戦術
「ジェットも混ざってる……レシプロの君に勝目はあるのか?」
タキシング中のミリーに、リーデルが真剣な顔で聞いた。
「あら、一応ターボプロップなんだけど」
ミリーはフラップをバタバタさせながら、明るい声で言った。
「何だそれ?」
「大佐、ジェットの一種ですよ」
少し冷や汗を流したガーデマンだっが、リーデルは首を傾げた。
「プロペラだぞ」
「まあ、プロペラブレードの速度が音速に近付けば効率は落ちるけど、最高速は950KM/hは出るから、実戦配備されたばかりのジェットより水平速度速いし、急降下速度は亜音速を超えるよ」
「そんなもんか……」
リーデルは回転する二重反転プロペラを頼もし気に見た。
「じゃあ、先に行くね」
「暖気は? それにカタパルト……」
リーデルの言葉が終わらないうちに、ミリーは軽々と飛び立って行った。
「まあ、ジェットエンジンの部類ですから暖気は必要ないですし、それにほら……」
ガーデマンが指さすミリーの小さな主翼は根本から角度を変え、フラップが出る様子も無かった。
「見たか? 水平尾翼も垂直尾翼も根元から動いてたぞ……」
「多分、CCV(Control Configured Vehicle)ですね。あえて空力的静安定性を抑えた設計の機体に、搭載電子機器によって機体姿勢を積極的に制御することで不足する静安定性を補い、従来機では行なえない姿勢での空中機動を可能する技術です……勿論、今の時点では理論の段階ですがね」
唖然と見るリーデルに、溜息交じりにガーデマンが解説した。
「あの機体は出来てると言うのか?」
「マリーの”妹”ですよ……早く見たいですね。揚力や横力、ピッチやヨー、そして推力と抗力の全てを超高次元で制御した戦闘を……」
「マリーより優れていると思うか?」
「確かにマリーの空戦は異次元ですが、人は乗れませんよ……普通はね。そう言う意味では、ミリーの方が人が扱う”兵器”として優れているかもしれませんね」
しみじみとガーデマンは言うが、リーデルは発艦すると同時に異次元の急上昇をしたミリーの機影を目で追いながら呟いた。
「人が乗れる、か……私はミリーに乗って、気を失わない自信はないな」
「私もですよ……でも、マリーは戦闘機じゃなくて”戦車”なんですよね」
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ミネルバが向かってるとタチアナからの連絡を受け、リンジーは我慢の限界に達していた。ミリーが来てくれ、ミネルバまで参戦すると言うのに……何も出来ない自分が嫌で堪らなかった。
「私、我慢できない……」
ゲルンハルト達に反対されるのは分かっていた。だが、言葉はリンジーの口元からこぼれた。
「まだ、一発も撃ってないなぁ……」
「えっ?」
驚くリンジーを見ながら、頭の後ろで手を組んだイワンはニヤリと笑った。
「せっかくシュワルツティーガー持って来て、こんな穴倉の中なんてな……」
「先に乗る……」
ハンスは屈伸しながら笑い、ヨハンはさっさとシュワルツティーガーに乗り込んだ。
「何してるの?」
「我々も我慢の限界と言う事だ。戦闘機はミリーに任せ、シュワルツティーガーはマリーを援護する」
襟を正したゲルンハルトもニヤリと笑った。
「リンジー、これを持ってけ」
TDは携帯用の無線機を手渡した。
「いいの……私も出て?」
「援護は多いに越した事はないのじゃ。ココの護衛はワシらで十分じゃ……嬢ちゃん達は援護に向かうのじゃ。但し、ゲルンハルトの指示には従うのじゃぞ」
「お爺ちゃん……」
眼鏡を光らせたオットーの横で、ポールマン達も親指を立てた。
「分かった……」
「行くで、リンジー」
素早くチィコがサルテンバに飛び乗った。
「うん!」
サルテンバのコマンダーズハッチに飛び込んだリンジーに、ゲルンハルトが真剣な顔で言った。
「いいか、リンジー。4秒だ」
「分かってる……」
リンジーは真剣な顔で頷く。
「チィコ! ウサギの逃げ方知ってるな?!」
「当然やっ!」
今度はイワンが叫び、チィコは満面の笑顔で答えた。
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「リンジー、さっきの4秒って何や?」
走り出すとチィコが笑顔で聞いた。
「腕がいい砲手は砲塔が静止して4秒で撃って来る……イワンなら2秒だよ」
「そうなん? リンジーなら何秒なん?」
「サルテンバの射撃装置なら、3秒でいけるよ。で、ウサギの逃げ方って?」
「ウサギはな、捕まえようと近付くとな、寸前でサッと逃げるんや」
「そうか……無駄に動くより、相手の行動をよく見るって事だね」
感心するリンジーに向かい、チィコは笑顔で言った。
「そうや、サルテンバはウサギやからな」
「ウサギ……か」
リンジーは満面の笑顔でウサギを抱くチィコの横で、羨ましそうに横目で見ていたヴィットの顔を思い出した。そして、欲しい? って聞いた時のヴィットは顔を真っ赤にして大声で言った。
『欲しいわけないだろっ!!』
その後、チィコがいない時、ヴィットは笑顔でウサギを触っていた。その笑顔はリンジーの胸をキュンとさせた……それはリンジーの母性なのか? その時のリンジー自身ににも分からなかった。
だが今は、はっきりと分かっていた……。
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「敵が多いけど、また砲身切ってる暇ないよね」
「ブッ叩いたら弾薬の節約になるけど、確かに暇はないかも……」
心配顔のヴィットを他所に、マリーは他人事みたいに言った。
「まあ、空はミリーに任せて地上戦に専念出来るからな」
「そうだね」
飛ばないで済む……それは、ヴィットにとって負担を無くす事だが、マリーにとっては機体の損耗以上にヴィットの負担軽減は重要ファクターであり、一番望む事だった。
「しっかし、ミネルバの奴、頼みもしないのにさ」
「タチアナが頼む前に来てたみたいね」
ヴィットは苦笑いするが、マリーは嬉しそうに言った。
「全く……でも、皆さ……マリーに出会うと変わるんだ……」
「えっ? どう言う事?」
「皆、マリーが大好きになるのさ」
「もう、何言ってるの」
「どぅえ!!」
照れ隠しにマリーはフル加速し、お約束でヴィットはシートから転げ落ちた。
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「例の赤い戦闘機です」
「やっと、お出ましか」
副官の報告に、指揮官はニヤリとした。
「更に敵援軍を補足。駆逐戦車を先頭に、突撃砲……そして、シュワルツティーガーに例のオリジナル試作戦車です」
「試作戦車だけは無傷で捕獲しろ」
更なる報告を受けた指揮官は、副官に真剣な目を向けた。
「了解しました……乗員は子供、しかも女の子ですからね」
「まあ、そうだな。それと、我が方の援軍の機材は?」
少し照れた様に指揮官は咳払いすると、戦力を聞いた。
「殆どがT34です」
「脚の速い中戦車か……形式は?」
「42年型の様です」
「ナット砲塔のミッキーマウスか……攻守にバランスが取れてはいるが、操縦に難のあるタイプだ……陣形は変形のパンツァーカイルで行く。先頭と中間をT34、両翼を我らの指揮下の部隊で固めろ」
「了解です……やっと、戦車戦が出来ますね」
指揮官の指示に敬礼しながら、副官は怪しく笑った。




