第四話 学園探索~食堂・ネコミミモード~
美少女との嬉しい邂逅後も学園内を練り歩き、様々な施設を見て回った。
途中で錬金室やら召喚室やらファンタジーなものを見つけて興味を惹かれたが、休日なので鍵が開いていない上に、教師の立会い・許可が必要とかで見送りとなった。
驚いたのが外から校舎を見たときに、校舎=城(のような建物)だとわかったことだ。校舎は正方形に近い立方体で、真ん中は吹き抜けになっていて広い中庭がある。
そろそろ驚き疲れて感覚が麻痺してきたような気がする。
「少し早いが、休憩も兼ねて昼食にしようか」
見学を始めてから二時間ほど経過。体力的にと言うより驚き疲れてきた時、ハイドが早めの昼食を提案してきた。
意外というかやはりと言うか、ハイドは気配り上手な気する。無表情は崩さないが、絶えずこちらに気を遣っているのがわかる。
歩き回ったおかげで多少空腹を感じていた事もあり承諾、千人近くが余裕を持って座れそうなスペースの食堂へと案内された。
所狭しとテーブルが並べてある部屋の奥にはカウンターがあり、その更に奥には厨房っぽい場所が見え隠れしている。
「全生徒が収容可能な大食堂だ。売店以外の飲食は、一部を除き無料となっている。奥にメニューがあるから、カウンターに行って注文すればすぐに出てくる。悪いが先に食べていてくれ」
「へ? 一人で食べるの?」
「ああ、済まないが学園長に現状報告を言い渡されていてな。報告自体は短いが距離がある。なに、食事が済む頃には戻る」
一人での食事は正直遠慮したいが、休日に呼び出され扱き使われているハイドに我侭を言うのも気が引ける。
仕方なく「早く戻ってこいよー」とだけ言って見送った。幸い食堂には自分以外誰もいないので、気が楽といえば楽だったが。
束ねてあったお盆を一つ取って奥に進むと、カウンターの横にメニューが小さく張り出されているのを発見した。
「さーて、どんなメニューが…………はぃ!?」
……今朝から此の時まで驚くことは沢山あったが、今日初めて戦慄した。翻訳魔法が確かなら、とんでもないものがある。
『マンドラゴラの姿煮』
「……これ、食えるのか? マンドラゴラってあれだろ? 根っこが人型で引き抜いた時の叫び声を聞いたら死ぬっていう……」
「あの~っ……」
「他には……『ドラゴン種の目玉焼き』? いやまて卵じゃなくてホントに目玉を焼いてないかオイ?」
「あの、もしもしっ……おにいさん?」
「『リザードマンのお頭焼き』って食えるか!? くっそ、よく見たらメニューこんなのばっかりだし……」
「もしかしてボクの声、聞こえてない?」
まさかこれが異世界の食文化? これは色んな意味で予想外だ。
この世界の住人はこんなのばっかり食ってるのか? だとしたらハードル高いな異世界コミニケーション!
いや待て、木葉さんがまず俺を実験台にしているという可能性も……
「あのっ! すいませんっ!」
「うへぁ!?」
いきなり背後で聞こえた大声に奇声を発してしまい、気恥ずかしさから逆ギレ気味に問うてしまった。
「な、何奴! 名の名乗れ!?」
しかもなぜか時代劇口調に。
「はにゃ! す、すいません、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんですぅ!」
振り向いた其処で仕切りに頭を下げている少女を見て、また別種の驚きと混乱に襲われた。
歳十三か十四で小柄で、明るい金髪のセミロングの少女だ。しかし頭に三角形の耳が二つ有り、その足元では金色の尻尾がヒョコヒョコ見え隠れしている。
さっき出会ったサラと同じデザインの服を着ているので、やはりこれが制服で彼女は学園生なのだろう。
ハイドが言っていた獣人族ってやつかな? 確かにリアル猫耳だし尻尾もそれっぽい。
「あのぅ~、本当にすいませんでした……」
胸の前で拳を握り、猫耳を畳んで上目遣いに見上げてくる少女は、まだまだ幼さは残るものの充分に魅力的で、故に自分の中の何かを揺さぶりそうになった。
いや、いやいやいやいや! 確かに可愛いけど俺にそんな趣味はない……はずっ!
