守護
「補給に戻るね」
ミリーはそう言い残すと離陸して行った。
『我々も補給に戻る』
リーデルからの通信をリンジーが持っていた無線で受けても、ヴィットは呆然と立ち竦むだけだった。だが、そんなヴィットを他所にリンジーやTD、コンラートはマリーの修理を始めた。
「何してるんだ?……早く、逃げないと」
「ミリーがマリーの交換部品を持って来る。準備をしておかないとな」
「でも……」
TDは真顔で言うが、ヴィットは言葉を詰まらせた。一人俯くヴィットの傍では、カリウスが凛とした態度で指示を出していた。
「マリーを中心として防御陣地を形成する。ゲルンハルト、君達には遊撃隊の指揮を頼む」
「了解しました」
カリウスの指示に、ゲルンハルトは背筋を伸ばして敬礼した。
「アタシ等は?」
腕組みしたミネルバに、カリウスは薄笑みを浮かべて言った。
「君達の駆逐戦車隊はマリーの直衛を頼む」
「分かった。野郎ども、まんまるを取り囲め! 敵を近付けさせるなよ!」
「ミネルバ……どうして? 凄い数の敵が迫ってるんだ……」
俯き加減のヴィットが力なく聞くと、ミネルバは怒鳴り上げた。
「アタシ等が逃げたら、二度とまんまるに会えなくなるんだ! お前はそれでいいのかっ!!」
「……」
ヴィットは何も言い返せなかった。本当は心の底から、助けて欲しいと言いたかった……でも、それは皆を危険に晒す事。ヴィットには言えなかった。
「言っていいんだよ……私達は、その言葉を望んでる」
「そやで。水くさいで、ほんま」
修理の手を止めたリンジーは優しく言って、タオルでマリーの車体を拭きながらチィコは笑顔を向けた。。
「まあ、言われなくてもマリーは守るけどな」
「山程の借りがある。ここらで少しは返さないとな」
イワンは笑顔で言い、ハンスも親指を立てた。
「最初から、そのつもりだけど……」
ヨハンは小さく呟いた。
「少年よ。この戦いはマリーを守る為の戦いじゃ……逃げるつもりなら、とっくに逃げておる」
オットーの後ろでは、ポールマン達が笑顔で頷いていた。
「そう言う事だ。君はマリーの修理に全力を注げ」
ゲルンハルトの言葉に、ヴィットは小さく頷いた。
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「早く降りてよ!」
「ミリーからの連絡です。補給に戻ると」
叫ぶタチアナに対し、ハイデマンは静かに告げた。
「だから、どうしたのよ!」
「新たな敵の大群が迫ってます。我々は……」
「それが、どうしたのよ!」
ハイデマンの言葉を遮り、タチアナは怒鳴った。
「武装も無い機体では、足手まといになるだけです」
「でも……」
「お気持ちは分かりますが、出来る事をしなければなりません」
「出来る事なんて……」
タチアナはは声を落とした。
「デアクローゼより入電がありました。あなたが募集したタンクハンターが集結しています。動かすのはあなたです」
タチアナは絶望と動揺の中で、ハイデマンの言葉の中に一瞬の光が見えた気がした。
「分かりました。地点を指示して下さい。そこにいるマリーを、どんな事をしても守ってと伝えて下さい」
背筋を伸ばしたタチアナは、遠く地平線を見詰めた。
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修理を続けながら、幾ら待ってもマリーは目を覚まさなかった。優に一時間は経過して、次第にヴィットは焦り出した。
「ミリーは大丈夫って言ってるから」
「でも、もう一時間だ!」
優しいリンジーの声にも、思わずヴィットは怒鳴ってしまった。
「ヴィット。見て見ろよ、この部分」
TDに言われて見ると、焼け焦げて完全に破壊された対空機銃の銃座は、新品の様に輝いていた。
「ここだけじゃない。対空レーザーの懸架部も新品みたいだ」
「ホイールも曲がってボロボロだけど、取り付け部分は歪みどころか傷さえ皆無だ」
マリーの下から顔を出したコンラートも首を捻った。
「アームかて折れてるんやけど、付け根は何ともないみたいやで」
掃除で埃だらけのチィコも、ポカンとした。
「底面ロケット自体は全交換が必要みたい。でも、車体に損傷は見られないよ」
リンジーは一番損傷が激しい部分を指摘した。
「ホイールロケットを交換すれば飛行は可能だ。サスペンションも無事だから、高機動戦闘も大丈夫だな。作業は時間の掛かる底面ロケットの交換は見送り、ホイール交換と武装の再装着を優先しよう。ただし、主砲は無事だが照準システムはダメだから、砲手は頼むよヴィット」
TDの説明を受けても、ヴィットはココロの中でモヤモヤしたモノに包まれた。
「それはいいけど……どう言う事なんだ?」
「つまり、マリー本体は無傷だって事だ。機銃もレーザーも、取り換えの効くただの耗品だって事だよ」
TDの言葉に、ヴィットの気持ちは幾分は軽くなったが、マリーの元気な声が耳の中で何度も木霊した。




