宝島
「ありがとう、ございました」
ヴィットは飛行機の格納庫で新しい機体を整備するリーデルに声を掛けた。整備の手を止めず、リーデルは背中で言った。
「少しは役に立ったかな」
「はい。おかげで助かりました……それで、マリーもお礼を言いたいと」
頭を下げたヴィットは、腕の通信機を向けた。
『大佐、ありがとうございました。でも、ごめんなさい、大切な飛行機を……』
「慣れた機体だったが、代わりはある……気にする事はない」
「そうだよ、大佐も僕も怪我一つないんだからね。それも、マリーのおかげさ」
『でも……』
ガーデマンも笑顔で言うが、マリーは声を落とした。
「丁度、新しい機体に替えようと思ってたところだった」
背中越しのリーデルの声は笑ってる様だった。
「本当にありがとう、ございました」
もう一度頭を下げたヴィットだった。
「甲板が大変な事になってるぞ、早く行け」
背中を向けたまま、リーデルが呟く。
「そうだ、じいちゃん達が戻って来たんだ」
思い出したヴィット、もう一度礼をすると甲板に向けて走り出した。その後ろ姿を見送るガーデマンは笑顔で呟いた。
「元気ですねぇ……」
「そうだな」
振り向いたリーデルは、眩しそうにヴィットの背中を見た。
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「これじゃ」
「絵に描いた様な宝箱ね……」
オットーが自慢げに宝箱を見せるが、それは誰が見ても一目瞭然、定番の”宝箱”で、思わずリンジーが溜息を漏らした。
「で、どこにあったの?」
「これは、トイレの壁をブチ壊した時に出て来たのじゃ」
半ばあきれ顔のヴィットの問いに、オットーは胸を張る。
「船長室じゃなくて、何でトイレなんだよ?」
当然のツッコミ。だが、オットーは眼鏡をキラリと光らせた。
「勘じゃ」
「まあ、壁って言っても軽巡だからな、普通は鉄板だ。だから、わざわざ壁を貼ってる場所は確かに怪しいけど」
「勘か……確かに、こんな事には鼻は利きそうだもんな」
呆れた様にハンスが呟き、イワンもマジマジと宝箱を見た。
「早く開けてみようよ」
「それが、この鍵が曲者なのじゃ」
嬉しそうに覗き込むリンジーに、オットーは苦笑いした。確かに宝箱には、豪華? な鍵が付いていた。細かく施された彫金、多分純金を含んだ合金で、その作りは芸術品の価値さえありそうだった。
「ほんま、綺麗やねぇ」
チィコは綺麗だと微笑むが、リンジーはその横でイライラしていた。
「こんなの、ブッ壊して……」
「これこれ、この鍵は価値があるのじゃぞ」
平然と破壊を進言するリンジーに、オットーは冷や汗を流す。
「全く、モノの価値が分からない物騒な奴だな。工夫して開けるなんて事、こんなガサツで単細胞の野獣みたいな奴には無理だよ」
「誰が野獣ですって?」
呆れ顔のヴィットは溜息交じりに言うが、その後ろでリンジーは怒りの炎を燃え上がらせた。
「お前、本当に命が惜しくないのか?」
ガタガタ震えるイワンが、声も同時に震わせるがリンジーが鬼の形相で睨む。
「いえ、その、リンジーの明晰な頭脳なら開けるなんて造作も無い……ゲオッ!」
その瞬間、イワンの顔面に宝箱がメリ込んだ。
「……褒めたのに……」
「これこれ、投げてどうする……」
大の字になるイワンの顔面から宝箱を外すと、オットーが苦笑いして箱を拾った。
「あちゃー、顔に箱の形がついとるよ」
チィコはイワンの顔に印刷? された後を見て目を丸くした。
「貸しなさいっ!」
オットーの手から宝箱をもぎ取ると、リンジーは甲板に叩き付けた。そして、砕けた宝箱の中からは、一枚の地図の様な物が出て来た。
「ほら、鍵は壊れてないよ」
「……箱自体も、お宝なのに……」
泣き顔のオットーは、寂しそうに地図を拾った。
「なに、それ? 宝の地図?」
「まあ、宝箱の中にあるぐらいだから、そうなんじゃない?」
