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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第一章 始動
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強敵

 ケンタウロスは、攻撃を仕掛ける味方戦車の砲撃を簡単に盾で除け、主砲の反撃。同時に、側面の敵には腕の機関砲を斉射して殲滅する。一瞬で数輌を撃破すると、獲物を求め高速で移動を開始する。


『皆離れて!』


 マリーの声がまた飛ぶ。味方はケンタウロスから出来るだけの距離を取る、と言うより逃げ惑い混乱状態に陥る。


『マリー、また飛べばいいやん!』


 チィコの通信に、マリーは静かに答える。


『飛べるのは精々五分。それ以上続けて飛んだらヴィット、ジュースになっちゃうよ』


「あり得るわね……」


「そんなぁ~」


 納得した様なリンジーの声に、泣きそうなチィコが振り返った。


『あいつは何なんだ?』


 一瞬にして味方重戦車を撃破したケンタウロスに、戦慄を覚えたゲルンハルトはマリーに深刻な顔を向けた。そこにやっと出番かとTDが大きく胸を張り、説明をする。


『あの盾は電磁装甲の一種だ。どの角度にでも瞬時に指向出来る、そして防御と同時に反撃に移れる、しかも車体の軽量化の恩恵で高機動。腕の機関砲は、航空機にでも完璧に照準出来る』


『そうね、性能と装備はTDの言う通り、まさに攻守共に完璧な戦車』


 マリーの言葉は、攻略の糸口がないと言っているみたいに聞こえた。


『でも、可愛くないやん。色も変なねずみ色やし、大体顔が変やねん。象さんみたいやけど、あの目つきはアカン……悪者顔や』


 チィコはケンタウロスの頭部砲塔に付いた、三角の赤いランプが怒ってるみたいに吊り上ってるのを言っていた。


『顔で判断するのか?』


 苦笑いしたイワンが溜息混じりに言う。


『そうや』


 胸を張ったチィコに、全員の気持ちは不思議と和んだ。例によって、張り切って説明したTDは置き去りにされる。


 敵味戦車達がかなりの距離を後退し、戦場に大きなブランクが出来た為、戦いは一時降着し味方はデア・ケーニッヒスの周囲に集結、敵もケンタウロスを先頭に集結を始めていた。


 敵味方語り合うことなく始まったコーヒーブレイクは、その後の戦いが熾烈を極めるだろうと歴戦の者たちに予感させた。


_________________



「あれは確か、ケンタウロス……実戦配備はまだのはずですが、プロトタイプでしょうか?」


 ミューラーは遠くに霞む、異様なシルエットに首を傾げた。悪寒にも似た気配を背中に感じながら。


「こちらにもパンドラがいる」


 艦長シートに深く腰掛けたガランダルは、窓の外のマリーに視線を向ける。そこには大勢に囲まれた、小さな赤い戦車があった。ケンタウロスも言わばマリーと同じ常識外の新兵器だが、何故が違うとガランダルは思った。

 

 絶対悪と言う観念的な概念は存在しないはずだが、ケンタウロスの存在はその概念を覆す様に感じた。対するマリーは、その概念と相対し”善”と呼ぶには些か躊躇するが、それに相当する存在だと考えた。


 そして、最大の違いは……片方は人を殺す兵器、もう片方は人を助ける兵器……それこそが、答えなのだとガランダルは心から思った。

 

