宝物
「生きてるかしら?」
「大丈夫ちゃう……」
「何よ、このザマ……」
マリーのハッチから顔を出したリンジー達は、唖然と呟いた。タチアナだけは、不満そうに頬杖をついていた。
「……ごめんなさぁい」
小さな声で済まなそうに謝るマリーを、笑顔のチィコが優しく撫ぜた。
「誰だって、苦手なモンはあんねん。落ち込まんで、ええんやで」
「そうよ、気にしなくて大丈夫だよ」
リンジーも笑顔でマリーを励ました。
「少しは気にしろよ……」
その前方で、ヴィットが瓦礫から顔を出す。
「危うく即身成仏じゃ……」
「どわっ! 急に出てこないでよ……他の皆は……」
真横から突然現れるオットーにヴィットは飛び上がるが、直ぐに周囲を見回した。まだ土煙の残る洞窟内に、土筆みたいに次々と汚れた顔が飛び出す。
「死ぬかと思った……」
「虫にロケット榴弾って……」
「……痛い……」
「全員無事か?……ジジィ達以外の」
イワンとハンスがボロボロのまま呟き、ヨハンがポツリと一言、ゲルンハルトは全員の無事を確認する(オットー達以外の)。
「皆、無事みたいだね……」
ポールマン達も洞窟の端の方で見付けたヴィットは、大きな溜息をついた。
「あそこ、まだ扉が残ってるで」
土煙の収まらない中でも尋常じゃない視力のチィコが、霞む視界の先で扉を見付けた。
「マリー、頼む」
「……ワタシはもうヤダ……」
「マリー、大丈夫だから……」
「でも……」
ヴィットが促すがマリーは余程懲りたのか、車体を後退させた。だが、次の瞬間チィコが呆れたように呟いた。
「もう、開けとるで」
「何ですとっ!?」
振り向いたヴィットが見たのは、普通に扉を開けるオットーの姿だった。
「じぃちゃん!!」
叫ぶヴィットだったが、振り向いたオットーは唖然と呟いた。
「何じゃ、こりゃあ?」
そこには壁一面に並ぶカプセルの様な物があった。カプセルは一抱えくらいあり、ガラス製の小窓からは小さな粒の様な何かがギッシリ詰まってるのが見えた。
「何だこれ?」
手に取って見るが、ヴィットは分からなくて首を傾げた。
「”種”だな」
「ああ、野菜や果物、花や木なんかもあるぜ」
近くで見たハンスが頷き、イワンも腕組みした。
「分かるの?」
「ああ、俺もイワンも農家の出だ」
唖然と聞くヴィットに、ハンスが笑った。
「何よ、これが宝物だって言うの?」
明らかに不満そうなタチアナだが、リンジーは穏やかな声で言った。
「キャプテン・クックルは大切な孫娘や子孫の為に、植物の種を残したのよ」
「どうして種なんて残すの? 財宝じゃないの?」
「財宝は食べられないでしょ……」
「そうだけど、食べ物なんて買えばいいじゃない」
穏やかに話すリンジーに、タチアナが食い下がる。
「まあ、ウチらが地球を救ったんで、食べ物の心配はせんでええんやけどな」
「はぁ? 何よそれ」
笑顔のチィコに、仏頂面のタチアナが詰め寄った。だが、その前には仁王立ちするリンジーの姿があった。
「教えてあげる。急激な地球温暖化で世界が破滅の坂を下っていたのに、何も考えないでボケーっと暮らしてたアンタは何も知らないし、知ろうともしない。私達は、温暖化の原因であるバクテリアを退治したのよ。そう、アンタの知らないうちに地球は回復の道を歩みはじめた……最も、殆どマリーのお手柄だけどね」
「なっ、何よ……」
確かにタチアナにも心当たりはあった。干ばつや、大雨などの災害は終息し、気象状況は平穏を取り戻しつつあった。
「まあ、何より子孫の為に残すなら食べ物が一番だよな」
追い込まれたタチアナに、ヴィットが助け舟を出す。
「そ、そうね、確かに……」
タチアナはコホンと咳払いして周囲を見回すが、皆意気消沈している様だった。
「何か、疲れたと言うか……」
「期待はしてたんだがなぁ~」
ハンスは大きな溜息をつき、イワンも声を落とした。ヨハンは全く変わらない顔だったが、流石のゲルンハルトも苦笑いしていた。
オットー達の落ち込み方は凄まじく、全員が目をテンにして石仏みたいに固まっていた。
