真珠の耳飾りの少女
村に到着したのは、次の日の夕方だった。村は山間部にあり、深い森林に囲まれた風光明媚な場所だった。
また、村と森林の間には広い牧草地があり、壮大な山々は頂に冠雪を有して、緑と白のコントラストが夕暮れのオレンジと相まって、絵画の様な美しさだった。
しかし、ヴィットは森林の深さを懸念した。深い森ではマリー以外では行動が制限され、捜索や戦闘は困難を予想させた。
出迎えた村長は想像より若く、40代後半ぐらいで整った顔立ちと無精髭が更に若く見せていた。
「お待ちしてました。村長のデーラーです」
デーラーは歩み寄ると、ゲルンハルトと握手した。
「宜しく」
握手を交わすと、デーラーは漆黒のシュワルツティーガー見ながら笑顔を向ける。
「まさか高名なティーガーⅠで来られるとは、もう安心です……それで、あの見た事もない戦車は?」
今度はサルテンバに視線を向けたデーラーに、リンジーが簡単に紹介した。
「父が開発したプロトタイプなので量産はされてませが、自動装填システムを採用した2名乗車の新型です」
「あなた達二人で動かすのですか?」
驚くデーラーは、リンジーとチィコに目を見開いた。
「そうやで、ウチが操縦でリンジーが車長と砲手や」
「そうですか、うちの娘と同じ位なのに……」
幼く見えるチィコや細くて小柄なリンジーを見返し、デーラーは目を伏せた。ヴィットは次は自分の紹介の番だと前に出ようとするが、今度はオットーの方に向かうデーラーだった。
「まさに、歴戦の勇者ですね。弾痕さえ、風格がありますね」
確かにマチルダには歴戦の貫禄はあり、言動や行動を知らなければ、枯れ果ててクタびれたオットー達の容姿も頼もしく? 見える? かもしれない……。
「マチルダとは新兵の時からの付き合いじゃ。経験と実践に裏付された、正に鋼鉄の手足。例え旧式でも、動かす者次第では最新型にも引けは取らないのじゃ」
ワザとなのか、オットーは凛とした威厳のある声で言った。
「なるほど……正に、こちらのチームの精神的主柱なのですね……更に、あらゆる事態を想定したサポート態勢も万全と言う事ですね」
大いに納得したデーラーは、TDの装甲車に積まれた無数の資材に目を移して頷いた。
そして、今度こそはとヴィットが前に出るが、先を越してデーラーは首を捻った。
「……失礼ですが、あの装甲車は……丸くて赤くて、趣はありますが……まあ、何と申し上げればよいのか……」
「例えば、何に見えますか?」
デーラーの言葉は肯定的に聞こえ、嬉しそうにマリーが聞いた。勿論、マリーは褒められる事を想定し、デーラーは勿論、マリーが話したんじゃなくてリンジーかチィコの声だと思った。
「……そうですね……赤いタコ、とかですかね」
「……タ、コ……」
少し考え、デーラーは笑顔で言った。マリーは輝度を増しワナワナと震えた。
「マリー、押さえろ……クライアントだぞ」
苦笑いのヴィットは小声で制するが、マリーも小さな声で言い返した。
「撃っていい? 当てないから、撃っていい?」
「頼むからやめて、お願いだから撃たないで……」
思わずマリーに抱き付いたヴィットは、大汗を流しながら懇願した。だが、そんなやり取りには気付かず、デーラーはゲルンハルトの方に向き直った。
「それではリーダー、詳しくは私の家で」
「いいえ、私はリーダーではない」
薄笑みを浮かべたゲルンハルトが否定すると、デーラーはオットーの方を見た。
「とするとリーダーは、あの立派なご老人ですか?」
「ワシではない。リーダーは、その少年じゃ」
キラリと眼鏡を光らせ、オットーはヴィットを指した。
「この少年? この子は見習いか何かかと……」
「ヴィットです。そして、こっちはマリーです」
戸惑うデーラーにヴィットは明るく挨拶した後、マリーを紹介した。
「こんにちはデーラーさん。最強戦車のマリーです」
「へっ?……」
今度は確実にマリーから可愛い声がして、デーラーは目を点にした。
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「先程は、大変失礼しました」
