第二十一話 準備と仲間集め
「そういえばお兄様、月末は出店なさるんですか?」
「ん? 出店?」
とある日の放課後。
ネルとその友達、魔族のアンと狐獣人族のミレーユと寮の談話室でお喋りしていた際に、アンからそんな言葉が出てくる。
集まったお題目は『試飲会』と大層な物だが、行ってしまえばお菓子を集めてお喋りしようぐらいな意味合いだ。
当のお菓子も俺がスーパーで買った特売品、飲み物も炭酸飲料、麦茶に緑茶、乳酸菌飲料など、日本でごく一般的に親しまれている物ばかり。
……青汁とか用意したら面白そうとかチラッと頭をよぎったが、報復が恐そうだったので無難なものだけに留めておいた。
「月末に何か有るのか?」
「あるある、大有りですよお兄様!」
イチゴ・オレをご機嫌な表情で飲んでいたアンが、高いテンションで応えてくる。
「偶数月の月末と言えば、寮生バザーですよ」
「寮生バザー? そんな学園行事あったっけか?」
一応、直近と大きな行事は押さえていたはずだが。
「学園行事じゃなくて、生徒主催の行事だから先輩は知らなくとも無理ないです。寮では隔月、偶数月の月末に有志によるバザーを行っているんですよ」
炭酸はお気に召さなかったのか、渋い顔をしてシュワシュワ泡の出るコップを持ちながらのネル。
「そうそう、そうなんですよ。しかもバザーの時だけは限定的とはいえ校門も開放されて、街の人も訪れますからね。学園では回数も多いし有名なイベントですよ」
「ふーん……でも俺、寮生じゃないから出店側は無理じゃないのか?」
「――大丈夫、寮生扱いになってる」
黙々とオレンジジュースを口に運んでいたミレーユがぽつりと言って、今度はリンゴジュースに狙いを定める。
「でも初めての試験も近付いているからな。勉強しておいた方が良いだろうし……」
実際四月も折り返しを過ぎている。
試験は五月の上旬だし、上位に入るとまでは言わないが、やはり平均ぐらいは取りたいもんだ。
「お兄様は初めてのバザーなんですから、楽しまないと損ですよっ!」
「ボクもそう思います。あ、勿論お店は出さなくとも、お客さんで楽しめば良いと思いますけど」
「――どっちも楽しい。きっと」
三人の意見はどれもきっと正しいのだろう。
まぁ、こういった行事への参加も留学生としての醍醐味なのかもしれない。
「ネル、バザーってどんなものが出されるんだ?」
「ええとですね、基本は古着や古書です。使わなくなった食器や実家からの差し入れを売る人もいますし。自作物を売りに出す生徒もいます」
「自作物?」
「小物とかお菓子とか洋服です。凝ったところだと、装飾品とか魔法道具とか色々あります」
バザーっていうより、何でも有りの露店の様な気がするな。
「お兄様の出店を割りと期待している人も多いんですよ?」
「なんでっ……って、聞くまでもないか」
アンの言葉にすぐに思い当たる。
そりゃ異世界の品が売りに出されるなら、気にならない方がおかしい。
俺だってバザーで出される品が気になってるんだし。
とはいえ勝手に色々出品するのは拙い。
この世界にどんな影響を与えるか分からないし、そもそも適正なレートも判らない。
精々出せそうなのは、お菓子とか屋台で出せるような物だろうな。
ま、どうなるにせよ一度学園長と木葉さんにお伺いを立てておくか。
「面白そうだし、考えておく事にするよ」
「本当ですか? 三日前まで申し込みは可能ですし、この時期はチーム探しなんかで忙しいと思いますから、無理はしなくてもいいと思いますけど」
「ちょっと待ってネル。チームメイトって何?」
この期に及んでまた新しい単語か。
「ええと、先輩は来月の試験の内容はご存知ですか?」
「ああ、そりゃ聞いているけど」
試験の内容は“実戦実技”に“生活実技”、あと“学力試験”の三つに区分される。
実戦実技はダンジョン攻略や模擬戦(期末でしかやらない)など、主に戦闘や体を動かす事に関する試験。
