起動!!
ヴィットは二輌に挟まれた味方を援護する為、チィコに指示を出した。
「あの二輌が危ない! 間に入れ!」
「はいなっ!」
アクセルを蹴飛ばすチィコの声が、リンジーに軽いデジャヴを招いた。頭の片隅で激しいフラッシュバックが炸裂し、思わず叫んだ。
「私達も囲まれるっ!!」
その声にビクッとしたチィコは、一瞬アクセルを緩めた。
「見殺しには 出来ないっ!!」
しかし、前方の二両は完全に逃げ道を塞がれていて、ヴィットも叫ぶ。見上げたリンジーの目には、精悍なヴィットの顔があった。
「分かった! 行くよチィコ!」
「ええの?」
振り返ったチィコに、リンジーは優しく笑った。
「車長はヴィットだもん」
「ほな、いくで」
チィコは緩めていたアクセルを踏んだ。
「右側から行くぞ! リンジー! 一発で決めろ!」
「了解!」
ヴィットの声に合わせ、リンジーは最接近した車輌に必殺の一撃を見舞った。見事に履帯を破壊し、照準眼鏡に顔を埋めたまま次の指示を待った。
「反転! 後ろの二両だ!」
「マジかっ!!」
チィコは超信地旋回で瞬時に向きを変えるが、レクチルの奥に映る二輌の戦車にリンジーの頬に汗が伝った。だが、指と一体化したトリガーは次弾装填と同時に引かれた。
轟音が車内に鳴り響き、自動装填の遅さをリンジーは呪った。レクチルの向こう、残った一輌の砲塔が旋回し、その主砲の向きがリンジーの心臓を締め付けた。
「回避だっ!!」
「そんな事言うたかてっ!!」
ヴィットとチィコの声が遠くに聞こえ、リンジーは気が遠くなりそうになる……だが、刹那の時は無常に過ぎた。やがて敵戦車の砲塔は旋回を止め、車体の揺れが収まると同時に砲身から火を噴いた。
だが、サルテンバの車体には衝撃はなく、至近弾らしき轟音が一瞬遅れて耳の傍で炸裂した。瞬間! リンジーは次弾を発射しようとレクチルを合わせるが、敵戦車は煙を上げて大破していた。
『バカ野郎っ!! 車長なら乗員を守れっ!!』
レシーバーからミネルバの怒号が炸裂し、次の瞬間リンジーは悟った……敵が外したのではなかった事に。
「分かってる!!」
怒鳴り返すヴィットに、更に上を行くミネルバの怒号が重なった。
『寝言は寝て言え!! 今ので終わりだったんだぞ!!』
その言葉は正論であり、ミネルバの援護がなければ……終わっていた。ヴィットは歯を食いしばって俯き、拳を握り締めるだけだった。そして、容赦無いミネルバの怒号が続いた。
『周囲の状況を見ろ!! 自分がやられたら何もならないんだ!! お前達に味方した奴等の気持ちを無駄にする気かっ!! とにかく一旦下がれ!!』
何も言わないヴィットに、リンジーが優しく声を掛けた。
「ミネルバの言う通り。下がろう……」
「……俺は……お前やチィコを危険に晒した……」
深く沈むヴィットの声が、サルテンバの車内に沈着した。だが、チィコは素早くサルテンバを後退させる。戦闘中の停車の危険性は、チィコも身に染みて知っていた……とにかく危険な場所からの退避が最優先だと思った。
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「姉さん、前に出過ぎです」
「んなもん、分かってる!」
操縦手からの声に、ミネルバは不機嫌そうに怒鳴った。
「アリスⅡの装甲なら、十分は大丈夫ですぜ」
砲手は笑って言うが、その瞬間に車体に大音響で砲弾が命中した。当然操縦手は、瞬時に車体を旋回、防盾で敵弾を受けていた。
「クソガキ共は?!」
「後退してます!」
「敵とクソガキの間に入れ!」
「もう、入ってます」
「フン! 追手は蹴散らせ!」
しかし、アリスⅡもまた囲まれつつあった。次第に増える直撃音は、如何に強固なアリスⅡの装甲とは言え、ミネルバの背中に冷たいモノを流させた。
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カーソルの点滅は次第に速くなり、次の瞬間! モニター一面に見た事も無い文字が超高速でスクロールした。
「何だ? これ……」
「お前、何か触ったのか?」
唖然とするTDを見て、コンラートも不安そうに呟いた。
「触ってないよ……はっ!」
TDには瞬時に分かった。ヴィット達が危険だと……。だが、その直後! 泣きたくなる程に懐かしく思える希望の声がした。
「TD! 状況はっ!?」
「良くはない。ミネルバが援護に回ってはいるが……マリー、大丈夫か?」
直ぐに出るだろうマリーを、TDは心配した。
「ありがと、TD。大丈夫だよ……じゃあ、降りて待ってて」
「降りるのか? 最前線だぞ!」
「お前、マリーの飛行は知ってるよな?」
「あっ……」
泣きそうになるコンラートに、TDは苦笑いした。
「コンラートも、ありがと」
「えっ? ああ……グスッ……」
コンラートはマリーの言葉に咽び泣いた。それは”いたの?”じゃなかったから。
TDとコンラートが降りると、マリーは超絶急加速のホイールスピンで突進して行った。
「応急処置だと言う事を忘れるな!!」
叫んだTDの肩を叩き、コンラートは笑顔で言った。
「とっくに、忘れてるさ」




