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第九話 学園都市

 何度もしつこい様だがこの学園は広大だ。某ランドくらいの敷地があるから、移動にもそれに伴った時間を費やす。


 だから校舎を出てから校門まで着くのに20分ほど掛かってしまった。

 校舎と校門なんだから、もうちょっと近くても罰は当たらないと思うんだ。


 この学園は幅が五十メートル程もある水路に、ぐるっと円形に囲まれている。

 そのため周囲を囲う街に出るには東西南北に一つずつある校門を抜け、更に橋を渡らないとならない。


 ちなみに各門には守衛がいるのと魔法による結界も張っており、学生証による本人認証がなければ通れないようになっている。

 守衛による確認はともかく、偽の学生証で学園に入ろうとすると容赦ない電撃で身を焼かれるとか。


 王族や貴族なんかも大勢居る学園みたいだから、これぐらいのセキュリティは当たり前と言えば当たり前か。

 日本だって私立だと監視カメラ付き&ガードマン常駐なんてとこもあるし。


 学生証の確認してもらい、結界を無事抜け(不可視の結界なので実感薄いが)、橋を渡って初めて異世界の街へと足を踏み入れた。


「うおおぉぉぉ……、こいつは凄い」


 自然とそんな言葉が口を吐いて出る。

 以前も学園の校舎から見えてはいたが、やはりこうして現場に立って見ると迫力というか現実感が全く違う。


 山から流れる大きな川が幾つもの支流となって街中を流れているようで、あっちこっちに水路や橋、その水路を走る船が見える。

 建物も石造やレンガ造りが多く、それらに混じって木造の建物も見えた。

 自然とも都会とも違う温かみのある街並みを見ていると、自然とテンションが上がってくる気がする。


「まるでヴェネツィアだな……行った事ないけど」


 学園は町の何処からでも確認できるから、迷う事は無いだろう、たぶん。

 そんなわけで早速探検を開始した。


 しばらく街中をキョロキョロと上京してきた田舎者よろしく見て廻っていたが、やはりというか俺が留学生だと気づかれる事はなかった。


 同じ学園生もちらほら見かけたが、それ以上に街人の方が多いしパッと見ぐらいだと俺の制服が特注でも気づかれないようだ。


「天気も良いし、絶好のお散歩日和だな~」


 地球とアルターの季節周期は一緒らしく、春の柔らかい日差しが降り注ぐ。

 気を抜いたら探検がすぐに昼寝になってしまいそうだ。


「なにか眠気覚ましでも……ん?」


 何か飲み物でも買えないかと思っていると、ふと甘い匂いが鼻腔を誘った。

 通行人で溢れる大通りから人波を縫う様に届くその匂いに。思わず釣られるように足が動き出す。


 人込みを抜けた先に匂いの発生源を発見、小さな看板に『魔女の止まり木』とあるお菓子屋のようだった。

 店の前にはテーブルが幾つか出してあって、さながらオープンテラスの様相を……って、


「あれ? シルフィオナ」


 あの銀色のポニーテールと制服の上からでも分かる、平均を遥かに逸した巨乳は間違いない。

 テラスにはここ最近顔見知りになった神族の王女様こと、シルフィオナがテーブルに座って焼き菓子を頬張っていた。


「んぐんぐんぐ……うん、、ヒビキ君じゃないですか。こんなところでどうしたんですか?」


 向うもこっちの声に気が付いたようで、口の中のものを飲み込むと声を掛けてくれた。


「ちょっと探検ってところかな、シルフィオナは……三時のおやつってところか」


 王女が護衛も付けずに一人で外出、おやつを買い食い出来るとは平和な世界だ。


「三時がどうにかしました?」


「いや、なんでもない、こっちの話。前に座ってもいいかな?」


 立ったまま座っている相手と話すのは、なんだか決まりが悪い。


「はい、どうぞどうぞ。あれ? あ、ヒビキ君もご一緒にどうですか?」


 そう言うシルフィオナが食べているのはフロランタンかな?

 長方形の飴とかガムの包みくらいの大きさで、クッキーにキャラメルとナッツが塗ってあるような甘いお菓子だ。


「美味しそうだな、俺も一つ注文してみる。ああ、良かったら合いそうなお茶を教えて……あ」


 そこまで言ったところで、俺は重大な事実に気が付いた。むしろ、今の今までどうして気が付かなかったのか不思議なくらい、重大な事実に……


「ヒビキ君? どうかしましたか?」


「いや、その……な?」


 ここまで来ておいて物凄く極まりが悪いのだが、


「こっちの世界のお金、持ってなかった」


 まったくもって基本的な失敗だ、ちょっと考えれば分かるだろう俺!

