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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第一章 始動
13/172

補給

 ラフレシアの森には生き物の痕跡は無い、死の世界という形容だけがヴィットを支配する。不安や恐怖は確かに存在したが、その全てはマリーが簡単に打ち消した。


「枯れ木も山の賑わいって本当ね」


「そうだね。殺伐としてるけど、見方によっては幻想的って言うか芸術的って言うか、何か綺麗だね」


「ヴィット、芸術なんて解るの?」


「学校は嫌いだったけど、運動と絵を描くのは好きだったんだ」


「そうなんだ。と、言うことはその他はダメだったってこと?」


「はは、ピンポーン」


 ハンマンの町は殺風景で砂に覆われていた。どことなく懐かしく思えるのは、軽いデジャブがヴィットに訪れたからかもしれない。


 寂れた町の外見からはハイテクなロケット推進剤の補給など、どう考えても場違いに思えた。軒の連なる長屋はどれも古く、人影さえ見えなくて戦車の補給や部品調達など無縁だと語り掛ける。


「誰もいないね」


「何とか探さなきゃ、降りて見て来る」


 焦りは確かにあった、ヴィットはマリーから降りると用心深く付近の家を覗いた。そこには確かに人の痕跡があり、テーブルの上には湯気の立つスープあった。ヴィットは嫌な予感に包まれ、連携する様に悪寒が走った。


 次の瞬間、後頭部に冷たい金属の感覚が音も無く触れた。


「誰だ?」


 その声は女であり、押し殺してはいたが心地よい感触を耳に残した。


「ロケット噴射剤を探しに……」


 ゆっくりと手を上げたヴィットが背中で呟く。


「仲間は何人?」


「俺、一人」


「馬鹿な、戦車で来て……」


 その声は少し笑っているみたいにも聞こえた。


「調べてみれば分かる」


 背中を向け手を上げたまま、ヴィットはまた呟く。


「見ておいで」


 女の声は誰かに命令した。


 盗賊という風情の二人の男が銃を構え、周囲を警戒しながらマリーの左右からそっと近付く。マリーは勿論気付いていたが、通信機でヴィットの様子が分かっていたので黙って息を殺していた。


 一人の男の合図でもう一人がマリーに乗り、ハッチを開けると銃を突っ込んだ。


「動くな!」


 叫んだ男は応答のないのを確認すると、中をそっと覗き込む。


「誰も居ない……」


 下で銃を構える男に視線を送る、下の男は男は直ぐに知らせに走った。


「誰もいません」


 男が報告すると、女はヴィットから少し離れた。ヴィットがゆっくり振り向くと、そこには戦闘服の女がいた。胸元を大きく開き、ショートカットの金色の髪、濃い化粧の鋭い目元だがチィコやリンジーには無い大人の雰囲気だった。


「噴射剤なんてどうするの?」


 口元に笑みを浮かべた女の口調は、明らかにヴィットを子供扱いしていた。


「作戦に必要なんだ」


「ふっ……」


 ヴィットが真剣な顔をする程、女は赤い唇の端で笑う。


「時間が無いんだ!」


 女を見詰め、声を上げるヴィット。


「戦車を移動しな」


 ヴィットを無視して女は横の男に命令した。


(このっ…靴が汚いよ……やだぁ、ズボン臭い~)


 聞こえない様にマリーが呟く、操縦席に座った男は見た事も無い装置に目を丸くした。


「何だこれは……」


 唖然としながらも、男はなんとか動かそうとアチコチ触りまくる。


(変なトコ触んないでよ、手も汚ぁい……もう、後で覚えときなよ)


 仕方なくマリーは動き始める。急に動き出し男は驚いたが、なんとかハンドルで方向を決めると古いが大きな倉庫の中にマリーを入れた。



___________________



 ヴィットは町外れの教会に連れて来られていた。普通なら縛られるところだが、何もされずに座らされている事はヴィットのプライドを傷付ける。


「さぁて、本当の事を言ってもらいましょうか」


 小さな赤い唇の端を曲げて女はヴィットに顔を近づける、甘い香水の匂いがヴィットを包む。近くで見ると、女はヴィットとあまり歳は離れてない様に感じた。ハリのある素肌と美しい目元、ぼんやりとチィコやリンジーと比べてみる。