生活実技は料理や裁縫などの家事技能に関わる試験。
学力試験はまんまペーパーテストの事だ。
あと俺には関係ないが、契約石の加工をお願いしているキルケの様に職人を目指す生徒だと、一般の生徒とは別に試験が増えるらしい。
この試験を三日ないし四日間、順に行う事になっている。
「それじゃあ、“実戦実技”の“ダンジョン探索”が四人から五人ののチーム単位で行われるのは知ってますか?」
「ああ……いや待て、流れからして自分でチームメイト探すのか?」
てっきり学園側が振り分けるものだと思っていたんだが。
「はい、同じ階位からメンバーを探して報告するんです。試験三日前までに報告が無い場合は、学園側が未報告の生徒同士や人数が足りないチームで組まされることになります」
試験が受けられないとかじゃないのか、それならそんなに慌てる必要も無いな。
「でも、やっぱり自分で探して組んだ方が良いと思います。前もってお互いに何が出来るか知っておかないと、戦闘では知らない相手とは連携も取り辛いですし」
「ネル様の言う通りですよ。それに見ず知らずの相手と何時間もダンジョンで過ごすのって息苦しいですよ?」
「――うん」
言われてみればそうかも知れない。
ダンジョン探索には制限時間が設けられており、この時間内のクリア出来なければその時点での位置で成績が決まる。
途中で配置されているゴーレムやモンスターに負けたり、やトラップにより続行不能に陥った場合も同じだ。
そしてクリアした順位とそれに掛かった時間が早いほど高評価を付けられるので、互いの長所を引き出せるような仲間を探しておくべきだろう。
「それにダンジョンではチーム同士の戦闘も有り得ますからね。ゴーレムとかなら即席でどうになっても、生徒相手はまずいと思いますよ、お兄様?」
「そうだった……」
ダンジョン内でかち合ったチームは戦闘で相手を脱落させるのも、ルール上は可能となっていた。
他のチームを脱落させれば順位が上がる、それならチーム同士の戦闘も十二分に有り得るそどころか、積極的に狙ってくる生徒もいるだろう。
「ダンジョン探索は判断力や適応力が試される試験でもあるんです」
「だからこそ、早めにチーム組んで連携とか練習しておいた方が良いんですけどね」
「――同意」
三人の言葉に冷や汗が流れるのが分かる。
ヤバイ、本当だとすれば他の生徒達はとっくにメンバー探しを始めてる?
「ち、ちなみ三人はもうメンバー決まったのか?」
俺の言葉に三人は当然とばかりに頷いて、
「ボク達三人とクラスメイトの女の子でチームを組む事になってます」
「当然抜かりは無いですよ」
まぁそりゃそうだよな。
「お兄様も早くチームメイト探した方が良いですよ? 友達同士で組んでる方も多いですし、成績優秀な生徒は引っ張りだこですから」
「――急いだ方が良い」
……これは本格的に余り物ルートかも知れない。
□
翌朝、教室。
「やばいな、冗談抜きで余り物コースだ……」
自分の机に座り頭を抱える。
いつもより少し早目に来た教室。既に来ていたクラスメイト何人かをメンバーにと聞いてみたのだが、全員既にチームが決まっていて報告済みであるとの事。
更に聞いた所によると、このクラスはおろか階級全体でもほとんどの生徒が既にチームを組んでいるらしい。
残っているのは単独行動が好きな生徒か、癖があり過ぎて他の生徒が組むのを嫌がった者ばかりだそうだ。
元々知人・友人が少ない俺にとって、遅すぎるスタートだったらそお。
「……こうなったら運を天に任せて、余り物チームに掛けるか?」
そもそも俺が親しくしている学友なんて、同じ階級ではハイドとアイラぐらいなもんだ。
カナリアなら話ぐらいは聞いてくれそうだが、まず間違いなく主人であるキアと一緒だろうから俺と組むのは難しいだろう。
「困っているようだな?」
ふと影が差し頭上から声が降ってくる。
