スリープ
遠くで爆発音が響き、閃光が雲に反射した……戦闘はもう始まっていた。
双眼鏡を覗いていたオットーは、TDに向かって少し笑った。
「ワシ等も出る。少年達の後をグラマーな姉ちゃん達が追ったが、なんせ嬢ちゃんの戦車とは脚の速さが違い過ぎる。あれでは、援護にならんからのぉ」
「爺さん達の骨董品も同じだろ?」
心配顔のTDは、錆に塗れたマチルダを見た。
「まぁ、似たようなモンじゃがな……お主らは、マリーちゃんの中におるのじゃぞ」
そう言うと、オットーは背中で手を振った。そして、ポールマン達も何故が笑顔でTDに手を振った。
「室内灯も点かないぞ」
「ランタンがある」
訝し気なコンラートの肩を叩くと、TDは先にマリーに乗り込んだ。
「目、覚まさないな」
心細そうにコンラートは言うが、落ち着いた声でTDは言った。
「多分、ココが世界で一番安全だ」
「そりゃ、そうだが……なあ、マリーは一人で戦えるんだよな」
急にコンラートは声を落とした。
「そうだ」
TDは小さな溜息を付いた。
「なら、人は乗らなくても……」
「兵器としてマリーを見るならそうだな……だが、マリー戦う為の道具じゃない」
コンラートの問いに、TDは静かに言った。
「だけど、砲や機銃は兵器だ」
言い返すコンラートの声には、元気がなかった。
「そううだな……でも、使い方次第で違うって……マリーが教えてくれた」
今までのマリーの戦いを、TDは思い浮かべた。
「マリーは、何の為に現れたのかな?……我々の前に……」
「……さあな……」
コンラートの問いに、TDは小さなランタンの灯を見詰めた。
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「右! 十時の奴からだっ!」
「了解!」
ヴィットの指示に従い、リンジーは着実に敵戦車を撃破する。当然、車体ではなく履帯を破壊して行動力を奪うのだった。
「回り込めっ! 横腹は晒すなよっ!」
「はいなっ!」
アクセルを蹴飛ばし、ハンドルを超速で操作しながらチィコはサルテンバを手足の様に扱った。当然、敵の反撃はあるが、直撃どころか至近弾さえ許さない超機動は三人の連携の賜物だった。
しかし、数に勝る敵軍は戦法を包囲戦に変えて来た。包囲が完成した時点で、ヴィット達は終わる……。そんな危惧も、無線機から炸裂するミネルバの怒声が覆した。
『何様のつもりだっ?! 攻撃より防御を重視しろっ! 時間が稼げればいいんだっ!』
「確かにそうね」
ヴィットを見たリンジーは笑顔を向け、操縦席から振り返ったチィコも満面の笑顔だった。
「そうや、マリーが目ぇ覚ますまでの辛抱なんや」
「ああ……」
ヴィットの脳裏には草原を疾走するマリーの勇姿が浮かんだ。
「どうする?」
「距離を取って、味方戦車の援護だ」
微笑むリンジーの問いに、ヴィットは即答した。
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「姉さん。坊主達、苦戦している味方の援護に……」
「ふん、そうかい」
手下の報告を受けたミネルバは口角を上げ、ハッチから身を乗り出して後方を見た。
「まんまる周辺はどうだ?」
「まだ、敵は近付いてませんぜ」
通信士からの報告に、ミネルバは強い視線になった。
「近付けるな……」
「分かりやした」
通信士は直ぐに守備隊に連絡した。
「で、どうしますかい?」
「後を追え。どうせ、後ろなんか見てないだろうからな」
副官の手下の問いに、ミネルバは薄笑みを浮かべた。
「へいっ!」
操縦手の手下は、勢いよくアクセルを蹴飛ばした。
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「二号車、左を狙え。三号車は右だ。各車、深追いはするな、出て来る奴だけ叩けばいい」
「久しぶりの戦闘指揮だが、様になってるな」
「ああ、初めて組む奴らでも、指揮官がいいと戦力になる」
ゲルンハルトの指揮に、イワンもハンスも頷いた。
「味方の練度は高い。だが、敵の数が多すぎるな」
ヨハンは平然と言った。
「目的は時間稼ぎた。敵の数など気にするな」
ゲルンハルトは双眼鏡を覗きながら、呟いた。
「確かにな」
「そうだった」
イワンは笑顔で頷き、ハンスも腕組みしながら笑った。
「後方から、タンクハンターの連中が来てる」
反対側を双眼鏡で見ていたハンスが呟いた。ゲルンハルトは無線を取ると、凛とした声で短く言った。
「タンクハンターの諸君。今回のミッションはマリーの護衛だ。敵を近付けるな」
「それだけか?」
「それだけで十分だ」
呆れるハンスに、イワンが笑顔で言った。
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「敵の左右が大きく展開しています」
「セオリー通りだな……」
副官の報告を受け、地図を確認しながらカリウスは呟いた。
「このままでは、防御線に穴が開きますね」
副官は平然と言った。
「二三か所、穴を開けろ」
「了解。でも、敵も警戒して来ないと思いますが」
「それでいい。時間を稼げればいいからな……穴は時間差で移動させるんだ」
カリウスは不敵に笑った。
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時間稼ぎの作戦は上手く進んでる様に見えたが、敵からすれば戦力を充足させるのに好都合だった。時間と比例して、敵戦力は数を増して行った。
「さっきより敵、増えてないか?」
マリーのハッチから顔を出したコンラートが青褪めた顔で言った。
「当然だ……」
「当然って、どうすんだよ? このままじゃ……」
真剣な顔のTDだったが、コンラートは泣きそうな顔になった。
「なあ、マリー……そろそろ起きてくれないか。みんな頑張ってるけど、限界は近いんだ」
「TD……」
優しく語り掛けるTDを、コンラートは驚いた表情で見た。
「ヴィットの奴、落ち着いている様に見えるけどさ……内心は、さ……」
TDは更に優しい言葉を続けた。
「……TD、聞こえないよ……マリーは……」
コンラートはTDの肩に手を当てた。
「分かってる……俺は天才タンクドクターを自負してたけど……俺なんか、まだ……」
急に声を落とすTDだったが、コンラートは外の異変に気付いた。
「敵がヴィット達を包囲し始めた……ミネルバも、あの距離じゃ間に合わない……」
「何だと!」
慌てて双眼鏡で見るTDの目に、最大の危機が投影された。その瞬間、漆黒のマリーのモニターの一部に、小さなカーソルが点滅を始めた。
「おい……これ……」
「まさか……」
驚くコンラートの横で、TDは息を飲んだ。




