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第七話 歓迎会の夜

俺が異世界アルターの王立グラントリス学園に留学が決まって、早一週間……ついに初登校の日がやってきた!



 ……とか言ってみたかったが、実際一週間どころか数時間しか経っていなかった。


 留学の件を承諾し今後についての説明を受け、用意してあった教科書と制服を受け取りそこで解散の運びとなった。


 あまりの用意周到さに、例えこの件を断っても無駄だったんじゃないかと思った。今更蒸し返してもしょうがないから、口には出していないけど。


 そして、解散後に学園長から驚きの事実を知らされた。

 どうやら俺がこの世界と日本を自由に行き来できるよう、取り計らってくれたらしい。


 『くれた』つまりは過去形、もう工事(?)は完了しているそうだ。


 ここまで来ると、もうどうにでもしてくれという心境だが、嬉しかったことには変わりは無い。

 留学と言うくらいだ、簡単に家には帰れないと根拠も無く思い込んでいたので、驚いたが正直ありがたかった。


 そして、ハイドの案内で大荷物を抱えおっちらこっちら追いていき、学園の敷地内にある学生寮に着いた。

 『コの字』の寮と言うより、ホテルのような立派な佇まいの建物だったが、意外な事に人影はほとんどなく閑散としていた。


「数日もすれば親元から戻ってくる生徒で、嫌でも騒がしくなるのだがな」


 ハイドがそう言って、いま寮内にいる生徒だけでも紹介しようかと言われたが、丁重にお断りした。

 流石に今日のところは限界、これ以上はキャパシティオーバーってもんだ。


 促されるまま寮に入った俺は談話室と呼ばれるソファやテーブルが並べられた場所の、少々奇妙な扉の前に案内された。


 まず他の扉は見た限り木製の普通の扉なのに、それは大理石で造られたような黒い扉で、金や銀で描かれた魔方陣という凝った意匠が施されている。

 扉そのものは置いとくとしても、その直ぐ横に窓があり構造上扉の先は外に繋がっていなければならない位置だ。


 不思議そうに扉を見る俺に、ハイドに学園長からの預かり物だと言われて、金色に輝く鍵を渡される。

 頭に赤い宝石のような物が埋め込まれていて、その宝石は自身の奥で淡いく不思議な光を放っている。


 ハイド曰く、この鍵で目の前の扉を開ければ日本に繋がるらしい。


 感心して言われるまま扉を開けた俺は……その光景を、きっと一生忘れないだろう。


「俺の家じゃねえかああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!」


 俺の人生で三指に入る絶叫だったと思う。この絶叫が寮内の生徒全員に響き渡ったと知るのはまだ先の話だ。


 ……扉を開けた先に広がっていたのは、我が家のリビングだった。



 ハイドと別れリビングに荷物を放り出し、ソファーで横になって現在に至る。


「今日は疲れた……ああ、でもそろそろ夕飯の準備しないと」


 どんなに疲れていてもお腹は減るし食事は勝手に出てこない。親なし一人暮らしの辛い所だ。


「はぁ~、たまには出前でも取るか」


 作る気力なんて有る筈も無く、のっそり立ち上がって電話の横に置いてある店屋物のチラシを取ろうとした。


 が、


「響ちゃーん! 帰ってるーっ?」


 嫌なタイミングで不吉な声が……、いや良いタイミングなんてあった試しもないけど。


「木葉さん。せめてチャイム鳴らして下さいっていうか、鍵掛かってませんでしたっけ?」


 玄関のドアを勢い良く開けドカドカ入ってきたのは、今朝ぶりの木葉さん。

 身に起こった出来事を振り返り思わず半眼で睨むも、その程度で動揺する人でもない。


「合鍵なら持ってるわよ? それに私と響ちゃんの仲じゃない。そんな冷たいこと言わないで、ね?」


 鍵を渡したのは親だな……、別に木葉さんを嫌っている訳じゃないけど、親しき仲にも礼儀有りですよ?