顔を見るまでもなくハイドの声だと分かるので、顔は上げずに答えた。
「試験の仲間が決まらないんだよ……」
「ふむ、では俺と組むか?」
「マジで!?」
驚きと歓喜でガバッと勢いよく頭を上げる。
だってハイドは勉強良し、実技良し、性格良しの優良物件でしかも王子様。
とっくに売約済みだと思っていた。
「今回はヒビキが知らないことを失念していた俺の落ち度だ。そしてヒビキは初めての試験、立場的にも手を貸すのは当然だろう?」
「スマン、助かる!」
「……男に手を握られても嬉しくはないな」
おっと、それは俺も同じだ。
俺がパッと手を離すと、何時から聞いていたのか猫娘……じゃなかった、スカート姿の猫男が寄ってきた。
「ヒ~ビ~キ~君、ちょっといいかな?」
「どうしたアイラ?」
言わずもがな、女にしか見えない男、猫獣人族のアイラだ。
「私もチームに入れてくれないかな?」
「アイラも? ……アイラって実技の成績良かっただろ? あぶれるとは思えないんだが」
一度授業で手合わせしたが、猫の敏捷性を持つアイラの動きについていけずにフルボッコにされた事は記憶に新しい。
「それがさぁ~、アイリスがお兄ちゃんを手伝ってあげてって聞かなくて。それにもし試験のときに鉢合わせなんかしちゃったりしたら、アイリスに怒られちゃうからね」
よくやったアイリス!……と、素直に喜べれば良かったんだが。
「で、見返りに何を要求する気だ?」
今言った言葉も嘘じゃないんだろうけど、他にも何か有るな。
どうにも目が悪戯っぽく笑ってる。
「あはは、ばれちゃったか。ヒビキ君は月末のバザーの事は知ってる?」
「勿論知ってるさ」
昨日から。
「うんうん。実は友達がバザーに出店する筈だったんだけど、急に別の用事が入って出せなくなったんだって」
「今からだと出店料の一部をキャンセル料に取られるのではないか?」
「そうそう、それが問題なんだよー」
ハイドが相槌を打つと、アイラがウンウンと頷く。
「それでキャンセル料取られるのが癪だから、変わりに何か出して良いよって頼まれちゃって。でも私一人でするのはちょっとキツイかな~~って、ね」
「ああ、だから手伝いに俺が欲しいと?」
「駄目かな?」
うーん、まぁしょうがない。二人ならチームメイトとして文句ないし、バザーの件もある意味渡りに船と言える。
「別に良いよ。逆に無条件で手伝ってくれるって言われると申し訳ないし。アイラにも世話になってるから、御返しにもなるだろ?」
「そう言って貰えると助かるよ」
「で、出店って内容は決まってるのか?」
「飲食関係で登録してたから、そっち方面にしないといけないみたい。ヒビキ君は何か良い案ある? そっちの世界の料理とか」
「……急に言われてもな」
この世界の出店でどんな物が出るか知らないから、俺が知っているものを出して良いのか判断に迷う。
パッと思い付くのは、たこ焼きとか焼き蕎麦とかのお祭り鉄板メニューぐらいだけ。
「では学園長に聞いてみたらどうだ? 今日の昼休みなら学園長室に居る筈だ」
「ああ、それ良いな。一度学園長に話を聞いておくつもりだったし。アイラ、決めるのは今日の放課後でも良いか?」
タイムリーなハイドの提案に頷き、アイラにも快い了解を貰う。
丁度話が着いた時に担任が入ってきたので解散、先生の話を聞きながらどんな物が出せそうかを考え始めた。
□
「おー、酒に合うもんなら何でも良いぞ?」
「ちょっと待てそこの教育者!」
相変わらずの露出の多い服に有り得ない言動、これが学園長クオリティー。
仮にも教育機関……いや、一国のトップだって言うんだからこの世界って恐ろしい。
「うむ、何か失礼な事を考えなかったか?」
「至極真っ当な思考です」
段々この人に対する遠慮が無くなってきたな、俺。
「まあいい。食べ物関係なら特に問題は無いが、一般的に知れ渡っている物が好ましいな。大衆に受けが良い物なら、こちらでも受け入れられる可能性が高い。異文化交流としてもそちらの方が許可も出し易いからな……ああ、ついでに酒に合えば言う事なしだな」
