選択
『ごめんなさい……援軍を出したんだけど』
マリーの通信機に、タチアナの沈んだ声が流れ落ちた。
「どうしたんだ?」
『……敵も増援を出していて……そちらに近付く事が出来ない』
ヴィットの問い掛けに、更にタチアナの声は沈んだ。
「援軍の人達は大丈夫なの?!」
『……半分はやられた……やはり、あなた達みたいな戦いは無理だった……』
思わずマリーが声を上げるが、タチアナの声は掠れて落ちた。
「何だって? 俺達みたいな戦い方だと?」
『……命を奪わないで……戦力だけを奪う……こと』
首を捻るヴィットに、消えそうな声でタチアナが答えた。
「無茶しやがって……行けるか? マリー」
「敵機の動きも気になるけど、先に助けなきゃ」
瞬時にマリーは計算する。リンジー達に迫る危機と、援軍の危機を……だが、迫るのと遭遇している事は違う……マリーの選択にヴィットは直ぐに賛成した。
「そうだな……タチアナ、お前が悔やむ事はないからな。援軍要請、感謝する!」
ヴィットは微笑むと、タチアナに連絡を送って強制的に無線を切った。それは、ヴィットの思いやりであり、マリーにもその気持ちは十分伝わった。そして、今度はリンジーに連絡を取った。
「リンジー聞こえるか?」
『どうしたの!? 今度はマリーが怪我したの!?』
ヴィットからの無線だったので、リンジーはマリーの事を心配して早口で叫んだ。
「マリーも俺も無事だよ」
『そう……あいつ等は?』
大きな溜息をついたリンジーは、状況の結果を聞いた。
「マリーがブッ飛ばした」
「そう……」
今度は無線越しでもリンジーが笑ってる様に聞こえた。ヴィットは、一呼吸置いて話を続けた。
「タチアナが送ってくれた援護部隊が苦戦してる……」
『直ぐに行って!』
話の途中でリンジーが叫んだ。ヴィットは笑みを浮かべ、続けた。
「言うと思った。でも、敵機の大編隊も近付いてる」
『知ってるよ。こっちは気にしなくて大丈夫よ、お爺ちゃん達が、爆撃でも大丈夫そうな洞窟を見つけたから、そこに退避する……でも……』
「補給は大丈夫、今の搭載量でカタをつける」
ヴィットにはリンジーの心配が分かった。そして、リンジーもヴィットの気持ちが痛い程に分かった。
『退避地点の座標は、着き次第送るから……ヴィット……』
「何だよ?」
『絶対戻って……』
「分かった」
ヴィットは交信を終えると、小さく溜息をついた。マリーは二人の会話を黙って聞いていた……そして、少しの沈黙の後に元気よく言った。
「30分で終わらせるからね!」
「お手柔らかに」
ヴィットは苦笑いするが、今度はリーデルから通信が入った。
『こちらも補給が終わった。で、何分持たせたらいい?』
「大佐、相手は戦闘機ですよ」
幾ら機動性がいいと言っても、低速の攻撃機。ヴィットは、心配になった。
『何、撃墜を目指す訳じゃない。攪乱して時間を稼ぐだけだ。私の腕を信じないのかね?』
「そんな事はないですけど……」
「大佐、三十分だけお願いします」
口籠るヴィットを押し退け、マリーが元気よく言った。
『任せてくれ、通信は以上だ。幸運を祈る』
少し嬉しそうな声になり、リーデルは通信を切った。
「マリー、物凄い数の戦闘機なんだよ」
「大佐ならきっと大丈夫……」
マリーの声には”信頼”があった。
「そうだね……じゃ、三十分で片付けるか!」
元気を取り戻したヴィットに、マリーは力強く言った。
「最初から全開で行くよっ!」
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マリーの戦いを見届けたゲルンハルト達は、素早く補給地点に戻って来た。当然、ヴィットとリンジーの会話は傍受しており、着くと直ぐにイワンがリンジーを横目で見た。
「いったい何処に洞窟があるんだ?」
「……ごめんなさい」
リンジーは消えそうな声で謝った。
「君の気持ちは分かる……だから、通信には割り込まなかった。だがな……」
「ごめんなさい」
諭すようなゲルンハルトの言葉にも、リンジーは小さな声で謝った。
「皆でリンジーばっか責めんといてや!」
リンジーの前に出たチィコが、声を張り上げた。
「物凄い敵機の数だ……マリーが居なければ、絨毯爆撃で補給基地は一瞬で壊滅だろう……万が一君やチィコに何かあれば、我々はヴィットやマリーにどう言い訳すればいい?」
「……」
ゲルンハルトは俯くリンジーに穏やかに言った。だが、その穏やかさが、リンジーを追い詰めて言葉を失わせた。
