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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第一章 始動
15/172

打破

 戦いの戦端は開かれた。真っ先に飛び出したのはシュワルツ・ティーガーだった。その漆黒の車体は敵の側面を目指しつつ、全面投影面積を減らす位置を確保、的確な行進間射撃で緒戦を制する。


 ハンスは動物的勘でバンカー間を移動し、向かい合う敵に対し斜めの姿勢で避弾径始の体制を維持する、イワンも常人離れした正確無比な照準で敵を撃破する。勿論ヨハンの超人的速さの装填も炸裂する。


「右の奴から始末しろ! 横の奴は動きが速い、右信地旋回! 回り込め!」


 ゲルンハルトは先の先を読み、自車の行動を的確に指示する。戦闘前の感傷は既に無く、機械化した肉体は条件反射の如く戦闘行動を取る。


「後続の車輌はゲルンハルトの側面を援護! こちらも右翼から前進! 敵の側面を突破! 右翼の後続は敵の反撃に備え、前衛の援護!」


 ガランダルが追加の戦闘指揮に声を上げた、戦力差はあっても歴戦の指揮は味方を鼓舞する。


「うち等は?!」


 握るハンドルに汗を滲ませ、チィコがリンジーに振り返る。


「前方、二時。バンカーがある。そこに移動して」


 落ち着いた声のリンジーに、チィコはふと胸を撫で下ろす。


「その後はどうするん?」


「とにかく、シュワルツ・ティーガーの援護。一輌でも敵の数を減らすの」


 サルテンバは、デア・ケーニッヒスの影から出ると、前方二時の方角に機首を向けて前進した。


「お譲ちゃん達、前に出るぞ」


 キュルシュナーがペリスコープ越しに呟く。


「仕方ないのぉ」


 オットーが操縦席のベルガーの背中を蹴る。


「何じゃ?」


 口をポカンと開け、ベルガーがのんびりと振り向く。


「ワシ等も出るんじゃ」


「的になるんか?」


 オットーの言葉に、子供みたいな笑顔のポールマンが頭を掻いた。


「まぁ、そんな所じゃな」


 照れ笑いの様なオットーの言葉。


「出るなら早よせんと、追い付けんぞ」


 人事みたいに言うキュルシュナーは、どっこらと砲弾を装填する。


「老眼に高速で移動する目標はキツイのぉ、神経痛も出る頃じゃ」


 冷やかすポールマンだったが、リンジー達の位置を的確に予想していた。


「そんじゃ、行きますか」


 ベルガーはヤッとサイドブレーキを外す。


「回り込めよ、モタモタしておったら本当に棺桶になるわい」


「もう、なっておる」


 オットーの変な激にキュルシュナーも笑い、マチルダはガクガクと車体を揺すると猛煙と共にヨタヨタと発進した。


「TDはこの場を動くな! お主の戦車は丸腰じゃぞ」


 続いて出ようとするTDに、オットーが怒鳴る。慌ててブレーキを踏むTDに、キシュルナーが怒鳴り声を被せる。


「助かる確率は少ないが、死ぬ確率よりは高いんじゃからな!」


「そんなぁ~」


 TDは声を震わせた。


_________________



「右、一時! シュワルツ・ティーガーの側面を狙ってる! チィコ、バンカーを出て! 回り込んで!」


 チィコはアクセルを蹴飛ばし、ハンドルをブチ回す。走りながらサルテンバの砲塔は旋回しつつ、照準を定める。揺れる照準眼鏡の奥に、敵の車輌が横腹を見せる。


「もらった!」


 リンジーの必殺の一弾は、敵戦車を撃破する。


「今度はその奥や!」


 硝煙の向こうに新たな敵戦車の姿、真っすぐにサルテンバに迫る。


「回避よ、照準ロックしてる!」


「リンジー! 次弾発射や!」


「後、五秒!」


 リンジーは装填装置の遅さを呪う、次の瞬間に敵戦車が爆発する。


「撃って……ないやろ」


 唖然としたチィコに、通信機からカッカッカと高笑いが耳に届く。


「おじいちゃん達!」


 砲発射の勢いで傾くマチルダが、リンジーの視界に飛び込んだ。


『お譲ちゃん、右のバンカーに入るんじゃ』


 オットーの通信にチィコはバンカーへと向かう。


「シュワルツ・ティーガーがっ!」


 リンジーは囲まれつつある黒い車体を見て叫ぶ。


『陽動じゃ、後続が援護しておる!』


 叫んだオットーの声も、後続に続く援護車両の減った現実が否定する。


「でも!」


『お前さん達も囲まれとるんじゃぞ!』


 その束の間、死角から敵戦車が動きの止まったサルテンバを狙う。マチルダが砲軸線上に割り込み、装甲が轟音と火花に包まれた。


「おじいちゃん!!」


「じいちゃん!!!」

 

