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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第一章 始動
12/172

理由

 無理矢理チィコに押され、ヴィットはなんとかデア・ケーニッヒスの前まで行く。他の戦車の乗員も、ゾロゾロと後を付いて行った。


「俺はマリーと残るよ」


「お前も来るんだ」


 マリーの傍でモジモジするTDを、羽が衣締めにしたイワンが強引に連れて行った。


「聞きたい事があるんですけど?」


 後方のハッチの前でリンジーが代表してモニターホンに向う、暫くの沈黙の後で答えが返って来る。


『何か、御用ですか?』


 およそ戦闘員とは似付かない返事にリンジー達は顔を見合せた、声はかなり動揺している。


「指揮官の方と、お話しがしたいんですけど」


なんか調子の狂ったリンジーがまた聞いた。


『御用件は?』


「いいから出せ!」


 割り込んだイワンが声を荒げる。後方からも汚いヤジが飛び、リンジーは苦笑いした。


『ちょっと待って下さい……ミューラーさん、誰か来てますけど、沢山集まってます、デモみたいです』


 マイクを手で覆っているようだったが、しっかりと最後の声も聞こえ、モニターホン越しに何やらドタバタと音がする。


『副官のミューラーです』


 暫くして、やっと軍人らしい凛とした声がした。


「単刀直入に聞きます、バンスハルの護衛の訳。それに何ですか? あの敵は?」


 リンジーの真っ直ぐな声に、ミューラーは一瞬詰まったが穏やかに聞き返す。


『……どうして知りたいのですか?』


「こっちは命懸けなんや! 訳も分からず死ねるかっちゅうねん」


 リンジーを押しのけ、チィコが湯気を噴射し鼻息も荒く叫ぶ。


『そうかも、しれませんね』

 

 他人事みたいに落ち着いたミューラーの声に、チィコは噴火する。


「かも? やて、うちらにお空をVの字編隊で飛べって言うんか?!」


「ぷぷぷ……」


 横でTDが声を殺して笑う、どうやらストライクだったみたいだ。


「とにかく、訳を言わないのならこの仕事はキャンセルします。これは全員の総意です」


 そんな様子に、少し呆れ顔のリンジーがきっぱりと言った。するとハッチの横が開きモニターが現れ、そこには軍の制服を着こなしたガランダルがいた。


「ガランダル大佐ですね」


 その鋭い眼光を見たゲルンハルトが、軍隊式に背筋を伸ばし凛とした声で言った。


「誰やこのオッチャン……がるっと退散やて?」


「なんて耳してんのよ」

 

 トンチンカンなチィコに、苦笑いのリンジーが突っ込む。


『理由を知る必要はない。君達は我々を護衛し、言う通りにすればいいのだ』

 

 その声には聞き覚えがあった、ヴィットは拳を握り腹の底に力を入れて聞いていた。


「答えないなら、これ以上進む事は出来ません」


 リンジーはモニターのゲルンハルトを見据える。しかしゲルンハルトの視線はヴィットに向けられていた、目線を合わせると凄い威圧感が押し寄せる。


『君の名前は?』

 

 全員が顔を見合わせる、そしてガランダルの視線の先には俯き加減のヴィットがいた。


「ヴィット……」


『そうか、君も理由を知りたいかね』


「別に」


 ぶっきらぼうに答えるとヴィットは視線を外した。ガランダルはそのままヴィットに視線を向けたまま、暫くの沈黙の後にゆっくりと口を開いた。


『専門家から話しをしてもらおう……クルト博士』


 ガランダルは横の小さな老人を紹介し、老人はゆっくりと話し始めた。


『半世紀前、西の外れの国から始まった異常気象は全世界を侵食し続け、近い将来この星の自然治癒力では回復不可能な状況になる恐れがあります。私達は人工的に異常気象を根絶させる研究を続けてきましたが……』


