真実
艦橋に集まったヴィット達は、言葉少なだった。そんな雰囲気を、何故か笑みを浮かべたイワンが打破した。
「マリー以外は戦車が三両に、武装の無い装甲車が一両か……普通なら瞬殺だな」
呆れた様にイワンが言うが、ゲルンハルトは凛としていた。
「TDの装甲車を補給基地として、戦車三両で守る。後はマリーが敵を撃滅するだけだ」
「航空戦力が約100機、戦車が大隊じゃなくて連隊、しかも二個連隊なら約140両……それだけの数を相手に幾らマリーでも無理がある」
艦長席のハイデマンは、真剣な顔でヴィットを見た。
「そうですね、装備出来る弾薬には限りがあります。その数なら二回以上の補給が必要です」
「その際、私達は補給中のマリーを守るのに精いっぱい、補給はヴィットとTD、コンラートの三人だけでやらないといけない。少なく見積もっても、10分の危険な時間が生まれるわ」
ヴィットは声を落とすが、リンジーが強い口調で捕捉した。頷いたリーデルは、ゲルンハルトの方を強く見た。
「補給基地を守り切れるのか?」
「戦車が30両は必要ですね……ですが実際問題、それは不可能です。せめて、航空支援が欲しい所です」
鋭い視線でゲルンハルトはリーデルを見返すが、ヴィットが声を押し殺す。
「大佐達の仕事は海上まで……陸上戦闘は契約外です」
「誰が決めたんだ?」
「えっ?」
リーデルは表情を緩め、穏やかに言った。ヴィットは驚いた様に目を丸くするが、ハイデマンも溜息交じりに言った。
「出血サービスだよ……陸戦なら艦載機が被弾しても、着陸すれば損耗は防げるし……そう言う事ですよね、大佐」
「そう言う事だ」
「でも……」
ニヤリと笑うリーデルだったが、ヴィットは俯いた。
「我々の本職は対地攻撃です。スツーカ大佐の名声は、対戦車攻撃で得られたんだよ」
ヴィットの肩を、ガーデマン優しく叩いた。
「稼働10機じゃ、焼け石に水だな。相手はの数は二個連隊だぜ」
「殲滅が目的じゃない。補給基地に近付く車両だけを叩けばいい」
腕込みしたハンスの言葉に、リーデルは強い視線を返す。
「37mm機関砲の装弾数は?」
「二門で24発だ」
ヨハンの問いにリーデルが答えるが、ヴィットはその数に落胆を隠せなかった。
「心配ないよ。湾内でデアクローゼが全力周回で待機してるから、10機がローテーションで補給しながら戦う。補給の時間は発着艦時間を含め八分だ」
「スゲーな。理論上、二機以上が殆どタイムラグ無しで援護し続けられる」
驚きの声を上げるイワンだっが、ヴィットはまだ心配顔だった。そこに、潜水艦から連絡が入る。
『我々も、敵空母に対する攻撃を行います。脚さえ止めれば、発艦も着艦も出来ない』
「どうして、そこまで?」
マイクに向かった叫ぶヴィットに、ヴォルクガングは穏やかに言った。
『君達が魚雷を防いでくれなかったら、我々乗員44名は海の藻屑だった。命を救ってもらった借りは返します』
「すみません……」
『礼を言うのは、こちらです。我々は戦争が終わっても、愚かな戦いを続けて来ました……奪うのではなく、守る戦い……君たちは我々に”道筋”を見せてくれました』
言葉の続かないヴィットだったが、ヴォルクガングの話す内容は胸の奥に染み込み、脳裏には輝くマリーの姿が浮かんだ。その時、腕の通信機からマリーの震える声が聞こえた。
『……ごめんなさい』
「何で謝るんだよ?」
『……だって、敵の狙いはワタシなのに……皆を危険に……』
「敵の狙いがマリーなら、俺達には戦う理由がある」
「そうだ、マリーには山程の借りがあるからな」
「マリーを狙うとか、許せんちゅうねん」
ヴィットの通信機に顔を近づけ、イワンとハンスが笑い、チィコが頭から湯気を出した。
「大好きなマリーを守るのに理由が必要?……心配ないよ、私達は皆マリーの味方だからね」
リンジーもヴィットの横で微笑んだ。
「ヴィット。戦車や飛行機は我々でなんとかする。君はラヴィネンコに注意するんだ」
「誰ですか?」
急に真剣な顔になったゲルンハルトに、ヴィットが生唾を飲む。
「スターリ(甲鉄)6と呼ばれる対戦車擲弾部隊の隊長だ。奴が狙うのは戦車ではなく、その乗員だ……戦時中、奴は多くの戦車兵の命を奪った」
「そうですか……でも、マリーと一緒なら大丈夫ですよ」