覗き込むリンジーは満面の笑顔だが、ヴィットは呆れた様に呟いた。その地図には小さな島が描かれ、中央の山にある洞窟には×印が付いていた。
「緯度や経度の手掛かりは無しか……島の形だけでは、場所の特定は難しいわね……でも、このマーク何かしら?」
マジマジと地図を見たリンジーは、右上に描かれた紋章に首を捻った。それは、銃と剣をクロスさせた、横向きの髑髏だった。
「それは、多分キャプテン・クックルの紋章だ」
腕組みしたゲルンハルトには、確かに見覚えがあった。
「誰ですか? それ」
「伝説の海賊じゃ。奴の地図なら、超お宝は確実じゃ」
オットーの目は既に$になっていた。
「でもさ、場所が分からなければ意味ないじゃん。それに、今は仕事の最中だよ」
「面白そうね」
そこに、不敵な笑みを浮かべるタチアナがやって来た。
「無理です。我々は、あなたを送り届ける仕事があります」
後ろから付いて来たハイデマンは、溜息交じりに言った。更にその後ろには、悲痛な顔のセルゲイも続いていた。
「お嬢様、これ以上の遅れは……」
「分かってます!」
セルゲイの言葉を途中で遮ったタチアナは、強い視線で睨む。セルゲイは、それ以上何も言えなくて俯いてしまった。
「おいおい、今度は宝探しに行くのか?」
「そう、宝探し……艦長、地図の場所を特定できるかしら?」
呆れ顔のヴィットの言葉に、笑みを浮かべたタチアナはハイデマンの方を見た。
「そうですね……位置情報が無いのなら、正確な海図に照らし合わせるしか……ですが、この地図の島が正確な形か分かりませんよ」
「それなら、多分心配ないですね。キャプテン・クックルは几帳面で有名だから」
「几帳面って……海賊でしょ?」
正確さに太鼓判を押すゲルンハルトだったが、ヴィットは苦笑いした。
「キャプテン・クックルが作った海図は、超正確で超高値で取引されてるんだとさ」
顔に宝箱の痕を付けたまま、イワンも呟く。
「そうなんだ、彼の噂はそんなのばかりだ。他には、何より家族を大事にして、特に孫娘の為には何も惜しまなかったとか……」
「一応、義賊で民間船は襲わないとか、他の海賊に襲われた船を助けたとか、色々な噂がある」
説明するゲルンハルトに、ハンスも知ってる事を付け加えた。
「でもさ、そんな人なら宝物って言っても……」
「だからじゃよ。家族や子孫の為に莫大な遺産を残す……そんな奴じゃ」
「知ってるの?」
「うんにゃ、知らんけど……」
あまりにも自信たっぷりのオットーに、ヴィットはドキドキしながら聞くが、お約束の返答に前向きにコケた。
「知らんのかい……」
「論議は無用よ。私か探すと決めたんだから、決定なの」
起き上がるヴィットを上から見たタチアナは、怪しく笑った。
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ヴィット達は艦橋に集まり、海図と地図を見比べる。当然、タチアナは艦長席に悠然と座り、ヴィット達が必死で特定してる所を、薄笑みを浮かべて見ていた。
「……さっぱり分からん」
「確かに、特定は難しいわね」
直ぐにヴィットは溜息を付き、リンジーも苦笑いした。
「ほんま、全部同じに見えるなぁ」
頬杖のチィコも溜息を漏らす。
「でも、何、あの態度? 司令官気取りで、ふんぞり返ってさ」
タチアナに視線を向けたリンジーは、竜の様に鼻から息を吐く。
「まあ、仕方ないさ……それより、じいちゃん何してるの?」
「これは、脳を活性化する妙薬じゃ」
上手そうにウィスキーを飲むオットーに、呆れ顔のヴィットが突っ込んだ。
「人の目では難しいけどな……」
「何かあるのTD?!」
横から見ていたTDが呟くと、リンジーの目の色が変わった。
「説明しよう。マリーのセンサーなら、海図と地図を照らし合わせるなど……」
「それよ!」
したり顔のコンラートを突き飛ばし、リンジーは格納庫に向かって一直線に走って行った。
「おいおい……」
ヴィットの嫌な予感は最高潮に達していた。




