第2話「森の中の南瓜-1」
「な、何でこんな事になってるんだ……?」
俺はムンクの叫びの様な顔をしながら自分の体の状態を確かめていく。
まず、頭。こちらはカボチャの果実……と言うと分かりづらいので一般的に食用に用いられる部分と説明しておくが、そこに一寸先も見えない黒い穴が三つ開けられていて、カボチャ特有の堅い外皮を持っているにも拘らず俺の感情や言葉に合わせてその穴が動くようになっている。
そして手で穴を覆ってみれば分かるが、どうやらきちんと上二つが目として作られていて、下の穴が口として作られているようだった。ただ、口の部分は別に呼吸をしているわけではなくただ周囲の空気を振動させる役割だけを持っているようだ。
「んー」
次に体の部分だが、こちらはカボチャの蔓、葉、根をそのまま持ってきたような感じ……と言うかまんまである。
ただ、葉の一枚、根毛の一本に至るまで意識すれば俺の意思で動かせるようであり、気合を込めれば若干だが蔓を固く出来る様な気がする。
「ふむふむ」
で、結論。
やっぱりこうなった理由は分からねえよ!!
いやまあ、体を調べた程度でどうしてこうなったのかの理由が分かるとは思っていませんでしたけどね!
でもさ!それでもさ!少しぐらいは手掛かりを残しておいてくれたっていいじゃない!!
ノーヒントとかクソゲーにも程があるでしょうに!
「はぁ……」
一通りの鬱憤を内心で晴らしたところで俺は今後について沢から水を適度に吸い上げ、日の光で光合成を行いながら考える。
まず、俺が目覚めた時の村に行くのは絶対にダメだ。
化け物呼ばわりされていたし、農作物である俺がのこのこ戻ったら良くてパンプキンシチュー、悪ければ焼却処分とかされるに決まっている。
なら大きな街とかならどうかと思うが……
「無理……だよなぁ」
俺は自分の手として認識している蔓を見る。
何と言うかあのおっちゃんたちが俺を化け物として認識した以上は大抵の人間は俺を見ても化け物としか思わないだろうし、むしろ大きな街の人間とかの方が耐性が無い分だけ手厳しい反応かもしれない。
「そもそもここってどこなんだ?」
俺は周囲を見渡しつつ、森の上を飛んでいた時の光景を思い出す。
俺は元々植物には詳しくないので詳しい判別は出来ないが、視界一面が緑のカーペットのようになる広さの樹海でしかもアマゾンの様な熱帯雨林ではなく日本の里山の様な植生になるような場所に覚えは無い。
「うーん。まさか異世界でカボチャに憑依とかか?」
俺は現在の状況からとりあえずそう判断してみる。
「って、無い無い。そんな事ないって……の?」
そして、自分の考えを自分で笑い飛ばそうとしたところで枝を折るような音がしたのでそちらを向いてみる。
「…………」
「フシュルルル……」
そこに居たのは巨大な猪の様な生物。
「ハハッ……」
「ブモッ」
猪の様なと評したのはその猪の牙が赤系の燐光を放っている上に、その目が異常なまでに血走っていて、口から洩れる唾液は地面に付いた時点で何かを焼くような音と共に僅かな煙を上げていたためである。
間違っても地球上にこんな生物は居ない。仮に居たとしても確実にUMA認定されるだろうから居ないと考えた方が自然だ。
と言うわけでこれは間違いないな。
「ブモオオオォォォ!!」
俺、異世界来ちゃったわ。
「って、感傷に浸ってる場合じゃねえ!」
「ブモオオオォォォ!!」
猪のような生物が俺に向かって猛烈な勢いで突撃を仕掛けてくる。
その目はやはり血走っており、はっきり言ってめちゃくちゃ怖い。
「とりあえず空に逃げる!」
