表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第三章 起源
153/172

勇気と元気

「俺達には何が出来るのかな……」


 柄に無いコンラートの声に、TDは少し笑って言った。


「ビス一本に至るまで、マリーの部品は全て”未知の領域”だ……俺達は、見た事も無い”部品”を組み立てただけだ……既存の部品と類似してたから、俺なんかでも組み立てられた……諸元や仕組みなんて、全く知らないのにな……」


 力無く頷いたコンラートは、マリーが走り去った方向に目を細めて呟いた。


「現状で考えられる限りの最高品質の配線を使った……だが……それが、マリーにとっては性能低下の要因になったのかも……」


「俺の持てる全ての知識と経験で、マリーの修理や改良をしたつもりだがな……そんなモノ……マリーのテクノロジーの前では、子供騙しどころか……改悪だ」


 力無く俯いたTDは、唇を噛み締めながら呟いた。


「……でも、マリーはいつも……ありがとう……って」


 コンラートの声は震えていた。


「……そう、だな」


 TDは呟くと顔を上げ、マリーの走り去った方向を見詰めた。だが、そんな落ち込んだ気分なのに、お腹の底辺りから静かに湧き上がってくる”何か”……。それは次第に微かな振動を伴い、やがて胸の付近で爆発した!。


「まだ何か出来る!」


 思わずTDは叫んだ。マリーの存在こそが”勇気と元気”の源だと湧き上がる”何”かが物語っていた。


「当然だ」


 多分、コンラートもTDと同じ感覚だったのだろう、力強い声で言った。直ぐにTDの脳裏に作戦が浮かんだ。


「後方支援だ! 無線を攪乱して敵の連携を乱す!」


「それって、味方も乱れるんじゃないか?」


 コンラートは腕組みした。


「ゲルンハルト達はタンクハンターだ。連携なんて必要ない。あの隊長達も歴戦の猛者だ、きっと意図は分かってくれる……それに……」


「そうだな、俺達に出来る事をしよう」


 コンラートは遠くに霞む、夥しい敵影を睨んだ。


「おっと、通信妨害の前に連絡だ……マリーの復活を」


 TDは笑顔で無線機を握りしめた。


_____________________



「大佐! 右上方に敵機!」


「分かってる!」


 ガーデマンの叫びに、リーデルが怒鳴り返す。下方の敵に照準を合わせた瞬間だから、流石のリーデルも回避と攻撃をコンマ数秒の世界で迷う。だが、空では一瞬の躊躇が命取りになる。


