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停止中  作者: 赤田ケイジ
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第二話「覚悟なんてしたことない」

 嵐山は鼻から血を滴らせ、右目を腫らし、今にも倒れそうな状態で膝立ちしている。しかし、なおもその鋭い眼光は敵を倒そうとする意志を感じさせる。

「もういいよ! もう謝って終わりにしようよ!」

 俺のその声を聞くと、嵐山はよろよろと老人の様な足つきで立ち上がる。

「言っただろ。お前に覚悟を見せてやると」

 息も絶え絶えに嵐山は擦れた声でそう言うと、握った右手を天に突き出した。

 俺は嵐山の悲痛な状態を見ながら、何故こんなことになってしまったのかと、数時間前を思い出す。平穏であった、数時間前を。


 蔭川トイレで失神事件、略してKTS事件は今日で当日から丸二日を迎える。この間、俺の学校生活は今年に入って初めての平穏が訪れていた。

 詰まるところ、弄り(虐めとは認めたくない)の主犯格である蔭川一派の立場の揺らぎが原因である。転校生に一蹴りで伸されたとあれば、彼らへの恐怖は一気に恨みつらみへ変化する。こそこそと教室で小さくなる彼らの姿を見るのは何とも気持ちの良いものだった。

 そんな平穏の中でも少なからず変化があった。

「良かったねー座古君、虐めが止まって。龍郎達にはいい薬だよ」

 弄られている本人向かい、ストレートにその話題をふってくる、そんな天然な彼女の名前は伊禮拓海いれいたくみ。目鼻立ちの整った、ショートヘアの爽やかな少女。また、このクラスで雰囲気や立場など関係なく俺と会話を交わしてくれる唯一の人。

「そう、なのかな」

 内心中指を立てて笑っているものの、迂闊なことを言って何か報復があっても災難なだけ。言葉は選ばなければならない。

「そうだよ。ま、このクラスに友達が私しかいない座古君には分かんないよね!」

「は、はは……」

 こんな彼女に俺が惚れるのに、そう時間はかからなかった。最初は弄られっ子の俺に話しかけてくる唯一の人が可愛い女の子の時点で、色々出来すぎで黒い裏があるのではと勘ぐったりしたのだが、今では彼女がただ単に天然で少し正義感の強い子なだけだということが分かっている。

「でもそんな座古君にも新しい友達が出来て私は嬉しい! 成長したんだねー!」

「俺はコイツと友達になった覚えはねえ」

 嵐山は気怠そうに答えた。

「あれ、そうなの? だって帰りも一緒に帰ってるじゃん」

「コイツが勝手についてくるだけだ」

 実はここ二日の平穏の秘密はそこにある。蔭川の報復を恐れた俺は、なるべく嵐山の近くに居るようにした。特に下校時は帰る方向が同じなのでこれ見よがしに隣を歩いた。その際、嵐山は怪訝な目を向けるだけで、会話は一切ない。

「じゃあ今から友達ね!」

「勝手に決めんじゃねーよ。俺は誰ともつるま――」

「ほらほら、せっかく嵐山君が友達になってくれるんだから、座古君も何か話しなよ」

 伊禮の強引さに対する嵐山の戸惑いが伺える。

 しかし話すことは、正直これといって無い。寧ろKTS事件での彼の喧嘩の強さに多少恐怖感を抱いた俺が、彼と話すことを遠慮している節がある。しかし伊禮がくれた折角のチャンス、何かしらアクションを起こせば彼女の俺に対する株も多少は上がるはずだ。