「それとも、窓から入ってきた方が良かった?」


「騒ぎになるので勘弁してください」


 因み我が家は十階建てマンションの最上階だが、この人なら本気でやるマジでやる。


 …………と言うより、やった。既に前科がある。


 以前、面白そうだからという理由で屋上からロープを使って入り、ご近所から通報が入ると言う一幕があった。

 焦ったのは俺だけで、木葉さんも親も終始ケロッとしていたが。警察のお説教にはむしろ見ている俺の方がハラハラした。理不尽だ。



「……で、木葉さん何か用? 急ぎで無いなら取り敢えず注文だけでもしたいんだけど」


「注文? もしかして響ちゃん、出前取るつもりなの?」


「今日は疲れたからね」


 誰の所為とは言わないが、睨んでアピールだけはしておこう。


「あら、丁度良かったわ。もう私が注文済ませておいたから、もうすぐ来るはずよ」


 …………え?


「木葉さん? どうして……」


「お邪魔するぞヒイラギィ~!」」


 俺の疑問はしかし、アルターで別れた筈の学園長の声で遮られた。


「ちょ、学園長!? なんで此処に!? むしろどうやって此処に? 鍵閉めた筈ですよね!? ってかなんで一升瓶抱えてるんだあんたは!?」


 いかん、血管切れそうだ。


「あっはっは、落ち着けヒイラギ。うちが此処に来れたのは合鍵を持ってるからだ。学園長権限というやつだな。あと祝いの席に酒は必須だろう?」


「……祝いの席? 何を祝うの?」


「「勿論、ヒイラギ(響ちゃん)の留学決定を祝ってだ(よ)!」」


 ここまでイラッとするユニゾンもそうそうない。

 綺麗にハモる学園長と木葉さんに頭痛を覚えつつ、なんとか追い返せないものかと思案していると、


「あの~先輩、ご迷惑でしょうか?」


 聞き覚えのあるその声。見ると学園長の後ろから金髪の猫耳少女、ネルが顔を覗かせて……違う、彼女だけじゃない。

 ハイドにサラ、シルフィオナにイルと、今日アルターで出会った人が勢揃いしていた。


「……さっき別れたばかりなのに、どうして此処に?」


「はい、あの後学園長がいらっしゃって、今から先輩のお家で歓迎会をするからおいでって……」


 本人不在で許可も無しに何呼んでるんだよ。


「ネル、どうせ母様の思いつきでヒビキは知らなかったのよ。無理強いは良くないわ…………まあ、ちょっとは楽しみだったけど」


 最後にポツリとサラが呟いた言葉に、俺は悪くない筈なのに罪悪感を覚える。

 そして、耳と尻尾を垂らしてシュンとするネルの姿が、罪悪感を加速させる。


 その姿を直視出来ず視線を下ろすと、心配したのかフィーが覗き込むように近付いて来た。


「ヒビキ君、大丈夫ですか?」


「ーーぶっ!?」


 シルフィオナの姿は先程までの制服ではなく、私服であろうワンピースに着替えられていた。

 問題なのはワンピースの胸元が少し開いていて、覗き込まれた事で巨乳による谷間が……ゴホン、素敵ゾーンがちょっと見えてしまったことだ。


「大丈夫、大丈夫だから、ちょっと待って下がれ下がってくださいお願いします」


 尚も近づいてくるのを手で制し、必死に落ち着こうとする。


 ……ヤバイ、鼻血出そう。


 色んなもの(いや主に煩悩だが)と闘っている俺に、沈黙を守っていたハイドが近づいてきて、


「ヒビキ、一つ助言しよう」


「な、なにを?」


「母上が何か言い出した時点で止めるのは不可能だ。諦めろ」


 うっわー、息子が言うと重みありますね。まあ、俺も木葉さんが絡んだ時点で回避は難しいと悟ってはいたけど。


 しょうがない、新しい友人が祝ってくれるんだ、それで良しとしておこう。


「……はぁ、わかりました。ただし、集合住宅なんで騒ぎ過ぎないようにして下さいね?」


「よくぞ言った! ふ――」


「近所迷惑だから高笑いやめれ」


「……ふむぅ、致し方あるまい」


 イルの高笑いを先手を打って封じる。王族の扱いにしては随分と失礼だとは思うが、誰も何も言わない。

 むしろ、ネルやシルフィオナには尊敬のまなざしで見られてしまった。


 それで良いのか、王子?


