火球
巨大な火球が治まるのに、物凄く長い時間に感じられた。リンジーとチィコは爆発と同時にサルテンバを全力で走らせていた。
閃光を片腕で防ぎながらも、リンジーは火球の中心から目を逸らせない。心臓が飛び出しそうになり、視界が途切れる程に涙が溢れても気にしない。
アクセルを床まで踏み、力いっぱいハンドルを握ったチィコも滝の様に流れる涙を拭おうともしなかった。ただ、歯を食いしばって前だけを見ていた。
火球はやがて空の青さに吸収され、轟音 も風に薄められ、爆煙が消えていく。そして、リンジーの視界に赤い点が浮かび上がった。
「ヴィット!! マリー!!」
その叫びは、大空に響き渡った。
______________________
「早くして……」
タチアナは観測機の後部で、俯いたまま呟いた。
「あれは……旋回して確認しろ」
前方に巨大な火球を見つけたハイデマンは操縦士に告げるが、その内心は最悪の事態に占領されていた。
目視では火球の周囲に巨大なクレーターが幾つも存在し、大規模な爆発があった事しか分からなかった。ただ、それがマリーと関係してる事だけは否でも状況が物語っていた。
「何なのあれは?!」
「分かりません……どうやら、戦闘は終わった様です……着陸場所を探します……」
思わず声を上げるタチアナだったが、ハイデマンは静かに告げた。
_____________________
「なんて事だ……」
「フリー二機の自爆です……耐えられるモノなど、存在しません」
遥か彼方の火球を見詰め、唖然と指揮官は呟き、副官は視線を落とした。そして、火球が収まると指揮官は告げた。
「全車、全周警戒のまま前進。マリーの確認に行く」
「了解しました」
副官は力の無い声で返答した。
_____________________
「ウソだろ……無線は?!」
彼方に火球を見たゲルンハルトはハンスの方を向くが、ハンスは黙って首を振った。
「ハンス! 行くんだ!」
イワンはハンスのシートを蹴飛ばすが、ヨハンは小さな声で言った。
「見れるのか?」
「お前は何を!?」
思わずイワンが声を荒げ、ヨハンは目を逸らした。そこに、オットーから無線が入った。
『何をしておる? 直ぐに行くのじゃ。嬢ちゃん達が向かっておる』
「分かった! ハンス!」
ゲルンハルトは瞬時に悟り、ハンスはシュワルツティーガーのアクセルを床まで踏んだ。
_____________________
「なっ、何だ?」
胸が締め付けられた。ミネルバは、経験した事のない全身の震えが止まらなかった。
「マリーの至近で自走地雷が爆発、存在は……確認できません」
「……」
部下の報告にもミネルバの思考は動かなくて、ただ震え続けた。
「姉さん……味方車両が集結してます」
「……」
しかし、ミネルバは言葉を失ったままだった。
「全車、前進……周囲の警戒を怠るな」
副官の部下は、静かに命令を出した。
_____________________
「乗れ!」
「何処へ?」
TDはコンラートに叫ぶと、装甲車に飛び乗った。
「なあ、マリーの電磁装甲なら大丈夫だよな……」
「接触したまま爆発したら、電磁装甲もハイパーセラミックも……」
ハンドルを握ったまま、TDはコンラートの問いに背中で答えた。
「そんな……」
呆然とするコンラートに、TDは振り向かないまま声を絞り出した。
「マリーは……ヴィットを守る……どんな事をしても守る……」
「なら、マリーは?」
「……」
泣きそうなコンラートの問いには、TDは答えなかった。
_____________________
集結した者が目にしたのは、変わり果てたマリーの姿だった。焼け爛れた装甲、完全に破壊された対空レーザーと、機銃。左右のアームは根本から千切れ、タイヤも三本が破裂していた。
完全に沈黙するマリーに、リンジーはフラフラと近付いた。
「待つんだ」
ゲルンハルトが肩を掴むと、振り返ったリンジーの顔は放心状態だった。ゲルンハルトはイワンに目で合図すると、リンジーを座らせた。チィコも半ば放心状態で、リンジーの隣に座り込んだ。
