死神
「どうしました?」
見た事のない指揮官の表情に、部屋に入って来た副官が首を傾げた。
「今度の作戦に”死神”も加わるそうだ」
顔を上げた指揮官は、鋭い視線で副官を見た。
「まさか……奴等ですか?」
「スターリ(甲鉄)6(シャスチ)……対戦車擲弾兵部隊。ラヴィネンコ少佐が率いる死神達だ……」
青褪める副官を見ながら、指揮官は吐き捨てる様に呟いた。
「奴らの標的は戦車ではなく”人”……確かに乗員がいなければ、戦車はただの鉄の塊ですから……待って下さい、だとしたら狙われるのは……」
「ああ、あの少年だ」
明らかに指揮官の声は怒りに満ちていた。
「どうしますか?」
「クライアントが決めた事だ。我々に拒否権はない……」
「そんな……」
副官も言葉を失うが、指揮官は決意した様に背筋を伸ばした。
「暗号電文を送れ……あいつなら気付くはずだ」
「そう言えば、マリーの仲間にいましたね……暗号を知る男が」
副官は微かな望みに、溜飲を下げた。
「過去の大戦で、奴等は我々の軍に甚大な人的被害をもたらした……」
拳を握り締める指揮官を見ながら、副官も唇を噛み締めた。
「我々の仕事は……死神を呼び寄せるんですね」
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「全部の扉には仕掛けがあると考えて間違いないな」
「だから、知ってるよ……」
扉の前で真剣な顔をするヴィットに、呆れ顔のイワンが呟いた。
「で、どうする隊長?」
「マリーに扉を開けてもらいます」
笑みを浮かべ聞くゲルンハルトにヴィットが微笑むが、マリーは明らかに嫌そうだった。
「え~ワタシ?」
「ごめんね、マリー。もしかしたら、怪我人が出るかもしれないんだ。じいちゃん達以外は、普通の人だから」
ヴィットは穏やかにマリーに言った。
「でもでも、虫が出たら……」
「大丈夫やでマリー。虫が出たらウチ等がマリーを守ったる」
「そうだな。岩とか矢は無理だが、虫なら俺達に任せておけ」
マリーの車体を優しく撫ぜながらチィコが微笑み、イワンも笑顔で頷いた。
「……ヴィット……」
「心配ないよ、皆でマリーを守るから」
「私も虫は嫌いだけど、一緒にがんばろうね」
笑顔のヴィットの横で、リンジーも微笑んだ。
「嫌よ、虫なんて」
「あなたには期待もしてないし、頼んでないから」
当然の様に嫌な顔をするタチアナに向かい、リンジーは嫌味たっぷりに言い放った。
「虫を触るなんて、あなたにお似合いの仕事よ!」
「何ですって!?」
「まあまあ……」
一触即発の二人の間にヴィットが冷や汗を流しながら割って入るが、マリーはカタカタと車体を震わせながらブツブツ言っていた。
「虫、むし、ムシ……」
「大丈夫か? マリー、様子がおかしいぞ……」
「多分……」
耳打ちするイワンに、ヴィットは苦笑いした。
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マリーがアームを最大に伸ばし、ドアノブを回す。当然、車体は小刻みに震え、同じ様に声を震わせる。
「ヴィ、ヴィット、む、虫、いないよね?」
「ああ、大丈夫。中を照らして」
照らし出された部屋の中には、またオットーが俯せで倒れていた。そして、その横には一斗缶が転がっていた。
「さっきの部屋から、ワープしたのか?」
「学習と言う言葉は、じじぃには無いのか?」
目を丸くするイワンの横でハンスが呆れた様に呟き、ゲルンハルトも大きな溜息を付いた。
「これがホントのムシの息……」
ヨハンがボソっと言うが、全員がムシした。
「まっ、見なかった事にして次の部屋だ」
素早くドアを閉め、気を取り直したヴィットがマリーを促すが、マリーはまたブツブツと言った。
「でもね、虫がね……」
「はい、マリー次。グズグズしないの」
「リンジー、顔が怖いで……」
今度はリンジーが怖い形相でマリーを急き立て、チィコが苦笑いした。
「オニですか?……やっぱり」
ヴィットは冷や汗を流すが、当然聞こえない様に小声で呟く。
「何か言った?」
「いいえ、何も。さあ、マリー次だ!」
ブルブルしたヴィットの促しで、マリーは嫌々ドアを開ける。そして、前照灯で照らすと、部屋の隅に小さな黒い物体を見付けてフリーズした。
「あら、もしかしたら……」
ヴィットは嫌な予感がメガトン級で訪れたのを感じた。そして、次の瞬間……天井からクモやムカデやゴッキーや、その他モロモロの虫さんが大量に落ちて来た。
「いっ!! やぁあ~!!!!」
叫んだ瞬間! マリーは主砲を発射! 同時に機銃やレーザー、発煙弾など全ての武装をブッ放した!。
「フルファイヤ……」
目をテンにしたイワンを先頭に、男どもは瓦礫の山に沈んだ。




