策略
「捕獲作戦の件ですが、クライアントより許可が下りました」
「あんな途方もない予算が、よく通ったものだな」
副官の報告を聞いた指揮官は、大きな溜息で言った。
「まあ、機体や車両の補充は幾らでも利きます。一番補充が難しいのが、パイロットや操縦者ですから」
「そうだな、パイロットなら実戦が出来るまで五年、戦車でも射撃や操縦の訓練が必要だし、車長となればそれなりの経験もいる」
指揮官は頷きながら呟いた。
「人的被害を出さないマリーの戦い方が、仇となりそうですね」
「現有兵器を湯水のように使っても、マリーの撃破は不可能だろう……捕獲となると、更に難しい」
確かにマリーの戦い方には隙があるかもしれないが、それ以上にマリーの戦闘力は脅威を遥かに超えていた。
「今回は正規空母二隻分の航空戦力と、二個戦車連隊の地上戦力です……マリー一両で、戦場を支配出来ますね」
「今度の目玉はアレか?」
「はい、通称”フリー”……二足歩行戦車です」
資料を捲る副官を見て、指揮官は溜息をついた。
「脆弱にも程があるな」
「脚部関節は小口径機銃にも耐えられないでしょうね……当たれば、の話ですが」
それだけでなく装甲も武装も貧弱で華奢に見えるが、副官は不敵に笑った。
「ほう、機動性がいいのかね?」
「前後左右だけでなく、縦方向の移動が俊敏です。何せ”フリー(蚤)”ですから」
「戦闘機と戦車の波状攻撃で消耗させ、俊敏な動きでタイヤを狙って行動不能にするのか?」
「マリーの車体規模から見て、砲弾の積載量には限りがあります。厄介な対空レーザーさえ沈黙させれば、勝機はあります……絶対的な物理防御に対し、脆弱なのはタイヤしかないですし……」
全ての陸上移動兵器に共通する弱点、走行装置が破壊出来れば……脳裏で考える指揮官だったが、今までのマリーの戦い方を思い出すと必ずしも弱点では無い様な気がした。
「……後は、マリーの行動半径がどれ位あるかだな……」
とにかく、消耗させるしか方法はない。指揮官は机に両肘を付いて口元で指を絡ませた。
「はい……嫌な予感はしますが」
言葉とは裏腹に、副官は怪しい笑みを浮かべていた。
_________________________
「マリー! 何とかしろよっ!!」
涙を散らせながら走るヴィットが叫ぶ。
「掴まって!」
車内のリンジー達に叫んだマリーは、ウルトラ超信地旋回で向きを変えると両方のアームで岩を押さえる! だが、高回転と大質量の岩はブレーキを掛ける六輪の長いタイヤ痕と、爆煙を残すだけだった。
しかも、速度は落ちない! 同じ様に涙を散らすイワンも叫ぶ(違う目線だが)。
「何で俺達より速い?!!」
イワンは前方を疾駆するオットー達の足の速さに悲鳴を上げた。
「いいから走れ!!」
叫ぶゲルンハルトだったが、凛としている普段からは想像出来ない程にズタボロだった。当然ハンスも涙目で走るが、横のヨハンだけは非情に変わりがない。
「お前っ! 何ともないのか!!?」
「十分、怖い」
横を向いたヨハンは、抑揚のない声で普通に言った。
「こっのう!!」
猛烈に後退しながらも、マリーは機銃とレーザーで岩を砕こうとする。主砲を使えば砕く事など簡単だろうが、直ぐ近くを走るヴィット達に破片が飛び散る可能性がある。
当然マリーには、その選択はなかった。だが、機銃やレーザーも硬い岩の表面を削るだけで、次第に最後尾を走るヴィットに迫った。
「マリー! アームを真ん中に!」
リンジーの叫びに応じ、マリーは両アームを真ん中に移動! 直ぐに爆煙と破片を飛び散らせ、一筋の深い溝が形成される。
「後少し! 楔を打つのよ!」