「じゃあ決まったことで、みんなに言いたい事があります」


 俺は畏まって姿勢を正すと、みんな『なんだろう?』という視線を向けてきた。


「……全員(木葉さん以外)、今すぐ靴を脱いで玄関に置いてきなさい!」


 日本家屋は土足厳禁です。気を付けましょう。



 靴を玄関に移動させて床を簡単に掃除した後、木葉さんが頼んだ出前をリビングに出したテーブルに並べ、コップを人数分用意し取り敢えずパーティーの体裁を整えた。

 出前を受け取る際に手伝ってくれた獣人族のネルを見て、配達のにいちゃんが目を点にしていたのには苦笑した。


 …………変な噂が立たなきゃいいけど。


 ちなみ俺を含めて総勢八人と大人数になっているわけだが、家で一番広いリビングでもさすがにちょっと狭い。


 家がマンションだとは前述したが、間取りは4LDKと一人暮らしには不必要なほど広い。そもそも家族3人で住んでいた部屋だから当然といえば当然だが。


 リビングのテーブルを使い、更にキッチンカウンターも利用することで快適に食事が出来るようになった。


「それじゃ、主役の響ちゃんに一言頂きましょう!」


 ああ、そういえば主役だっけ、俺。準備とか進んでやっていたから、その意識が希薄だったけど。

 学園長以外の異世界組は初めての日本らしく、部屋の中をあっちこっち物珍しく見ていたので文句を言う気にはなれなかったが。


 学園長と木葉さん? あ、言っても無駄だからスルー。


「えっと、改めまして柊響です。今日はいきなり異世界やら留学やらの件を立て続けに聞かされ、正直頭もついていかないし混乱ばかりでした」


 漫画の主人公とかなら、こういう時は順応性が高いんだろうけど。


「最初は正直、どうにかして断ろうと思ったり。でも学園は面白そうだし、そこに住む皆も種族は違っても、悩んだり、困ったり……」


 見た目だけじゃなく、これから先はもっと色々な違いを見る事になるんだろうけど。


「根っこの部分は自分と変わらない事を知って、悪くはないなと思いました。俺は特別に秀でたものはなく、顔も頭も十人並みです。それでも良ければ、しばらくの間よろしくしてやってください…………ええっと…………乾杯っ!」