 クルトは途中で言葉を詰まらせた。そしてガランダルが肩に手をやると、またゆっくりと話しを続けた。


『根本的原因は気温の上昇にあったのです、そのコアは二酸化炭素です。二酸化炭素は炭素の含まれる物質を燃やせば発生します。紙でも木でも石油や石炭でも。人間の繁栄には火は不可欠です、繁栄と比例し二酸化炭素は増え続けました。私達はその温暖化の原因である、二酸化炭素を栄養源として摂取するバクテリアの開発に成功しました』


「成功した割には、状況は変わらないですね。それどころか、悪化してる」


 クルトの話に割り込んだリンジーは、多くの山や草原が急激に砂漠化する様子を思い浮かべる。


『そうです、砂漠化の原因は急激な二酸化炭素の減少です。私達の予想の範囲を超えたバクテリアの超異常繁殖は、植物や植物性プランクトンにとっては死活問題です…………』


 俯くクルトの顔色は、土色に変わる。そして、暫くの沈黙が続いた後にクルトは更に声を震わせながら続けた。


『二酸化炭素の除去が目的で開発された、バクテリアは…………』


 またクルツの話が止まった。さっきよりも更に大量の汗を搔き、その表情は、まさに死人の様だった。


「……つまり、そのバクテリアは植物を死滅させると言う事ですね」


 リンジーは強い視線でクルツを睨んだ。同じ様に気付いた、ゲルンハルトは声を震わせた。


「まさか……砂漠化の根本原因はそれか……」


『……この星は、生き物なのです。予防学の見地から見ても、将来二酸化炭素は、必ず人類に、害を及ぼすのです』


 クルツは途切れる声で正当性を口にするが、震える声はクルツの内心を表していた……”間違いだったと”。


「初来って、どのくらい先なんや?」


 不思議そうな顔で、チィコが聞いた。


『多分……100年以内です』


「100年って……そんな、アホな」


『人の時間と、地球の時間は違います……100年は、地球にとって一瞬なのです』


 クルツの声は、訴える様に耳に残った。


「時間が無いのは分かりますが、植物や植物性プランクトンが酸素を供給しています。そんな事はお分かりでしょう……植物の死滅が原因の砂漠化。当然この意味もお分かりのはずですよね?」


「プテラノドン?」

 

 顔色を変え興奮するリンジーの隣で、チィコがポカンとまん丸な目を見開く。


「はいはい、邪魔しない」


 イワンが苦笑いしてチィコを肩車すると、嬉しそうな顔のチィコが肩の上ではしゃぐ。その様子にフッと笑顔を取り戻したリンジーが続ける。


「植物の死滅は、人類を含めた動物全体の死滅を意味します。植物は動物の生命線の酸素や食物、そして水……全ての根源ですよね?」


 リンジーは凛とした声で、クルツに問い掛けるが反応は無かった。全身を震わせ、可哀想になるくらいにクルツは怯えていた。


「お花は、お水を飲むんやで。何でお水の元なんや?」


 また目を丸くしたチィコが、横から入って来る。リンジーは微笑むと、分かり易く説明した。


「いくら雨が振っても、山や森に植物がないと水は直ぐに蒸発してしまうのよ。地中に浸み込むよりも早く、川になって海に流れ込むよりも早くね。植物があるからこそ、水は私達の前に留まるの」


「ふぅ~ん。そうなんか」


 多分、分かってないだろうチィコは小首を傾げた。リンジーはその様子に一旦は微笑むが、直ぐにクルツに向き直った。


「一番知りたいのは、即効性のある打開策です」


『……開発段階でもバクテリアの生命力の強大さは危惧されていました。保険として、増殖暴走を抑える為のキラーバクテリア研究施設があります』


 一瞬の沈黙の後、少し血の気が戻ったクルツが小さな声で言った。


「保険を掛けなきゃいけないぐらいのシロモノを、実際に使用したって事か……」


 腕組みしたままのゲルンハルトが鋭い視線を向け、リンジーは全てを理解した。


「その施設がバンスハルね」


『そうだ、デァ・ケーニッヒスにはキラーバクテリアの試作体を運んでいる。バンスハルに着けば、二十四時間で大量生産出来る。バンスハルまでの道程と、到着してから完成までの二十四時間を護衛してもらいたい。それが君達に望むミッションだ』


