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第十九話  図書館の主

 賑やかなのは好きだが、静かなのも嫌いじゃない。


 特に図書館が持つような静謐で厳かな雰囲気は身を引き締め、目の前のことに集中するのに丁度良い。

 今日は日曜、朝から学園敷地内の大図書館で勉強中だ。


 視界を埋め尽くすほどの本の森、その所々に有る読書用のテーブルの一角に居る。

 空いた時間に勉強しないと追いつけないからだが、大学付属でもないのに図書館が丸ごとあるってちょっと凄い。


 ……そのうえ、広過ぎて何回か迷ってしまったが。

 本棚で視界が埋まるなんて初めての経験だ。


 教科書と図書館で見つけた参考書などを使い要点をノートにまとめていく。

 教科は歴史全般だ。


 こればっかりは元の世界の知識からの推論なんて通じないから、頭に直接叩き込んで暗記させるしかない。

 一から覚えるのは無理だから、要点を絞って覚えようという訳だ。


 次の本を手に取るとそのタイトルは、『ベルリアス王国 近代史』。

 覚えのある名前だ。


「ハイドとサラの国か」


 魔族が治める国だがトップである学園長がこちらに来てしまっている為、宰相に政治を委任しているらしい。

 宰相というとなんとなく国王を裏切る悪のイメージ(偏見だと自覚している)がある。

 だがハイドやサラ曰く、元軍人でありながら政治手腕に秀でており且つサラやハイドもちょっと引くほどの、熱烈な学園長の信奉者だとか。


 学園長が冗談交じりに夕飯の買出しを頼むと、全ての仕事を投げ出し、止めようとする部下を薙ぎ払い、笑顔で買い物籠を抱えて城下外に繰り出したという逸話があるらしい。

 複雑そうに話すハイドとサラに「魔族の未来は明るいな」と適当に言っておいた。


 因みに個人的に面白いと思った事があるのだが、王族と言っても純血の魔族では無いという事だ。

 公開されている家系図を見ると、偶に他種族が入っていたり、隔世遺伝等の偶然が重なって王と王妃が神族と獣人族だった事もある。


 他の二国も同様で他国の王族の血筋も出たり入ったりしているので、ハイド達はそういう意味でお互い親戚と言っても言い訳だ。


 ペラペラとページを捲っていると、ある一文が目に飛び込んできた。


『大陸暦五百三十四年、ベルリアス王国第三十四代国王シェイド・ベルリアス、病により死去。同年、サフィーネ・ベルリアス、女王に即位』


 ……亡くなっていたのか、あの二人の父親は。


 なんとなく、それ以上先を見る気になれなくて本を閉じる。


 知ってはいけない事を知ってしまったような罪悪感、いや本に載ってるんだから知らなかったのは俺ぐらいの筈だ。

 留学生の俺が知らなくても当然で、気に病む必要はない……ないが、なんだかなぁ~…


 ……ゴン


「ん?」


 何か音が聞こえたような気がする。

 見回しても他に人は居ないし、特に変わった所はない……気のせいか。


「ふぅ、集中力も切れたし、別の教科でもやるか」


 なんか集中力も途切れたし、歴史は一段落して別の教科やろうかな。

 地理でも勉強しようかな、各国の特産物とか街の名前とか地形とか分からない事多いし……


 ゴンッ


「――やっぱり気のせいじゃないな」


 さっきよりもハッキリ聞こえるって事は、近付いているのか?


 音がした辺りを見ていると、女子生徒が一人本棚の間から現れた。

 彼女は視線を手元で開いた本に向けたまま、前も見ずに歩いて……


 ゴンッ!


 本棚に頭からぶつかって、顔を上げ、方向転換してまた前も見ずに歩き出し……


「はい、ストップ。危ないぞ」


 今度は柱にぶつかろうとしていたので、襟首を掴んで引き止めた。


「……?」


 女子生徒が首を傾げながら振り返る。

 目まで掛かった長めの淡い金髪、後ろ髪は腰まであるが無造作に下ろされている。


 体つきは枯れ木のように細くて、握ったら折れてしまいそうで酷くは無い印象を受ける神族だ。


「初めまして」


「ああ、初めまして……じゃなくて、危ない前見て歩きなよ」


「……ああ、通りで頭が痛いと」


 ぶつかっている事に気が付いてなかっただと!?