「ブモッ!?」
俺は急いで蔓をまとめ上げると、村から逃げた時と同じような感覚で空を飛んで猪の突進を回避する。
すると猪は俺の回避方法が想定外だったのかそのまま沢の中に派手な水音と共に突っ込んでしまう。
「ふむ……」
俺の下でこちらの様子を円運動をしながら窺う猪を俺は空中から観察する。
本当なら相手が空を飛べない以上は逃げてもいいのだが、この身体でどこまでやれるかは早い内に知っておくべきであると俺の本能が囁いているため、どうやってあの猪の相手をするかを考える。
まずあの猪の身体で脅威になるのは俺の頭でも容易に貫けてしまえそうな牙だろう。あの牙で頭を貫かれれば間違いなく終わりだ。
次に問題なのは強酸性っぽい涎とあの巨体そのもの。涎の方は多少なら大丈夫だろうが、木の根や石でも普通に溶かしている事を考えると出来る限り受けたくない。そして巨体の方は……ほぼ説明不要だな。押し潰されたら普通に死ぬし、突進の威力だってヤバいだろう。運動エネルギーは質量と速度に比例するから当然と言えば当然だが。
「それでこっちの攻撃手段は……」
俺は気合の様な物を込めて蔓を硬くする。農夫のおっちゃんを殴り飛ばした時の感覚から察するにそれなりに強度はあると見て良いだろう。
で、現状の俺の攻撃手段としてはこの硬くした蔓で殴りつけるか首などを締め上げるかの二択だろう。いや、上手くやれば蔓で突き刺すぐらいのことは出来るかもしれないが。
そうなると後はあの猪の見るからに堅そうな皮の守りを破れるかだが……まあそれはやって見るしかないだろう。
「よし行くか」
俺は蔓に出来る限りの気合を込めて硬くする。
「うらあ!」
「ブモン!」
「うおっ!?」
そして猪の頭を鞭でも打つかのように殴りつけるが、猪はそんなものは効かないと言わんばかりに俺の攻撃を弾き、反撃としてその牙で俺の蔓を切ろうとしてきたために急いで蔓を引っ込めて避難させる。
「むう。やっぱり効かないか……」
俺はこの結果にやはり締め上げるしかないと判断して猪の隙を窺う。
だが、当然の様に野生の生物である猪にはまるで隙が見当たらず、猪は油断なくこちらの様子を窺っている。
「それならだ」
俺は猪から少し離れた場所で動きやすいように蔓をまとめた上で高度を落として猪を手で挑発してやる。
「ブモオオオォォォ!!」
すると猪は挑発に乗ったのか、好機と見たのかは分からないが、こちらに向かって勢いよく突っ込んでくる。
「ここだ!」
「ブ……!?」
そして猪が俺の目前に迫ったところで、俺は上に跳び、蔓を猪の首、口、手足に絡ませて拘束してから徐々に締め上げていく。
「ブモ…………」
「ヌググ……」
猪は俺の拘束から逃れようと暴れるが、俺も負けじと拘束を強めて猪を締め上げていく。
だがこのままでは駄目だ。やはりと言うべきか猪の方が俺よりも力が強いため、蔓を束ねることで強度は増しているが徐々に拘束が破られそうになっている。
となれば狙うは一撃必殺。
「おらぁ!!」
「!?」
俺は特に先端を硬くした蔓を猪の体の中で強固な皮に覆われていない部分である目に突き刺す。
すると今までよりもさらに激しく猪は暴れまわるが、俺はそこで本能に従って猪の眼窩で根を張り始め、水を吸い上げるのと同じような要領で一気に猪の体液と血液を吸い上げていく。
「ブモオォ……」
「はぁはぁ……よし!」
やがて猪は暴れることを止めて地面に倒れ、全身の水分を吸い上げられたためにミイラの様に徐々にだが干乾びていく。
「吸い尽くしたどおおぉぉ!!」
そして俺は歓喜の雄たけびを妙に艶が良くなった体で叫んだ。