『妹+猫耳+ロリ』は、ちょおっとばかし業が深い気がする。
「オホン。こちらこそごめん、ちょっと驚きすぎたよ。考え事していてさ……俺の方こそ許してもらえるかな?」
冷静を装い息を一つ吐いて、謝罪の旨を伝える。俺の言葉に少女は畳んでいた耳をピンと立てて、
「も、勿論ですぅ! こちらこそホントにすいませんでした!」
再び謝罪の体勢に入るその姿に、少しだけ苦笑い。
「だから、良いってば。ところで俺に何か用かな? 初対面の筈だよね?」
異世界で初対面じゃなかったら、それはそれは驚きだ。
「え? あ、はい。その、見慣れない服装の方がチャレンジメニューの方を見ていたので、気になって……」
チャレンジメニュー? 少女が指した先を辿ると、俺が見ていたメニューの端に表記が。
『シェフがチャレンジメニュー』
「シェフがチャレンジするの!? 作る側が冒険してどうするんだよ……ってか生徒相手にいいの!? むしろ実験台!?」
そんな俺の反応に猫耳少女は苦笑いして、
「あ、やっぱり知らなかったんですね? このメニュー、学内でも『これに挑むのは勇者か魔王か自殺志願者』ぐらいだって言われているんです。ちなみに普通のメニューはカウンターの上に貼ってありますよ」
あ、ホントだ。幾つか分からないのはあるが、豚肉のソテーとかスパゲッティとかお馴染みの単語が混ざっている。
「あ、危なかった……色んな意味でやばかった。君のおかげで助かった、ありがとう」
安堵からつい猫耳少女の手を両手で握りこんでしまった。『にゃにゃ!?』っという驚きの声が我に返り手を離す。
案の定、顔が真っ赤だ。純情だなぁ……俺もちょっと赤くなっているかもだけど。
「重ね重ねごめんね……迷惑ついでになんだけど、ひとつお願いしていいかな?」
「は、はい! なんでしょう!?」
焦っているのか声が不必要に大きくなっているが、何も言わない。だって元凶は俺なんだから。
「ここで食事って初めてなんだ。もしよかったら、君のお勧めかなにかを教えてもらえないかな?」
そして、二人で向かい合いながらオムライスを囲む事となった。
メニューに文句はないのだが、彼女のオムライスが俺のオムライスの倍くらい大きいのはどういう訳だろう?
食堂の狸獣人っぽいおばちゃんに頼んでオムライス待っている間、猫耳彼女と話をしたところ、彼女が第二階級二位(十三歳、新中学二年生)であることが判明した。
「そういえば、今日は休日らしいのになんで食堂が開いているんだろ?」
ハイドに当たり前のように勧められたから、特に疑問も持たなかった。
言いつつ、オムライスを一口……なにこれ、凄く美味い。入っている肉の味に心当たりがないところがちょっと怖いけど。
「もうすぐ冬季休暇も明けて新階位から始まりますから、先生方がいらっしゃって仕事しているんです。その為に食堂も開けてあるんですけど、先生方が利用するのは大抵昼過ぎだから、この時間は空いてるんですよ」
なるほどねっと相槌を打ちながら視線を向けるとあら不思議。あの巨大オムライスが既に半分の大きさに。
俺はまだ三口しか食べてないとはずなのだが……獣人族って大食らい? それともこの子が特別?
