連携
『ヴィ…ット!! 止まり……な……さい!!』
「何だって!?」
雑音が混ざる突然のリンジーの怒鳴り声に、ヴィットも叫び返す。だが、マリーは急停車した……フリーとの距離はまだ遠く、二列に並んで向かって来ているのが微かに見えた。
『ちゃん……と、考え……て! 同時……攻撃は数……が揃わないと……』
「分かってるさ」
リンジーのの叫びを遮り、ヴィットは静かに言った。
『分か……って……ない!!』
叫んだリンジーの目に涙が溢れ、雑音に紛れた。
『ヴィ……ット、無茶……したら……アカ……ン……皆、心配……してる……んやで』
「……ああ」
雑音の中、チィコの穏やかな声にヴィットは小さな声で返事した。
『どう……戦う……つもり……なの? 相手……は速い……のよ……マリー……でも補足……出来ない……くらい……』
「そんなもん、気合と根性で……」
少し震えるリンジーの声、ヴィットは小さく言いかけるがリンジーの怒鳴り声に掻き消された。
『気合……と根性……だとっ!? そんな……もんで……当たる……なら苦労は……ないっ!! いいっ?! 当たっ……た瞬間……に大爆発……だよっ!! ハッチか……ら身を……乗り出し……たアンタは……上半……身が吹き……飛ば……されて……』
雑音交じりのリンジーの叫んだ言葉は、最後には雑音に掻き消された。
「リンジー……大丈夫。RPGはワタシが持つから……ヴィットには主砲を任せる」
「マリー……」
それまで黙っていたマリーの言葉に、ヴィットは唖然とした。
『ヴィッ……ト……マリー……を守っ……て……そし……て、マリー……ヴィ……ットを……お……願い……』
雑音の中でリンジーの声は震えながら、ヴィットとマリーに優しく届いた。
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「連携し出したな……」
「はい。T34は盗賊が牽制し、フリーにはマリーと三輌が当たり、赤い戦闘機を中心に戦術を組み立ててます」
双眼鏡を見て呟く指揮官に、副官が補足した。
「いい作戦だ。フリーの超高機動を破るには、同時多発攻撃しかないからな……しかし、絶対数が足りない。撃破出来ても数機だな」
「そうですね……でも、フリーは何故全機で向かわないのでしょうか?」
「動かしてるのは戦闘の素人だからな。戦力の分散は、失敗のリスクを恐れているからだ。少しずつ戦力を削り、確実に仕留めたいのだ」
「指揮官殿ならどうしますか?」
薄笑みを浮かべた副官の問いに、双眼鏡を覗いたままの指揮官が答えた。
「至近で全機の爆発を持って殲滅する……チャンスは最初の一撃だけだった……奴らは、その千載一遇のチャンスを逃したのだ……何だ? さっきから通信障害が出てるようだが」
時折、通信機が大音量で雑音を発して、指揮官は首を捻った。
「通信設備からの電波妨害ですね、フリーは無線操縦ですので。しかし、アクティブ変動周波数を捕まえるのは至難の業かと」
「固定周波数では、兵器として役にはたたんからな」
「唯一有効なのはチャフなどのパッシブデコイですが、数には限りがある様ですね」
腕組みする指揮官に対し、平然と副官は言った。
「さて、残存兵力は?」
「重戦車十輌に、機動戦車三十輌、軽戦車が八輌です」
また、双眼鏡を覗きながらの指揮官の問いに、副官はニヤリと笑った。
「残存を三隊に分け、配置しろ」
「十字砲火のキルゾーンですね」
「そうだ。マリーに誘導させる……この距離で暗号通信なら指示を送れるだろ……ついでに電波妨害も止めさせろ。通信施設には、伝令を向かわせるんだ」
「はっ、連携には相互通信が欠かせませんから……一つ、お聞きしても?」
少し笑った副官の問いに、指揮官は双眼鏡から目を離した。
「何だ?」
「正式に契約しなくて、援護ですか?」
「たまには、ボランティアもいいだろ」
「はい……」
笑って頷く副官だったが、指揮官は双眼鏡に目を戻しながら呟いた。
「マリーを失う事は、人としての”良心”を失う事だ……」
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「暗号通信だ。この前の奴……」
「スターリ9を知らせて来た奴か?」
ハンスの報告にに、直ぐにゲルンハルトが反応した。
「で、今度は何と言ってるんだ?」
照準眼鏡を覗いたまま、イワンは訝し気な声で聞いた。受け取った暗号文を、ヨハンは同時通訳の様に一瞬で解読して読んで聞かせた。
「成るほど、十字砲火か……それなら火力に不足はないな」
「信じるのか?」
頷くゲルンハルトに、イワンが強い視線で聞いた。
「リンジー達を伝令に返せと言ってる……通信施設に」
ヨハンは何時もと違う鋭い視線だった。
「電波妨害を止めろって言うんだろ? 怪しくないか?……確かに電波障害で施設とは通信出来ないから、行くしかないけどな」
「ああ、怪しいな。リンジー達を戻し、施設は占拠済み……人質に取る」
ハンスも視線を強め、イワンは振り向いて強い口調で言った。
「リンジーに聞いてみる」
「リンジーにだと?」
ゲルンハルトは凛として言い、驚くイワンが声を上げた。
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シュワルツティーガーをサルテンバに横付けすると、ゲルンハルトは暗号通信の事を全て話した。
「確かにそうね。固定周波数なんて有りえない……私は通信と言う、一番大切な連携の手段を自ら消そうとしていた」
「どう言う事だ?」
話を聞いたリンジーは俯き、ゲルンハルトは強い視線を向けた。
「簡単に電波妨害で行動不能なんて、そんな兵器は無いって事……チャフみたいに局所妨害とは違うのに……気付きもしなかった……連携こそが、あの自走地雷に対する唯一の対抗策なのに……私は、焦っていた……私はバカだった…………私は……戻る……」
「お前も信じるのか?」
俯きながら、涙を啜りながら話すリンジーに、ハッチから顔を出したイワンが小さな声で聞いた。
「……信じるしかないもん……少しでも可能性があるなら、私は……どんな事をしてもヴィットとマリーを助けたいから……」
震えるリンジーの肩を、チィコがそっと支えた。