 しかし歴戦の経験は、考えるより先にリーデルの体を動かした。電光石火でフットバーを蹴ると、機体は捻ねられ上方の敵機と正対した。


 同時に20ミリが火を噴き、敵機の主翼を吹き飛ばす。だが、矢継ぎ早にガーデマンが怒鳴った。


「後方から二機! 前方にも一機!」


「見えてるっ!」


 怒鳴り返すリーデルだったが、疲労は確実に訪れていた。普通なら瞬時の判断で優先順位を決める所だが、頭の中は靄に包まれ、腕や脚には軽い痺れに覆われていた。


 だが、敵機が猶予など与えるはずは無く直ぐに攻撃態勢に入る……普通ならリーデルにとって、三方向からの同時攻撃など造作もない事だが、疲労は着実に体を蝕んでいた。


「ヤバい!!」


 敵機が発砲した瞬間、ガーデマンが叫ぶ。回避運動が一瞬遅れた機体に、敵弾が四方から交差した。だが、敵弾は機体を霞めるだけで命中しない。


「……何故だ?」


 遅れて回避運動するリーデルが呟くと、レシバーから元気な声が響いた。


『お待たせ! 大丈夫?』


 一瞬で前方を横切る赤い機体に、リーデルの”疲労は”忘れ去られた。


「大丈夫に来まっいてる」


 ぶっきらぼうに返事するリーデルに、ミリーからの朗報が届く。


『マリーが復活したよ』


「そうか……」


 落ち着いた言葉がリーデルの口から零れる。同時に全身に勇気と元気が漲って来るのが分かった。


「大佐!」


 思わず満面の笑みでガーデマンが叫ぶ。胸の中に漂う不安や恐れ、そして絶望さえ空の彼方に消えた。


「敵の数は!?」


『攻撃機二十、戦闘機は山程ね』


 リーデルの問いに他人事みたいにミリーが答え、今度はガーデマンに聞く。


「残弾は?!」


「全部やっつけてもお釣りが来ます」


「上等だ……各機、マリーが戻った。残存敵機を掃討する、続け!」


 呟いたリーデルは、一瞬の間を空けると味方機に通信を送った。当然、味方機も溢れる勇気と元気が爆発した。


『さあ、行くよ!』


 ミリーは先頭を切って敵編隊に向かい、リーデルや他の僚機もエンジン全開で後に続いた。


_______________



「姉さん! 囲まれた!」


「泣き言は後にしなっ!」


 状況は最悪だった。鉄壁な防御を誇るアリスⅡも、側面や後部の装甲は薄い。そもそも遠距離攻撃に特化した車体に、接近戦は自殺行為だった。そして、ミネルバと乗員は悪夢を見ている様に、黒い霧に飲み込まれそうになったいた。


 だが、一本の通信がミネルバ達を窮地から救った。


「マリーが復活しました!!」


「……フン、遅い……全力後退! 態勢を立て直す!」


 ミネルバの口元が、微かに笑った。胸の中に渦巻いていた黒くて湿り気のある霧は、脳裏に浮かぶ赤い車体が、地平線の彼方に吹き飛ばした。


 全身を稲妻みたいに駆け抜ける”何か”……分かってはいたが、ミネルバには懐かしい友に出会った様に感じた。


「了解!」


 操縦士は漲る笑顔で、アクセルを蹴飛ばした。


_______________



「腰が痛いのぅ……」


「目も霞んできた……」


「はぁ? 聞こえんがな」


 ベルガーが呟き、ポールマンは目を擦り、キュルシナーは耳に手を当てた。


「まずいのぉ……」


 オットーは何十年ぶりかの冷や汗が背中を伝うのが分かった。他の者も計り知れない不安感が頭の上から覆いかぶさっていた。百戦錬磨のオットー達だったが、長く先の見えない戦闘は、心と体を衰弱させた。


 本来なら、不利な戦闘は避けるのが生き残る術だが、撤退を許さない事情が経験豊富な大ベテランでさえ苦境に追い込んでいた。


 しかし、そんな状態もマリー復活の一報で簡単に払拭される。


「さて、マリーちゃんの活躍でも見に行くかのぅ」


「見に行くのはいいが、的になりゃせんかのぅ」


 嬉しそうなオットーの言葉に、ポールマンが突っ込んだ。


「そりゃ、そうだのぅ……しかし、何じゃのぅ……久しぶりの気分じゃ。」


 頭を掻いたオットーに、全員が笑顔になった。久しぶりの気分……それは、年齢を重ねた者には、口に出すには少し恥ずかしい……”勇気と元気”だった。


_______________



「前方車両! 近付き過ぎだっ! 間隔を空けろ!」


 指示を出すゲルンハルトだったが、正確無比な作戦行動指示は影を潜め始め、焦りにも似た間隔に自身で苛立っていた。イワン達も口には出さないが、不安に近い暗闇に覆われていた。