嫌な予感はしたが、ヴィットは精一杯の笑顔を向けた。だが、ゲルンハルトの表情は更に険しくなった。
「全ての兵器に対し、マリーは無敵だ。だが、生身の人間相手にマリーは戦えるのか?」
その言葉は、ヴィット全身を硬直させた。
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艦橋を出て直ぐの廊下で、タチアナが壁に背中を付けリンジーを待っていた。
「よかったわね、狙いがあなたでなくて……騒ぎが落ち着くまで、デアクローゼに隠れていなさい。後で、ゆっくり送ってあげる」
皮肉を込めリンジーが言うが、タチアナは目を伏せたまま呟いた。
「マリーには、あなたが乗ってヴィットはこの艦に……」
「何なの? あなたヴィットの事……」
胸にタチアナの言葉が突き刺さる。リンジーの声は、意識せずに自然と震えた。
「……違う……私とヴィットは従妹同士……ヴィットの母親エリザベータは、お爺様の一人娘……私はヴィットを、お爺様の元に連れて行くのが役目」
目を伏せたまま呟くタチアナの言葉は、リンジーを混乱させた。
「そのお爺様って何者なの?……」
「ルーテシア皇族、メルキュール・ミハイロビッチ・ロマノヴィ……」
聞いた事はあった。リンジーの脳裏に、気品ある優しい笑顔のヴィットの母親の顔が浮かんだ。
「でも、ヴィットのお母さんはエリーって……はっ……」
直ぐにエリザベータの愛称が”エリー”だと言う事に気付くリンジーは、全てを悟った。
「分かったでしょ……ヴィットは前線から遠避けて」
「……何なの……今頃……」
「お爺様は、ずっと探していた」
声を押し殺すリンジーに対し、タチアナも声を落とす。
「そんな大富豪なら、ヴィットが大切なら、何でもっと……両親を亡くしたヴィットが、どれだけ苦労したか知ってるの……」
リンジーの声には、涙が混じっていた。
「探してたのよっ! 殆どの財産を注ぎ込み、禁断の仕事にも手を出した……」
「禁断の仕事?」
タチアナも声を荒げる。だが、その禁断の仕事と言う言葉は、リンジーの思考を戸惑わせた。
「兵器の開発と売買……確実に大量に稼ぐには、それしかなかった……荒廃した世界では……」
「まさか……」
唖然とするリンジーに、更に厳しいタチアナの言葉が続く。
「そうよ、戦争が無くても戦いは無くならない……盗賊とタンクハンター両方に、兵器を供給した」
「知ってるの? ヴィットの両親を奪ったのは盗賊の戦車なんだよ」
「……最近知った……」
泣きそうなリンジーの言葉。タチアナの言葉も、揺れていた。そして、暫くの沈黙の後、タチアナはリンジーを強い視線で見詰めた。
「お願い……ヴィットを守って……」
「後方に下げてじゃ、なかったの?」
「短い付き合いだけど、アイツ……言って聞くような奴じゃないし……それと、その……あなたも気を付けて」
タチアナは激怒するヴィットの顔を思い浮かべ、苦笑いした。そして、言葉を詰まらせながら付け加えた。
「ありがと、気を付ける」
何か嫌味を言うんじゃないかと思っていたタチアナは、素直に返すリンジーに肩透かしを食らった。
「……どうして?」
「別に……」
唖然と聞くタチアナに背を向け、リンジーは微笑んだ。タチアナがヴィットの従妹と知った時点で、リンジーにとってタチアナは他人ではなくなっていたから。
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「マリー……どうする?」
格納庫で、ヴィットはマリーに聞いた。
「人に向かって武器は使えないね……でも、ヴィットを狙うなんて許さないから……」
マリーの声は、明らかに怒っていた。
「ゲルンハルトさんに聞いたよ。奴ら、対戦車ライフルでペリスコープや履帯を狙い、乗員を車外に誘い出して狙撃するのが常套手段なんだってさ」
「対戦車ライフル弾は電磁装甲で防げるけど、補給中が危ないね。射程内には、絶対近づけない様にしないと……大丈夫、索敵センサーは対人にも有効だから」
「そうか……任せたよ、マリー」
マリーの言葉は、ヴィットにとって絶対の信頼と同義だった。
「でもね……お仕置きはしないとね」
車体を微かに揺らすマリーは、やはり怒っていた。