 リンジーとチィコの叫び声が、月明かりの夜空に吸い込まれた。


________________



 奮闘しているシュワルツ・ティーガーも、被弾の数が増えていた。


「駆動系がおかしい」


「砲塔旋回もシブくなってきた!」


 ハンスとイワンから矢継ぎ早に報告が入る。


「味方車輌も半分以上がやられた」


 ヨハンも戦況を報告する。多勢に無勢、味方戦力は次第に消耗しつつあった。


「リンジー達は!」


 前方から目の離せないハンスが叫ぶ。


「大丈夫だ……ジジィ達が盾になった」


 後方で燃えるマチルダに、ゲルンハルトの声は沈む。


「ちきしょう!」


 イワンはそれでも迫る敵に主砲を撃ち続ける。


「右! 三時! 三輌! 並行攻撃だ!」


 刹那! ゲルンハルトの声が車内に炸裂する。どんなに優れた戦車でも、同時に三輌は攻撃出来ない。追い詰められ出来るのは、その内の一輌と刺し違えるだけだった。


 全員の脳裏に瞬間的に浮かぶのは……”死”だった。


_________________



「シュワルツ・ティーガーが囲まれつつあります。味方車輌残存……三十パーセント、消耗は加速しています」


 報告はミューラーの途切れる声が象徴する。数の上でも戦車の戦闘力も、数段に劣る状況は否定したい現実を容赦なく押し付ける。数秒置きに失われる味方に、ガランダルの顔も険しさを増す。


「デア・ケーニッヒス。右、二時の方向、シュワルツ・ティーガーを援護に向う」


 到底考えられないガランダルの言葉は、艦橋を圧迫した。


「無理です、地盤が自重に耐えられません!」


 明らかに不可能な指示に、ミューラーは叫ぶ。砂漠地帯の軟柔な地面は、それでなくても履帯は沈降し普通に前進する事さえ妨げていた。


「弾幕を張るんだ! 弾種任せる! 諸元修正は各自で判断! 効力射!」


 声を枯らすガランダルも、もう一つの無理も承知していた。


「素人の照準です。敵味方が入り乱れた状態では、誤射の可能性がありますっ!」


 ミューラーは必死で応戦するクルー達を庇う。黙ったまま、ガランダルは拳を握りしめた。


_________________



「嫌っっあっ!!!!」


 リンジーの叫びが爆発する!チィコはあまりの衝撃に言葉を失う。目の前で炎に包まれるマチルダ、応答を求め叫ぶ通信機からは雑音だけが響く。


「リンジー! 横っ!」


 チィコが突進してくる敵に気付く。


「逃げてっ! 全力後退!」


 リンジーが叫ぶ! 地面のうねりに履帯が空転し砂だけが天高く舞い上がる。サルテンバは敵に横腹を晒す形になる。チィコはそれでも必死でハンドルを切り、アクセルを蹴飛ばす。


 リンジーの目には、敵の砲塔がスローモーションみたいに旋回するのが見えた。


 コンマ数秒の判断、反撃は間に合わないと完結すると、周囲の音が止まり心臓の音が取って変わった――見開いた目に涙が溢れるが、言葉は出ない。


 一瞬、操縦装置と格闘するチィコの背中を見る。”ごめんね”と声にならない声が、永遠とも感じられる時間の間に脳裏を巡る。全身の力は抜け、魂は暗闇へのドアを開く。


(明日の今頃は……何してるんだろう)


 ついさっき、自分の言った言葉が脳裏で静かにリフレインした。


 だが、その刹那の瞬間! サルテンバを衝撃波が襲う。地震並の振動と爆音、被弾――一瞬の思考の停滞も、霞む視界に飛び込む赤い車体が金剛力で現実へと引き戻す。


「マリーやっあ!!!!!」


 チィコの爆発する叫びが、溢れる涙のリンジーを救う。


『お待たせっ! 平気っ?!』

 

 折れる程抱き締めたいマリーの声が、レシーバーに響く。


「うち等は大丈夫やっ!」


『後退しろ! 後は任せるんだ!』


 ヴィットの声が、更に激しくリンジーの胸を激しく揺すった。


『後でおみあげ渡すからね!』


 高速旋回しつつ、敵を撃破しながらマリーの声が届く。


「……うん……後で……」


 声にならない程涙に包まれ、リンジーは呟いた。


「楽しみやなっ! おみあげ!」


 振り向いた笑顔のチィコに、リンジーは涙を拭おうとせずに肩を震わせ無理して微笑んだ。


__________________



「最後は外さない!!」


 叫びはイワンの魂の雄叫びだった、迫る三輌の先頭に渾身の一撃を放つ。爆発炎上する敵を網膜に焼きつけ、ゲルンハルトは拳を握る。最後の瞬間まで、この目は閉じないと。


『右に回避してっ!!』


 聞き覚えのある懐かしい声が、全員の耳を直撃する。咄嗟にハンスは右に回避、ゲルンハルト達は強烈な横Gに反射的に下半身を踏ん張る。続け様に二つの爆発音と、また声が飛び込む。