「そういう君はどうして休日に?」
オムライスはスルーした。さすがに年下とはいえ、女の子相手に大食いの早食いで言及するのは不味いだろう。
「今日は用事があって呼び出されたんですけど、いつも休日は図書館で勉強するか、闘技室を借りて鍛錬しています」
そういえばハイドが、カリキュラムの中には実戦形式の授業や試験があるとか言っていたな。こんな子でも、もうやっているのか。
「そうか。頑張り屋さんなんだな、偉いな~」
含みも何もない純粋な賞賛のつもりだったが、なぜか彼女の表情を曇らせてしまった。
「そ、そんなんじゃないですよ~。ただボク、あまり出来が良くないから、もっともっと頑張らなきゃって……」
まるで重石でも付いているかのように、一言発する度にその顔が暗く沈んでいく。
先程までの明るい笑顔が歪むのが忍びなくて、気が付いたら声を掛けていた。
「俺で良ければさ、愚痴くらいは聞くよ?」
「……へぇ!?」
驚きで猫耳がピンッと立つのに少し和むが、構わず先を続ける。
「ここで会ったのも何かの縁かもだしね。俺は君の事は何も知らない、事情も知らない。通りすがりの赤の他人だけどさ、だからこそ言えることもあるんじゃない?」
そもそも、君どころかこの世界の常識もほとんど知らんが。
「でも、初めて会う方にご迷惑は」
「別に迷惑じゃないよ、愚痴くらいさ。それでも迷惑と思うなら、お礼と思ってくれればいい。食堂の使い方が判らず、困っていた自分を助けてくれた……ね」
実際、すごく助かった。危うく、得体の知れないデンジャラスなメニュー頼む所だったし。
納得したのか諦めたのか、オムライスを食べるスプーンを止めて――ほぼ食べ終えてはいたが――ポツリポツリと語り始めた。
「ボク、生まれがおぅ……有名な貴族なんです」
彼女曰く、生まれが名家な上に獅子の獣人族――猫じゃなかった――でも、滅多に生まれない金毛の獅子として生を受けた。
そんな彼女に対する周囲の期待は、それは凄かったらしい。彼女自身も期待に応える為に努力を厭わなかった。
そんな彼女もここグラントリス学園に入ってから、様々なと壁にぶつかることになる。
大陸から優秀な人材が集まるこの学園では自分より優秀な生徒が沢山居て、なかなか成果が出ない。
日本でも割りとよく聞く話だが、それでも両親や周りの期待を裏切りたくないから頑張っているとか。
「大変だけど、応援してくれるみんなの為に、もっと頑張らないと……」
話を聞いてもらって、決意を新たにする彼女を見て俺が何を思ったのかというと、
「別に頑張らなくていいじゃないの?」
……なんというか、相手の努力の全否定?
「へっ!?」
驚く猫耳少女……って、そりゃ驚くか。
「何と言えば良いのか……婆ちゃんが言ってた事なんだけどさ、人間には一人ひとり『幸せになる権利』があるんだってさ」
「権利……ですか?」
「そ。でも世の中にはその権利を奪い取ったり、他人にあげるたりする人もいるんだって。
俺には君がその他人にあげる人に見えるよ」
思いもがけない言葉のせいか彼女はしばし動きを止めていたが、ハッと我を取り戻すと気を取り直して反論してきた。
「ボ、ボクはただみんなの期待に応えたいだけで……」
「問題は其処だ。話を聞いていると今まで君がやってきたことって、全部周囲の期待に応える為のものだろう? 質問するけど、君自身の意思で一から始めた事ってある?」
その質問に答えられず、視線を泳がす彼女に先を続ける。
「周囲の期待に応えることは、その周囲の人の幸せであって、君自身の幸せじゃない。それが君自身の意思で始めたことじゃあなければね」
口ではそう言っても、生まれながらにして望まない努力を押し付けられている人間は大勢いる。
また、それを当然とする環境も存在するのはわかっている。
彼女もきっとそんな立場の人物なのだろう。そんな彼女に本来無関係の自分が言って良いことではない筈だ。
でもまあ、俺はそもそもこの世界の住人じゃないし。無責任・無関係上等じゃないのっ!