 最近、特殊な女子との遭遇率高いな……あまり関わり合いにはなりたくないのに。 


 危ないから席に座って本を読みように勧めると、何故か俺が勉強しているテーブルに座ってしまった。

 空いてる席なんてそこら中にあるのに。


 ……ああ、そうか、わかった。

 この子はマイペースなんだな、うん。。


 ……サッサと本探そう。


「えーっと、大陸各地の農産物と特産の参考になりそうな本は……」


 手元の館内案内に載っている地図に目を落とすのだが、広さに見合うだけの蔵書量と複雑な並びからお目当ての本を探すのも一苦労。

 しかもちゃんと現在位置確認してから行かないと、迷子になるからな(経験済み)。


「まあ、見つけた所で選ぶのに時間掛かるんだけどなぁ~…」


 ハイド曰く大陸中の蔵書が集まるのだとかで、一項目に対する蔵書量が半端じゃないから、目的に合った物を推敲するだけでも時間が掛かる。


「産業エリア、農業のE-三列、上から二段目の中央付近、『各国の土壌の特性と農産物の変移』が解り易い」


「え?」


 決して大きくは無いがハッキリと聞こえた。

 声のした方へ目を遣ると、手にした本に視線を固定させたままの衝突少女。


「今のは君?」


「…………」


「助言してくれたのかな?」


「…………」


「………取り敢えず行って見るよ」


「………フフッ」


 小さく笑う声だけ聞こえるが、肯定の代わりなんだろうか?

 変わった子だ。



「……解り易いな、これ」


 当ても無いので言われるまま本を探し出し呼んだのだが、大変わかりやすくて非常に助かっている。

 まるで念の為他に持ってきたのが、徒労だと云わんばかりに。


 グラフや分布図が多く文章も簡潔に済ませているので、この世界に疎い自分でも頭に入れやすい。

 詳しく知りたい人には物足りないだろうが、俺みたいに要点のみを押さえたい人にはピッタリの一冊だ。


 初め予想以上に役に立つ一冊を教えてくれた少女にお礼を言ったのだが、彼女は無言で無反応。

 動きといえば定期的に手元の本をめくるだけ。


 彼女からのリアクションは諦めて勉強に専念することにした。

 したとは言っても同じ―ブル、やはり気になってしまうのはしょうがない。


 それに気のせいかも知れないが、時折彼女から視線を感じるような気がする。

 視線を感じてサッと横を見ても、変わらず本を見ているだけの横顔。


 確かに見られているような気が……サッ!


「…………」


 やっぱり気のせいか?


 それからもチラチラと視線を感じて居心地の悪いと思っていると、


 ゴオオォォォォン~…

 ゴオオォォォォン~…


 大鐘楼からの鐘の音が響き渡り、町と学園に正午を告げた。。


「もうこんな時間か……お昼にするかな」


 教科書や参考書をひとまとめにして、持ってきた鞄から包みを取り出す……あ、此処での飲食禁止だっけ。

 取り敢えず場所を変えようと思ったとき、今日一際強い視線を感じた。


 視線の主は勿論、隣に座る少女。

 ただ先程までと違って俺、というか包みを凝視している。


「…………」


「ええっと、何?」


「……良い匂い」


ぐうぅぅと、分かり易いぐらいに響き渡るお腹の音。


「…………」


「…………」


「……食べるか?」


「……頂きます」


 非常に素直に頷く少女の姿に思わず苦笑いが漏れた。



 大図書館に設置された飲食可能なレストルーム。

 ソファやローテーブルだけでなく、給湯設備まで兼ね備えた部屋一角に俺と彼女は居た。


「これは、なんですか?」


 俺が昼食用に包みから取り出した黒い三角形の物体に対し、疑問の声を上げる彼女。


「これは“おにぎり”。米を握って固めて、周りを海苔で覆ったもの。海苔はお好みだけどな」


 オムライスとか有ったから米が有るのは知ってたけど、この世界にはおにぎりは無いみたいだ。


「中に余り物詰めた貧乏性っぽい物だから、口に合うか保証しないぞ」


 この学園の食事は貴族の子弟もいるからか、豪華で華美で手の込んだものが多い。

 俺はそういうのばかりだと落ち着かないから、偶にお昼は自分で作ってるけど。


「持ち運びし易く食べやすい。機能的でシンプルな形状……良いと思います」


 言葉少なながらハッキリと語るのを見ると、何を言っても無反応だったのが嘘みたいだ。

 食べ物関係で饒舌になるとは、もしかすると見た目に反して食いしん坊キャラなのかもしれない。

 でも一言言わせて貰うと、それ味の評価じゃないよね?


