同時攻撃
「あのな、えっとな……」
サルテンバを無線機に繋ぐ作業を見ていたリンジーの傍で、チィコが口籠った。
「ヴィットがどうしたのっ?!!」
リンジーは、チィコの様子で瞬間に察した。
「それがな、えっとな……」
「言って!!」
叫ぶリンジーの瞳は、既に涙が溢れていた。
「……ヴィットがな、ミネルバからな……RPG借りてな……」
チィコの言葉と同時にリンジーは駆け出そうとするが、オットーに行く手を阻まれた。
「何処に行くんじゃ?」
「行かせてっ!」
穏やかなオットーの声に、リンジーは泣き叫んだ。
「万全な状態のマリーちゃんなら、あんな機動など一撃で撃退じゃ……じゃが、海での戦いの傷は完全に癒えておらんのじゃ……今度も少年を庇っての戦い。マリーちゃんは、自分の命を削って、少年を守っておるのじゃ」
「……分かってる」
オットーの言葉は、リンジーの胸に突き刺さる。マリーの飛行は明らかに回転を押さえた飛行で、その負担は計り知れなかった。
「少年はの、決してマリーちゃんを悲しませんのじゃ」
「なら、何で!? ヴィットはRPGなんか……」
脳裏には半人型戦車との戦いが渦巻き、リンジーは激しく震えた。
「狙っても当たらん超機動じゃ、当てるならどうするのじゃ?」
「それは、電波攪乱で……」
静かなオットー問いに、リンジーは俯きながら答えた。
「ここのアンテナは、指向性ではないのじゃ。大出力でも効果は疑わしい……ミリーちゃんのチャフも限りがある。そこで、唯一の方法は、同時多重攻撃じゃ」
「それって……」
「少年は、マリーちゃんの主砲を二門にしたのじゃ」
「えっ?」
直ぐにリンジーは理解したが、その後の疑問の方が大きかった。
「そうじゃ。二門など、焼け石に水じゃ……考えは良いが、詰めが非常に甘い。しかし、盗賊の姉さん達も固定砲塔じゃし、ゲルンハルト達だけじゃ援護には足りん」
「私が!!」
叫んだリンジーだったが、多くの配線を繋がれたサルテンバを思うと、胸の高鳴りが瞬時に冷えた。
「見て見なさい」
だが、オットーの声に振り向いたリンジーは目を疑った。沢山の配線が繋がっていたはずのサルテンバには配線は無く、静かにアイドリングしていた。そして、ハッチから顔を出したチィコが微笑んでいた。
「行くで、リンジー!」
「でも、発電しないと……」
「心配ない、ほれ」
オットーが指さす先には錆の塊の様な巨大な物体があり、ポールマン達がハンマーやスパナを振っていた。そして、真っ黒になったコンラートが悲鳴を上げていた。
「爺さん! こんなもの動く訳ないだろ!」
「ワシ等なみにくたびれておるが、コイツは生きておる」
葉巻から煙を立て、キュルシナーが平然と言った。
「ほれ、そこの配線を繋ぐのじゃ」
髭を摩りながら、ベルガーはボロ布みたいな配線を指さした。
「こんな汚いのは、配線じゃない!」
涙目で叫んだコンラートだったが、ポールマンの言葉で一変した。
「この発電機が動けば電力の供給は出来るのじゃがなぁ~、さすればリンジーちゃんの喜びと感謝は独り占めじゃがのぅ」
「俺が直す!」
物凄い勢いでコンラートは配線を繋ぎ、ポールマンがスイッチを入れると発電機は轟音と共に始動した。
「行くのじゃ」
「ありがとう!!」
リンジーはオットーに背中を押されると、サルテンバに飛び乗った。
「あれっ? リンジーは?」
発電機の下から物凄い汚れのまま顔を出したコンラートは、周囲を見回した。
「お主……」
「どうせ、おったんか! とか言うんだろ?」
驚くオットーに、コンラートは面倒そうに言った。
「うんにゃ……そこ、もうすぐ焼けただれるんじゃぞ」
「どわっ!! アッチ!!!」
背中に火の点いたコンラートは、涙を振り撒きながら走り回った。
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「了解した」
リンジーからの連絡で、ゲルンハルトは直ぐに作戦の詳細を把握した。
「なるほど、同時攻撃か……それしか、あの動きは止められないな……しかし……」
感心するハンスだったが、目前に広がる無数のT34に溜息を付いた。
