収集
艦に戻ったと同時に、凄い勢いでTDとコンラートがマリーに駆け寄った。
「ワタシ、ヴィットと……」
帰りの舟艇では、ヴィットとマリーは微妙な雰囲気で少し決まりが悪く、マリーは帰って二人きりになったら、ゆっくり話し合いたいと思っていた、それはヴィットも同じでギュウギュウ詰めの舟艇では人目もあり、言いたい事さえ言えないでいた。
「ダメだよ。君は完全じゃない、今敵に襲われても存分に戦えない」
「そうだ。私達技術者が目指すのは”完璧”、中途半端な修理でフラストレーションはMAXだ!」
TDは優しく言うが、コンラートは鼻息も荒く目を吊り上げた。
「マリー、完全に治してもらおうよ」
言われてみればマリーは完全じゃない、ヴィットも優しく言った。
「今の状態じゃ、皆を守れないよ」
「……分かった」
リンジーが優しく車体を撫ぜると、マリーは格納庫へ向かった。皆も艦内へ戻り、甲板にはヴィットだけが残った。当然リンジーは隣に座ろうとしたが、お腹が空いたチィコに無理矢理に食堂へと連れて行かれた。
ぼんやり海を見ていたヴィットの隣には、オットーが黙って座った。
「俺さ、早く一人前になりたくてさ……焦ってた」
「若いうちは、誰でもそんなもんじゃ」
俯きながら言うヴィットに、オットーは穏やかに呟いた。
「マリーを安心させたくて……マリーの負担を軽くしたくて……でも、ダメだね……最後はマリーに頼ってしまう」
「それは仕方ないのぅ……なんせ、マリーちゃんは特別じゃからな」
ヴィットは本音を話した、何故がオットーには素直になれた。オットーはその本音を柔らかく受け止めた。
「そうだよね……マリーは全てを超越した存在だかからね」
「少年よ……ワシ等ロートルのタンクハンターは、大戦を戦った兵士の成れの果てじゃ……国の為、守るべき人の為、命を懸けて戦ったのじゃ……じゃがな、戦争は命のやり取りじゃ……終わって初めて気付くのじゃ……自分の命と引き換えに多くの命を奪った事にのぅ……」
初めて聞くオットーの悲しそうな声、経験の少ないヴィットには掛ける言葉なんて見つからなかった。
「今でも悪夢にうなされる時がある……じゃが、その回数は最近めっきり減ったのじゃ」
「どうして?」
大戦の悪夢だとヴィットは思った。だが、悪夢が減った理由は分かる気がした。
「マリーちゃんのおかげじゃ。マリーちゃんは、決して命を奪わん。戦いの中でも、敵の事さえ心配する……こんな戦い方もあるんじゃと、ワシ等に教えてくれるのじゃ。綺麗事だと笑う奴もおる、絵空事だと否定する奴もおる……だが、マリーちゃんは実際にやってのけるのじゃ……そして、それはワシ等にも出来る事なのじゃ……要は”やる気”なのじゃ……マリーちゃんは、そんな一番大事な事を教えてくれるのじゃ……」
オットーの言葉がヴィットの胸に浸透した。胸の奥深くが熱くなり、モヤモヤした気分は一気に晴れた。
「マリーは敵味方関係なく、皆の為に戦うんだね」
「そうじゃ。お主も負けずに頑張るのじゃ、失敗など恐れるに足らん。若い時は失敗こそが己を磨く糧になるのじゃ……焦っても構わん、悩んでも構わん、全ては未来の為にあるのじゃ……これからじゃ」
前にも言われた、オットーの”これからじゃ”は、ヴィットに勇気とやる気を思い起こさせた。
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「お頭、大型のオートジャイロが接近して来ます。三機です!」
破壊尽くされたアジトで茫然とするルティーに、報告が入る。
「今度は何だ?」
半分呆れたルティーは、投げやりな返事をした。普通なら侵入者に対する警戒は厳格であり、瞬時に迎撃態勢を取るはずだがマリー達に破壊尽くされた後では反応も鈍く、簡単に侵入を許してしまった。
だが侵入者は、だだの”賊”とは完全に違っていた。揃いの漆黒の戦闘服、黒いマスクに艶消しのヘルメット、自動小銃やRPGで武装し、その統制は軍の臭いがした。
「お頭! 奴等軍隊です! 小隊ごとに制圧してます!」
「手出しするな! 武器を捨てろっ!」
報告と同時にルティーは叫び、海賊達は直ぐに降伏した。
「お前がルティーか?」
「そうだ。あんた等、何者だ? 軍隊って訳でもないみたいだが」
隊長らしき大柄の男がルティーを見下ろすが、ルティーは薄笑みを浮かべた。歴戦のルティーは、軍隊にはない雰囲気を察していた。黒ずくめの男達と違い、明らかに場違いな白衣の集団が、破壊された戦車の残骸を丁寧に調べていたのだった。
「知らない方がいい。それより質問したい事がある」
野太い声はルティーの手下を威嚇するが、ルティーは鋭い視線で睨み返した。
「ああ、何でも答えてやるさ。その代り、一つ条件がある」
「条件を出せる立場か?」
黒いマスクの下で隊長は笑うが、ルティーは低い声で言った。
「あんた等も、質問の答えを聞かないと帰れないんだろ? 俺の条件は一つ、話が終わったら俺を近くの島まで送って欲しい」
「近くの島?」
「ああ、そこには予備の軽巡が隠してある」
「どうするんだ?」
「知れた事だ。あいつ等に、たっぷりと海賊の恐ろしさを教えてやる」
「そうか、少し待て」
隊長はどこかに連絡した後、ルティーに向き直った。
「条件を飲もう。さて、話を始めるか」
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「戦車の主砲弾を至近距離から狙撃か……常識じゃ考えられないな」
呆れた様な口ぶりだったが、指揮官は口元を緩めていた。
「それに新装備のアームですが、最早”手”ですね。舟艇を漕いで来たというのには、笑いましたが」
「確かにな……」
副官の言葉に、指揮官も口元を緩めた。そして、少し間を空け副官は普通に聞いた。
「海賊の仕返しを助けるんですか?」
「ああ、我々の機材や人員に損耗なくデータが得られるのだ。だが、軽巡一隻では直ぐに終わる……加勢はこちらで手配してやれ、当然海賊共を使ってな」
「了解しました」
敬礼した副官も、怪しい笑みを浮かべる。
「君が言う様に、マリーにとって噴射剤は唯一の弱点かもしれない。だが、普通の兵器でも補充の必要な燃料や弾薬は弱点なのか?」
「普通の兵器では、とても弱点とは呼べませんね。極端に燃費が悪いとか、砲弾の威力は凄まじくても発射速度に問題があるとか以外は……ですが、マリーは完全無比の兵器なのです、唯一の弱点と考えて問題ないでしょう……それに噴射剤切れや燃料切れの際にしか、マリーを捕獲する術はありません」
指揮官の言葉を受け、副官は話しながらも改めてマリーの凄さを実感した。だが、そんな普通の兵器にとっても当たり前な事が、マリーにも当てはまる事に安堵にも似た感覚に包まれた。
「そうだな。噴射剤が切れる時間、及び航続距離、燃料切れのタイミング、砲弾の残量、全てのデータを取るのだ……あの驚異的破壊力には、数の力で対抗するしかないな」
腕組みした指揮官は膨大な犠牲が必要なマリーのデータ収集を考え、溜息交じりに言った。
「それには、大勢の海賊が必要ですね」
副官はまた、怪しく笑った。




