信じ合うこと
「電波妨害を止めて!」
サルテンバから飛び降りたリンジーが叫んだ。
「何だって?」
無線機の前で、TDは驚きを隠せなかった。
「連携してキルゾーンに追い込むから!」
「でも……」
「いいから、止めろ」
TDの横でコンラートは静かに言った。リンジーは涙を一杯に貯め、体を震わせていた。
「分かった」
頷いたTDは、無線機の電源を落とした。
「行かないのか?」
その場で立ち竦むリンジーに向かい、コンラートは静かに聞いた。
「行きたいけど……私はマリーとヴィットの足手まといになる」
言葉を振り絞るリンジーの肩を、そっとチィコが抱いた。
「心配ない……マリーとヴィットには俺達が付いてる」
コンラートの言葉は、我慢していたリンジーの涙腺を崩壊させた。泣きじゃくるリンジーに、今度はTDが優しく言った。
「マリーの修理計画を考えてる……リンジー、知恵を貸してくれるかい?」
「……」
リンジーは泣きながらも、小さく頷いた。
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急に無線のノイズが消えると、ゲルンハルトの凛とした声が無線機から響いた。
『十字砲火で自走地雷を殲滅する』
「十字砲火って? どこにそんな援護があるんですか?」
全く意味が分からず、ヴィットはポカンと聞いた。
『少し前まで敵だった奴らだ。暗号通信で連絡があった』
ゲルンハルトの言葉で、無線で話した敵の指揮官の声がヴィットの耳の奥に蘇った。
「信じるんですか?」
『リンジーは信じて電波妨害を止めに戻った……それも奴らからの指示だ』
「リンジー達を戦場から遠ざける為ですか?」
『多分、そう言う事だろう』
「分かりました。キルゾーンに誘い込めばいいんですね」
『信じるのか?』
「少しでも可能性があるなら、俺は賭けます」
ヴィットの声には覇気と強さがあった。
『同じだな……』
思わずゲルンハルトは笑みを浮かべた。
「同じ?」
『リンジーと同じだ。可能性があるなら掛けたい……と』
「リンジーがですか?」
『そうだ……そして、我々も同じだ……どんな可能性にも賭ける。君と、マリーを救う為なら』
ゲルンハルトの言葉は、凛として強かった。だが、マリーは黙ってヴィットとゲルンハルトの会話を聞いていた。
「マリー……俺は……」
ヴィットは小さな声で呟くが、直ぐにマリーはちゃんとした声で答えた。
「ワタシも信じる。ヴィットや皆が信じる事……行こう、決着をつけよう」
『ワシ等とゲルンハルトが左右から牽制する。少年は正面から行くのじゃ、奴らが追って来たら真っ直ぐキルゾーンに誘い込むのじゃ。よいか、タイミングじゃ。じゃが焦りは禁物じゃ、そして決して忘れてはならん……ワシ等が付いておる事を、な』
通信に割り込んで来たオットーの言葉は、とても穏やかだった。
「……分かったよ、爺ちゃん」
シートに座ったヴィットは、シートベルトを強く締めた。そして、改めてマリーに向かって言った。
「さあ……行こう、マリー」
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『何だとっ!? さっきまで敵だったんだぞっ!! 信じるバカがいるかっ!?』
スピーカーが破裂しそうな勢いで、ミネルバが叫んだ。
「信じるみたいだ。ヴィットとマリーは……そして、リンジー達もな」
落ち着いた声で、ゲルンハルトは答えた。
『アンタもなのかっ!?』
「勿論だ」
叫ぶミネルバに、ゲルンハルトは即答した。
『……バカだよ……アンタ達……』
呟いたミネルバは無線を切った後、部下達に命令を下した……しっかりした口調で。
「援護するよ! いいかい! まんまるにT34を近付けるな!!」
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「信じるか?!」