 この状況を打開する方法は一つだけだが、それは自分達ではどうしようもない事だった。互いの口数は少なくなり、体に染みついた戦闘行動だけが戦いを維持していた。


 だが、全てを打開する機会は突然訪れる。


「TDから連絡! マリーが復活した!」


 エンジンの轟音に負けない位の大声でハンスが叫んだ。


「待ってました!」


 イワンは叫ぶと同時に前方の敵戦車の履帯を吹き飛ばし、ヨハンは口元を緩めながら神速で次弾を装填し、笑顔のハンスも神業的ハンドリングで敵弾を回避した。


「全車両! 迎撃しつつ後退しろ! 深追いはするな! マリーが来るっ!!」


 ゲルンハルトの声は弾んでいた……勿論、全員が包まれていた……”勇気と元気”に。


_______________



「マリーが復活、戦線に戻りました」


「……全部隊集結させろ。作戦を変更する」


 副官の報告に、カリウスは不敵に笑った。


「マリーを軸に作戦ですか?」


「当然だ。戦いの雌雄を決するのは、マリーだからな」


 笑顔の副官の問いに、カリウスは口角を上げた。


「正直、かなり危ないと思いました」


「ああ、あと少し遅かったら半分はやられてたな……」


 少し溜息交じりの副官だったが、カリウスの口からは正直な言葉が漏れた。敵とすれば悪魔の様な恐怖を与えるが、味方となれば神にも等しい勇気を与えるマリーの存在。


 カリウスは、胸の中に溢れる清々しく暖かい感覚に、思わず笑みを漏らした。


「しかし、何だか変な気分ですね……ずっと忘れててた様な……何ですかね、この感じは?」


「それは多分……”勇気と元気”だ」


 首を傾げる副官にカリウスは、元気よく言って……少し赤面した。


________________



「マリーが復活しました」


「本当!!」


 ハイデマンの報告を受け、タチアナは思わず声を上げる。同時に込み上げる喜びと感動が自然と涙を溢れさせた。


「ですが、レーダーが探知しました。敵航空機も戦車も味方戦力を圧倒してます」


「大丈夫……マリーなら」


 涙を拭ったタチアナは、艦橋の窓から遠くに視線を向けた。


「……そうかも、しれませんな」


 ハイデマンの脳裏にも、疾走する赤い戦車が確かに映っていた。


「でも、不思議……さっきまで、あんなに怖かったのに……」


「マリーがくれたんですよ」


 少し俯くタチアナに、ハイデマンが笑顔を向けた。


「……何を?」


「多分……”勇気と元気”を、です」


「……そうなんだ」


 タチアナは、全身に溢れる嬉しい様な楽しい様な、ワクワクする”何か”の存在を簡単に把握出来た。


________________



 そして、サルテンバのコマンダーズキューポラから覗くヴィットの目に、赤い車体が映った。


「……マリー……」


 呟くヴィットの耳に、世界一嬉しい声が響いた。


『ヴィット! リンジー! チィコ!』


「マリーやっ! マリーがっ!」


「マリー……」


 チィコは泣き叫び、リンジーも流れる涙を拭う事さえ出来なかった。ヴィットも言葉を失い、高鳴る胸を押さえるのが精一杯だった。


 チィコは物凄い暖かさに全身を包まれ、本当は今まで無理していた涙が破裂した。だが、その暖かさは守ってくれる”母”の暖かさの様に優しくチィコを包み込んだ。


 リンジーの溢れる涙を、赤い車体が穏やかに愛おしむ様に癒す。そして、マリーの優しい声が脳裏に響いた……”ごめんなさい……もう、大丈夫だから”。


 それは二つの”大丈夫”……勿論、マリー自身と”全ての人”……。


 戦場を包み込む暗い闇は、赤い戦車の登場で眩い光で中和された。ヴィットは今まで微かに震えていた手が、震えが止まってるのに気付く。


 そして、体の奥深くから猛烈な勢いで何かが湧き出している事にも気付いた。


 ……それは、紛れもない”勇気と元気”だと……直ぐに分かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます&お疲れ様です(^_^ゞ 劣勢で後のない状態だったのが、マリーの復活に皆が息を吹き返す。 貰った”勇気と元気”! 正に王道ですね!Σd(⌒ー⌒)! [一言] 妖怪じ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