________________



「で、どうする?……」


 腕組みしたゲルンハルトが、誰に言うでもなく聞く。他の戦車の乗員もゲルンハルト達の話しの輪に、深刻な表情を浮かべ加わっていた。


「ケンタウロスには同時攻撃しかないの」


「そうね、盾は一つだもんね」


 マリーの言葉にリンジーが被せる。


「でもあの盾は腕だぜ、砲塔の旋回より断然速い」


 地面に座ったイワンが真面目な顔で言う。


「そうだな、あれは人の動きだ」


 シュワルツ・ティーガーの上で頬杖を付いたハンスも、独り言みたいに呟く。


「ケンタウロスとは、よく言ったもんだ……殲滅戦車の名も伊達じゃない」


 ヨハンも自然と言葉が曇る。


「俺達……どうなるんだ?」


 他の戦車の乗員が地面に視線を落とし、その行為は次々に伝染した。


「前にはあの化け物。逃げても攻撃される、どうすりゃいいんだよ!」


 横の鬚だらけの大男も声を荒げる。


「くそう……ちきしょう」


 口々に愚痴が出る、周囲の雰囲気は晴天の空とは正反対に暗く沈んだ。


「文句言う前に車輌の点検をせんか」


 暗い雰囲気の中に、オットーの明るい声が弾ける。


「何だぁジジィ!」


 大男はオットーに凄い形相で迫る。


「整備出来てこそ戦車乗りじゃ。戦車はの、頑丈に見えて繊細なものじゃよ。正しく使えば裏切らん、そして命を守ってくれるんじゃ」


 多くの車輌を見渡しオットーは静かに言う。


「でもな、こんな状況でそんな事してる暇あるのかよ」


 少し目を伏せた男は独り言みたいに呟く。


「こんな時こそじゃ。動かない戦車は、ただの鉄の箱じゃ」


 オットーの落ち着いた声は、その場の雰囲気をほんの少し緩和した。


________________



 目覚めは嘔吐感と眩暈、身体のアチコチの痛みを伴っていた。混乱した意識は少しづつ繋がり、ヴィットは目を開ける前に思考を整理する。車外で微かに聞える声は、戦いが一時停止した事を頼みもしないのに教える。


 模擬戦を入れて数度の戦いでも、ヴィットの戦いは自己嫌悪でしかなかった。初戦は訳も分からないうちに終わり、終わった事さえ分らずにいた戦いが続き、分っても何も出来なかったから。


「ヴィット……気付いた?」


 マリーの優しい声が逆にココロを惑わす。


「……ああ」


 ゆっくりと起き上がると足元がふらつく。


「ヴィット、無理しないで」


 ココロからの心配そうなマリーの声が、今のヴィットを巨大な羽毛の様に穏やかに圧迫した。


「ヴィットは?」


 チィコが辺りを見回す。


「まだ寝てるんじゃない」


 リンジーが肩を竦める。


「起きてるよ」


 よろけながらもマリーのハッチから顔を出したヴィットだった。


「お早う……」


 ニヤリと笑ったイワンがジョークでからかう、少し睨んだヴィットは首を振りながら降りて行く。


「ヴィット、まだ休んでいた方が……」


 まだふらつくヴィットに心配そうな声を向けるマリーだが、声は心なしか震えていた。


「大丈夫、心配ない」


 またマリー優しい声が、ヴィットの胸を激しく揺さぶる。自分でも分からない程ヴィットは苛立つ気持ちを抑えられなくて、それは少し荒れた返事に表れていた。


「大丈夫なん?」


 チィコに支えられ、人を掻き分けてヴィットは話しの輪の中に入る。そっと振り向いたマリーの車体には、増えた弾痕が戦いの正面に立ち戦う事を無言で表し、自己嫌悪の上に重なり覆い尽くす。今度はまた違う気持ちの揺れがヴィットを押し潰した。


「生き残りたければ戦うしかない。我々とマリー、そして脚の速いサルテンバが連携して同時攻撃を行う。他の者は残存の敵を叩いてくれ」


 ヴィットの様子を見たゲルンハルトは、小さな深呼吸をすると話しの続きを始めた。


「爆裂榴弾があったよね、サルテンバでも撃てる?」


 マリーがリンジーに聞く。


「ええ、滑空砲身だから大丈夫」


「こちらも問題ない」


 リンジーはすぐに肯定し、ゲルンハルトも頷いた。


「狙うのはケンタウロスの足元、地面と履帯のギリギリの所よ。激しく揺れる地面では、防御も攻撃にも隙が出来る。そこを一気に叩く」


「そんな難しい事より、履帯を直接狙うほうがいいんじゃないか?」


「ケンタウロスの防御は完璧、そこが狙いよ。集中砲火の中、直撃しない砲弾は敢えて無視する特性があるみたい。さっきの戦闘を見て確信したの」


「なるほどな」


 腕組みしたゲルンハルトの問いに、明るく答えるマリー。今度は他の戦車乗員に、優しい声で言う。


「皆、ケンタウロスの事は忘れてね。尋常じゃないのはアイツだけ、他は普通の戦車よ」


 ”普通”って言葉が乗員達の心の不安を穏やかに癒す。その話の最中に、ヴィットの表情は次第に不安定なる。新たに出現した強力な敵の存在さえ知らずにいた事に、負の思考が更に被さり視線は宙を漂った