 俺が用意した三角おにぎりは六つ。

 具はシーチキンのマヨネーズ和えに鶏の唐揚げ、それと余り物の野菜炒め。


 ちょっと量は多いが、余ったら3時のおやつにでもすればいいかと思っていたから、何個か食べられても問題は無い。


「じゃ、食事の前に自己紹介ぐらいしとこう。俺は第一階級二位、ヒビキ・ヒイラギ」


「……知っています。留学生ですよね?」


 知っていたか、大分顔も売れてきたからな。


「第一階級三位、ファレンス・オル・インディ……よろしくお願いします」


「ファレンスさんね、よろしく」


 一つだが、年下だったか。


「……呼び捨てで構いません」


「そう、それじゃお言葉に甘えようかな。そろそろ食べようか?」


 お腹が空いているのに食事の前で長話もなんだろうし、俺もそろそろ食べたい。


「お飲み物が無いようですけど、紅茶はいかがでしょうか?」


 と思ったら、第三の人物に割り込まれた。

 何時の間にか俺たちのテーブルの横に一、人の小柄なメイドさんが立っていた。


 そう、メイドさんだ。勿論メイド服を着用した使用人の女性の総称であるメイド。


 実はこの学園、メイドさんをあちらこちらで見かけることが出来る。

 どうも雑用を請け負う女性職員の制服として使われているようで、食堂のウエイトレスから花壇の整備まで様々な業務をこなしている。


 最初はかなり戸惑ったけど、どうやら俺はメイド萌えじゃなかったらしく、半月も居ればいい加減慣れた。

 ……まさかメイドがいる環境に慣れる日々が来るとは思わなかったが。


「ああ、お願いしま……ってカナリアじゃないか」


 メイド服に身を包んでいるのは、黒のショートボブに赤い目の女の子。

 同年代でもかなり小柄であろうその姿は、間違いなく自分の知っているあのおっかない少女の従者だった。


「どうしたんですか、そんなに驚いたりして?」


「いや、何でそんな格好して此処で仕事してんの」


 同級生がいきなりメイド姿で現れれば驚くのは当然……いや、この世界じゃ特に珍しくないみたいだし、俺が驚き過ぎなのか?


「あ、今日はお嬢様にお暇を頂いたので、此処でお手伝いをしているんです。学生ギルドのお仕事の一つで、お給金も出ますから。ファレンスさんもいかがですか?」


 頷いて肯定するファレンスを見て、カナリアは手早くポットとカップを準備。

 流石は従者というべきか、惚れ惚れする手際の良さで卒なく紅茶を注ぐ。


 カップを配置すると上司らしき人に呼ばれ、一礼して去っていった。


「休日のアルバイトみたいものか、頑張るなあ、ファレンスって彼女と知り合い?」


「……うん、美味しい」


「って、食べてるしっ?」


 気が付いたら勝手に食事始めちゃってますよこの子!


 この時から俺のファレンスへの評価は、『マイペースな面倒くさがり』へとクラスチェンジした。


 もう突っ込むのも面倒になっておれもおにぎりを口に運び、次いで紅茶を口へ運ぶ。

 知らない味だが、上品な甘味が口の中へと広がり……


「うん、合わない」


 いや、紅茶は文句なく美味しいんだけど、おにぎりとは決定的に合わない。

 やっぱり米には緑茶だよな……その前にこの世界に緑茶ってあるのか?


 ファレンスは紅茶で良いのかと目を向けたら、リスが餌を食べるように両手でおにぎりを持ち、少しずつ口に運んでいた。

 なんか小動物見ているみたいで和むな。


 どうやら具も大層お気に召したみたいで、時折質問されながら二人で時間を掛けておにぎりを消化していった。


「……やっぱり似てますね」


 食事も終わり、戻ってきた制服姿のカナリア(どうやら午前中で仕事は終わりらしい)も加えて3人で食後のお茶を嗜み、「さて、そろそろお勤め(勉強)に戻ろうか」と考えた時ファレンスの呟きがスルリと耳に入り込んできた。


ボーっした表情は変わらないが、前髪に隠れがちな視線は俺をしっかりと捕らえている。


「ヒビキさんがどなたかに似てらっしゃるんですか?」


「…………わかりませんか?」


 素直に質問するカナリアに少し驚いたような声音のファレンス。

 その反応に戸惑うカナリア。


 ふむ、良く分からないがカナリアなら知っていて当然の人物と俺が似ている?


「おにぎり、有り難う御座いました。お礼はまた……いずれ」


「ちょ、ちょっと待って! 誰と似ているか教えてくれないの?」


 ハテナマークを浮かべる俺とカナリアを置いてサッサと帰ろうとするファレンスを慌てて呼び止める。

 自分から振っておいてそれはないだろう。


「多分、そのうち分かります。私から言っても良いか、わからないから……」


 そう言って一礼すると、今度こそ部屋を出て行ってしまった。

 なんだろうこれ、放置プレイ?


「カナリア……俺のそっくりさんでもいるの?」


 カナリアはしばらく俺の顔をジーッと見た後、


「そう目立つ容姿でもないですし、私にはわかりません」


 地味って言われたっ!


「そ、それは俺が十人並みの地味顔と言いたいのかな……?」


 ありふれた顔立ちって事は自覚してたけが、カナリアみたいに素直そうな子から改めて言われるとダメージがデカイ!

 しかも悪意が無い分、心にダイレクトダメージ!


「え、ええ!? そ、そうじゃなくて、ヒビキさんが地味とか目立たないとかそういう事ではなくて……えーっと。親しみやすいというか安心できるというか、ドキドキしない落ち着いた顔と言ううか……」


 止めてカナリア!

 悪気が無いのはわかるけど、俺のライフはもうゼロだ!


 あたふたとフォローという名の追い討ちを続けるカナリアを見ながら、今日の枕は涙で濡らすと決意するのだった。


「だから地味だからこそ安心感があるというか!」


「結局地味って言ってんじゃん!!」

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