戦車対海賊 5(黒ひげ危機一髪)
「何か、マリー震えてるな」
「怒ってるんですよ」
唖然と呟くガーデマンだったが、ヴィットは少し笑った。
「悪口言われたから?」
「まあ、それもありますけど……大佐やガーデマンさん。そして、俺を人質に取った事……”命”を取引の道具にした事……」
「そうなんだ」
ガーデマンは、震えるマリーを見ながら微笑んだ。
「時には見方を犠牲にしても……」
顰め顔で言い掛けたリーデルは、微笑む二人を見ると大きな溜息で表情を和らげた。
「さあ、戦車は手に入れたし……後は、お前達をどうするかだな……仕方ない、板を出せ」
満面の笑顔の黒ひげは、本当は決めていたであろうヴィット達の処遇を、わざとらしく考えるフリで間を空けて言った。海賊定番の処刑方法、ウォーキングプランクの宣言に手下達は手にした武器を振り上げて歓声を上げた。
「そんな板を出してどうするの?」
マリーが普通に聞く。
「そんなもん、手足を縛ったまま歩かせて海に落とすに決まって……てっ! まだ残ってるじゃないか!」
お約束のボケの後、黒ひげは大声を上げてヴィットを睨み付ける。だが、ヴィットも普通に答えた。
「残ってないよ。マリーはマリーだから」
「何を訳の分からん事を! 引き摺り降ろせ!」
黒ひげの指示で手下がマリーの中に銃を向けるが、唖然とした顔で呟いた。
「お頭、やっぱり誰もいません」
「そんな事があるか!」
慌てて、よじ登りハッチから覗き込んだ黒ひげも唖然と呟く。
「ホントだ……」
次の瞬間、マリーはアームで手下達を掴むと海に放り込む。当然、投げた人数分の浮き輪も投げ込んだ。
素早く身を翻した黒ひげは、サーベルを抜くとヴィットの喉元に突き付けた。
「何だか分からんが、大人しくしろ!……ほへっ?」
叫んだ途端、サーベルが根元から折れて甲板に落ちた。
「大人しくするのは、あなたの方」
「信じられん……お前はいったい何なんだ?」
「ワタシは最強戦車のマリー」
震える素振りを見せる黒ひげだったが、マリーに気付かれない様にヴィットを盾に後ろに回り込むと腰の銃をヴィットに突き付けた。
「動けばコイツの脳味噌が……はらっ?」
今度は銃が真っ二つになって、また甲板に落ちた。
「いい加減にしなさい!」
マリーは叫ぶと、レーザーを発射! 黒ひげ自慢の髭が跡形もなく消えた。
「ホントのレーザー脱毛だね~」
苦笑いのガーデマンだったが、ヴィットは慌てて顎を触る黒ひげに言い放った。
「マリーは飛んで来る砲弾にも命中させられるんだ。こんな至近で、あんたの髭を剃るなんて朝飯前だ……」
「黙れ……俺の髭を……お前等は生かしちゃおかねぇ……」
物凄い形相で黒ひげはヴィットを睨むが、髭の無い黒ひげにヴィットは噴き出しそうになった。それがまた黒ひげの怒りに燃料を大量投下する、今度は何やら懐から探り出し、レーザーの死角の後ろ手に持った。
「手榴弾だっ! お前等……ほへっ?」
どんなに鈍感でも、マリーが怒ってるのには気付く。マリーはアームで、ワナワナと震えながら舷側の対空機銃の砲身を飴みたいに曲げた。
そして次の瞬間、超高速移動! 黒ひげ(元黒ひげ)の胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「いっ、いいのか?! 手榴弾を!」
マリーは暴れる黒ひげ(元黒ひげ)の腕を軽くハンドツイストすると、手榴弾を取り上げて海に捨てる。
「あなたには、言っても無理みたいね……当然、泳げるよね?」
「なっ、何だ?!」
またまた次の瞬間、黒ひげ(元黒ひげは)大空に輝く星になった……。
「成層圏まで行ったんじゃないか?……」
苦笑いのヴィットを余所に、マリーは大声を上げる。
「隠れてる人! 出て来なさい!」