(そっか、あいつら化粧なんてしないもんな)


 直ぐに気付いたが、そんな事考えてる場合じゃないと艶っぽい匂いを振り解き、ブッきらぼうに呟いた。


「言っただろ」


「そんな怪我して、転んだの?」


 女はヴィットの包帯を笑う、ヴィットの頭に急に血が昇った。


「これは戦いの傷だ」


「戦いね……」


 溜息みたいに女は言う、その態度はヴィットの気持ちを穏やかに叱咤する。顔色の変るヴィットは、女の目を逸らさずに強く見た。女の目の色が変わる、ヴィットは更に目力を込めた。


「姉さん、落ち着いて」


 傍の大男が近付くが、顔面に裏拳を浴びて後ろにフッ飛んだ。


「あたしはミネルバ……ラフレシアの魔女……聞いた事ある?」


 ヴィットの顎を軽く手で支え、ミネルバはまた顔を近付ける。確かにヴィットも聞いた事があった、勇猛な女盗賊の話しを。それは語り草になる程に有名で、尾ヒレが付いていたとしても豪快な話しが多かった。


「ただの盗賊だろ」


 強い言葉はヴィットの脳裏に、父親の最後の言葉や母親の悲鳴をフラッシュバックさせる。


「恨みの目か……」


 腕組みしたまま、ミネルバは口元だけで笑う。


「お前達盗賊が、父さんや母さんを殺した」


 腹の底から声を絞り出す、ヴィットは肩を震わせた。


「達で括られてもねぇ……何か勘違いしてない? あたしはアンタの両親なんて知らないし、それに自分だけ不幸って思ってない? あたしを含め、ここに居る連中も盗賊に家族や仲間を殺されたのよ」


 ヴィットの心の奥をミネルバは見透かした。確かに今の腐敗した世界には溢れていた、同じ様な境遇が。


「そんな子供の道は二つ。盗賊になるか、賞金稼ぎになるか……まあ、あんたはどっちも無理みたいね」


 続けてミネルバは笑いながら言う、その態度は明らかに挑発し楽しんでいた。ヴィットの怒りは頂点に達するはずだった、でもヴィットは何故か落ち着いていられた。


 盗賊達を恨んだ事もあった、復讐を本気で考えた事もあった。でも、今考えれば、ずっと一人で孤独な毎日と思い込んでいたが、本当は一人ではなかったのだった。


 仕事先の人達や、リンジーやチィコ、その両親やプリラー……思い浮かべれば、他にも大勢の人に囲まれ生きてきたのだ。


 そんな風に思える様になったのは、腕の通信機が赤いランプを点滅させていたから、その先にマリーがいたから。


「香水、きついよ」


 ヴィットの言葉にミネルバは少し後ろに下がる。両腕を腰に当て、ふっと息を吐く。


「まぁいい、あの戦車は貰っておくからね」


 その言葉は、落ち着いていたはずのヴィットを条件反射で立ち上がらせる。瞬時に両側の大男に取り押さえられたが、ヴィットは鋭い視線でミネルバを睨む。


「さっきといい、いい目ね……男の子はそうでなくちゃ」


 今度は何故か優しくヴィットの目を見詰め、呟くとミネルバは脊を向けた。今度は本当に怒りに襲われたヴィットはもがくが、大男の力の前には無力だった。


_________________



(あるある……噴射剤、あっ新型の航空多弾頭爆雷、ワタシの発射口と同じ規格だ、発煙弾も色々と種類豊富ね……あれっ、ぬいぐるみもある。チィコとリンジー好きそうだな)