家に着いてリビングに通さると、デーラーは深々とヴィットに頭を下げた。村の中でひと際大きなログハウスが、デーラーの家だった。
「いえ、俺はリーダーなどではありませんよ。だだ、戦力として最強なのはマリーのおかげなんです」
「正直、驚きました……話す戦車なんて」
笑顔のヴィットにデーラーは恐縮するが、マリーの存在は現実を目の前にしても驚愕でしかなかった。
「マリーはな、最強の戦車なんや、空も飛べるんやで」
「そんな、バカな……戦車が飛ぶなんて」
嬉しそうに言うチィコを見ながら、デーラーは唖然と呟いた。
「装甲はどんな砲撃にも耐え、火力はロケット榴弾や対空レーザー、自動車よりも速く走り、水上及び水中戦闘、勿論空中戦も可能です」
「そして、マリーは意志を持っています」
そして、マリーの性能をリンジーは簡潔に説明し、ヴィットはその根源を補足した。
「とても簡単には信じられませんが……」
だが、デーラーの脳裏には明るいマリーの声が浮かんだ。
「それでは、現在の状況をお願いします」
「ここ数日、目撃情報はありません……ですが依頼時にお話した通り、現在も被害は続いています。頻繁な被害ではありませんが、やはり魔獣となると……人的被害も懸念されますし、村を出て行く者も出始めました」
ヴィットは話を本題に移し、デーラーは現状を報告した。
「そうですか……実は昨日、魔獣と遭遇、交戦しました。依頼の情報通り、機銃や砲撃でも倒せませんでした。ただ、村までかなり距離があったので、違和感を感じますね」
「確かにそうね。村で食料を調達出来るのに、あんなに遠くまで来る必要性はないと思うわ……それとも、他に何か理由があるのかしら?」
ヴィットは昨日の事を話すが、リンジーも胸のモヤモヤを感じていた。
「偵察に来たのかもな」
ゲルンハルトはヴィットに視線を向けた。
「そうですね……村が応援を呼んでる事を知ったからですかね」
「ちょっと待って下さい。話が見えないのですが?」
頷くヴィットに、デーラーは顔を曇らせた。ヴィットは、昨日皆で話し合った魔獣に対する見解を話した。
「確かに、それなら辻褄は合いますね……それで、対策は?」
「今晩から交代で見張りに立ちます。策は、これから考える、と言う事で」
「分かりました。宜しくお願いします」
落ち着いたヴィットの言葉を受け、デーラーは静かに頷いた。
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他の皆はデーラーの家で宿泊する事に決まり、最初の見張りの為に準備するヴィットに少女が話し掛けた。
「これ、あなたの戦車?」
年恰好はリンジーと同じ位だが、薄いブラウンの髪を肩で切添え、同じく濃いブラウンの愁いを帯びた大きな瞳、濡れた様な小さな唇、胸元の開いた服が自然の色香を漂わせたいた。
そして、耳元には真珠の耳飾り……リンジーには無縁の艶やかさに、ヴィットは少しドキッとした。
「俺の”モノ”じゃない。家族だ」
ヴィットは目を逸らして言った。
「こんばんは、最強戦車のマリーです」
「私はマーリア」
少女はマーリアと名乗り、普通にマリーと挨拶した。
「驚かないね」
「ええ」
初めてマリーに会って驚かなったのは、リンジーとチィコ、そしてオットー位だったからヴィットは意外な感覚に包まれた。そして、驚かなった者に共通するのは、よく言えば大らか、悪く言えば変わり者だと言う事だった。
後ろ手でマリーの周囲を回るマーリアを横目で追うヴィットだっが、風に運ばれマーリアの良い香りに鼻孔が膨らんだ。
「ヴィット、顔が変」
「なっ、何を」
マリーに指摘され、慌てたヴィットは赤面した。
「中、見せて貰ってもいいかな?」
マーリアは、直接マリーに言った。
「いいけど……」
身軽にマリーに乗ったマーリアを、ヴィットは唖然と見てるしかなかった。そして、少しの違和感……ヴィットと飛び越して、直接マリーと話したマーリアの様子はヴィットに不思議な感覚を抱かせた。