この子の暗いところを見ていたくない……ただ、それだけ。結局は俺の自己満足だ。
「ずっと頑張るなって言ってるわけじゃないよ。ただ少し手を休めて周りを見てみればいいんじゃないかって話」
「手を休めて……、、りを……」
スプーンを置いて、周りをぐるっと見回して……
「食休みして周りを観察しろって、言っているわけじゃないよ?」
「にゃっ!? あ、すいませんっ!」
この子、天然なのか? それはそれで萌え……いや、違う。
「勉強とか鍛錬とかほどほどにしてさ、その時間で今まで友達とお喋りしたり、趣味になりそうなものに手を出したり。そんな些細なことで君の幸せが見つかるかもしれないし、それがやる気になって成績も上がるかもよ?」
「で、でも、父様と母様が悲しむかも……」
「親にちゃんと相談したことある? 今の自分の悩みとか不安とかさ。それに、親にアレしろコレしろって言われたことある?」
なんとなくこの子は思い込みが激しく、ひょっとして両親とちゃんと意思の疎通が取れていないのではと思ったが、正解だったようで質問に首を振って否定で返してきた。
「だったらさ、抱え込まずにまずは親に相談してみること。後は色んな事に目を向けてみることかな。視野狭窄って言ってね。思い込んでいると周りが見えなくなって、大事なものまで見逃しちゃうんだよ」
両手で自分の顔を挟んで変な顔をして見る……む、笑わないな。近所の幼稚園児なら一発で爆笑ものなのに。
「まぁそれにさ、見知らぬ他人に優しさを持って接することが出来る君は、充分に立派だと思うよ? 何せ優しくされた本人が言うんだから間違いない!」
今時の若者は冷たい人が多いからね、ホント。お前が言うなってツッコミは受け付けない。
「そ、そんなこと、ありませんよぉ……」
顔を赤く染めて俯き耳をパタパタさせる様に、自然と頬が緩む。
「さて、俺の言いたいことはお終い。色々偉そうに言っちゃってごめんな?」
ホント、愚痴を聞くだけの筈なのに、何説教しちゃっているんだか。
「そ、そんなことありません! 聞いてもらって楽になったし、大事なことを教えてもらいました!」
顔を上げて力説する彼女に苦笑いを返して、
「無知で無責任だから言えたことだよ。そもそも君の名前もまだ知らないからね。自己紹介が遅くなったけど、俺の名前はヒビキ・ヒイラギ。よろしく」
「あ、はい。ネルぅ…………ネル・ローラス・ガーディアルです」
どうしてだか真剣な表情で、何か探るように見詰めてくる彼女の視線に居心地の悪さを感じる。
「やっぱり、おかしいです……」
「何が?」
俺の変顔がそんなに可笑しかったか? だったら無言より笑いの一つもしてくれた方が助かったんだけど。
「ボクの事を知らないのもおかしいと思ったんですけど、名前を聞いても反応しないなんて変です」
変顔関係なかった。
「それに初めは魔族の方かと思ったんですけど、魔眼じゃないですし角もありません。もしかして、おにいさんて……」
そこまで言うと、ピクッと猫耳少女もといネルの耳が動き、俺も誰かに呼ばれたような気がして振り向く。
すると食堂の入り口でハイドが手を上げているのが見えた。
「ごめん、迎えが来たみたいだ。そろそろ行くよ」
立ち上がって足早に去ろうとするその袖を急に引かれ、思いの外強い力にバランスを崩して転びそうになる。
「あ、あの、最後に教えてください! ……どうして初対面のボクの為に、真剣に話を聞いて助言してくれたりするんですか?」
真剣な瞳の奥から感じるその気迫に、嘘は吐けないなと悟り、身を屈めて視線を合わせて答える。
「大した理由じゃないよ。俺を助けてくれた女の子が悲しい顔しているのが嫌だっただけ」
それが可愛い娘なら尚更ね、とは流石に言えなかった。気障過ぎて。
ネルの頭をガシガシと撫でて『にゃ~!』と言って頭を抱えてるうちに離脱する。
何か言っているのが聞こえたが振り返らず、手をヒラヒラ振って返事をし、食堂を後にした。
あ、結局オムライスほとんど食べれなかった。