第149話「幻想憎悪-1」
「ここは……リーン様の空間やロウィッチの結界に近い感じだな」
気が付けば俺は上下左右あらゆる方向が白一色に染め上げられ、上下すら定かでは無い空間に居た。
長時間閉じ込められたら発狂しそうな空間ではあるがそれはさておいて、俺は【天地に根差す霊王】によって生じている俺が支配している空間と、それ以外の空間との境界に生じている違和感からこの空間がリーン様の居る上下逆さまの空間や、以前ロウィッチが使っていたその場を半分だけ世界の外側に出す事によって外部からの干渉を防いでいた結界に似た空間であることを認識する。
で、直前の状況を加味すればあの遠吠えの主とミズキの魔法が干渉しあった結果がこの状況であり、ミズキの魔法が俺の心を読み取る物で有った事を考えればこの空間は恐らく現実世界よりかは精神世界に近いものと考えてもいいだろう。
と言うわけでちょっと実験。
「うん。出せるな」
俺は手の中に胡瓜を生み出したいと念じる。
すると何処からともなく新鮮かつ適度な重量と曲線を持った【共鳴魔法・胡瓜刀】を使うのに最も適した状態の胡瓜が現れる。
うん。ここは間違いなく精神世界だな。俺が考えた最良の胡瓜とか今まで目にかかったことが無いし。
ついでに牛蒡、大根、蕗も出せるかなと思ったら一番良い状態で出てきたし、【天地に根差す霊王】を利用した諸々の現象も普通に起こせたので、俺はその考えを強める。
『ーーーーー』
「と、何かが来るな」
そして一通り確認した所で俺は周囲から無数の視線を感じたので、警戒を強めつついつでも動ける様に態勢を整える。
『ーーい……』
「来たか」
始まりは真っ白な紙に墨を一滴垂らしたような黒いシミの様な物だった。
『憎い……』
シミは少しずつ大きくなり、やがて個人を特定するための情報を全て削ぎ落としてはいるが女性であると言う事だけ分かるようなシルエットを成す。
『あの女も憎いがそれ以上に私を殺した者が憎い……』
『憎い……』
女性のシルエットが現れると同時に別の場所にも同じように黒いシミが現れていき、何かのシルエットを取り始める。
『『『憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ……』』』
それは男であったり、猪であったり、鬼であったり、熊であったり、狼であったり、鳥であったり、蜂であったり、草木であったりと、明確に個を認識するための情報はほぼ全て削ぎ落とされていたが、どういう種族であると言う事だけは認識できるように調整されたシルエットであった。
『『『…………』』』
「……」
やがて、俺を取り囲むように現れたシルエットたちの背後に竜のシルエットが現れて真っ白な空間のおおよそ半分が黒く塗りつぶされたところで新たなシルエットの出現は止まり、それと同時にシルエットたちの憎いと言う呟きも止んで奇妙な沈黙がその場を支配する。
そして……
『『『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』』』
「っつ!?」
シルエットたちは空間ごと揺らすかのように一斉に笑い始め、俺は音が混じり合いすぎて意味を為さなくなっているその光景に本能的な恐怖を感じて思わず【天地に根差す霊王】によって強制的に音を遮断する。
だが、音を遮断しているにも関わらず、しばらくして笑い終わった後のシルエットたちが呟き始めた声は何故か俺の耳に入ってきた。
『貴様は』『虐げた』『我らの』『命を』
『『故に』』『『我らは』』『『汝に』』『『怨を』』『『返そう』』
『『『贖え……』』』『『『贖え』』』『『『贖え!』』』『『『汝が命をもって』』』
『『『『『我らを殺した罪を贖え!!根に共鳴する者よ!!』』』』』
「ぐっ!!?」
その声に蹲る俺の前でシルエットたちは笑い声を上げながら一つにまとまっていく。
普段の俺なら集合していくシルエットたちに攻撃を仕掛けるものだが、それよりも優先して考えるべき事が有った。
奴らはこう言った。『我らを殺した罪を贖え』と、普通に考えれば俺に殺された者たちがその怨みで集まって来たことをイメージする所だが、それでは納得がいかない点がある。
人間を始めとする高い知能を持った生物たちが俺に対して怨みを抱くのは良い、それだけの事をしてきた覚えは俺にもある。
だがしかしだ、何故そこに普通の動植物達も含まれる?
これは決して彼らの知能が低いと言っているわけでは無い。それ以前の問題として野生動物と言うのは常に死を隣に置き、例え不慮の事態で死んだとしても素直に諦めて次の生に向かうものであり、彼らの死に対して何かを思うならそれはむしろ狩った側なのだ。
おまけにこの世界にはリーン様と言う輪廻転生を促進させる存在だって居る。
となれば多少ならともかくこれほどの数の生物が俺に怨みを持っているのはおかしいとしか考えられない。
つまりだ……
『さあ、罪を贖え……』
「誰が仕組んだのかは知らないが趣味が悪すぎるだろうが……」
いつの間にか俺の前ではシルエットたちが明確な質量を持った物体に変換された状態で複雑に絡み合い、形だけを見るならエントドラゴンを相似巨大化させたような生物が立ち、全身に有る万の顔を向け、その倍を超す数の瞳で俺を睨み付けていた。
恐らくだがこれは例の兵器自身または設計者がブラックミスティウムもしくは宝玉付きの針に仕込んだ罠。
『贖え!根に共鳴する者よおおぉぉ!!』
そしてシルエットたちは様々な生物の牙をより合わせて作られた歯を剥き出しにしながらその巨体に見合わないスピードで俺に飛びかかってきた。
とっても趣味が悪い罠です
06/21誤字訂正