それでも残った手下達は、物陰から武器を構える。マリーはロケット榴弾で艦の主砲砲身を破壊し、機銃はレーザーとアームでブチ壊した。暴れるマリーを見ながら、ガーデマンも苦笑いする。
「マリーを怒らせない方がいいですよね」
「その様だ……」
流石にリーデルも冷や汗を流し、隠れていた手下達も次々に海に飛び込んだ。マリーは巨大なカッターを海に投げ込むと、手下達に言う。
「お日様の沈む方角に島があるから、皆で行ってね。黒ひげさんも、その途中に浮いてるから、忘れずに拾って」
手下達は黙って真剣な顔で頷くと、大急ぎで黒ひげを拾いに行った。
「さて、残りはルティーね」
マリーは器用にヴィットやリーデルの縄を解きながら言った。
「そうだね、どうする?」
縄が解けると、腕を摩りながらヴィットが聞いた。
「乗り込む! 大佐、この艦は武装は壊したけど機関は無事、これで皆の所に戻って」
「分かった」
明るいマリーの声に、笑顔になったリーデルが返事した。
「大佐、舟艇くらいは動かした事はありますけど、軽巡ですよ」
「でかいだけで同じ”船だ”」
「そうですけど……」
ガーデマンが苦笑いする、その目前でヴィットがハッチに飛び込むと同時にマリーが大空に舞い上がった。
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「何だ? 赤い奴が黒ひげの船で大暴れしてる……」
双眼鏡で覗くルティーは冷や汗を流すが、横の副官は興奮気味に叫ぶ。
「今がチャンスです! 黒ひげごと海の藻屑にしてやりましょう」
手に入れる算段は物凄い暴れ方のマリーを見て、素早く修正される。手に入れられないモノは消し去るの海賊の慣わしだった。最強の武器が自分のモノでなく、相手の手の内なら破壊しかない……。
世界征服の夢が幻になりそうだが、ルティーは直ぐに切り替えた。
「そうだな……左右をスワローとジョーンズに」
「お頭……スワローとジョーンズは逃げました」
「何っ! とにかく魚雷装填! 急げっ!」
ルティーが叫んだ瞬間! マリーが後部甲板に大音響を伴い着艦? した。
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「何だ、そんな顔して……ヴィットなら大丈夫だ。マリーが付いてる」
「えっ、そうね……」
遠く水平線を見詰めるリンジーに、ゲルンハルトが穏やかに声を掛けた。
「ちょっと聞いても構わんかね」
そこにハイデマンが葉巻を燻らせ近付いて来た。
「何ですか?」
「あの戦車。マリーだったかな、あれは一体何なんだね?」
「マリーは……そう、仲間であり家族であり……希望なんです」
「希望? 兵器がかね?」
「兵器は敵を倒す道具でしかありません……マリーは違います」
言葉では言い表せないと、リンジーは正直思った。既にリンジーの中でマリーは兵器などではなかった。
「どう違うと?」
「それは……」
「我々のシュワルツティーガーも戦車と言う戦う道具です。ですが、マリーに出逢いその意味は変わりました……」
ゲルンハルトも穏やかな声でハイデマンを見た。
「どう変わったのですか?」
「倒すのではなく、守る道具にです……味方は勿論、敵も」
「……そうですか……お嬢さん……マリーの事が好きですか?」
「勿論、マリーの事が大好きです」
笑顔のリンジーは即答した。
「ヴィットの事もな」
横からイワンがニヤニヤしながら口を挟むが、巨大なハンマーを顔面にメリ込ませ悶絶する。
「いい加減、学習しいな……」
しゃがんだチィコが、例によってツンツンする。
「私も、何だか好きになりそうです……」
少し苦笑いしながら、ハイデマンも遥か水平線を見詰めた。