 見張りに気付かれないように、マリーは倉庫の中を物色していた。そしてセンサーには他に近くに反応は無い、見張りは一人だけだった。


 マリーは行動を開始した。


「銃を捨てなさい、声を出したら撃つよ。おっとこれは二十ミリ、身体がミンチになるんだから」


 見張りの男の後ろから、マリーは対空機銃を突き付ける。


「隠れてやがったか」


 男は銃を捨てるとマリーを睨んだ。


「まぁ、似た様なもんね……それより、ココにロケット噴射剤入れて。変な動きしたら”バンっ!” だよ」


 マリーは噴射剤の注入口を開け、男は機銃に押される様に注入を始める。


「あっ、航空爆雷もセットして……二十ミリ銃弾にロケット榴弾、それと発煙弾も忘れずにね」


 マリーは次々に男をアゴ? で使う。


「終わったぜ……降りて来いよ」


 男は作業を終えると、腰に手を当ててマリーを睨んだ。


「そう、御苦労さま。ついでにそこのぬいぐるみ二個、砲塔に入れて」

 

 男はぬいぐるみを放り込む、するとマリーは機銃を横にナギに払って男を吹き飛ばした。


「あら、力入れすぎたかしら……まぁ、臭いズボンのお返しよ」


 マリーは倉庫のドアをブチ破ると、爆煙と共に全開で教会に向った。


________________ 



 教会の正面ドアが轟音と供に崩れ、マリーは土煙と共に飛び込む。


(神様ごめんなさい)


 呟いたマリーは砲身で十字を切る。


「やっぱり他にもいたね」


 煙が晴れると、腕組みしたミネルバがマリーと正対していた。手下の多くはRPGを肩に乗せ、一人はヴィットに銃を突き付けていた。


「マリー!」


「ふぅん、仲間は女の子なのね」


 ヴィットの叫びに、ミネルバは腕組みしたままニヤリと笑う。


「マリー! 撃て!」


「おっと、動かないで。ゆっくりと降りてきなさい」


 ヴィットを無視し、ミネルバは静かに言った。


「降りるのは無理かな、だってワタシは最強戦車だもん」


 マリーの落ち着いた声にヴィットは少し笑った。


「何、訳の分らん事を」


 眉間にシワを寄せてミネルバはマリーを睨んだ。


「本当だよ、あれがマリーなんだ」


 笑うヴィットをキッと睨むと、ミネルバは小さく言った。


「撃て……」


 数発のRPGがマリーを襲う、爆発の噴煙がゆっくり消えると無傷のマリーがいた。


「このっ、お返しだっ!」


 同軸機銃が手下の銃だけを正確に吹き飛ばす、腕を押さえた男達は唖然とマリーを見詰めた。


「まさか……どうして」


「あんまりマリーを怒らせないほうがいいよ、結構無茶するから」


 呆然とするミネルバに、ヴィットが笑いながら声を掛ける。


「何よ、せっかく助けに来たのに」


 マリーが少し声を曲げた。


「じゃ、そう言う事で」


 ヴィットは立ち竦む男達の間を抜け、マリーの方へと歩き出す。


「止まりなさい!」


 その後ろからミネルバが銃を向ける、ゆっくりと振り向いたヴィットは真っすぐミネルバの目を見た。


「俺達は、行かないといけないんだ。仲間は今も戦ってる」


「だからどうした?」


 銃はヴィットを狙うが、ミネルバの胸の内では自分でも分からないモノが渦巻いていた。


「あなた達を傷付けたくないの」


 穏やかなマリーの言葉は、余計にミネルバを苛立たせた。


「早く! そのまんまる戦車から降りるのよ!」


「まんまる……」


 マリーの言葉が震える、当然車体はワナワナと震えている。


「それは言わない方が……」


 ヴィットは引きつった顔で体を強張らせた。


「どう見ても、まんまるじゃない」


 マリーを睨みミネルバが呟いた瞬間、対空機銃が天井を乱射する。落ちて来る残骸で、一瞬ミネルバが怯む。ヴィットはその隙にマリーに飛び乗り、マリーは全速後退して教会を後にした。


