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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第三章 起源
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がんばろう

「あの……メモの中に盗賊の連絡先もありまして、間違えて連絡したら……代われと……あなたに」


 艦長のハイデマンは困惑した顔つきで、タチアナに無線機のマイクを手渡した。


「私はタチアナ・ニコラ・ロマノヴィ。あなたは、どなたですか?」


『アタシかい? 有名なラフレシアの魔女だよ……まあ、そんな事はどうでもいい。無事なのか? まんまると坊やは!?』


 不機嫌そうなミネルバの声だったが、マリー達を心配している様でタチアナは首を傾げた。


「まんまる?」


『チンチクリンの赤い戦車だ!!』


 無線機越しだが、ミネルバの大声にタチアナはビクンとした。


「だ、大丈夫です……それより、援護に加わって頂けますか? 報酬は十分に……」


『もうすぐ、港に上陸する! 位置を教えろ!』


 ミネルバはタチアナの言葉を遮り怒鳴った。


「えっ?」


『いいから、早く教えろ!』


 慌ててハイデマンから聞いた位置を教えると、ミネルバは低い声で言った。


『失いたくないなら、全力を尽くせ。出来る事だけじゃなく、出来ない事もやれ……』


「……はい」


 ミネルバの言葉に、タチアナは決意の表情で静かに返事した。


_________________



 サルテンバから外した部品は、全て”規格外”だった。経年により部品の許容電流や口金の寸法、ピンの配置など全てが違っていた。呆然とするTDに、コンラートが静かに言った。


「最初から想定済みだ。ピンの位置を変え、口金は作る。電流の制限や電圧の分圧は可変抵抗で調節だ」


「でも、抵抗器なんて……」


 考え込むTDに、コンラートは素早く指示した。


「ダンボールと鉛筆を用意しろ。鉛筆は4Bくらいの濃い奴だ」


「そうか……それなら」


「そんなモノどうするんだ?」


 唖然と聞くイワンに、TDは元気よく説明した。


「鉛筆の材料黒鉛は電気をよく通す。電気の流れは材料の長さに比例し、断面積の大きさに反比例するのさ。ダンボールに鉛筆を塗り、大きさや長さを変える事で可変抵抗になるんだ」


「まあ、よく分からんが鉛筆とダンボールだな! 皆、探すんだ!」


 イワンの叫びに、他の皆も慌てて探しに走る。


「直りそう?」


「直すさ、君はアンテナを見てくれ」


 心配顔のリンジーに、コンラートは思い切り男前の顔を向けた。


「それなら、お爺ちゃん達が……」


 呟くリンジーだったが、直ぐにオットーがやって来てグルグル眼鏡を光らせた。


「アンテナは生きておる。ポールマン達が断線してないか確認中じゃ……それにしても、お主……」


「何だよ?」


 作業を止めないまま、コンラートは背中で言った。


「来ておったのか?」


 そのままの態勢で、コンラートは机に突っ伏した。


_____________________



 大半の補給地点は破壊され、残る補給地点は限られていた。マリーは素早く機銃弾と主砲弾を装填すると、噴射剤を補給するヴィットに声を掛ける。


「ヴィット、体、何ともない?」


「平気と言いたいとこだけど、今にも吐きそうだよ」


 真っ青なヴィットは、冷や汗を流しながら笑った。


「そう……」


「どうしたんだよ? どこか痛めたのか?」


 元気の無いマリーの声に、ヴィットは心配声で聞いた。


「ううん……大丈夫」


「そうか……」


 ヴィットは流れる汗を拭いもせずに、直ぐに燃料を補給する……丁寧に、そして慎重に……。


 この切羽詰まった緊急時に、ヴィットは時間をゆっくり使っていた。マリーは急かす事はせずに、黙って見守っていた。


 二人の中には絶望も悲観もない。一欠けらの不安も存在しない……空を覆う無数の敵も、地面を埋め尽くす数えきれない敵も、障害にはならなかった。


「噴射剤と燃料の補給完了。弾薬は?」


「主砲弾と機銃弾の装填完了よ」


 ヴィットの明るい声に、マリーも明るく答えた。


「さて、残存の敵はどのくらいなの?」


 大きく深呼吸したヴィットの問いに、マリーは静かな声で正確に答えた。


「飛行機が約100機、戦車が八十両ってとこ……でも、まだ増えるかも」


「ふぅん……」


 本当は一度の補給で何とかなる数ではないが、ヴィットは穏やかに微笑んだ。


「驚かないの?」


「まあ、驚いても敵が減る訳じゃないからね……」


 笑顔のヴィットに、マリーは思った……”絶対に守る”……だが、それは決意とか誓いとか重くて悲壮なモノではなく、ごく自然な思いだった。


「ヴィット……」


「何?」


「がんばろうね……」


「うん……」


 その言葉が全てを語っていた。


_____________________



「出来たぞ!」


 コンラートの声と同時に、リンジーは黙って錆びて埃だらけのマイクを握りしめた。


「いい?」


「少し待て、微調整する」


 ほんの少しの時間……リンジーには永遠の様に感じられ、体の震えが止まらなかった。


「大丈夫やで、きっとミリーが来てくれるからな」


 優しく肩を抱くチィコの言葉は、リンジーの震えを止めた。


「うん……」


「いいぞ!」


 コンラートの言葉を聞いた瞬間、リンジーは堰を切る様に叫んだ。


「ミリー! 応答して! マリーとヴィットが危険なの! お願いミリー! 応答して!」


 洞窟に響き渡るリンジーの悲鳴にも似た叫び……だが、ミリーからの応答はなかった。


「周波数を変えるぞ!」


 コンラートは数秒ごとに周波数を変え、その度にリンジーは叫んだ。喉が枯れ、痛みが出てもリンジーは叫ぶ事を止めない。眉を垂らせたチィコが水を持って来ると、リンジーは一気に飲み干し更に叫んだ。


 だが、十数分でリンジーの声は枯れ果てて声が出なくなる。それでもリンジーは叫ぶ事を止めなかった。


「代わろう……」


「いい、大丈夫」


 ゲルンハルトの差し出した手を、リンジーはゆっくり断った。そして、大きく息を吸い込むとマイクに向けて更に叫んだ。


「お願いミリー! 応答して!」


 時間だけが過ぎて行く……一方通行の叫びが、見守る者の胸を締め付け始めた頃にリンジーの我慢の限界が来た。叫ぶと同時に涙が溢れ、息が苦しい……錆びだらけの無線機が涙で霞んで見えた。


 喉も限界を超え、息が通るだけで激痛が襲った。


「ミリー……どうして、答えてくれないの?……どうして……」


 リンジーは膝から崩れる。そして、マイクを握りしめたまま号泣した。喉の痛みと胸の痛みがリンジーをどん底に突き落とす。もらい泣きしたチィコに抱き締められても、その痛みは癒えなかった。


『……こち……ら、ミリー……』


 その雑音に塗れた声は、リンジーの胸を張り裂けそうな”喜び”の痛みで突き刺した。


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