洞窟
「残念ですが、マリーの飛行時間特定は出来ませんでした」
「仕方ないな……戦力投射としては我々の判断ミスだ。マリーの戦闘力を推し量るには相当の戦力が必要だと、改めて分かったと言う事だ」
副官の報告を受けた指揮官は、小さく溜息を付いた。
「しかし、軽巡洋艦相手に水上滑走艇ですか……映像を見ましたが、明らかに応急改造と言うか魔改造……」
「あんな物、カッターに乗せただけだ」
改造されたマリーの姿を思い出した副官は眉を顰めるが、指揮官は溜息を漏らす。
「ですが、推定100ノット以上の速度、複数の近接信管魚雷をジャンプで躱しました」
「確かに見てくれは悪いが、戦闘艦としては驚異的な戦闘力だ」
指揮官はマリーの戦闘を思い出し、背筋を震わせた。
「研究機関からも、高速滑走艇についての新たなレポートが提出されたと聞きます」
「そんなもの、何の役に立つ? 投入場面が限定される兵器など、威嚇にもならん」
「確かに内海の穏やかな海で、しかも凪の状態でないと運用はできませんね」
呆れたように指揮官は呟き、副官も同意した。
「研究者って奴はな……肝心な事をスルーする……核心がマリーだからこそ、出来得る芸当だって事をな」
「はい。荒れる海でも水上滑走を可能に出来きるのは、マリーの超性能故ですから」
改めて副官もマリーの戦闘を思い出した。
「とにかく、作戦の練り直しだ。マリーの技術が手に入れば、無敵の軍が出来る。対価を得るには等価交換しかない……それ程、強大な相手だ」
「世界的気象変化も終息に向かってます。各国の体力が回復すれば……」
既に指揮官は総合的な作戦の見直しを検討していた。副官は、その先にある展望を口にした。
「我々の商売も大繁盛だ……その為にも、目玉商品は確保しないとな」
「ですが、疑問も……」
深く掛けていた椅子から身を起こす指揮官だったが、副官は言葉を濁した。
「そうだな、あの場面は初めから飛行していれば簡単に制圧出来たはずだ」
「それを、わざわざ応急改造までして滑走艇にしたか?」
直ぐに指揮官は疑問の核心を突く。
「もしかしたら、マリー最大の弱点に繋がるヒントかもしれないな」
口元を緩める指揮官の横で、副官は鋭い視線を窓の外に視線を移した。
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マリー乗車には多少揉めたがリンジーとチィコ、タチアナを乗せた。ヴィットやゲルンハルト達、オットー達は歩いて洞窟に入る事にした。マリーを先頭に、ヴィットとゲルンハルトが両側に付き、残りはマリーの後に続いた。
入って50メートルを過ぎた時、マリーの前照灯が床の異変を映し出した。
「何だこれ?」
目を凝らすヴィットは首を捻る。そこには足の大きさと同じ位の大きさの煉瓦? が模様みたいに敷き詰められていた。
「幾何学模様みたいだね」
ハッチから身を乗り出したリンジーは、その不思議な模様に腕組みした。
「単なる飾りよ、早く進みなさい」
「待って。固定されてる部分と、そうでない部分がある」
マリーのセンサーは、微かな違いを見逃さなかった。
「と、言う事は何かの仕掛け……もしくは、スイッチ? かも」
リンジーが呟いた瞬間、オットーが既にスイッチを踏んでいた。瞬間に壁から放たれる矢! だが寸前でマリーがアームで掴み取った。
「じぃちゃん、頼むから……」
「面目ない……」
呆れ声のヴィットだったが、オットーは肩をすぼめながらも目は輝いていた。
「あの目は懲りて無い目ね……」
「おじいちゃん、やる気満々みたいやで……」
大きな溜息のリンジーの横で、チィコだけが笑顔だった。
