第十八話 魔法生物の恐怖
「良い天気だな~…」
放課後の暇潰しに、広い学園校舎を散歩中の俺は窓から差し込む陽光に目を細める。
ちょっと帰るまで時間が掛かっているが散歩中だ。
帰り道が微妙にわからなくなっても散歩中だ。
既に来た道や現在地が不明でも俺が散歩中だと言えば散歩中なのだ!
……すいません迷子です、誰か助けて。
「広すぎる上に複雑なんだよここーーーっ!?」
しかも広い割に生徒も職員も絶対数が少ないから、こうして叫んでも周りに誰も居ないんだけどね!
普通の学校の校舎みたいに決まった場所に階段やらあれば良いんだけど、ここはお城をそのまま転用していらっしゃるようで、外敵対策に作りが複雑になっている。
日本でもテレビ局は、テロ対策の為同じように構造が複雑になっていると聞く。
まぁ、そんな知識が慰めになるわけも無い。
「……弱った、聞こうにも誰も通らないし」
元から人が少ない場所なのか、生徒も職員も見当たらない。
居たら居たで、さっきの声を聞かれているわけだから恥ずかしいけど。
「もういっそ、窓から飛び降りて外から回るか……っと! なんだ?」
突然、何かに右足首を掴まれ前のめりに倒れそうになるが、何とか堪えて体勢を戻す。
見ると足首にヌメヌメした光沢を放つ、吸盤付きの何かが巻き付いていた。何かって言うか、全体的に赤いしこれって……
「蛸のあし、いいぃぃぃぃーーーーーッ!?」
絡みついた蛸足に引っ張られ転倒、そのまま凄い勢いで引き摺られていく。
いや待て何でこんなところに蛸がそれより俺をどうするつもちょ床で擦れて痛い熱い放せこらーーーーっ!?
蛸足に引き摺られて近くの部屋に連れ込まれると、ようやく足首を開放された。 それは良んだが、アチコチ床で擦って痛い事この上ない。
「痛たた……ったく、ここ何処だ……よ……」
目の前に蛸が居た。それもデカい本体が二メートル近くありそうなドデカい蛸だ。
この蛸なら人間だって食べられそう……ん? もしかして俺、エサ?
「ふふふ、いらっしゃい……」
と思ったら、蛸の横にイスに腰掛けた人物を発見した。蛸のインパクトが強くて分からなかった。
小柄な女子生徒の様で、淡くウェーブのかかったセミロングの金髪に翡翠の瞳、耳は長く尖っているから神族だろう。
しかし、黒い三角帽と同色のマントを制服の上から羽織っている姿は、テンプレートな魔女ルックといったところだ。
周りを見ると薄暗い部屋に試験管やガラス器具、良く分からない生き物の標本など大変に雰囲気が出ている。
「……ひょっとして、そこの蛸はアンタの使い魔?」
十中八九当たりだろうが、敢えて聞いてみる。
言葉遣いが悪くなっているが、こんな目に合わされて礼儀を持ち出すほど俺の器は広くない。
「ん? 違うよ?」
え、違うの?
「この子は私の造った、人工魔法生物の第一号」
愛おしそうに蛸の頭を撫でる少女。何やら凄い図のような気がするが、それは置いといて人工魔法生物て。
この世界では学生レベルでこんなものまで作れるのか、ぱねぇ。
「名前は触手大王」
「よし、改名しろ今すぐ」
ネーミングセンスが余りにも残念過ぎる。
「なんで? 異世界からの書物を参考に、将来的な交友を見据えて造ったのに」
「え、何で異世界交友の為に蛸になるわけ?」
思わぬ話題の登場に面をくらう
異世界交流の話となれば、自分も無関係では済まされないからだ。
「学園長が招聘した異世界人の寄付した書物を見て……んっと、これ」
対面の机に重ねてあった薄い本を何冊か、俺に渡してくる……触手大王が。
見た目はともかく意外と表面は濡れてないようで、器用に触手で本を掴みながらも濡れたりしていなかった。
取り敢えず本のタイトルに目を通すと……
「え、エロ同人詩じゃないかーーーーっ!?」
『触手マニアックス』『触手始めました』『メイド日記~触手とご主人様~』『スーパー触手対戦』『異世界に転生したら触手でした』etc……
「誰だこんな本持ち込んだのはってあの人しかいねえぇーーっ!?」
何考えてんだ木葉さんっ!?
「異世界の本は貴重、貸し出しの予約はいつも一杯。だけど、このジャンルだけいつ見ても置いてるから、参考にした」
「するな!」
取り敢えず触手プレイは創作で、実際にやったら間違いなく犯罪だと説明する。
「ん? 君はもしかして異世界人?」
「知らずに拉致したのか……」
「この子に服を脱がせる練習をさせたくて、誰かが通るのを待ってた」
「通り魔どころか脱衣魔か! 流石にそれは問題だろう?」
「男子だったら良いと学園長が」
あの人、完全に学園を私物化と言うか遊び場にしてないか?
「折角だから、脱がしてもらう?」
「嫌に決まってるだろう!」
何が悲しくて、女生徒の前で蛸の触手で脱がされなきゃいかんのだ。
「……実は脱がしてもらいたい?」
「何故そうなる!?」
ぬるぬると伸びてくる蛸の触手を警戒してゆっくりと後退りする。
「『嫌よ嫌よも好きのうち』という言葉があると聞いた」
無駄に余計な日本知識持ってんなオイ。
「それから『押すな、押すなよ!』と言いつつ、実は押されてもらいたい前フリとか」
本当に無駄な知識ですね!