 背筋を伸ばしたガランダルは、凛とした表情で告げた。


「それは本当に安全なんですか? またそのキラーを作るなんてイタチごっこは御免ですよ」


 リンジーは予め牽制した。失敗する時ほど、焦って手段を間違えるのは科学者と言われる人達い多い傾向だと、聞いた事があったから。


『キラーバクテリアには時限生命の因子を組み込んであります。そして、ある程度の対象を捕食すると死滅します』


 足を開き睨むリンジーに、クルトは目を合わせないで呟いた。


「なんや、哀れな話やなぁ」


「腹いっぱい食って、死んで行くか……」

 

 悲しそうな顔のチィコは段々と眉が下がり、イワンがポツンと呟いた。


「繁殖は?」


「それもありません」


「生命なのに?」


『繁殖しない生命は、機械と同義かもしれませんね』

 

 リンジーの質問に、クルトは悲しそうに答えた。


「そうですか……」


 生命としての最大の目的、子孫を残すことさえ制御されたキラーバクテリアに、リンジーは何故か悲しい感覚に包まれた。


「何故攻撃される? あの敵は何なんだ?」


 それまで黙っていたヴィットが、鋭い視線をガランダルに向けた。その強い視線に、ニヤリと笑うとガランダルが話し始める。


『聡明なお嬢さんの言う通り、植物の死滅は人や動物の死滅と同義だ。それを阻止出来るキラーバクテリアは、莫大な金になる。それだけではない、キラーバクテリアを所持すれば、植物を維持出来る。他の場所の植物が死滅して、自分の所だけに残れば……世界の王になれる。欲しい奴は幾らでもいるだろう』


 筋は通った、しかし疑問はまだ残る。ヴィットの脳裏では”世界の王”と言うガランダルの言葉が、何度も不気味に響いていた。


「見た所、副官とあなた以外は素人みたいだが?」


 ゲルンハルトがデァ・ケーニッヒスの疑問を問う。


『そう、他のクルーは研究員だ』


「敵の正体に心当たりは?」


 直ぐに返すゲルンハルトに、ガランダルが即答する。


『後方から来ているのは軍だろう、軍も莫大な利益の元として認識してるからな。その他は盗賊か、その類の者……』


「軍は分かるけど、その他の盗賊さんも普通じゃないですね。戦艦に最新兵器、そしてあの物量……」

 