「ところで、何で戦車から降りて来ないんだ?」


 さっき怒鳴った大男が、今頃マリーの変な所に気付く。


「あっ、ごあいさつが遅れました。最強戦車のマリーです。よろしくね」


「へっ???」


 大男を中心に、周囲の乗員達も集団で目がテンになる。


「なんや知らんかったんか、マリーはマリーなんやで」


 訳の分かない事を言ったチィコが、大きく胸を張る。


「まさか……」


「俺、聞いた事ある」


「俺も」


「なんだ、そう言う事か」


 口々に呟いた男達は脳裏に浮かべる、夢の自律戦闘システムの事を。周囲は喝采と大笑いに包まれた。敵が最新兵器で攻撃して来たとしても、自分達にも最新兵器が付いているのだと分かり、心理的余裕が自然と広がった。


「私が説明しよう」


「引っこんでろ!」


 またまたシャシャリ出て来たTDを大男が一括し、スゴスゴとバックで隅に隠れた。


「どないしたん……どっか痛いん?」


 他の皆の笑いの輪に入らず俯くヴィットを、チィコが心配そうに覗き込んだ。


「何でもない」


 少し目を伏せて、ヴィットは消えそうな声で言った。


「坊主。戦場じゃあ、やる気の無い奴っあ死ねぜ」


 地面に座ったままのイワンが、強い眼差しでヴィットを見上げた。でもヴィットの瞳は力なく宙を彷徨い、イワンはヴィットに強い視線を向けたまま続けた。


「ここへ何しに来た?」


「さぁ……」


 ヴィットの言葉には力が無かった、リンジーが何か言おうと前に出たがゲルンハルトはそっと腕で制した。


「俺達は賞金稼ぎだ、今はその仕事の最中だぜ。怖いのなら、ママの所へ帰んな」


 低い声で、イワンはまたヴィットを見据えた。


「そんな事言わんでもええやんかっ!」


 チィコがイワンの前で声を上げたが、今度はリンジーが肩を抱いてそっと遠ざける。


「別に怖い訳じゃない」


「なら何だ?」


 ヴィットは言葉に力を込める、カウンターでイワンも返す。


「俺は……」


 言葉が出ないヴィットは拳に力を込め、その気持ちは腕全体を震えさせた。


「やっぱり怖いのか?」


 イワンは微かに震えるヴィットの様子に、牽制を出す。


「違う」

 

 ヴィットはそっと顔を上げ、強い目線でイワンを睨む。


「マリーが心配か?」


 急に穏やかなイワンの声は、ヴィットのド真ん中に触れた。それは確信であり、ヴィットの胸の中に渦巻く全てだった。他人に言われ、一番大切なモノがヴィットの中で限りなく膨らんでいた事に、初めて向かい合った気がした。


 マリーは黙ってヴィットの様子を伺っていた、リンジーがそっと車体に手を置く。その温もりは、センサー以外でも感じていた。


「だったらどうした……俺はマリーを……」


 しかしまだ言葉では表現出来ない、苛立ちがヴィットを包み込む。イワンは立ち上がると、マリーの傍にゆっくりと歩み寄った。


「マリーのおかげで俺達は今、生きてられる。それは事実だ。だからその借りは返すつもりだ、タンクハンターの名に賭けてな」


 イワンは強い言葉で、またヴィットに視線をぶつけた。


「俺も、マリーには借りがある」


 少し離れた場所からハンスの声が続く。


「私もだ」


 ゲルンハルトも声を出す。


「まあ、俺もだな」


 ヨハンもゆっくり立ちあがる。


「あんた……あのマリーとかいう戦車の乗員だろ? 助かったよ」


 さっき大声を上げた大男が、頭を掻きながらヴィットに礼を言った。少し驚いた表情だったが、ヴィットの心は不思議な揺らぎだった。


「あんた達が居なかったら、今頃昇天してた」


「ありがとな、助かった」


「救援、感謝する」


 埃やススで汚れた顔の男達が、次々に礼を言う。その顔には死線を潜り抜けた者同士に湧く連帯感が、照れ臭そうに漂っていた。でもそれは決して不快じゃない、不器用で粗忽だがとても温かくヴィットを包み込む。