「「「「「「「乾杯!!」」」」」」」


 最後は締まらなかったと言うか勢いで押し切った感じだが、皆は気せずコップを掲げ俺もそれに倣った。


 お互いの杯がぶつかる音を皮切りに、俺の歓迎会…………という名目の宴がスタートした。

 皆、思い思いに料理に手を伸ばし始める。


 木葉さんが頼んだ出前は寿司、ピザ、チキンにサラダと定番だがまとまりのないものだった。


 俺は喜んで寿司に手を伸ばしたが、意外にも他に手を伸ばしたのは木葉さんだけだった。 

 尋ねたらどうやらアルターには生食の文化が一般的ではないらしく(海辺の一地域にはあるらしいが)、手を出すのが躊躇われたとか。


 外国人だと生卵や生魚が駄目とかよく聞くもんな。


「木葉さん、知ってるなら頼まないでよ」


「なに言ってるの? これも異文化交流の一環よ~」


 そう言われれば立場的に納得せざるを得ない。でも強制は出来ないので、無理をする必要はないとだけ皆に断った。


「ほう……これはなかなかに美味ではないかぁ! フハハハハハハハハハハッ!」


 意外、というかむしろ予想通りと言うか、一番に手を出した恐れ知らずはイルだった。


 皆にギリギリ聞こえる程度の高笑いという、無駄に凄いスキルには呆れを通り越して感心してしまう。


「へぇ~、確かに美味しいわね、これ」


「はい、本当に美味しいですね」


「ボク、生魚食べるの初めてなんですけど、こんなに美味しかったんですね」


 イルが手を出したのを皮切りに、女性陣も恐る恐る手を付けていくがその感想が悪くないことに、そっと胸を撫で下ろした。


 その後はみんな、様々なネタに手を出していく。


 甘海老の軍艦巻きをニコニコしながら食べるシルフィオナに、大トロに頬をうっとりさせるサラとその横でイカが噛み切れないと涙目のネル。

 置いてあったチューブのワサビを付け過ぎて、高笑いしながら悶絶するイルには尊敬すら覚える。


「あの……イズルート様がつけた緑色のアレって、何なんですか?」


 ようやくイカが噛み切れたのかそれとも飲み下したのか、ネルがちょっと涙目で質問してくる。


 簡素ながらも仕立てのよさそうなスカート姿で、耳と尻尾を立て上目遣いで聞いてくるその仕草に、思わず頭を撫でそうに……


「にゃ!?」


 前言撤回、既に撫でてしまっていた。金色の髪は見た目通りサラサラとして、なんの抵抗も指に感じず梳く事が出来る。


 直ぐに手を引こうとしたが、ネルが嫌がらずむしろ気持ち良さそうに目を細めたのでしばらく撫で続けた。

 こうしてるとホントに猫みたいだ。いや、獅子だけど。


 …………あ、質問されたんだった。


「ごめんごめん、さっきの質問だけどあれはワサビって言って、調味料の一種だ。独特の辛味があるけど、慣れると美味しいぞ。本来は極少量つけるものなんだけどな」


 ちなみに俺は苦手だ。


「そうなんですか。ボク、辛いのは苦手なので遠慮しておきます……あと、頭撫でられたのは嫌じゃなかったので、謝らないで下さい。あ、代わりに教えてください。なんで急に撫でたんですか?」


 小動物っぽく可愛いかったので……いや、無いな、この答え。


「うーん……俺一人っ子な上に、今まで年下の女の子と縁が無かったからね。妹みたいな感じがして、つい撫でちゃったんだ」


 あながち嘘ではない。こんな風に素直に慕ってくれる妹が居たら良いなとは、ちょっと思ってしまう。

 …………なに? これが妹萌え?


「だったら、今度から『お兄様』って呼んだ方がいいですか?」



 ………………………………………………………



「もち……いや、あの……今まで通り、先輩でいいです」


 何の含みも無く、人差し指を顎に当てて首を傾げ、純真な上目遣いという完璧な仕草に、あわや精神が屈服しかけた。

 だが、危ういところで耐え、勝利を掴むことが出来た。


 ……でも、試合に勝って勝負に負けた気がするのは何でだろう?


 残念ですと何やら聞こえた気がするが、きっと幻聴だ。気を落ち着かせるために視線を外したところで、


 じ~~~~…………


 っと、そんな擬音が聞こえてきそうなジト目で、俺を見つめる人物が居るのに気が付いた。


「ど、どうかしたか、サラ?」


「……ひょっとして女タラシかしら、貴方?」


 ぐふぉっ!!


「い、いや、ちょっと待て。疚しい気持ちがあったわけじゃないぞ?」


 ……萌えって疚しいに分類されるのだろうか?


