ヘッドギヤ
マリーとケンタウロスのドツき合いは、長く続いていた。初めは笑みさえ浮かべていたが、見守るリンジー達は次第に不安に包まれる。
「マリー、大丈夫やろか……」
「……うん」
眉を下げて呟くチィコに、リンジーは視線をマリーに向けたまま消え入りそうな声で答えた。既にマリーの対空機銃やレーザーは破壊され、残る武装は主砲と同軸機銃だけになっていた。
何よりケンタウロスにより車体に付けられた激しい傷が、リンジーの胸を激しく締め付けた。
「二対一では分が悪い……」
呟くゲルンハルトだったが、自分達の後方に迫る敵戦車に舌打ちした。多くの敵はカリウスの隊が排除したが、残敵はまだ多い。ケンタウロスの支援の為、迂回して回り込んだ集団が迫っていた。
「後方警戒! 敵が後ろに回り込んだぞ!」
マイクを取ってゲルンハルトが叫ぶ。至近距離のアリスⅡは、直ぐに反転! 迎撃に向かうが、サルテンバは動く気配はなかった。
「マリーを信じろっ! 今は敵を近付けさせるなっ!」
『……了解』
怒鳴るゲルンハルト! 無線機からはリンジーの返答が雑音に混ざって聞こえた。
「十一時、敵突出部の先頭から行くぞ!」
「了解!」
ゲルンハルトの指示に、叫び返したハンスはアクセルを蹴飛ばし、イワンはレクチルに先頭車輌を瞬時に補足、ヨハンは素早く次弾装填準備を整えた。
悪い予感を振り切る様に……。
____________
「大丈夫かっ!?」
「平気っ!」
もう何度、ヴィットが叫んでマリーが叫び返したのか……。ヴィットは衝撃を受ける度に、自身の身が引き裂かれる想いだった。
二輌のケンタウロスはマリーの打撃を受け、かなりの損傷を受けているはずだが、一向に弱体する気配も無く、むしろ攻撃の威力を増しているようだった。
そして、二輌は連携してマリーに打撃を加えていた。時間差攻撃や、同時攻撃などあらゆる打撃で、次第にマリーを凌駕していた。マリーが両腕? の砲身で前から来るケンタウロスの打撃を受け止めても、瞬時に後方に回り込んだ、もう一輌の打撃を後部に受けると言う感じだった。
電磁装甲も度重なる打撃を完全には受け止めきれず、次第に損傷は蓄積して行った。
「先に片方だけでも仕留めないと」
「そうね……でも、向こうも分かってるみたい」
二対一のアドバンテージをケンタウロスも手放す気は無い様で、片方に攻撃が集中するのを抜群のコンビネーションで避けていた。
「このままじゃ、ジリ貧だな……」
「砲身も、これが最後よ」
既に砲身の残りは尽き、折れ曲がった砲身が周囲に散らばっていた。だが、悲壮感などヴィットには欠片もなかったが、衝撃の度にマリーが一人で痛みと戦ってる事を考えると、二人で戦う意味も曖昧に霞んだ。
全身を貫く痛み……それは、物理的痛みではなく、見えない棘の様にヴィットのココロを蝕んでいた。
____________
「もう嫌っ!! チィコ行こうっ!!」
リンジーは同時に二輌に攻撃され、火花と轟音を散らすマリーの姿に叫んだ。
「確かに、前とは違う様じゃのう」
何時の間にかサルテンバの砲塔に乗るオットーが、眼鏡を光らせた。
「どこから来たん?」
チィコは冷や汗を流して、顔を強張らせた。
「そう言えば……」
リンジーは戦慄した。ケンタウロスは盾で攻撃を防ぎ、卓越した機動力で相手を殲滅する戦車……だが、盾や腕は格闘戦では最高の武器となっていた。
「奴はマリーちゃんと同じく、戦車の基本概念を覆す近接戦闘特化型じゃ」
「なら、マリーが不利やん」
オットーの言葉はリンジーの胸を締め付け、チィコは泣きそうな声を上げる。
「行かないと!」
「ワシ等は、マリーちゃんの足枷となる……それは、今も変わらん」
乗り出すリンジーに、オットーは静かに言った。
「なら、どうすればいいのよっ!?」
本当は分かっていた。そんなの言われなくても、自分自身が嫌と言う程に分かり切っていた。だから、リンジーは叫ぶし事しか出来なかった。
「せめて敵戦車を近付けない事が、ワシ等に出来る全てじゃ……ほれ、二時の方向、ゲルンハルト達の隙をついて向かって来る」
「……チィコ……行くよ……お爺ちゃん……そこに居ると、実弾食らうよ」
一旦、目を閉じたリンジーは顔を上げると、静かに言った。ココロの中に噴水みたいに湧き上がる自己嫌悪を、激しく流れるままに……任せて。
____________
車体に衝撃が走る! インパネ付近から小さな火花が出る。外装は確認できないが、ヴィットにはマリーの損傷がかなり深い事は分かった。それは、砲身で受け止めた衝撃ではなく、確かに車体に直撃した衝撃だった。
ヴィットは体全体の震えが止まらなかった。マリーが衝撃を受ける度に、何の痛みも感じない自分が悔しくて悔しくて、歯を食いしばっていた。
しかも、次第に車体に直撃を受けるマリー……”大丈夫か?”って聞いても、きっと”平気”って言うに決まってる。
ヴィットはインパネの下に手を伸ばし、ヘッドギヤを取った。
「それはダメっ!」
「大丈夫だよ」
マリーは声を震わせるが、ヴィットは静かに言った。そして、もう決めていた……これ以上、マリーだけで戦わせないと。
ヘッドギヤを被った瞬間、ヴィットの全身を”痛み”が駆け抜ける。気を抜けば、叫んでしまいそうな痛みを、ヴィットは拳を握り締めて耐えた。
直ぐに視界はケンタウロスを捕え、ヴィットは叫んだ。
「マリーは後ろを頼む!」
「……うん」
マリーは小さな声で返事した。
「こいつっ!」
ヴィットは振り上げた砲身でブッ叩くが、ケンタウロスは盾で受けると同時に機銃の腕で殴り掛かる。避けようと下がった瞬間に、後ろのケンタウロスが殴り掛かって来る。
何とか距離を取り一息付こうとしても、ケンタウロスは許さない。
「マリー……」
こんな苦しい状態が、ずっと続いていたのかと思うとヴィットの胸は更に痛んだ。だが、マリーは自分の事よりヴィットを心配した。
「ヴィット! 大丈夫っ!?」
「ああ、大丈夫。とにかく、一息つかないと」
ヴィットはそう言うと、ホイールロケットを点火! サイドキックで一気に距離を取った。だが、二輌のケンタウロスは全速力で追って来る。
「しつこい!」
ヴィットは全力で反対方向に向かうと、小さな窪みを使ってジャンプする。そして、車体が浮き上がって瞬間! 四隅のホイールロケットを点火! 大空に舞い上がった。
「どうするの!?」
「そうだな……」
ヴィットはケンタウロスの上空を旋回しながら、考えを巡らせた。だが、マリーは震える声で言った。
「ヴィット……二度目だよ、前よりシンクロ率は上がる……戻れる時間は10分くらいしかないのよ」
「それだけあれば、十分だ」
ヴィットの声には自身が溢れ、マリーの壊れそうなココロを穏やかに包み込んだ。