 煙と埃がゆっくりと晴れる、立ち竦むミネルバはマリーの後ろ姿を見詰めて、微かに引きつる顔のまま震える声で呟いた。


「何なの……アイツ等……」


_________________



「教会ブッ壊すなんてバチが当たるぞ」


「何よ、バチが当たるならヴィットも一緒だからね」


 走りながらヴィットは笑い、マリーも笑い声で答える。


「何だこれ?」


 シートの上のぬいぐるみに気付いたヴィットは、手にとり不思議な顔をする。


「チィコとリンジーに、おみあげ」


「あのなぁ……」


 呆れた様にヴィットは溜息を付く。


「だって……」


 少し情けないマリーの声。


「あっ、噴射剤」


 ヴィットは急に思い出し、青くなった。


「ヴィットが引きつけてくれたから、手に入れられたよ」


「そうか…………」


 安堵の溜息は長く糸を引き、シートに沈み込んだ。


「ヴィット……何か変わったね」


 一瞬、マリーの声がリンジーの声と重なった。


「えっ、そう。簡単に捕まってかい?……」


「でも……カッコ良かった」


「どこがだよ」


 照れ笑いしたヴィットだったが、自分自身でも何かを感じていたのは確かだった。前に感じた脱力感が薄れる感覚、欲しいモノを手に入れた後にやって来る本当の意味が、分かったみたいな気がした。


「さあ、急がないと」


 マリーは更にスピードを上げた。


「そうだな、時間ロスしたからな」


 急にチィコ達の事が心配になったヴィットだった。被弾の影響で遠距離では通信機の調子が悪く、連絡が取れないでいたから。暫くの疾走の後、急なマリーの少し掠れる声にヴィットは穏やかに答えた。


「あのね、ヴィット」


「何?」


「初めて会った時、仲間なんていらないって言ってたよね」


「ああ」


「でも、さっき仲間が待ってるって」


「そうだね、何でだろうね」


「……それは、大切な人を……失う事への恐怖から、なの?」


「……」


 言葉を紡ぐ様なマリーの声にヴィットは無言で俯く、直ぐにマリーは途切れながら消えそうな声で謝った。


「ごめん、なさい」


「謝る事なんてないよ、俺が臆病だったんだ。自分では仲間なんてと思ったてた……けど、あいつ等は思っててくれたみたいだね。俺の事、仲間だって」


 ヴィットの脳裏には微笑むリンジーと、目をウルウルさせるチィコが浮かび、ゲルンハルトやオットー達も団体で浮かび上がった。


「ヴィット、ワタシね……」


 マリーの声が嬉しそうに揺れる、それは心の底からの喜びみたいな振動だった。


「何だよ、どうしたんだよ?」


「嬉しいの……チィコやリンジー、ゲルンハルトさん達やオットーのおじいちゃん達、TDや他の皆も思ってるよヴィットを仲間だって」


「そうかな」


 皆の笑顔が夜空に溶ける。自分の力が増していく感覚や、見えない力に支えられる感覚が優しくヴィットを包み込んだ。それは依存や弱音じゃない、人は一人では生きられないと遥か昔に父から聞いた言葉と重なった。


(いいか、一人の力は少なくても、仲間が集まれば難しいことだって解決出来る。いいことばかりじゃないさ、意見の相違やケンカだってある。でもな、そんなことも、きっと笑い飛ばせる……そもそも、仲間がいなきゃケンカも出来ないしな)


「キャー!!」


 穏やかな余韻に浸る暇もなく、急にマリーが大声を上げる。


「何だっ?! どうした!!」


 ヴィットはその声に飛び上った。


「そこ、そこよ!」


「だから何だよ?」


「クモがいる……」


 初めて聞くマリーの怯えた声に、ヴィットは不思議な感覚に包まれた。


「どこだよ?」


 除いたモニターの端に小さなクモがいた。何故かおかしくてヴィットは笑いが込み上げた、完全無欠のマリーにも弱点があるのが嬉しく感じた。


「ワタシ、クモとかバッタとかゴキブリとかムカデとかに弱いの……」


 また情けない声のマリーに、ヴィットは大きく息を吐きながら言う。


「まとめて虫って言えよ」


 小さなクモを摘まんだヴィットは、ハッチから外に捨てた。


「車体に付いてない?」


「風で飛んだよ」


 まだ怯えるマリーの声にヴィットは更に笑顔になった、戦車がクモを怖がるなんてと。


 夕闇に暮れ始めた空にも、ヴィットは明るくて優しい光が見えた様な気がした。だが、行く手には枯れ果てた森林の灰色が闇の漆黒に混ざり、混沌とした道が続いていた。


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