「緑で、メッチャ辛くて、鼻がモゲそうになるヤツやな」
叫ぶリンジーだっが、チィコはニコニコしながら言う。
「それは”ワサビ”!!」
「リスみたいだけど、空を飛ぶヤツね」
突っ込むリンジーの横で腕組みしたタチアナが、したり顔言った。
「それは ”ムササビ”!!!」
ココロの中で”何でオンドレまでやねん!!”と思いながら、更に大声でリンジーが叫ぶ。
「えーっと、えーっと……」
「マリーはいいのっ!!」
ボケを考えようとしているマリーに、リンジーが泣きそうな顔で叫んだ。
「それじゃ行くよっ!」
片方のアームで溝を作りながら、マリーはもう片方のアームを引くと先端を窄めて先を尖らせる。そのまま勢いを付けて岩の溝に叩き込んだ! だが簡単に岩は割れない。
「マリー! 何度もっ!」
「分かったっ!!」
猛烈に揺れる車内でリンジーが叫ぶ! マリーはアームを何度も岩にブッけた。そして、ついに巨岩は真っ二つに割れた。正面に転がるエネルギーは一気に横方向に解放されると、壁に叩き付けられる。
「マリー! 質量は半分! 接地面を増やすの!!」
「それなら!」
リンジーの声を受けたマリーは、半円になった岩の上部にアームを叩き付ける! するとバランスを崩した岩は地面に倒れる! 当然割れた方の面は岩の直径の面積があり、強烈な摩擦は簡単に岩の動きを止めた。
もう片方の岩も倒すと、洞窟内は巻き上げた砂塵で視界は無くなる。
「全員!動くな!……またかよ……」
叫んだヴィットは、砂塵が晴れると物凄く大きな溜息をついた。
「あらら、お爺ちゃん達がおらへんよ」
「どこに行ったか、誰でも予想がつくわね……」
唖然とするチィコの隣りでは、呆れ顔のリンジーが砂塵に煙る前方を見た。
「全員無事だ。後はどうする?」
「早く行かないと、じいちゃん達が何をするか分かりませんからね」
ゲルンハルトの問いに、ヴィットは更に大きな溜息をついた。
「凄い、300m以内のセンサーに反応が無いよ」
驚いた声で、マリーが報告した。
「瞬間移動か?……」
「煩悩と物欲で加速装置全開だな……」
呆れるイワンの横でハンスが冷や汗を流した。
「出発よ……あなた、中々やるわね」
「えへ……ありがと」
タチアナはハッチに立つと、小声でマリーに言った。マリーは嬉しそうに返事すると、洞窟の奥に向けて発進した。
_______________________
オットー達が心配で、マリーは速度を上げた。ヴィット達も必死で走るが、岩はかなりの距離を転がっていた為、扉の前に来た時は全員(リンジー&チィコ+タチアナ以外)はヘロヘロになっていた。
「扉の向こうに、また扉や」
そこはかなり広いホールになっており、壁面には無数の扉があった。そのうち何個かは開いており、マリーが前照灯で照らした。
「何これ?」
覗き込んだヴィットの目がテンになる。そこにはオットーが前向きに倒れており、傍にはタライが落ちていた。
「ド〇フか……」
冷や汗を流すイワンだったが、隣の扉の中では白い粉に塗れたキュルシュナーが、葉巻に火をつけようとしていた。
「皆、下がれ……」
ゲルンハルトはゆっくりと扉を閉めると、急いで皆を下がらせた。その瞬間! 爆風で扉が吹き飛び、焼け焦げたキュルシュナーがヨロヨロと出て来た。
「絵に描いた様な粉塵爆発ね……」
苦笑いのリンジーだったが、そのまた次の扉から大量の水が吹き出し、ポールマンとベルガーが流されて行った。
「排泄物か……」
今度はハンスが冷や汗を流した。
「どうやら、扉には仕掛けがあるな」
「見りゃ分かる!」
腕組みするヴィットに、イワンが涙を浮かべながらツッ込みを入れた。