 脳裏の敵を思い浮かべ、リンジーがガランダルに核心をぶつける。


『あらゆる組織、国、疑うべき敵は数えきれない』


 ガランダルにも敵の正体は把握出来てないのだろう、その言葉に嘘は感じられなかった。


「結局、利権か……あなたも”王”になりたいのですか?」


 ガランダルの言葉にリンジーが被せる。ヴィットの言いたい事と、同じ内容で。


『そんなものには興味はない。しいて言うなら正義の味方って、ところかな』


 ガランダルの言葉には皮肉が交る、自分達の蒔いた種を刈るって事は現実過ぎて言えないのかもしれない。


「他人のケツを拭くのかよ」


 ヴィットはガランダルを、また強く見る。


『そうです……私達の過ちです……でも、どうか助けて下さい』


 クルトは震える声で頭を深々と下げる。


「皆、どうする? 逃げちゃう? それともひと儲けする?」


 真剣な顔で見守る他の乗員に向き直り、リンジーが笑う。


「わしゃ、逃げん。どの道、老い先短いからのぅ、あんまし、金には興味無いわい。それより、孫やひ孫に借金は残せんわい」


 カッカッと豪快に笑うオットー達に、他の乗員からも声が飛ぶ。


「金になるなら」


「大儲け出来るんだな」


『残念ながら我々は商売する気は無い、目的はただ一つ。世界の修復だ』


 凛としたガランダルの言葉に乗員達はため息を付いたが、リンジーは嬉しそうに笑った。


「救世主になれるなら、お金より価値があるかもね」


「しょうがねぇなぁ、乗り掛かった船じゃなくて戦車だ」


 暫くの沈黙の後、髭面の大男の言葉に笑いの渦が起こる。


「我々は奮闘精神で勇敢に最後まで戦う」


 焼け焦げてボロボロのバティースタが背筋を伸ばす。


「お前の戦車、木炭としてしか使えないぞ」


 端の方からのヤジに、周囲の笑いは暗い雰囲気を吹き飛ばした。


「各車両の修理は天才ドクターTDにお任せあれ、今なら格安で――」


「盛り上がってる時に商売するな」


 勇んで出たTDをイワンが後方へ放り投げ、また笑いが起こった。


「まあ、仕方無いんちゃう」


 リンジーにおぶさったチィコが笑い、ゲルンハルトも大きく頷いた。


『で、君はどうする?』


 またガランダルがヴィットに視線を投げる、視線を逸らしヴィットは遠くの空を見つめる。


『ヴィット、やろうよ』


 今まで黙って聞いていたマリーが、腕の通信機から声を出す。


『誰だね?』


 ガランダルがマリーの声に、敏感に反応する。


「マリー、俺の戦車だよ」


 ヴィットは、またブッきらぼうに答える。


『パンドラの名前はマリーか……マリー、見事な戦いだった』


 呟いたガランダルはマリーの声に言葉を向けた。


「お褒めに預かり光栄です。ところで艦長さん、ロケット噴射剤を補給したいのですが?』


 穏やかで優しいマリーの声、モニターの向こうでは珍しくガランダルが笑顔になる。


『補給させてやりたいが、我々には持ち合わせが無い』


『艦長、東に三時間。ハンマンの町に行けば可能かもしれません』


 ミューラーが口を挟む。


「誰かが取りに行くか……」


 ゲルンハルトは誰が適任か考える。途中にはラフレシアの森林地帯があり、そこは盗賊の巣窟だった。敵の攻撃も考えられる、脚が速くてそこそこの戦闘力があってと考えても、すぐには思い浮かばない。


「俺が行くよ……マリーと」


 小さな声でヴィットが呟く。


『本当、ヴィット?』


 嬉しそうなマリーの声。


「ああ……」


 目を伏せたヴィットは小さな声で返事し、ゆっくりとマリーの元に戻って行った。


『パンドラ、いえ、マリーの脚なら往復三時間弱という所でしょうか』


『彼らとは、付き合いは長いのかね?』


 ミューラーの言葉に頷き、ヴィットの背中を見送りながらガランダルがリンジーに静かに問い掛ける。


「ヴィットとは子供の頃から、マリーとは今度の仕事が初めてよ」


 少し笑みを浮かべ、リンジーも静かに答える。


『自律思考戦闘システム……どう感じたかね?』


 子供に問い掛ける様なガランダルの声は、リンジーの耳に心地よかった。


「そうですね……多分だけど……違う」


『何が違うのかね?』


「マリーは違うの、ただのシステムなんかじゃない」


「そうや、マリーはマリーや」


 途中でチィコが割って入る、その鼻息は荒かった。


『マリーはマリーか……』


 遠くの小さな赤い車体に、ガランダルは静かな思いを馳せた。一緒に行くと喚くTDは、イワン達にス巻きにされた。


_________________



「明日にはバンスハルに着くんだって」


「そう……」


 マリーの言葉にも、ヴィットは浮かない返事だった。負傷してる事もあり、操縦はマリーがしていた。速度は出していたが、マリーは慎重に走っていた。ヴィットの負担を少しでも軽減する為に。