「いや、俺は本当に嫌なんだが……」
「一度脱がしてもらったら、癖になるかも」
「なってたまるかっ!?」
駄目だコイツ、早く何とかしないと。
でも俺はもう関わり合いになりたくないので、そっと横目で外への扉を確認する。
「それじゃ、被験者第一号に黙祷」
「殺すのっ!?」
もう付き合い切れないので、扉を蹴り破るようにて廊下へと出る。
ええっと、どっちから来たんだっけ……っ!?
「っぶね!」
部屋の中から伸びてきた触手を今度はうまく回避する。
「むぅ、逃がさない」
すると魔女ルックの女生徒が器用に蛸の頭に腰掛け乗り物にし、部屋から出てきた。
構わず全速力で逃亡を計る……のだが、巨大な蛸は図体に似合わぬ速度で床をヌルヌル滑りながら追ってきた。
だああぁぁぁ、意外と速いっ!? このままだと振り切れ……お、階段っ!?
「上だっ!」
昇りならそう早くはこれまい、と思ったら普通に速いんですけど?
「無駄、この子は水陸完全両用。水中は勿論地上でのスタミナもスピードも保証する」
「脱衣用の生物に凝り過ぎだろう! つかそんな保証いらんわ!」
マッドサイエンティストって絶対こんなやつだーー!
階段だと先に体力が尽きそうなので、再び廊下での追いかけっこへ。
途中で数人の生徒にすれ違うも、慌てて壁際に避けて面食らった表情をするだけで助けてくれない。
「何で俺をずっと狙ってくるんだーーっ!?」
擦れ違った生徒でも良いだろうに。
酷いとか思われるだろうが、あんな蛸に脱がされるくらいなら喜んで見ず知らずの生徒を人身御供にするぞ俺は。
「初志貫徹は大事」
「諦めてもっと立派な事をを貫徹しろよ!」
「諦めたらそこで試合終了らしいし」
安○先生かよっ!?
無駄に余計なオタ知識だけ持ちやがって!
「はぁ、はぁ……くっそ、そろそろ拙いか」
走りながら大声で突っ込みをいれたりしていたので、体力の限界が近い。
だからと言って足を緩めて触手の餌食になるのは御免だ。
ふと走っている場所が前に一度来たことがある場所だと気が付いた。
「……一か八かっ!」
記憶通りの場所にあった階段を昇り、終点に有った扉を蹴破る様に押し開く。
そこは色とりどりの花が溢れかえる屋上で、空が憎たらしいまでに青く澄み渡っている。
「追い詰めた……大人しく、この子に脱がされて」
蛸に乗った彼女が俺を追い詰める様にジリジリ間合いを詰めてくるが……悪いな、捕まるぐらいなら、
「こうするよっ!」
「えっ!?」
落下防止の柵を乗り越え、伸びてくる触手を寸でのところで躱して宙に舞った。
瞬間、重力に囚われた体が落下し始め、目の目の景色が流れ始める。
「《エアクッション(風緩衝)》と《エアクッション(風緩衝)》、合わせて《エアバック(風袋)》!」
下を見ないようにしながら、合成魔法でより大きな空気のクッションを創りだす。
ホンの数秒の落下する感覚の後に、弾力のある感触によって今一度空へと突き上げられるが、落ちて飛んでを数回繰り返し無事に地に脚を着く事が出来た。
……滅茶苦茶怖かった、二度とやらない。
「これで流石に追って来れないだろう」
ホンの少し前まで自分が居た場所を見上げると、何故か影が差し――
「げっ!」
違う、落ちてきたっ!?
慌てて飛び退くと巨大な蛸が地面に激突。ベタッと地面に這い蹲るも、何事も無かったかのように頭をもたげてこちらを見てきた。
「に~が~さ~な~……」
柔らかい頭に乗って触手で支えられた彼女は、不気味な笑みを浮かべながら、
「せんぱーーい! 危なーーーーい!」
「いいぃぃぃーー~~……」
浮かべたまま、おかしな声を上げて真横に吹っ飛びフェードアウト。
蛸と一緒に凄い勢いで地面を何度かバウンドし、たまたま近かった学園を囲う水路へ落ちて行ってしまった。
「先輩、大丈夫ですか!?」
「……ネル?」
そこに居たのは拳を突き出した体勢のまま声を掛けてくる、金髪猫耳の後輩こと獣人即の王女ネル・ローカス・ガーディアルだった。
……え、今吹っ飛ばしたのって、ネルなの?
獣人族は身体能力が他の種族の追随を許さないとは聞いていたが……よし、下手に怒らすのは絶対にやめよう。
潰される(物理的に)。
「と、とにかく助かったよ、ネル」
「先輩が無事でよかったです!」
話を聞くに俺が蛸に追われている話を聞いて、助けようと思って探し回っていたら上から降って来たらしい。
弱冠ネルのパワーに恐怖を覚えつつも助けてもらった事は事実なので、お礼として家に招待して美味しいお菓子をご馳走になってもらった。
次の日。
「わたしは第一階級第一位、竜のクラスのエレノア・エノール。次は絶対に脱がすから、覚えておいて」
「アンタ先輩かよ!」
教室にわざわざやって来て名乗りを上げる魔女ことエレノア先輩に、俺はまた頭痛の種が増えたと頭を抱える事になるのだった。