「分かりました、最後だけ無視して考えます。決まったら報告しますので、今日はこれで失礼します」
言う事だけ言って学園長室から退室する。
なんか後ろから聞こえた気がしたがきっと気のせい、何でも無いよ。
「さて、残り時間はどうしようか」
昼食後の昼休みなのだが、話があっさり決まった所為で少々時間が余ってしまった。
「教室に戻ってバザーの出し物でも考えますか」
そう思い教室の近くまで移動し際、向こうからやって来た女子生徒に声を掛けられた。
「丁度良い所に。見つけましたよ、ヒビキさん?」
「キルケだっけ? 久しぶりだな」
声のした方には銀の髪をポニーで纏めた神族の少女、キルケ・ソル・シード。
会うのは以前学生ギルドの依頼で契約石を渡した以来だ。
「御久し振りです。契約石の加工が出来ましたのでお持ちしました。おまたせしてしまって申し訳ありません」
言いながら差し出された小箱を受け取り目で了解をとって開けると、四つの爪で台座に固定された、やや縦に長い球状の契約石の指輪が入っていた。
表面が綺麗に磨かれているからか、光沢を放つ赤と蒼のマーブル模様が実に美しい。
「おぉ、凄いなこれ! こんな良い物作って貰ったのに足まで運ばせて悪いな」
「いえ、私も勉強になりました。それにこのような見事な契約石を加工できる機会はなかなか無いので、こちらこそお礼を言いたいぐらいです……ところで、少々お時間を頂いてもよろしいですか?」
指輪を受け取って終了と思いきや、キルケが少し真剣な表情を作って尋ねてきた。
「別に用事も無いから良いけど」
契約石の加工以外でキルケと繋がりは無いから、用件に見当はつかないが。
「ヒビキさんはダンジョン攻略のメンバーは御決まりですか?」
「メンバー? 一応、同じクラスのハイドとアイラかな。最低でも後一人集めなきゃいけなが、今から知り合いを頼るのは難しい。多分学園側から振り分けられる生徒を加える事になると思う」
クラスメイトは全滅、ハイドとアイラも他に当てが無いらしいからしょうがない。
「なるほど、好都合です。宜しければ私を加えて頂けないでしょうか?」
「キルケを?」
キルケの実力を目にした事は無いが、アイラが上位クラスと言っていたから不足は無いはずだ。
冷静で頭も切れそうだし、余り物になるとは思えないんだが。
「実はお恥ずかしい話、その指輪の加工を考えたり作業するのが楽しくて、つい先日まで仲間集めの事を失念していまして。作業場と授業を往復するだけの生活で、気が付いたら周りもほとんど決まってしまっていたのです」
と思ったら、うっかりさんか。
まぁ俺としては有り難いし、責任の一端は俺にもあるような気がするし、申し出を断る理由も無い。
「断る理由どころか、むしろ助かるよ。こちらこそよろしく頼む」
「そう言って頂けると助かります。有難う御座います」
予想外の人物からの申し出だったが、これで兎にも角にもメンバーは揃った訳だ。
魔族で総じてレベルが高く隙の見当たらないハイド。
神族で学年でも上位クラスに入ると言うキルケ。
獣人族で身体能力を生かした接近戦が得意なアイラ。
人間で特に秀でた所の無い俺。
………あれ、俺って要らない子?
深く考えないことにして、キルケと別れ教室に戻った。
とにかく、これでダンジョンのメンバーは揃ったが、やる事も考える事もまだまだ沢山ある。
バザーだってアイラと話し合って決め、材料の手配にコスト管理もキチンとしないといけない。
ダンジョンに関しても、対人戦とか連携の練習や打ち合わせもしないといけない。特に俺は足を引っ張りそうだから課題は多いだろう。
「……なんか、やる事が加速度的に増えているのは気の所為か?」
気の所為じゃないよなぁ~っと自問自答しつつも、思わず溜息が出てしまうのであった。