「なあ……マリー」


「なぁに?……」


 暫く黙っていたヴィットが、ふいに口を開く。


「あの博士、何か可哀そうだったな」


「そうね、人々の為にがんばってたのにね」


「うん……でも、あの艦長は頭にくる」


「どうして?」


「何か俺のこと試してるみたいだ」


「期待してるのよ」


 マリーの言葉は、ヴィットの胸に刺さった。こんな感じは前にも感じた事があった。それはまだヴィットが小さい頃の、父親の突き放つみたいな対応だった。


「そうなのかな……」


「そうよ……」


 ヴィットは胸のモヤモヤが晴れて行くのを確かに感じた、そして大きく背伸びしてまたマリーに問い掛けた。


「まだ奥の手ある?」


「もう無いよ」


「また、あんな奴出て来たら……」


 晴れてたヴィットの胸は、またゆっくりと潰される。脳裏をケンタウロスの凶暴な姿がフラッシュバックする。


「そうだ、言い忘れてた。ヴィット、ありがと……助けてくれて」


 マリーの穏やかな声は、ヴィットの心と傷ついた身体をそっと包む。癒されて行く感覚は心地よい薬となり、浸透する。


 そして視線を移動させると、あのヘルメットが横のモニターの下に落ちていた。拾い上げると、前に聞いたマリーの悲しそうな声が脳裏に蘇った。


(それを被ると脳ミソが溶けちゃうの……)


「これ、何なんだ?」


「何でもないよ」


 また悲しそうなマリーの声が、ヴィットの耳にしがみ付く。


「嘘……下手だな」


 少し笑ったヴィットが呟く。


「…………」


 言葉を発せないマリーは、ただの停止した機械を装う。


「驚かないよ……話して」


 優しく呟くヴィット。暫くの沈黙、走行音だけが響く車内。


「……そのヘッドギヤはテレイグジスタンスと、テレプレゼンスの……」


 会話の電気回路は意志を越えて繋がる、マリーの言葉は限りなく悲しそうな深みに沈む。


「それって……何?」


 ヴィットはその絡んだ言葉の意味を、ゆっくりと解こうとする。


「遠隔臨場感と、動作追従を越えた操作制御。操作を思考で制御するの……ワタシと一体化して。それは人間の思考の拡張、意思の信号化、科学的分身となる……こと」


 解かれたマリーの言葉は、それでも重く歪んでいた。


「俺とマリーの一体化……つまり、俺がマリーになる」


「ワタシが、ヴィットになる事でもあるの」


 完全には理解出来なくても、ヴィットには微かな可能性が見えた。


「もっと機動性も、もっと俊敏な攻撃も防御も……マリーと分担できるんだ……」


「……そう、よ」


 肯定の言葉のはずが、その意味は否定に傾く。


「どうしたんだ?……声が悲しそう」


 いくらヴィットでも気付くマリーの沈んだ声。


「戻れないかもしれないの……意識が元の体へ……」


 その言葉はある考えをヴィットの中に呼び覚ます。リンジーの言った、あの言葉を。


「かも……だろ?」


 可能性の確率を示唆する事が、ヴィットのマリーに対する思いやりの表現でもあり、自分自身の逃避にも似た自己完結だった。


「そうだけど……」


「マリー……俺は怖くない。強くなりたい」


 心の奥の恐怖と不安に負けない様に、ヴィットは強い口調で言った。


「……でも……」


 マリーには受け止める事は難しそうに、言葉を濁す事でしか答えられないみたいだった。ヴィットはそれ以上の言葉を止める、マリーの気持ちが届いていたから。


 それはただ一つ、思いやる心だと分っていたから。


「マリー……あの艦長さ、マリーの事、パンドラって……」


 少し間を開けて、ヴィットは話題を変える。


「どうして、かしら?」


 ゆっくりと穏やかに、マリーは疑問符を返す。


「パンドラの箱は、絶対に開けてはならないと神様に言われた。でも誘惑に負けて開けると様々な疫病や災害が飛び出した。そして、最後に残ったのが……希望」


 ヴィットは呪文みたいに呟く。


「ワタシは、どっちなのかな?」


 自分自身に問い掛けるみたいな、少し重いマリーの声。


「決まってる……希望だよ」


 ヴィットもまた自分自身に言う様に呟いたが、マリーは後の言葉を見えない未来に溶かした。


 そして、マリーとヴィットはラフレシアの森林地帯に入る、そこは森林とは名ばかりの白く枯れた木々が、この世と冥府の境みたいに生ける者を拒んでいた。

 


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