アルティメット
「確かにケンタウロス、前と違う……」
「何か言うたっ!?」
敵戦車を蹴散らしながらリンジーが呟くと、チィコは周囲を警戒しながら急停車した。
「どうやら、落ち着いた様だな」
何時の間にか隣に並ぶシュワルツティガーから、ゲルンハルトが穏やかに笑った。
「確かに前に比べたら頑丈みたいだがよ、他に何か違うのか?」
首を捻りながら、イワンは頬杖を付いた。
「マリーを見て……」
リンジーに言われるまま空を見上げると、イワンやハンスは更に首を捻る。
「確かに外装はやられてるけどな」
「ああ、武装は殆どオシャカだ」
「そう……後、アームが無くなれば……マリーは、ただの装甲車よ」
少し沈んだリンジーの声だったが、イワンには意味が分からなかった。
「そりゃそうだが……」
「アームを失い、噴射剤が切れれば……捕獲できる可能性は更に大きくなる……」
ヨハンは鋭い視線でマリーを見た。
「何だとっ!! 奴等、まだ諦めてないのか!?」
「当たり前でしょ……これだけの大戦力を投入して、破壊までしようとした……でも、全てが失敗に終わった……普通なら終わりよ……だけど、あいつ等……諦めてない……大戦力も破壊行動も全てシナリオ通りなのよ、全てはマリーを消耗させる為の作戦だった……」
リンジーの暗く沈んだ声は、シュワルツティガーの全員に戦慄を走らせた。
「何だい、戦場の真ん中で止まるなんて」
今度はアリスⅡが隣に止まり、ミネルバが呆れた様にリンジーを見た。そして、明らかに暗く落ち込むリンジーに、吐き捨てるみたいに言った。
「まるで、この世の終わりって顔だね」
「……嫌な予感がするの」
震えながらリンジーは呟く。
「アンタ、信じてないのかい? 坊やの乗ってるのは、”世界最強”のまんまるだよ」
「信じてる! マリーは絶対にヴィットを守ってくれる!」
「なら、何故そんな顔をする?」
叫ぶリンジーをミネルバは見据えた。
「……信じてる、けど……不安で堪らない……」
「フン、それで信じてるなんて片腹痛いね」
「私はっ!……」
ミネルバの見下した様な言い方に、リンジーは声を上げるが後が続かない。悔しくて悔しくて、握りしめた拳が小刻みに震え、自然と涙が溢れた。
「嬢ちゃん、気負わんでもよいのじゃ。マリーちゃんは、絶対無敵なのじゃ。それにのぅ、グラマーな女盗賊さんは、嬢ちゃんを心配しているのじゃ」
これまた何時の間にかオットーが、リンジーの隣に……いた。
”ジジィ、どこから湧いた”と言う言葉を、ゲルンハルトを始めシュワルツティガーのクルーは飲み込んで、緊迫した場面を見守った。
「アタシが心配してるだと! ジジィ何言ってる!」
ミネルバは、そっぽを向きながら叫んだ。
「少年と嬢ちゃんは本当に似てるのぅ……おっと、マリーちゃんも似てる。三人、一緒じゃ、カカカ」
オットーは眼鏡を光らせ、高らかに笑った。
「どこが、似てるん?」
目をまん丸く見開いて、チィコが聞いた。
「それはのぅ、溢れる”勇気と元気”じゃ」
その言葉に、リンジーはハッとした。瞬間にヴィットの笑顔と、マリーの笑い声が頭の中を駆け巡った。
その途端、リンジーの胸の奥深くから暖かくて愛おしい、何かが噴水みたいに溢れだした。
「チィコ! 行くよっ!!」
「ほいなっ! オバちゃん、ええ人やなっ!」
ハッチに飛び込んだリンジーは照準装置に顔を埋め、チィコはミネルバに手を振るとアクセルを蹴飛ばした。既に、リンジーは落ち着いていた。
”勇気と元気”なければ、自分じゃないと……。
「誰がオバちゃんじゃ……出しな、後を追うよ」
言葉とは裏腹に、ミネルバは穏やかに微笑んでいた……しっかり、運転席の手下は思い切り蹴飛ばしていたが。
「俺達も行くか?」
「当然だ」
ニヤリと笑うイワン、ゲルンハルトは凛として言った。直ぐにイワンはアクセルを蹴飛ばし、ヨハンは神速で砲弾を装填した……そして、当然ながらオットーはその場に置き去りにされた。
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「ケンタウロスは二機とも健在、腕以外の武装は無力化されましたが、アンタレスもアーム以外の武装を消失した模様です」
「後は飛行能力だけだな」
白衣の男の報告を受けた男は、頬杖のまま怪しく笑った。
「ですが、破壊は難しいかもしれません」
「そんな事はどうでもいい……もう直ぐアンタレスは燃料が切れて着陸する、ケンタウロスの自爆タイマーを作動させろ」
男は氷の様な目で、白衣の男を見据えた。
「まさか……味方の兵士にも被害が……」
震える声で言い掛けた白衣の男は、次の言葉が出なかった。見据える男の目は、最早人の眼ではなかったから。
「兵器の中で最も安価なのは”人”だ」
「……」
男の言葉に、白衣の男は何も言い返せなかった。
「……あと三分で、全てが終わる」
男はモニターに映るマリーを見ながら、口元だけで笑った。
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『マリー、ヴィット大丈夫?』
旋回するマリーにミリーが近付いて通信を送った。
「俺もマリーも大丈夫だ」
『あと、何分?』
シンクロしている事を分かってるミリーは、落ち着いた声で聞いた。
「もう十分を切った」
ヴィットは落ち着いた声で答えた。
『そう……なら、急ぎましょう。ケンタウロス、自爆装置のタイマーが入ったみたい』
「そうなのか? なら、終わりじゃないか」
急に力が抜けた様に、ヴィットは声を震わせた。
『そうね、終わり……でも、敵も味方も地上にいる全ての人が……』
ミリーは言葉を濁した。
「そんなに凄い爆発なのか?!」
察したヴィットは驚きの声を上げるが、そんな大爆発なんて信じられなかった。
『爆発自体はそうでもないの……でも、ある化学兵器が撒き散らされる……半径十数キロの全ての人が……死ぬ』
「何だと!!?」
ヴィットは声を荒げた。
『ごめんなさい……ワタシも油断してた……ケンタウロスの砲撃手段が無くなってから、近付いて……それで、センサーに反応したの』
「残り時間は?」
落ち着いたマリーの声に、焦るヴィットは叫んだ。
「マリー!」
『三分を切った』
叫ぶヴィットを他所に、ミリーは落ち着いた声で言った。
「ミリー、二機を近付ける様に誘導をお願い」
マリーもまた、落ち着いた声でミリーに指示した。
『分かった』
ミリーは急降下すると、二機のケンタウロスの誘導を始める。
「ヴィット、聞いて」
焦りまくるヴィットに、マリーは穏やかな声で言った。
「聞くから早く!!」
「二機のケンタウロスを成層圏まで運ぶ。そこなら、化学兵器も無害化出来る。その為にはヴィットの協力が必要なの。二機同時は最大ペイロードを超えてるの、だからアルティメットモードを使うの……でも、それはヴィットが戻れなく……」
「やるぞマリー!!」
震えるマリーの言葉を遮り、ヴィットは精一杯の声で叫んだ。
「……うん」
聞こえないくらい小さな声で、マリーは返事した。そして、車体を捻ると超急降下でケンタウロスへ向かった。