「面倒だから、ジジイを先に歩かせようぜ」
「何言ってるんだよ!」
溜息と共に言い放つイワンを、ヴィットは大声で怒鳴る。だが、マリーは落ち着いた優しい声で言った。
「ワタシが先をいくから、タイヤの跡を付いて来て」
嘘みたいにヴィットの興奮は納まるが、今度は心配が湧き出す。
「マリー、矢がタイヤに刺さったら……」
心配そうなヴィットに、マリーはまた優しく言った。
「大丈夫、電磁装甲を展開するから……あまり近付かないでね」
マリーはそう言うと、対空機銃と対空レーザーを後ろ向きに指向した。
「マリー……」
「トラップは自分で受けて、万が一遅行性の罠なら後続を守る……マリーがいれば、どんな場所でも安全だ」
唖然とするヴィットの肩を、ゲルンハルトがポンと叩いた。
「そうですね」
目の前で真紅に輝くマリーが、ヴィットにはとても頼もしく見えた。マリーは電磁装甲を弱めに展開する。車体の輝度が増すと、周囲が陽炎の様に霞んだ。
そして、ゆっくりと進みだしたマリーの両サイドから次々に矢が放たれる。
「マリー大丈夫か?!」
矢は電磁装甲に弾かれてはいるが、思わずヴィットが声を上げた。
「何よ、たかが戦車でしょ? あんな泣きそうな顔で……」
タチアナはモニターに映るヴィットの顔を見て、呟く様に言った。リンジーが立ち上がり掴み掛かろうとするが、チィコの笑顔を見ると嘘みたいに怒りが収まった。
「ヴィットはな、マリーが大好きなんや。ウチもリンジーも同じや……マリーはな、強くて優しいんやで……」
「そ、そう……」
チィコの笑顔は、タチアナのココロも穏やかに包んだ。
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暫く進むと一瞬、マリーが止まる。その刹那! 両側の壁から巨大な斧が飛び出して来る! マリーは両方の斧を火花を飛ばしながらアームで受け止めた。物凄い金属音が洞窟に炸裂し、またヴィットが叫んだ。
「マリー!!」
「大丈夫だよ」
マリーはレーザーで斧の付け根を焼き切ると、壁に斧を立て掛ける。
「簡単そうに見えるが、あの斧一つで何キロあるんだ?」
「あんな細いアームで……」
イワンが唖然と呟き、ハンスも大きな溜息を付いた。
「確か、特殊合金って言ってたが……」
「チタンやタングステンも問題じゃない……超硬、軽量、強靭。まさに、最強の金属だな」
唖然と呟くゲルンハルトに、ヨハンが付け加えた。
「あれで装甲したら、最強なんじゃないか?」
「多分、加工が難しんだろうな……装甲みたいに薄く伸ばすのは……」
イワンの言葉を、ヨハンが的確に推理した。確かにハイパーセラミックを越える材料だが、部材としては加工が困難なのは確かだった。
「今度は落とし穴だ!」
斧を片付けると、マリーの前方に巨大な落とし穴が何個も出現してヴィットが叫んだ。
「前方だぜ、見えてる穴に落ちる奴なんて……」
笑うイワンの目の前で、オットーが穴に落ちる。
「普通は落ちないよな……」
呆れるハンスを押し退け、ヴィットが駆け寄って大声で叫んだ。
「じいちゃん! 大丈夫か?!」
漆黒の穴からは返事がない。青褪めるヴィットの横で、ゲルンハルトが溜息交じりに言った。
「心配ない、妖怪ジジィが穴に落ちたぐらいで……」
次の瞬間! オットーが隣の穴から普通に顔を出す。
「ビックリしたのじゃ~死ぬかと思ったのじゃ」
盛大にヴィットがズッコケる。
「何で、隣から出て来るんだよ~」
「……ジジィ……ワープしやがった」
「本物の妖怪ジジィだ……」
「……」
イワンが冷や汗を流し、ハンスは目をテンにするが流石のヨハンも開いた口が塞がらなかった。




