榴弾さえ回避する機動性は未知の姿を曖昧にさせた。
「もう直ぐ森に入るけど、追跡出来る?」
目前に迫る森に、ヴィットは不安を過らせた。
「大丈夫、かなり強く地面を蹴ってるから痕跡は残るよ」
こんな時でも、マリーの万能性はヴィットを内側から支えてくれた。
「とにかく急ごう、嫌な予感がする」
「分かった」
マリーは速度を上げた。