 この一週間と言う準備期間の間に木葉さんや学園長にもあったが、まさか二人が小遣いくれるような人な訳ないし。


「そうだったんですか……あ、じゃあ残り物で悪いですけど、お一つ如何ですか?」


「え? いやそれは悪いって……」


 流石に知り合ったばかりの相手に物を貰うのは気が引ける。

 だがシルフィオナは気にした風でも無く、笑顔を浮かべた。


「遠慮しないでください。ヒビキ君にはこの間のお礼もまだ出来ていませんし、歓迎会の日も色々御馳走になりましたから」


「……わかった。じゃあ一つだけ貰うよ」


 美味しそうな物を見ると食べてみたくなるのが人の性。

 シルフィオナの言葉に『そういうことなら』と、残っていたフロランタンのを一つだけ摘まんで、香ばしい茶色を口に運ぶ。


「……!? こ、これは……」


 甘い、かなり甘い。しかし、しつこくないし口の中に残っても嫌じゃない。むしろそのまま幾らでも食べ続けられそうなのが凄い。


 俺も一時期お菓子作りに嵌って(親に巻き込まれる形で)色々作って、たまにしか作らなくなった今でも美味しいお菓子のお店とかはチェックしている。

 そんな俺でも滅多にお目にかかれない、それぐらいの一品だ。


「気に入って頂けましたか? ここのお菓子はお手頃価格なのに凄くおいしいんです。今は空いていますけど、学園生も頻繁に利用しているんですよ」


 なるほど、この味なら納得だ。これは何としてもこちらの通貨を手に入れる算段を付け、足繁く通う必要がある。

 通貨を手に入れる為にはアルバイト? それとも日本の物を何か売る? あ、そういうのは駄目だと前もって言われたっけ……などと考えていたら、シルフィオナの笑顔にふと影が差した。


「でも……美味しい反面、問題も有るんです……」


「も、問題っ?」


 何だ何だ、まさか毒でも入ってる訳じゃあるまいし。


「そう、美味し過ぎて……美味しい過ぎて食べ過ぎちゃって、体重計乗るのが怖いんですっ!!」


 ……ああ、毒だ。それは確かに毒だ。この世の何よりも抗い難い、甘美な毒だ。


「あ、俺そろそろ行くね?」


 が、何か言ったらドツボに嵌りそうなので、逃げの一手に限る。

 女性の年齢と体重には無闇に踏み込まない、それが俺の自己保身ジャスティス!!


「ああ、ヒビキ君。酷いです!」


「じゃあ、また学園でなーー!」


 触らぬ神族に祟り無し。

 後ろで悲痛な声を上げるフシルフィオナをサラッと無視して、俺はその場を後にした。



 街の彼方此方を散策し、商店街のような通りを見て回るだけで気が付けば夕暮れ時だった。

 武具店や錬金素材店、衣料用品店から雑貨・食料品店に至るまで。

 目に映るありとあらゆる物が珍しく、見ているだけで瞬く間に時間が過ぎてしまっていた。


 異世界の、しかし日本と同じ赤い夕暮れ空を眺めながら、橋を渡り校門のチェックを経てようやく寮へと戻ってきた。

 そういえばこの学生寮、驚く事に学園の学生寮は男女一緒なのだ。


 寮は巨大な『コの型』の建物で男子棟と女子棟があり、そして二つの棟を繋ぐ共同棟で成り立っている。

 この共同棟の部分に食堂や談話室、娯楽室や図書室などの共用設備が揃えられている。


 俺が出入りするのも、この共同棟の談話室からだ。


 風呂に関しては各部屋に備え付けられているが、共同棟から渡り廊下で直ぐのところに巨大な共有浴場が建てられていて、男女時間別に使用が許されている。

 銭湯の様に広いらしいので、機会があれば是非一度入ってみたい。


 ……因みに異性棟には十時以降の立ち入りが禁止されていて、棟内に侵入・存在するともれなく寮付きの守衛さん達がやってくる。

 ついでに、教師陣も街に自宅を持つ一部以外はこの寮で暮らしている。


 そんな建物に戻ってきた俺は、学園生達の視線を集めながら異界の扉がある談話室に向かった。

 街を初めて見て回った興奮で忘れてたけど、異世界限定で時の人だったっけ。


 早く帰ってしまう限る、って事で談話室に直行し、談話室にいた生徒達からやはり視線が集まるが、愛想笑いを持ってすり抜け異世界扉を開けようとしたところでその声に捕まった。


