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停止中  作者: 赤田ケイジ
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第一話「彼の名は覚悟《かくご》」

 高校二年生の春、俺のクラスに転校生がやってきた。彼は背が高く体格もいい。凛々しい顔立ちに鋭く迫力のある眉をしている。俺の学校はブレザーなのだが、彼は前の学校の制服であろう黒い学ランを不良の様にだらしなく着崩していた。そのワイルドな出で立ちと、学生ながらも醸し出される少々危険な香りに、年頃の女生徒達は俄かに色めきだつ。

嵐山あらしやま 覚悟かくご

 彼の少し低い、しかし腹に響くような力強い声に、女生徒達の悲鳴が一気に爆発する。

 そんな中俺、座古ざこ 精神せいしん机に突っ伏し外界からの情報を全て遮断するように努めていた。俺はこのクラスでは空気だ。ひ弱で弱気で弱者な俺は、空気になることでこの空間に何とか留まっている。

「嵐山はそうだな……座古の隣に座ってくれ。おい座古、寝てるんじゃねえぞ」

 そんな俺の隣に、強烈な光がやってくる。

 机から顔を上げる。丁度俺の隣へと歩みを進める嵐山と目が合った。吸い込まれそうな程深みを帯びた目をしている。なるほど、女子が騒ぎ出すわけだ。

 ここで打算的な俺の脳内はフルスロットルで回る。嵐山と仲良くなる、女子がよってくる、必然的に陰キャラ脱出、薔薇色の学校生活。

「や、やあはじめまして。俺は座古精神。よ、よろしく」

「……ふん」

 嵐山は俺を一瞥すると、俺の挨拶を無視して席に着いた。

「うわ、ださっ」

「無視られてやんの」

 嘲笑の声が小さく聞こえ、俺はただただ体を縮こまらせる。こいつ気取ってやがる。一番嫌いなタイプの人間。高慢ちきで自分に誇りや信念を持っているタイプ。こいつに何があっても絶対助けてやらん。そう密かに心に誓う。ただ悲しいかな、学校でのカーストが最下位の俺に助けを求める状況など訪れることはないため、ただの負け惜しみにしか聞こえない。

 休み時間は案の定嵐山の独壇場と化した。俺も少しは粘ったが、やはり彼の隣の席を休み時間も占領していると、大変視線が痛い。

 俺は諦めてトイレへ向かう。幸い個室が開いていたためそこに流れ込むと、便器に座りスマートフォンを取り出した。

 スマートフォンの待ち受け画面には、俺が小学生の時にやっていた特撮ヒーロー『グラスキッカー』の二次創作絵がでかでかと表示されている。俺はブレザーの胸ポケットからイヤホンを取り出すと、スマフォンに差し込んだ。

 流す曲はグラスキッカーのオープニング『覚悟しろ!』。詞の中で覚悟というフレーズが約三十個も出てくる、とてもくどい歌。しかし不思議と心が高揚する。落ち込んだ時や嫌なことがあると、俺はこの曲によく助けれる。

「覚悟、覚悟、覚悟しろ。俺の覚悟は一味違う」

 小さい声でサビを歌った。うーん、やっぱりくどい。

「おいクソザコ、ここにいるんだろ!!」

 イヤホンをしていてもはっきり聞き取れる程の大きな声がトイレに反響する。その声は俺が学校で最も嫌う声だ。

「水ぶっかけられたくなかったら出てこい」

 ああ嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。

「出てこいっつてんだよ!!」

 俺はイヤホンとスマートフォンをズボンのポケットの一番深い所に押し込んだ。なるべく壊れないようにするためだ。

「やっと出て来やがったか」

 俺が個室から出ると、そこには蔭川かげかわ 龍郎たつろうとその取り巻きである大迫おおさこ比嘉ひがが立っていた。蔭川は背は余り高くなく小太りであるが、野球部に所属し一年生から四番を任される程の力自慢。後ろの二人も野球部に所属し、コバンザメの様に蔭川について回る。

「な、なんだよ蔭川」

「蔭川『さん』って呼べや」

 もやしのようにヒョロい大迫が俺の頭をはたく。

「お前、さっき転校生と喋ったな?」

 蔭川は一歩歩みを進める。それを見て俺は一歩後ろに下がる。

「空気がしゃってんじゃねーぞ?」

 それでわかった。これは教育だ。俺は空気なのだ。そこにいるかも分からない、透明な存在。空気がもし何か特性を持ったら、それは毒になる。人を殺す毒に。

「分かってんよなあ? お前が何かするとみんな迷惑になんだよ。お前去年の体育祭のこと、忘れてねえよなぁ? おぉ?」

 蔭川は俺の髪を左手で掴むと、ぐりんぐりんと振り回す。

「痛い! やめっ!!」

「お前には覚悟がたんねえよ。何しても迷惑かけんだから、自分を消すくらいの覚悟見せろや!」

「おい、ちょっと待てよ!」

「ふ〜んふんふんふ〜ん」

 蔭川の右拳が振り上がった時、トイレの入口の方から比嘉の高校生にしては高い声が響き渡る。そしてすぐ後に鼻歌を奏でながらふてぶてしい態度の男が一人、便器の前へ歩いていく。

「てめえ、転校生。今は取り込み中だ。別の場所いけや」

 蔭川の声など聞こえないといった感じで、嵐山は用を足す。蔭川の表情がみるみる鬼の様に変わっていくのが分かる。俺の髪を引く力も強くなり、俺は思わずうめき声をあげる。そして俺の頭を投げる様に払う。俺はその勢いで尻餅をついた。

 用事を済ませ、ズボンのチャックを上げている嵐山の背後から、蔭川はその硬く握られた右拳を思い切り突き出す。

「危ないっ!」という、俺の声よりコンマ数秒早く嵐山はチャックを弄りながらその体を翻し、右足を真上に振り上げた。

「うべっ」

 見事右足は飛びついてくる蔭川の顎をとらえる。くぐもった嫌な音と、気色の悪い声をあげ、蔭川は膝から崩れ落ちた。

「うわあああタツロウ君!!!」

「ちょっ、やべーよこれ白目向いてるぞ!」

 意識が飛んだ蔭川に慌てて取り巻きが駆け寄る。それに対し嵐山は「くそ、チャック噛んじまった」と平然としながら金具を弄っている。俺はと言うと、あまりの衝撃にただただ呆気に取れていた。

 休み時間終了を告げ曲が流れる。嵐山は一回舌打ちすると、無理やり金具を上に持ち上げチャックを閉めた。そして俺を一瞥すると、放送に掻き消される位の声で言った。

「お前は覚悟が足りない」

 トイレから嵐山が出ていった後、まだ蔭川を囲む二人を尻目に立ち上がるとズボンを払った。なんだ、覚悟って。俺が何を覚悟してないと言うのか。蔭川の言う空気に徹することだろうか。しかし彼からその様な悪意のあるニュアンスを感じ取れなかった。

 それに、多分これが俺の彼に対する印象を大きく変えたことだが、彼がトイレに入ってくる時に奏でていたメロディ、あれは確かに『覚悟しろ!』のワンフレーズだった。

 俺はその時、嵐山覚悟という人間に、俺の日常を変えてくれるという希望を見出していた。

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