出来る事を……
ヴィットの焦りは頂点に達していた。既に大破したマリーの部品は撤去され、新しい部品を取り付けるだけになっていた。しかし、どんなに目を凝らしても大空にミリーの姿は見えなかった。
「もうすぐだよ……」
心配するリンジーの声も、今のヴィットには届かなかった。それは、ミリー到着の遅れより遥かに重大なマリーの”意識”が戻らない事に起因していた。
「どうしてマリーは目を覚まさないんだ?……」
「完全に沈黙はしているけど……もしかしたら、戦闘可能状態になるまで起動しないのかも」
独り言の様に呟くヴィットにTDは意見を言うが、それは憶測であり希望だった。
「でも、お爺ちゃん達は凄いで。あっと言う間に掩体壕の完成や」
「天井の無い無蓋掩体壕だが、重戦車の主砲でも大丈夫そうだ」
感心するチィコだったが、TDも唖然として頷いた。何しろミネルバの手下と共に、突撃砲をダッグインさせる為の穴を掘り、出された土砂でマリーの周囲に防塁を築いたのだった……チィコの言う通り、あっと言う間に。
「戦車乗りは穴掘りと修理が出来きて一人前じゃ」
胸を張るオットーだったが、ヴィットは上の空で遠く大空を見上げていた。そして、空の彼方に小さな点を見付けた。
「チィコ! あれっ!」
「ミリーやっ!」
叫んだヴィット促され、チィコが確認する。当然、双眼鏡など軽く凌駕するチィコの視力は蒼空に輝く深紅の機体を見付けた。
「降りれるのか?……」
胴体下の巨大な”箱”……前回の様に舗装された地面ではなく、普通にデコボコの草原に降りるなんて到底不可能に思えた。
「さっきも降りたやん」
「さっきは何も積んでなかったろ……」
ポカンと言うチィコに、TDは冷や汗を流した。だがそんな危惧など他所に、ミリーは降下して着陸態勢に入った。
フルフラップ! 機体横のエアブレーキも全開でアプローチに入った。
「何で失速しない……」
「見えない糸に繋がれてるみたい」
目をテンにするTDの横で、リンジーも呆然と呟いた。そして、ヴィット達の目前でミリーは音も無く着地した。
「あの箱、空なんじゃないか……」
駆け寄ったコンラートは、箱を開けると言葉を失った。そこにはホイールを始め、機銃やレーザー、アームなどが満載だった。
全員でミリーを箱から降ろすと、ミリーは轟音と共にエンジンを始動した。
「マリーを宜しくね。敵機は近付けさせないから」
そう言い残し、ミリーは離陸して行った。
「直ぐに取り付けだ!」
TDを先頭に、全員が作業に取り掛かった……揺れる思いのヴィットは、嬉しさと同時に葛藤に揺れていた。治ったら、また戦うのか……そんな思いがヴィットの脳裏で木霊していた。
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「索敵より報告。敵戦力は我が方の十倍、扇状に展開して包囲してます」
「そうか……軍隊や傭兵の時とは気分が違うもんだな」
副官の報告にカリウスは薄笑みを浮かべた。
「そうですね、軍隊時代は悲壮感。傭兵時代は……そう、虚脱感と言うとこでしょうか」
「虚脱感は無いだろ。しっかり仕事をしてなかったのか?」
腕組みした副官の方を見て、カリウスは笑った。
「いえ、仕事はしてましたが。どうもやる気が……」
一旦背筋を伸ばした副官は苦笑いするが、カリウスは急に真剣な顔になった。
「マリーが奴らの手に入れば、戦争が変わる……不敗軍隊の誕生だ」
「誰も抗えない神の存在になれますね……」
副官も顔を強張らせた。
「何としても守らなければならない……手にした者によって、神にも悪魔にもなる……」
カリウスの言葉は副官の背中に冷や汗を流させた。だが、カリウスは肩の力を抜くと大きく溜息をつくと続けた。
「だが、そんな恐ろしい存在には見えないな……」
「ええ、マリーの強さは兵器としての強さではないと思います」
「なら、何だ?」
「それは多分……優しさではないかと」
「君も変わったな……」
カリウスは副官の答えを聞くと、少し笑った。
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「姉さん。戦闘準備、整いました」
「よし……まんまる、はどうだ?」
報告を受けたミネルバは、視線を強めた。
「それが……」
「あいつ、まだ寝てるのか?……」
口籠る手下を見たミネルバの視線は、何故が下の方に向いた。
「坊主達は出る様です」
「ちっ……アリスⅡは出るぞ! 後は、まんまるの傍から離れるな!」
矢継ぎ早の報告だったが、ミネルバは直ぐに指示を出した。
「何処に向かいますか?」
「クソ坊主達の後を追え!」
振り向いた無線手を睨むと、拳を握ったミネルバは操縦手の背中を思い切り蹴飛ばした。
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部品の装着作業は直ぐに終わったが、マリーは目を覚まさなかった。
「私達はゲルンハルトさん達の援護に行く。ヴィットは……」
「俺も行くよ」
リンジーの言葉を遮り、ヴィットは静かに言った。
「でも……」
「皆、マリーを守る為に戦ってくれてる。じっと待ってなんていられない」
顔を上げたヴィットは、強い口調だった。
「でもな、マリーが目ぇ覚ましたらどないすんの? ヴィットがおらんかったら……」
眉を下げるチィコに、ヴィットは穏やかに言った。
「傍に居たら、きっとマリーは言うよ……どうして出来る事をしなかったの、って」
「分かった。行こうヴィット。サルテンバの車長をお願い」
リンジーは笑顔で言った。
「TD、マリーを頼んだよ」
ヴィットはサルテンバに飛び乗った。
「俺は丸腰だぞ……」
青くなるTDの横で、オットー達がニヤニヤしていた。
「心配ない。ワシ等がおる」
「それが一番、心配なんだけど……」
更にTDは青くなった。
「確かに……」
横のコンラートも顔面蒼白になるが、チラッと見たオットーは、お約束の言葉で止めを刺した。
「お主、おったんか」
当然、コンラートは前のめりにコケタ。




