武器
「対象、いえ、アンタレスが復活した模様です……」
報告を受けた男は、背中を向けたまま微かに頬を震わせた。
「あれの準備は出来ているか?」
「試作機は後、二機ですが……」
報告した白衣の男は、視線を落とした。
「二機とも投入しろ。前回の戦闘データはフィードバックしてるな? ……」
「はい……ですが……火力、機動力、防御性能……全てが常識の範疇を遥かに超えています」
白衣の男は震えていた。
「ほんの少し前までは大火力で敵を殲滅し、装甲は全ての敵弾を弾き返す……そんな戦車は夢物語だった。まして、飛行機などは夢にさえ出てこなかった。兵器とは、常に思考の先を行くものだ」
如何にも不機嫌そうに男は言った。
「現時点で言える事は、二機の波状攻撃で破壊できる……可能性は、あると」
白衣の男の言葉は、完全に自分に言い聞かせている様に聞こえた。
「現場の応急修理だ……戦闘力は必ず落ちている……破壊して、残骸を回収するのだ」
「分かりました」
男の言葉を受け、白衣の男は足早に部屋を出て行った。
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「マリー!!」
飛び出したヴィットは、泣きながらマリーに抱き付いた。
「ごめんなさい……遅くなって」
「そんなのどうでもいい……マリーが無事なら……」
涙とヨダレに塗れたヴィットは、マリーの車体に突っ伏した。当然、チィコも涙とヨダレと鼻水に塗れ、ヴィットの横に突っ伏した。
「……もう」
腕組みしたリンジーは、深い深い安堵の溜息をついた。そんな時、ミリーから通信が入る。
『ケンタウロス二機が接近中だよ』
「何だって!」
ヴィットの安堵など、一瞬で吹き飛ぶ。一機だけでも壮絶な苦労をして倒したのに、二機……冷や汗がヴィットの全身を伝った。
「大丈夫だよ……」
そんなヴィットのココロをマリーの優しい声が救った。
「だって、あんなに苦労して……」
「心配しないで、あんなのに負けないから……ミリー!」
優しい声のマリーは、直ぐにミリーを呼んだ。
『大丈夫、前と同じ無人だよ』
ミリーからの返信を聞くと、マリーは砲塔を揺らした。
「行くよ、ヴィット」
「えっ?」
前回はヴィットを降ろして戦ったのに、今度は一緒に……ヴィットは軽く混乱した。
「早く行きなさい」
リンジーは腕組みしたまま、ヴィットに微笑んだ。
「だって俺……足手まといに……」
「今度は二機だよ。ヴィットに助けてもらわないとね」
マリーの言葉は、穏やかに優しくヴィットを包み込んだ。
「うん……一緒に行こう」
俯いていた顔を上げると、ヴィットはマリーに手を掛けて呟いた。
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走り出したマリーに、ヴィットは笑顔で聞いた。
「マリー、作戦とかあるんだよね」
「ないよ」
マリーは即答した。
「ないって……」
冷や汗を流すヴィット目はテンになる。
「ないけど、少しはあるかな」
マリーの声は優しくて、笑ってるようだった。そして、前方の戦車の残骸に近付くとレーザーで砲身を切り始める。
「また、ブッ叩くの?」
「そうだよ、これが一番。武器には限りがあるけど、これなら弾切れの心配はないから」
「そりゃそうだけど……」
ヴィットの心配をよそに、マリーは砲身を両手? に持つと全力でケンタウロスに向かった。
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「マリー……」
リンジーは小さく溜息をつく。そして、穏やかな笑顔でチィコを見た。
「もう、マリーらしいなぁ……ウチらも行く?」
チィコも溜息をついてリンジーを見返す。
「そうだね」
頷くリンジー。だが、その時、シュワルツティーガーがサルテンバの進行を止める様に急停車した。
「行くなとは言わない。だが、距離を取りケンタウロスを狙撃する事こそがマリーの援護になる」
「そうね、ケンタウロスの攻撃が私達に及べば、マリーが心配するものね」
ゲルンハルトの真剣な言葉に、リンジーも真剣に答えた。
「しかし、何だな。マリーの兵装の中じゃ、あのアームが最強じゃないかな」
「ああ、ブッ叩く分には弾薬も必要ないしな」
ニヤニヤしながらイワンが大声で言うと、ハンスも大声で笑った。
「剣は折れても、戦場に代わりは幾らでも転がっている」
ヨハンは何時も通り、表情を変えないで呟いた。
「そうじゃ、ある意味最強の限りの無い武器。それこそがマリーちゃんの両腕じゃ」
腕組みしたオットーが鼻息も荒く言い放ち、ポールマン達も同じ様な仕草でニヤニヤ笑っていた。
「じじぃ、いつの間に……」
どこからともなく一瞬で湧いて来たオットー達に、イワンが苦笑いした。
「……限り無い最強の武器か……」
リンジーは俯き加減で、少し笑った。
「でもな、武器っち言うヤツは人の命を奪う道具や……マリーは命を奪うことなんかせえへんもん……」
既にチィコのまんまるの目は、ウルウルしていた。
「前にマリーが言っていたの……どんな最新兵装が欲しいって聞いたらね……マリーは”手”が欲しいって……その手で料理したり、私達の傷の手当てをしたいって……」
リンジーの穏やかな言葉に、全員が言葉を失った。
「……そんな奴なんだよな……」
俯いたイワンが噛み締めるみたいに呟いた。
「そうだな……マリーにとって、主砲やレーザーさえ命を守る”道具”で、決して命を奪う”兵器”じゃないんだな」
ゲルンハルトも自分達の愚かさを悔いる様に呟いた。
「全く……マリーちゃんは凄いのぅ……ワシ等俗物じゃ到底及ばんわい」
頭を掻きながらオットーが言うと、全員のココロの中に穏やかで優しい”気持ち”が溢れた。
「さあ、マリーの負担にならない様に援護するぞ」
襟を正したゲルンハルトの言葉に、全員が素早く態勢を整えた。
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「マリーが、敵戦車の砲身を切り取ってますけど……」
呆れる様に呟いた部下の言葉に、ミネルバは履き捨てた。
「フン、知るか」
だが、ミネルバの口元は笑っていた。そして、マリーの姿を遠くに見ながら号令を下す。
「いいか、敵をマリーに近付けるな!」
「あの、今、マリーって……ギャン!」
振り向いた通信士の顔面に、ミネルバの蹴りが炸裂した。
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「流石ですね。タンクハンター達は各個撃破で戦線を維持してます。無線の連携など必要ありませんね」
「こちらの連携は?」
副官の報告を受け、カリウスは鋭い視線を向けた。
「発光信号と伝令で指示しています……それと、マリーが砲身を棍棒みたいに……」
「ふっ……」
思わずカリウスは微笑んだ。思えば戦場で笑う事など無かった……敵や味方が目の前で命を散らす……そんな光景を他人事の様に、否、感情を押し殺し勝利だけを見詰めて前に進むしかなかった。
だが、最大最強の敵であったマリーが味方になった途端、戦場が命の遣り取りをする場所ではなくなった。
「どうしますか?」
笑ながら聞いた副官も、きっと同じ気持ちなのだろう、カリウスは穏やかに腕組みした。
「連中、どうせマリーの援護に向かったんだろう?」
「はい。シュワルツティーガーもサルテンバも、女盗賊も爺さん達も援護に向かいました」
「なら、連中を援護だ……どうせ、自分の事など忘れてマリーの援護をするだろうからな」
「了解! 援護の援護に向かいます」
背筋を伸ばした副官は笑顔で復唱した。