「ふん、どうだか……」


 その拗ねた様な態度にふと思い当たり、それはないよな……っと思いつつ一言。


「良かったら、サラの頭も撫でるけど?」


「な、何を言ってるのよ貴方はっ!?」


「え、いや、なんとなく?」


 本当に言ってみただけだし。むしろ歳の変わらなそうなサラを撫でるとか、逆に緊張しそうだけど。


「……結構よ、遠慮するわ」


 拒否してそっぽを向いてしまっが、その割に間があったのと頬が赤かったのは怒りの所為だろうか。


「あちゃ~、怒らせたかな?」


「天然というのも怖いものだな……」


「ハイド、どうした?」


 ハイドの声が聞こえた気がして目を向けると、手に持ったコップの中身を空にするところだった。


「このオレンジジュースのおかわりはあるか? あったら頂きたいのだが」


 ハイドは他が料理に手を伸ばす傍ら、料理は最低限でもっぱら俺が用意したジュース類を飲んでいた。特にオレンジジュースがお気に召したらしい。


 凄いぜ、なっ○ゃん。


「ああ、買い溜めしておいたのがあるから持ってくる。飯もちゃんと食えよ?」


「心得ている」


 ホントかウソか無表情なので判別はつかないが、自分よりしっかりしてそうなハイドの事なので心配は無用だろうと思った。

 しばらくお互いの世界のことで談笑しているとサラのご機嫌も直ってきて、食事がある程度進んだ所でサラが質問してきた。


「ヒビキ、この板?は何に使うの?」


 板……液晶テレビのことか? 『テレビ』を知らない人からすれば、確かに用途不明で存在感を放つ物体だな。


 実はサラがテレビを気にしてたのは分かっていた。

 チラチラと視線を向けていたのに聞いてこないのが不思議だったが、多分俺の歓迎会である為に好奇心を抑えていたのだと思う。


 口調は強いが、気配りの出来る優しい娘ではないかと思えるようになってきていた。


「これはテレビって名前だ。これを通してこの国の情報や娯楽を映像で観ることができ……説明より、観た方が早いな」


 百聞は一見にしかず。テレビのリモコンをとって電源を点けると、歌謡番組がやっていて着物を着た歌手が演歌を歌っているところだった。


「「「「「おおっ!」」」」」


 大画面で映し出された映像に、学園長と木葉さん以外が驚きの声を上げた。


「やっぱり、こういうのはアルターにないのか?」


「魔法と道具を併用して似た様な事は出来ますけど、ここまで鮮明には写らないですし、道具が高価で数も少ないんです」


 誰ともなし言った質問だったが、ネルが律儀に答えてくれた。視線はずっとテレビに固定されていたが。


 説明からテレビ電話みたいなものかと推察していたら、今度はシルフィオナが何かを抱えて説明を求めてきた。


「ヒビキ君、ヒビキ君っ! これはなんですか?」


 テレビ横のラックに置いてあったのはブックレットのDVDケース。俺が好きで最初から観なおしていたものだ。


「それはDVDって云って、映像を記録しておける媒体だ。テレビの下にある道具で再生出来る。俺が休みの間に観賞してたから、其処に置いてあったんだけどな」


 シルフィオナはしばらく興味深そうにケースを見ていたが、意を決したよに顔を上げる。


「ヒビキ君が観てた……ヒビキ君っ! 良かったらこれ、少し観ても良いですか?」


「…………っえ?」


 キラキラと瞳が期待に輝くシルフィオナに、に思わず頬が引き攣る。


 どうやって断ろうかとふと視線を外すと、いつの間にか他のメンバーも同じような目をしてこちらを見ていることに気が付いた。


 いや、約二名はニヤニヤしながら俺が困るのを、酒を呑みながら楽しんでいるだけだったが。

 俺の苦境がお前らの酒の肴ですか、そうですか。


 これが一般的な映画やドラマなら別に良いんだけど、ジャンル的に見せて良い物かちょっと判断に迷う。

 いや、責任者が二人が止めないって事は、別に良いんだろう、きっと。


 俺どうなっても知ーらないっと!


 やけ気味の施行でDVDをプレイヤーにセットすると、どうにでもなれと再生ボタンを押した。




 結果として、その後は歓迎会と言うより完全に鑑賞会になってしまった。皆、ほとんど喋らず、時折飲み物や食べ物を口に運ぶだけ。

 無言で凝視するもんだから止めるに止められなくて、さらに続き物のDVDだから交換しつつ見ると終わりが見えない。


 木葉さんと学園長はいつの間にか逃亡していた。人を面倒に巻き込む癖に逃げ足まで早いのかよ!


 結局そのまま夜が白けるまで鑑賞会は続き、そこでようやく解散する事になった。


 俺は寝不足でふらふらする皆を見送りながら、もう迂闊にDVDや洋画劇場は見せないよう固く心に誓う。


 ……だが、後日二次被害が俺を襲う事を、まだ俺は知らない。


 見せたジャンルは『特撮』。日曜朝の五人組やベルトで変身するヒーローのあれだ。


 どういう訳かサラ達がこれの中身を信じてしまい、変身するベルトや巨大化する怪人、巨大ロボを見たいと言い出し、その誤解を解くのに俺は四苦八苦する事になるのだった。

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