「私も同じ気持ちだよ」


 リンジーは腰に手を当て微笑む。


「少年よ、この戦いは、まだまだ続く。どうするかは、自分自身で決めるんじゃ、誰も教えてはくれぬ」


 オットーの穏やかな声。ヴィットは皆の顔を順番に見ると、少し神妙な顔でゆっくりとデア・ケーニッヒスに向って歩いて行った。


「ヴィット、どこに行くんや?」


 その不安定な背中にチィコが声を掛ける。


「ちょっと借り物がある」


 背中を向けたまま、ヴィットは言った。


「ヴィット、待って……」 


 マリーがまた心配そうな声を掛ける。ヴィットは、返事をしないまま歩いて行った。


__________________



「外に誰か来てます」


 デア・ケーニッヒス艦橋で、オペレーターがキャプテンシートのガランダルに振り向いた。


「艦長、パンドラのクルーです」


 モニターで確認したミューラーが、不思議そうな顔でガランダルに報告する。


「こちらに回してくれ」


 ガランダルは表情を変えずに言う。


「分かりました、どうぞ」


 ミューラーは音声をガランダルに繋いだ。


『何か用かね?』


 かなり待たされ、デア・ケーニッヒスの車体にもたれていたヴィットは、やっとの声に溜息混じりに振り向いた。


「携帯用の武器を貸して欲しい」


 ハッチの前で俯きがちにヴィットは言った。


『君は戦車の乗員じゃないのかね?』


 ガランダルの稟とした声が、グラつくヴィットを更に揺らす。


「そう……だけど……」


 自信の無さは声に現れた。


『訳は?』


「それは……」


 気持ちが、考えが言葉にならない。ただ胸の前でカラ回りするだけだった。


『話しは終わりだ』


 ガランダルは待たない、通話終了を告げる。


「待って下くれ、いるんだ!」


 熱いものが胸に逆流した、思わずヴィットは声を上げる。


『訳を……』


 声のトーンは少し落ちて、ガランダルは息を長く吐いた。


「……俺は何も出来ないから……臆病で弱虫だから……」


 押し殺した声でヴィットは肩を震わせた。


『だから?』


「武器がいるんだ……俺はマリーを守りたい」


 ヴィットのその声には力があった。ガランダルはニヤリと笑い一言だけ呟き、後の言葉をミューラーに向けた。


「そうか……後部の武器庫は外部から入れるのか?」


「はい、随伴歩兵用のハッチがあります」


「好きな武器を渡してやれ」


 ガランダルは珍しく穏やかな声だった。ミューラーは少し脊筋が寒くなったがモニターに映るヴィットに指示を出した。


『後部ハッチから入り、武器は好きなものを選びなさい』


「…………」


 ヴィットは無言で後部へと回り、ハッチから武器庫に入った。そこはかなり広い空間で壁の一面には各種銃器が整然と並び、金庫の様な頑丈な入れ物は爆発物のオンパレードだった。


 対戦車ライフルにも目をやったが、四連装ロケットランチャーの前で立ち止まる。


『それは大きすぎる。左の壁の一番奥、そのRPGが携帯用では一番強力だ』


 モニターで見ていたミューラーは、思わず声を出した。そっと頷くと、ヴィットは壁から外す。ずっしりと重くて冷たい手触りは、見えない力が宿っているみたいに腕に伝わる。


「意外と世話好きだな」


 ミューラーの行動に、ガランダルがニヤリと声を掛ける。


「息子と同じぐらいです」


 ミューラーはモニターに写るヴィットを、優しい眼差しで見続けた。


__________________ 



 暫くして戻ったヴィットは、携行用対戦車ロケット砲RPGを肩から下げていた。


「そんなものどうするの?」


 首を傾げたリンジーが、真剣な表情でヴィットに詰め寄る。


「ほっといてくれ」


 俯き加減のヴィットは小さな声で呟いた。マリーにはヴィットの気持ちが痛い程に伝わった、だから余計に言葉を失い、今まで何も言えずにいたが穏やかな声で呟く。


「安全装置、撃つ直前まで外したらダメよ」


 勿論リンジーにもヴィットの気持ちは分っていた、チィコも黙ったままその後ろ姿を見送っていた。


「車体の側面だ、履帯を狙うなんてケチな事すんなよ、その型は強力だが正面装甲を貫通出来る威力は無い、狙いは側面だけだ」


 マリーに乗ろうとしているヴィットの背中にイワンも声を掛け、そしてオットーも遠くで微笑んでいた。周囲の男達は穏やかな表情を浮かべ、ヴィットの様子を見守っていた、緊迫した戦場の中にひと時の安寧が漂っていた。


