分かっている事
”カシャカシャ”と言う音を立てながら、マリーは猛烈な勢いで砲弾を装填する。そんな様子に、ヴィットは戦闘中だと言う事も忘れ吹きだした。
「何か可笑しい……」
「ブー! 何が可笑しいのよ! 早く噴射剤入れてよ!」
笑ってお腹を押さえるヴィットに、マリーが怒りながら催促する。
「だって、マリー……」
マリーの言葉で、更にヴィットが笑った。その時、マリーの対空戦レーダーが機影を捉えた。
「敵戦闘機接近、通常より速い!」
「新型?」
ポカンと聞くヴィットだったが、マリーの声は少し暗かった。
「多分、ジェット……」
「もう実戦配備か……ところで、マリーより速いの?」
だが、ヴィットは普段と変わらず明るく聞いた。瞬間に、マリーのココロは嘘の様に晴れて、声は元気を取り戻す。
「最高速度なら負けないよ。もっとも、まだ最高速は出した事ないけど」
「最高速って、どの位出るの?」
「多分、音速は超えると思う」
「音速かぁ……何か実感湧かないなぁ」
苦笑いのヴィットだったが、次のマリーの言葉に一瞬で青褪めた。
「回転数が倍くらいになるんだよ」
「ほへっ? 倍ですって?……今までの?」
目をテンにしたヴィットの頬を冷や汗が滝みたいに流れるが、マリーは平然と言った。
「うん、そうだよ」
「……死ぬな……確実に……」
もう、ヴィットは笑うしかなかった。頭の中では脱水されて、干物みたいになる自分の姿が投影されていた。
「主砲弾、機銃弾は装填終わったよ」
「もう? こっちは燃料がまだだよ」
汗を拭ったヴィットは、直ぐに燃料補給にかかった。
「燃料補充が終わったら、直ぐに出るよ。戦闘機をリンジー達に近づけさせる訳にはいかないから」
マリーの声は、少し怒ってる様だった。
「ああ、最優先だな……」
ヴィットは燃料缶を持つ腕に力を入れた。
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「マリーとヴィットが補給に降りた!」
双眼鏡を見ながらリンジーが叫ぶと、イワンは咄嗟にリンジーの前に出た。
「どうするつもりだ?」
「どうもしないわよ……」
そう言うと、リンジーは再び双眼鏡を覗き込んだ。
「大丈夫や……リンジーは分かっとる」
操縦席のハッチから、チィコが微笑んだ。
「心配するな、分かってるさ」
穏やかな声で、ゲルンハルトはイワンの肩を叩いた。
「ワシ等が出来る事は一つ、メイン補給地点の死守じゃ。無人の補給地点は十か所作ったんじゃが、如何せん時間がなかった……場所は離れておらん……敵に察知される確率は高いのじゃ。即ち、ココの場所が最後の希望じゃ」
腕組みしたオットーが、サルテンバの下からリンジーを見上げた。
「そう……私達は、マリーとヴィットを後方から援護するの」
サルテンバのコマンダーハッチから上半身を出したリンジーは、強い視線で遥か前方のマリーの降下地点を見詰めた。
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「補給に向かったか……」
飛び去るマリーを双眼鏡で見ていた指揮官が呟くと、副官は直ぐに報告した。
「戦闘機隊が上がりました」
「早いな」
ニヤリとする指揮官だったが、副官は更に報告を続ける。
「新型のジェットですが、二機だけの様です」
「ジェットか……しかし、マリーの敵ではないな」
「速さは引けをとらないかと……」
否定する指揮官に、副官は怪訝な顔をした。
「現時点のジェットは高速を生かした一撃離脱……マリーの異次元の機動性の前では、何の役にもたたんよ。それより、ベアーには攻撃目標は指示しているのか?」
「はっ、目標は補給地点だと念は押してますが……」
副官は苦笑いするが、指揮官は怪しく笑った。
「最新鋭の兵器を手にしたんだ……地上の目標など、奴の眼中にはないだろうな」
「それでは、追加の戦車隊が到着次第に補給地点攻撃に向かわせます」
「ああ、追加の支援部隊は全て向かわせろ……多分、補給地点は一か所じゃないからな」
「やはり、そう思いますか?」
鋭い視線になった副官を見返し、指揮官は遥かマリーの着陸地点を見た。
「当然だ……リスク回避の為には、分散配置しかない。我々の勝機は、そこを潰せるかどうかに関わっている」
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「離陸時は、大した事はないな……」
副長は離陸するシュヴァルベを見ながら呟いた。だが、高度を上げスピードに乗ると、その轟音と加速には目を見張った。
『どうだ? 速度の違いこそが空戦を制する』
豪快に笑うベアーの声が、通信機から炸裂した。
「確かに、ジェット機の前では我々レシプロ機は空飛ぶ的でしかないですね」
苦笑いの副長は、飛行機雲を引いて遠ざかる機体を見た。
『敵、飛行戦車は我々に任せろ。貴様は補給地点を攻撃しろ』
「了解。機銃掃射で敵、補給地点を攻撃します」
副長は元気よく返答した。