「何だ? ニコニコして」
そんな皆を見ながら、普段より更にニコニコしているチィコの顔を覗き込み、イワンがポカンと聞いた。
「なんや、海賊のクルクルとか言う人な……ウチのお父ちゃんみたいな人や」
「そうね、パパみたい……」
横のリンジーも直ぐに笑顔になる。二人の脳裏には、いつも優しかった父親が優しく微笑んでいた。
「あ、あなたも落ち込んでないみたいね」
「俺? 俺には最高の宝物があるからね」
そんなリンジー達の雰囲気を見たタチアナは、首を傾げてヴィットの方を見る。ヴィットも満面の笑みで答えた。
「宝物?」
「ああ、俺にとってマリーが最高の宝物だから」
「……ヴィット……」
マリーは輝度を増し、車体を微かに震えさせた。だが、リンジーはヴィットの言葉が胸にチクリと刺さり、思わず俯いた。
「さあマリー、帰ろう。宝はこのままにして……」
「……そうね。多分もう、使うことはないでしょうから……」
ヴィットはマリーの車体を愛おしそうに撫ぜ、リンジーも壁一面に並んだカプセルに視線を流した。
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海岸に到着すると、チィコが沖合のデアクローゼを見付けた。
「何で見える?」
「そんなモン見えるんやから、しゃーないやんか」
唖然と聞くイワンに向かい、チィコは平然と言った。
「ヴィット、艦長さんから通信」
マリーに促されヴィットが通信に出ると、ハイデマンの深刻な声が耳に被さった。
『港に着けば、大規模な待ち伏せがある』
「その情報は?」
嫌な予感がヴィットを包み、声が険しくなった。
『潜水艦からだ。回線を繋ぐ、本人が直接話したいとの事だ』
直ぐにヴォルクガングの凛とした声が、聞こえた。
『我々は君達に借りがある。知らせたのは、その為です』
「依頼は、タチアナの確保なんですか?」
前から疑問に思ってた事を、ヴィットはストレートに聞いた。たかが金持ちの令嬢の為に敵がフリゲートや潜水艦まで動員するなんて、どう考えてもおかしい。
『目的は君の戦車です』
本当はヴィットにも分かっていた。マリーを手に入れる事は、世界を手に入れる事と同義だと。そして、脳裏にルティーの言葉が蘇る……”俺と組んで世界征服しないか?”と。
「欲しいったって、渡しませんよ」
『そうですね……渡せば、世界が変わる』
その言葉の意味に、ヴィットは体が震える気がした。
「敵の規模は?」
『正規空母二隻分の航空戦力、二個戦車連隊の地上戦力……そして、秘密兵器』
「まあ、それ位でも足りないだろな……」
横で聞いてたイワンが溜息混じりに言うが、ゲルンハルトはヴィットに強い視線を向けた。
「マリーの性能なら問題ない数だが、分かるな?」
「はい……」
視線を返すヴィットは、大きく息を吐いた。
「何が分かるん?」
「マリーの戦闘力は最強でも、燃料や武器は永遠じゃないの……補給が生命線。だとしたら、今回はかなり不利なのよ」
ポカンと聞いたチィコだったが、リンジーの声は柄になく真剣だった。直ぐにリンジーは脳内でシミュレーションするが、どう考えても補給時のマリーを援護するには少なすぎる味方の戦力だった。
そして、ヴォルクガングの言う”秘密兵器”が気になった。
「秘密兵器って、何ですか?」
ヴィットが持つマイクに顔を寄せて、リンジーが聞いた。頬が触れたヴィットは、一瞬胸がドキッとした。
『未確認情報ですが、機動性に特化した陸上兵器である様です……それに……』
『ゲルンハルト、暗号電文だ……5047A23VR1423......』
通信に割り込んだハイデマンが、数字とアルファベットの羅列を一気に読み上げると、ゲルンハルトの顔色が変わった。
「聞いてたな?」
「ああ、間違いない」
ゲルンハルトが視線をヨハンに向けると、ヨハンまで険しい顔になった。
「どうしました?」
「最悪の事態だ……死神が来る」
ヴィットにも状況の悪さは十分に伝わり、ゲルンハルトは吐き捨てる様に言った。