 記憶と知識を頭の中でぶちまけて話題を見つけ出す。何かないか、何か。彼との共通点。読書、スポーツ、ゲーム、音楽。音楽……。

『覚悟、覚悟、覚悟しろ。俺の覚悟は一味違う』

 そうだ、思い出した。トイレで彼が奏でていた鼻歌だ。

「ね、ねえ。嵐山君はグラスキッカーって知ってる?」

 彼の鼻歌は確かにグラスキッカーのオープニングテーマの一節。

「グラスキッカーか。昔見てたな」

「う、うん。面白いよね、熱くて」

「それだけか?」

「えーっと……歌も、熱いよね」

「ふん」

「うわー、嵐山君話す気サラサラないね」

 ケラケラと伊禮は笑った。その言い草は無いだろうと思うも、その嘆きはお門違いだと自己解決する。もう少し食い下がってみようと思う。嵐山が蔭川を倒した時、彼に対して感じた何か。それが俺に彼に対する興味を沸立てるのだ。

「覚悟が足りない、って言ったよね。あの時」

 覚悟が足りないと、彼は言った。

「名前も覚悟だし、覚悟するのが好きなの?」

 それは関係ないだろう、伊禮。

 嵐山は冷たい目で俺達を一瞥すると、椅子の背もたれに深くもたれかかった。そして一度天井を仰ぎ見る。

 これ以上俺達とする会話は無いという意思表示か。伊禮はやれやれと首を左右に振る。ここまでか、と俺は少し目を伏せた。

「お前はあるか?」

 俺はゆっくりと嵐山の方へと目線を向ける。

「お前は大きな覚悟をしたことがあるか?」

 何かを見定めるかのような、力強く鋭い眼光が俺に突き刺さる。「何それ?」と伊禮は相変わらず笑っている。しかし彼からの初めての問に、俺はいつにもなく緊張していた。ここで答えをしくじれば一生彼とは関わることがないよな気がしたからだ。と言っても彼を言葉で騙すようなことはきっと出来ない。

「多分覚悟すらしたことない!」

 俺の出した結論は、嘘をつかないことだけだった。

「いや、あるだろ。もっと考えろ」

 少し語気を強め嵐山は言う。そこに何の拘りがあると言うのだ。

「いやいや、やっぱないよ」

「いやいやいや。ゲームとか、何かの試合とか、それこそ些細なことでもあんだろ!」

 改めて考えてみると、俺の人生の内で覚悟をするような出来事があったかと言うと、やはり無かったような気がする。勉強もスポーツも恋愛も全部なあなあで、中途半端で、周りの流れに任せてここまで生きてきた、のだろう。

「うーん。あったかもしれないけど、覚えてないや」

 取り敢えずこう言っておけば格好はつくだろう。

「マジかよ。お前、おかしい奴だな」

 君も大概おかしいよ、とは言えなかった。

「座古君は覚悟したことも無い程なよってるから虐められ節もあるよね〜」

 きっと図星だ。何故なら言い返す言葉が出てこないのだから。

「おう、楽しそうに話してるじゃんか」

 突然正面から声がしてそちらを向いた時、俺は思わず息を飲んだ。そこには蔭川とその取り巻きが仁王立ちしていた。

 二日間の平穏は脆くも崩れ去る。

「龍郎! 座古君を虐めるのはやめなよ!」

「うるせえ伊禮。俺は嵐山に用があるんだよ。女は黙っとけ」

 蔭川は春先であるというのにワイシャツ一枚で両腕の裾をまくり上げていて、その力強い太い腕が顕わになっている。そして右手で嵐山の机を強く叩くと嵐山に睨みをきかす。教室がしんと静まり返り、クラスメート全員の視線が二人へ全て集まる。

「放課後話がある。体育館裏に来い」

 そう言い残すと、嵐山の返事も聞かず蔭川は背を向けた。「喧嘩だ」「決闘だ」と俄かに騒ぎ出す教室内を蔭川は見渡すと「覗きに来た野郎はぶっ殺す」とドスの利いた声で凄むと、まだ授業も残っているのに教室を去った。

「あ、嵐山君。行くの?」

 その俺の言葉に答えたのは伊禮だった。

「本当に座古君はザコ君だよね。男同士の戦いだよ? 聞くのは野暮ってもんだよ」

 嵐山は面倒くさそうそうな顔で俺達を一瞥した後、椅子に深く座り直し目を閉じた。

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