「攻撃位置に近付くのは至難の業だな……」
他人事みたいにイワンは言うが、その目は一点だけを見詰めていた。
「どうする?」
「我々は攻撃位置を目指す」
ヨハンの問いに、ゲルンハルトは平然と言った。
「目指すって、どうやって?」
T34の砲撃が激化している中で、ハンスは唖然と聞いた。
「爺さん達がなんとかしてくれる」
「そうだな、信じるしかないな……」
ゲルンハルトの言葉に、イワンは強く頷いた。
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『同時攻撃が有効なのは分かった。アタシ等にどうしろと?』
オットーの通信に納得するミネルバだったが、作戦の成功には疑念を抱いた。
「邪魔な戦車は挟み撃ちで潰すのじゃ。お主らは、このまま押して出るのじゃ」
『前に出ろって言うのかい? アタシ等は砲塔の無い突撃砲だよ、戦車じゃない。機動力のあるT34相手じゃ、分が悪い』
当然の事だったが、オットーは平然と言った。
「心配ない、後方攪乱で相手は浮足立つのじゃ。それに対戦車自走砲の使い方は、お主らは専門家じゃからな」
『……まったく。で、後方攪乱は誰がやるんだい?』
少し笑った様にミネルバが聞き返した。
「お主らに依頼した嬢ちゃんの部隊じゃ。じゃが、攪乱は出来ても練度は低い。お主等が仕留めるのじゃ」
『……アンタ、ただの爺さんじゃないね。何者だい?』
「ただのエロジジィじゃ、これが終わってたら……」
オットーが言いかけた時、ブチッと通信が切れた。
「さて、後はTDに任せて、ワシ等もでるかのぅ」
振り向いたオットーは、ポールマン達に怪しく笑った。
「何じゃ、的になりに出るのかのぅ?」
「まあ、突撃砲が前に出るんじゃ。援護してやらんと」
ポカンと聞くベルガーに、ポールマンは面倒そうに言った。
「”大陸で最も危険な男”のお手並み拝見じゃ」
葉巻を燻らせ、キュルシナーがニヤリと笑った。
「昔は、そんな風に呼ばれた事もあったかのぅ……」
ニヤリと笑い返すオットーに、ポールマンは苦笑いで冷や汗を流した。
「お主、どうせまた無茶をする気じゃな?」
「当然じゃ」
オットーの返事に、一同は大きな溜息を付いた。
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「誰です?」
オットーからの連絡を受けたブルダに、副官は怪訝な顔で聞いた。
「分からん。二手に分かれ、後方から攪乱しろと言って来た」
「盗賊共の援護ですか……」
「ああ……」
本来ならプライドを傷つけられ、憤慨する処だがブルダは冷静だった。それは、マリー達の戦い方を目前で見た事が少なからず影響していた。
「さっきの大爆発は、何なのでしょうか?」
「敵が奪取を諦めたのかもな……」
副官の問いに、ブルダは溜息交じりに呟いた。
「手に入らないなら、消してしまえと?」
「……未知の戦車は失っても、御曹司を失う訳にはいかない。全軍、二手に分かれ敵を両側から急襲する。今まで通り、狙わなくていい! 敵を攪乱するのだ!」
背筋を伸ばしたブルダの号令で、戦車隊は進軍を再開した。
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「了解した。敵戦車を攻撃する」
オットーからの指示を受け、リーデルは返答した。
「マリーの援護は二両だけですか?」
「三両だ。爺さん達も出る」
ガーデマンは心配そうに言うが、リーデルは強く返答した。
「しかし……」
だが、どう考えても戦力は不足しておりガーデマンは眉を顰めた。
『ワタシも援護に入るから、戦車はお願いね』
「君の武装では無理だ!」
突然入ったミリーの通信に、リーデルは思わず叫んだ。
『撃破は無理でも、援護は出来るから。それに、有効弾じゃなくても迫れば避けると思うの』
「分かった……気を付けろ」
『ありがとう。リーデルさん達も気を付けて』
ミリーの返答を受けると、リーデルは少し笑った。
「何か、ミリーもマリーも”人”みたいですね」
「そうだな……」
ガーデマンも笑い、リーデルは敵戦車に向け急降下に入った。