『残存を率いて後退して! 後は任せて!』


 声と同時に、前方を高速移動する赤い車体が視野に激突する。


「マリーかっ!!」


 ハンスが歓喜の声を上げる。


「遅いぞっ!」


 イワンも続く。


「待たせやがって!」


「全く……だ……」


 嬉しそうなヨハンは天を見上げ、掠れているゲルンハルトの声はイワン達も気付かなかった。


_________________



 全速で走りながら、マリーは主砲を左右に高速旋回させながら敵を殲滅する。振動は数メートル程の振り幅で、上下と左右からシートベルトに固定されたヴィットを襲う。しかも、すれ違い様に砲塔後部の対空機銃で敵の転輪を履帯ごと吹き飛ばす。


(ぐえっ)とか(だぁっ)とかの呻き声だけが、ヴィットの言葉になる。まれに流れ弾も装甲を直撃するが、マリーはスピードを落とさない。その鬼気迫る戦闘の影に、仲間を心配するマリーの怒れる思考がヴィットに突き刺さった。


 混乱した敵は次第に浮き足立つ。マリーは敵の攻撃を六輪操舵とロケット噴射を駆使し、寸前で回避して次の瞬間お返しの砲弾を叩き込んだ。ハルダウンした敵もジャンプしたマリーは簡単に殲滅する、しかし後退する敵には攻撃を仕掛けない。


 マリーはやっとスピードを緩めた。


「逃げる奴はいいのかよ?」

 

 分っていたがヴィットはあえて聞く、今度の戦いでもマリーは敵の人員に死傷者は出さないでいた。


「去る者は追わずよ」


「そして、命は奪わない」


 マリーの声にヴィットは少し笑って言葉を被せる。


「それは……」


 声を惑わすマリーに笑顔のヴィットがまた続けた。


「そんなとこが……好きなんだ。やっといつものマリーになった」


 戦場に着いた時の鬼気迫るマリーが、少し心配だったヴィットは安堵の溜息を付く。


「ばか……」

 

 マリーはヴィットがひっくり返る程の急加速で、残存の敵に向った。


__________________



「来ました! パンドラが来ました!」


「うむ……」


 歓喜のミューラーがガランダルに振り向く、握る拳に更に力を入れてガランダルは頷いた。


「でもあれは……」


 クルトは戦慄に包まれていた。軍人とは異なる科学者の目は、その超起動性に恐怖すら覚えていたのだ。クルーの中でも反応は別れる、歓喜する者と同じ数の驚愕する者がいた。


「人知を超えたモノだけが、神に近い存在を許される……か」


 自分自身に呟くガランダルの強張る顔色を、艦橋の全員が各自の思いで覗う。電光石火の戦闘は、神と悪魔の区別を曖昧にしている様に表面上は見えていたが、その奥底の優しさは次第に見ている者を穏やかに包み込んだ。


_________________



「マリー怒ってるみたいや……」


 神掛かり的な戦闘を見ていたチィコが、少し声を落として不思議そうに呟く。


「そうね、マリー……確かに怒ってる」


 リンジーも同じ考えだった。


「何でやろ?……」


「……たぶん……私達の為」


 今すぐにでもマリーの傍に行きたいと、リンジーはココロから思った。そしてハッチを開け、ヴィットの顔を見たいって正直に思った。


『そうだな、今のマリーは怒ってるのかもな……』


 通信機の向こうのゲルンハルトも、マリーの戦闘をやっと落ち着いた気持ちで見ていた。


「……でも……なんだか、神々しいな」


 言葉を途切れさせながらハンスが呟く。


「だから前から言ってるだろ……天使だって」

 

 イワンの声は誇りに充ち溢れて、ヨハン達は黙って何度も頷いていた。


__________________



「信じられません……」


 いとも簡単に戦線を押し戻された状況に、副官は声を失った。


「たった一輌で戦況を打破か……何なんだ?」


 指揮官も現実の状況を受け止められずにいた。


「人間業じゃない、あの赤い戦車は化物です」

 

 見開いた目の瞬きさえ忘れ、副官は呟いた。”化物”という言葉が、指揮官の胸に突き刺さる。


「戦ってはいけないモノなのか……やはり……」


 呟く声は、指揮戦車のコクピットに装甲の反響と供に余韻を残した。天使かもしれないと思った事を後悔が包む。敵には天使でも自分達には悪魔だと、立ち位置の違いが指揮官を暗闇に付き落とした。


「新たな命令です。残存を率い態勢を整え、作戦はバンスハル攻略戦に移行せよ」


「やはり最後はあそこか」


 副官の報告に、指揮官は黙って頷いた。


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