「ヒビキ? 今から帰るところかしら?」


 最近覚えたその声に振り返ると、腰まであるしっとり濡れた様な黒髪、瞳と同じ赤いリボン、少し気が強そうでが大変整った美貌と一対の角の持ち主。


 サーフィラ・ベルリアス。魔族の王女様でございます。


「こんちわ、サラ。今しがた街から戻ってきたところ」


 俺がそう言うとサラは呆れた様に溜息を吐いた。


「街って……初めてだったんでしょう? 私でも誰でも誘って案内して貰えば良かったじゃない」


「思い付きだったからな、それにみんなの居る場所知らなかったし」


 この広大な学園を数少ない友人を探して歩き回るのはかなりしんどい。

 まぁ、有名人みたいだから聞けば分かるかもしれないが、ちょっと一人で冒険したい気分だったんだ。


「まったく……良いわ、次からは誰か誘いなさい? 慣れるまでは何が起こるか分からないわ。私達にとっては当たり前でも、貴方にとっては危険な事があるかも知れないし」


「……そうだな、うん。次からは誰か見つけてから一緒に行くことにするよ」


 サラの言う通りなので素直にその忠告を受け取り、ちょっと思い付いて一度異世界扉で自宅へ戻る。

 そして、紅茶とお菓子類を多目に持って談話室に再びやって来た。


 談話室には基本的にソファーしか置いてないが、隅のほうには折りたたみ式のローテーブルが置かれているので、それを一つ持ってきてセッティングする。

 その上に持ってきたお菓子を広げ、予熱しておいたカップに紅茶を注いでいく。


「まだ夕食まで時間があるだろ? 折角だからお喋りくらいしよう……お菓子もお茶も安物で悪いけどな」


 スナック菓子を異世界の王女に食べさせて良いのか疑問だが。


「もうすぐ夕食なんだけど……まったく、しょうがないわね」


「まぁほら、大した量でもないし、余ったら夜食にでもしてくれ……あ、これ良かったらみんなで分けて食べてくれ」


 前半はサラに、後半は興味深そうにこちらを窺っていた周囲の幾つかのグループに向って言った。

 多めに持ってきたポ○チ・ポ○キー・カ○ルを配り、お手本として一つ開封してみせると、皆面白そうに袋を見詰めて開封に挑戦し始めた。


 よし、これでこちらから興味が逸れ『うわああぁぁぁぁ!』……、ポテチの袋って力入れすぎると中身が散乱するんだよな。


「へぇ、美味しいわねどれも。書簡も焼き菓子より似てるけど、もっと軽くて食べやすいわね」


「だろ? こちら定番のお菓子だからな。味にもバリエーションがあるし、手頃でどこでも手に入るからおやつにもってこいだ」


 しばし二人で談笑し、他愛ない事を話していたが、ふとサラが真剣な顔で切り出してきた。


「……ヒビキ、初日はどうだった?」


「うん? う~ん、正直わからないな。まだ授業受けたわけじゃないし、知り合い以外は話をしたと言ってもほとんど質問攻めか業務連絡だったし」


「そう……」


「あれ? 心配してくれたんだ?」


 俺が質問すると飲んでいた紅茶が気管に入ったのか、急にむせるサラ。

 慌てて背中を撫でっ……ようとして止めた。いやはほら、セクハラとか言われたら怖いし。


「…っ…っ、ま、まあね、私も立場上気にしなきゃいけないから?」


 なぜ疑問系?


「そっか、ありがとさん。これからどうなるかはわからないけどさ、来た以上は全力で楽しむつもりだよ」


「そうね、私もそうなるよう祈ってるわ」


 そう言って柔らかく微笑むサラに不覚にも見とれてしまい、それを誤魔化すように慌てて言った。


「そ、それじゃ、俺もそろそろ帰るよ。夕飯の準備もしなくちゃいけないし」


「そうね、わたしもこれ以上食べると夕食に差し支えるわ」


 空になったカップとポット、それに空になった菓子袋だけ受け取ると、残った手付かずのお菓子類をサラに押し付けて異次元扉の前まで進んだ。


 そこで振り返って、


「おやすみ、サラ。また明日学園でな」


「おやすみなさい、ヒビキ。また明日学園で会いましょう」


 そう挨拶を交わして扉を潜ったのだった。

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