「ゲルンハルト、もういいだろう。リンジーは援軍の奴らの事を心配してだな……」
「あちらは戦闘中で、こちらは待機中だ。どちらを優先させるかなんて、誰にでも分かる」
ハンスがリンジーを擁護し、ヨハンも口添えした。
「そう言う事みたいだな、リンジーはマリーやヴィットに選択させたくなかったんだ」
腕組みしたイワンがニヤリと笑い、ゲルンハルトも頷いた。
「君の行動は完全には支持出来ないが、君の立場なら私も同じ事をしただろう」
「ゲルンハルト……」
顔を上げたリンジーの目に、笑顔の仲間達が映った。それは、視界をおぼろげにする、薄い液体の膜で覆われていた。
「何だ? 鬼の目にも涙か? ほげっ!!」
何時もの軽口を叩いた瞬間、イワンの顔面に巨大スパナがメリ込んだ。
「さて、どうする?」
通常運転のイワンをスルーしてハンスがゲルンハルトに聞くが、流石に直ぐには妙案は浮かばずにゲルンハルトは腕組みした。
確かに森林地帯だから、探せば安全な洞窟も見つかるかもしれないが、何せ補給地点の分散に精一杯で周囲を探索する余裕なんて無かった。
「ほれ、移動じゃ。早よせんと、爆弾の雨で粉々じゃぞ」
そこにオットーが現れ、平然と言った。
「何処に?」
唖然と聞くリンジーにオットーは、ウィンクしながら微笑んだ。
「お嬢ちゃんがヴィットに言っておったからのぅ、ワシ等が安全な洞窟を見つけたとな」
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「大佐っ! 幾ら倒してもキリがありません!」
「結構難しいモノだな。だが、面白い」
ブルダは味方苦戦の報告を受けながらも、口元を緩ませた。そこには普通の人とは違う軍人としての”性”があった。
味方の消耗=人命の損失とは考えなくて、あくまで機材の損失だと言う考えだった。
「通常攻撃の許可をっ!!」
「攻撃は敵の攻撃力を奪う事に限定、異論は認めない」
あまりの惨状に意見具申する部下を、ブルダは軽蔑するように見た。
「このままじゃ、全滅だ……」
「これじゃあ、犬死だ……せめて、普通に戦って……」
周囲の部下は、口々に不満を言った。
「この戦い方は敵より技量が相当上でないと出来ない。即ち、我らの技量を……」
そんな部下達の事など気にも留めず、ブルダは怪しい笑みを浮かべ戦いの意義を唱えるが、見張り員の大声に遮られた。
「二時の方向、所属不明の飛行体! 超高速で接近!!」
「何事だ?」
双眼鏡を受け取ったブルダの視界に、火の玉の様に飛行するマリーの姿が飛び込んだ。
「ジェット戦闘機? 違う!! あれは何だっ!?」
思わずブルダが叫ぶ! 同時にマリーが砂塵と爆煙を撒き散らして、敵前に強行着陸した。
『後退して下さい! 後は任せてっ!!』
ブルダの横の通信機から、可愛い女の子の声が炸裂した。
「こちらはロマノヴィ財団の私設軍、所属を名乗られたし!」
直ぐに通信士が、マリーに返信を送った。
『ワタシは最強戦車マリー! 救援感謝します!……操縦士のヴィットです! 直ぐに下がって下さい!』
”ヴィット”と言う名前に、ブルダは過剰に反応すると、通信士からマイクをもぎ取った。
「私は指揮官のブルダです! 御曹司をお守りする為、参上致しました!」
『御曹司って誰? まあ、いいです! それより後退して下さい!』
全く身に覚えのないヴィットは戸惑うが、ブルダは唾を飛ばして言い返す。
「それは出来ません。我々はロマノヴィ様より直々に、命令を受けています! 現に敵をを殺さず、戦力だけを奪う戦いをしています!」
その言葉にヴィットが切れた。
『敵が死ななくても、味方が死んだら何もならないじゃないかっ!! いいから、そこで見てろ!』
通信をブチ切ると同時に、マリーは既に索敵の終わった敵に対し猛烈なダッシュで突っ込んだ。
「囲まれてる車両から行くよっ!」
「ああ、石頭にマリーの戦いを見せてやれっ!」
マリーは猛烈に加速しながら、主砲を発射する! 瞬時に二両の履帯を破壊! 返す刀で履帯を破壊した二両の照準器をピンポイントで破壊した。
「マジか……重戦車を瞬殺……」
「何で全速で走りながら狙えるんだ?……」
「しかも、全弾命中……」
見ていた部下たちは唖然と呟き、ブルダも呆然とした眼でポツリと言った。
「あれは……何なんだ?……」
だが、驚くのは(物凄く)早かった……ブルダ達、戦車兵の常識は根本から覆されるのだった。