 ヴィットは背中を向けたまま、無言で軽く手を振った。


________________



「マリー……俺さ……」


 操縦席でヴィットは何か言おうとしたが、言葉がスムースに出なかった。


「ヴィット……ワタシ」


マリーの言葉も同じ様に絡まる。


「俺は……」


「ワタシはヴィットに居て欲しい……パートナーだもん」


 言い直そうとする言葉に、また言葉が重なる。


「……ありがと」

 

 震える声でヴィットは呟く、握りしめたRPGに更に力を込めて。


________________



「さてと、人型を退治するか」


 ゲルンハルトの言葉に、各員は自分の車輌に戻った。蒼空には雲一つ無くて、見渡す限りに生き物の気配は無い。砂漠には何時も戦いの予感が漂う、サンドカラーに支配された世界は、強い者だけが生き残り弱者は滅びて砂の一部になるしかない。


 各自が見つめる先には゛敵゛だけが彼方に霞んでいた。


 今、やらなければならない事は、山ほどある。各員はそれぞれの使命を改めて確認する。もう、迷う時間も悩む時間も無い……追い詰められて初めて分かる……”やるしかない”と。


________________ 



「どういうつもりでしょうか?」


 ミューラーはガランダルに振り向く。


「さあな」


 ヴィットの容姿を思い浮かべてガランダルは呟く。


「無茶しなければいいんですが」


 複雑な表情でミューラーは腕組みする。


「そうだな」


 ガランダルの心の中でも葛藤に近い感情が顔をもたげる。


「指示は……」


 ミューラーはガランダルの顔色で、何か探ろうとする。


「ケンタウロス以外の車輌を牽制しろ、あの二輌にリアクティブアーマーを」


 無闇な援護はマリー達の邪魔になるとガランダルは小さな声で呟き、シュワルツ・ティーガーとサルテンバに反応装甲を取りに来る様に指示した。


_________________



「何やこれ?」


「後付けの反応装甲、リアクティブアーマーよ」


 リンジーはその箱みたいな物を、チィコに説明した。


「自爆装甲だ。砲弾の直撃に対し、自らも爆発する事で貫通エネルギーを中和する」


 ゲルンハルトが取り付けながら補足する。


「爆発って、大丈夫なん?」


 目を丸くしたチィコが、身震いした。


「大丈夫よ、ちょっと音は大きいけどね」


 優しい声でマリーは言う。


「マリーが言うなら安心や……けど……」


 不安顔のチィコはマリーの言葉で笑顔になった。でも、直ぐに笑顔は曇る。


「どうした?」


 イワンがチィコの顔を覗き込む。


「でもな、可愛くないねん」


 少しコケたイワンだった。


「見てくれより、弾が入ってこない方がいいだろ」


 イワンは子供に言うみたいにチィコに話す。


「そうやな……でもどうせなら可愛い方がいいなぁ」


 モジモジと呟くチィコに、ハンスも笑いながら取り付けを急いだ。


「マリーはいいのか?」


 ヨハンはマリーを見上げた。


「電磁装甲、全開で展開したら弾の当たる前に爆発しちゃうよ」


 笑いながら言うマリーに、ヨハンは笑顔を返す。


「確かに、意味無いな」


 その会話は傍で聞いていた者達のココロに、穏やかな薫風を拭かせた。


「どういう風の吹き回しかしら?」


「さあな、くれるってんだから貰っとこう」


 デア・ケーニッヒスを見上げるリンジーに、笑いながらゲルンハルトが言った。ヴィットは皆の輪に入る事はなく、マリーの中でRPGを静かに見詰めていた。


________________



『ワタシ達は間合いを詰める、出来るだけ反対側に回り込んで援護して』


 マリーはリンジーとゲルンハルトに通信を送る。


「俺達は脚が遅い、リンジー先に行け」


「分かった、気を付けて」


 マリーが発進するのと同時に、サルテンバは右手に大きく迂回のコースで出る。シュワルツ・ティーガーはそれを見送った後に、ゆっくりと動き出した。マリー達の様子を見ていたゲルンハルトは、少し顔を曇らせた。