『そうね。マリーが信じてるもんね』
ゲルンハルトからの連絡を受け、敵機と交戦しながらもリーデルは聞いた。ミリーの返事は即答で、リーデルはニヤリと笑った。
「後は任せろ、君は援護に迎え」
『分かった……無理しないでね』
「もう、無理はしてるさ……」
翼を翻し急降下して行くミリーを目で追いながら、リーデルは呟いた。
「大佐! 前方二時! 二機の塊に向かって下さい!」
全周警戒中のガーデマンは、的確に指示を出した。
「お前はどう思う!?」
スロットルを全開にしてフットバーを蹴飛ばしながら聞くリーデルに、後部機銃のコッキングレバーを引いたガーデマンは笑顔で言った。
「五分五分ですけどねっ!」
「だから、どっちなんだ?!」
「大佐と同じですよ!」
ガーデマンは散開する片方の敵機のエンジンを一発で撃ち抜き、叫んだ。
「そうだな……マリーが信じるなら、それが正解だ」
リーデルは機体を引き起こしながら、もう片方の敵機に向かいながら呟いた。
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砂煙を立て、全速でマリーはフリーに向かう。フリーは二機づつに分かれ、前方で真横に展開していた。
「二機づつ来るぞ!」
「ギリギリまで接近する! 全部を誘わないとっ!」
ギリギリまで接近したマリーは、六輪操舵システムを全開! 超急角度でユーターンする。その速度は全く落ちず、シートベルトがヴィットの体に食い込んだ。
「牽制するぞ!」
ヴィットは必死で照準眼鏡を覗き込み、先頭のフリー二機に主砲弾を発射した。着弾の瞬間、二機のフリーが左右に残像を残して展開! 細い足が大地を蹴って大空を舞った。
その瞬間、シュワルツティーガーの88ミリが火を噴いた。左のフリーは空中で超機動で躱す! そして右のフリーにもマチルダが2ポンド砲を発射! だが、同じく圧搾空気のサイドキックで渾身の一撃を躱した。
「お爺ちゃん! ゲルンハルトさん!」
「大丈夫だっ! 奴らの狙いは俺達だけだっ!」
マリーの叫びに、ヴィットが叫び返す。確かに、フリー達はシュワルツティーガーやマチルダには目もくれず、マリーだけを追っていた。
「そうみたい……でも、他の機体は追って来ない」
マリーは後方に展開する、残存のフリーが気になった。
「確かに、二機づつしか来ないな」
ヴィットも気付いていた。フリーは最小から、全機同時には攻めて来なかった。
「少しづつダメージを与えるつもりなのよ」
「多分そうだ……でも、十字砲火の包囲網は一回きりだし……どうする?」
考え込むヴィットは自問自答し、マリーにも方法は浮かばなかったが、無線機の叫びにヴィットは我に返った。
『そのまま行って! 後ろの奴も追い立てるから!』
「ミリー! 大丈夫なのか?!」
『任せて! ワタシが後方! 左右はシュワルツティーガーとマチルダが追い込むから!』
「分かった! 気を付けて! マリー、行くぞ!」
「了解! 底面ロケットの噴射は後一回だけ! 一発で決める!」
叫んだマリーは更に加速してキルゾーンに向かう! ヴィットは砲塔を後方に向け主砲を撃ちまくる! 左右はシュワルツティーガーとマチルダが動きを牽制! 後方もミリーが機銃の掃射で追い込んで行った。
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「配置完了です」
「残存フリーは一発で殲滅する。各部隊に連絡、一斉爆発は想像を超える。くれぐれもハッチから顔を出すなとな」
「了解、通達します」
指揮官の言葉に、副官は敬礼した。
「しかし、見事な連携だな」
双眼鏡で覗いた指揮官は呟き、副官も頷いた。
「戦車三輌と戦闘機一機で戦場をコントロールしてます」
「彼らは私達を信じてくれた……答えないと、な」
「はい」
指揮官が穏やかに言うと、副官はサッと背筋を伸ばした。