イワンはマリーに昇ると、一度大きく深呼吸して中に入った。リンジーはその様子を焦点の合わない目で、呆然と見ていた。
イワンがマリーに入ってからの時間は、ほんの数分だった。だが、リンジーには永遠の様に感じられた。
「ヴィットやっ!!」
リンジーはチィコの大声で魂が体に戻った。イワンに抱き抱えられたヴィットの姿、何より嬉し泣きのイワンの顔が全てを物語っていた。
「ヴィット!!」
一目散に駆け寄りイワンからヴィットを受け取ると、ヴィットの暖かさがリンジーの胸を張り裂けそうな興奮で満たした。だが、言葉にはならずにリンジーは、ただ泣きながらヴィットを抱きしめ続けた。
____________________
「苦しいよ……」
気を失っていたヴィットは、胸の苦しさで目を覚ました。
「ヴィット! ヴィット!」
目の前には涙でグシャグシャになったリンジーがいた。暫くは思考が停止していたヴィットも、直ぐに現実に戻る。
「マリーは?!!」
起き上がったヴィットが叫ぶと、視界にマリーが飛び込む。リンジーの静止を振り切ってマリーに駆け寄るが、一瞬でヴィットは立ち竦んだ。
「爆発の瞬間、アームで自走地雷との間に空間を空けた様だ……空間装甲の原理だ……損傷は酷いが、致命的ではないはずだ……」
ハッチから顔を出したTDが真剣に呟くと、ヴィットはマリーを必死で揺さぶった。
「マリーどうした?! 起きろよ! 起きてくれよ!!」
「外装はボロボロだが、内部の損傷は目視では大丈夫そうだ……」
コンラートも首を傾げるが、マリーは沈黙したままだった。
「なら、どうしてマリーは起きないんだよ?!!」
「それは……」
襟を思い切り掴みヴィットは怒鳴るが、コンラートは俯いた。
「分からないんだ……」
「だって、TDは治してくれたじゃないか!!」
TDも俯くが、ヴィットは更に大声を上げた。
「俺達はただ、配線を治しただけだ……マリーのシステムは全てが未知のブラックボックスなんだ……」
唇を噛んだTDは、拳を握りしめた。
「……そんな……」
目を見開くヴィットに、誰も声を掛けれなかった。
「あそこ! 降りて来るぞ!」
ゲルンハルトは着陸態勢のミリーに気付き、皆を下がらせた。ミリーは音も無く着陸すると、俯くヴィットに優しく言った。
「大丈夫だよ……あの爆発は強烈な電磁パルスを放射したの。マリーは自らを守る為、強制シャットダウンしただけだから」
「えっ?……」
「だから、もうじき目を覚ますから……」
「マリー! よかった!!!」
ミリーの言葉で、ヴィットの涙腺は我慢の限度を超えた。
________________
「あなたは……」
驚いたのは、ゲルンハルトだった。指揮官は副官に全周警戒を支持すると、マリーの傍にやった来て唖然と言った。
「あの爆発でクルーが無事なんてな……陸上戦艦でも助かる爆発じゃないぞ」
「カリウス大佐、お久しぶりです」
「やはり、君だったか……」
敬礼するゲルンハルトに、カリウスはニヤリと笑うとマリーとヴィットに向き直った。
「どうして、助けてくれたんですか?」
「勤め先をクビになってね……」
鋭い視線のヴィットに、カリウスは穏やかに言った。
「あいつ等は何なんですか?」
「言わば武器商人だ。我々は金で雇われ、マリーを捕獲する為に……」
ヴィットの質問にカリウスが答えている時に、副官が走って来た。
「新たな増援が迫ってます」
「規模は?」
「二個大隊の戦車部隊と航空兵力の規模は不明です」
カリウスの問いに、副官は険しい表情で答えた。
「まだ来るんですか?」
驚くヴィットに、カリウスは強い視線で言った。
「マリーの奪取は諦めたと思っていたが……」
「我々は完全に踏み台でしたね」
副官も視線を強めた。
「初めから、デット・オア・アライブだったんだ……」
拳を握るカリウスだったが、ヴィットの背中は滝の様な汗が噴き出していた。