「アンタにしては珍しい顔だな?」


 見上げたイワンが呟く。


「お前こそ、あんなに熱く話す所なんて初めて見た」


 ゲルンハルトも発進と同時に呟く。


「二人とも変だぜ」

 

 ニヤリと笑ったハンスがアクセルを踏み込む。


「ああ、写真でも撮ればよかった」


 ヨハンも笑った。


 双眼鏡でケンタウロスとの距離を見ながら、ゲルンハルトは独り言みたいに呟く。


「いい子達だもんな……」


「ああ、マリーも含めて」


 ヨハンもハンスも声を合わせる。


「心配だ……」


 正直なゲルンハルトの声に、イワンも黙って頷いた。


________________



「怖くない?」


「そら、怖いに決まってるやんか」


 射手席のリンジーが、心配顔のチィコに声を掛ける。


「私も怖いよ……でも」


「そうやな……でも、うちらにはマリーがおんねん。だから怖いことあらへん」


「うん」


 リンジーとチィコは、遠くなるマリーの背中に呟いた。恐怖なんて、たった一つの希望で何処かに行くんだなって思いながら。


__________________



『少年よ、決死と必死を混同してはいかんぞ』


 短い通信がオットーから入る、その言葉の意味がヴィットには色々な方向から胸に届く。


「ワタシが言うまでハッチから出ないでよ」


「分かってるよ」


 マリーの言葉に、ポツリとヴィットが答える。


「戦車砲弾だよ、傍を掠めただけで肉を削がれるんだよ!」


 少し強いマリーの声。


「分かってるって」


 面倒そうにヴィットが答える、傍から聞けば母親に反抗する子供みたいにも聞える。そしてヴィットは乱暴にアクセルを踏む、マリーは急加速し砂煙を巻き上げた。彼方のケンタウロスも、こちらの動きに呼応する様に発進する。


 敵の援護車輌にデア・ケーニッヒスの砲撃が始まり、味方も展開を始め、各自壕にハルダウンする。比較的静かに戦端は開き始める、急に曇り出した空には遠くで雷鳴が響いていた。


 マリーとヴィットは一直線にケンタウロスを目指す、しかし射程距離に達しているのにマリーは撃とうとしない。


「撃たないのかっ!」


 揺れる車内でヴィットの叫び声が響く。


「まだよ」


 正対するマリーの落ち着いた声。ヴィットはそれ以上聞かず、またRPGのグリップに無言で力を込めた。その手の平にはしっとりと汗が滲み、ヴィットはズボンの膝で拭いた。


 急に車内に音楽が響く、その曲はスローなバラードでヴィットの体温を下げた。


「何で音楽なんか?」


「緊張、取れたでしょ」


 迫り来るケンタウロスと対象に、マリーは穏やかな声。


「まぁね」


 ヴィットは少し落ち着いた心で、モニターの一点を見詰めた。


「じゃあ、いくよっ!」


 マリーは主砲を発射する、至近弾はケンタウロスの真横に弾着の砂煙を上げる。コンマ数秒後に、お返しの至近弾が数発マリーの車体を揺らす。勿論、退避行動はマリーがしていた。次の瞬間、ケンタウロスは方向を転換しサルテンバに機首を向けた。


「行かせないっ!」


 走行性能で勝るマリーは猛然とダッシュしながらも、ロケット榴弾を発射する。盾で防御しつつ、ケンタウロスも激しく撃ち返す。


 何発かは回避出来ても、集中砲火はマリーに直撃も与えた。明らかにマリーは、ケンタウロスの砲火を自分の方だけに誘き寄せている。


 マリーの電磁装甲は直撃した砲弾を弾き返すが、ヴィットに与える心理的影響は大きく、その衝撃音と激しい震動は、まるでヴィットが直撃を受けたみたいに声となって炸裂する。


「また当たったっ! 大丈夫なのかっ?!」


「平気っ!」


 マリーも叫び返すが、その声はまたヴィットの心に激しく刺さる。まるで人が銃弾を受けた時みたいな苦痛を伴う声だった。


「マリー、もう嫌だっ!」


 叫びながらヴィットは、ケンタウロスから離れようとハンドルを切る。しかし、固まったみたいにハンドルはピクリとも動かない。


「アイツはチィコ達に向かってんのよっ!!」


 マリーの声は絶叫に近かった。


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