第115話「学院都市クルイカ-8」
「うーん。マジクが来ない。何処に行ったんだろう?」
イズミ先輩を実習室で待つ傍ら、私は身体強化魔法をかけた上での近接戦闘の練習を行う約束をマジクとしていたので実習室で待っていたのだけれど……何時まで経っても来ない。
『…………』
「ん?」
と、ベンチに座っていたら何かノイズのような物が耳に入ってきた気がして私は周囲を見渡す。
けれど周りには誰も居ない。
「んー?」
『…………』
私は疑問に思いつつもとりあえずの自己修練として常時全身に掛けている身体強化魔法の出力調整をしていたが、そうしている間にもまたノイズのような物が耳に入ってくる。
『……か?』
「これは……そうかな?」
二度も起こればそれは偶然ではないと思って、私は村に居た頃……もっと小さかった頃の様に普段開いているのとは別な方向に向かって少しずつ扉を開ける。
扉を開けるとそれだけ周りから雑多な思念や変な声も聞こえて来るけど、たぶん今入ってきているノイズの元は私に念動力を教えてくれたあの人だろうからその声を聞き逃すのは拙いと思う。
今までだって何度も助け出して貰ったわけだし。
『……聞こえますか?貴方の友人……マジクに危機が迫ってます』
「!?」
私が扉を開き切ると、ノイズから綺麗な音声に音が変わる。やっぱりあの綺麗なお姉さんだったらしい。
けれど、それ以上に今私が気にするべきなのはお姉さんの伝えてきた内容だった。マジクに危機が迫っている。それは決して看過していい話では無かった。
「それはどういう!?」
『……急いで……彼を……助けて……』
そして私はお姉さんに具体的にマジクがどこに居てどういう危機に有っているかを聞こうとしたのだけれど、その前に声は何処か遠くに行ってしまい、聞こえなくなってしまった。
「マジク……」
私は完全に声が聞こえなくなったのを感じると声を聴くために開いていた扉をゆっくりと閉め、身体強化魔法の出力を最大に上げる。
「ウリコちゃん。講義が早く終わったから来たんだけど……何かあったの?」
「イズミ先輩」
と、ここでイズミ先輩が実習室の中に入ってくる。
イズミ先輩はこの学院の中で唯一本気の私と近接戦闘で打ち合えるどころか戦いを教えることが出来る人だ。
それだけ強い人にならもしものことを考えてマジクの事を話した方が良いかもしれないし、頼めば手伝ってくれるかもしれない。
そう考えた私は意を決して口を開く。
「すみません。私の友人であるマジク=タイガ・サンサーラエッグが誘拐されたみたいなんです。なので出来れば……」
そこまで言ったところで私は見た。
マジクの名前を出した瞬間にイズミ先輩の目が大きく見開かれ、誘拐されたと言った瞬間に顔が青ざめたのを。
そしてイズミ先輩は私の両肩を力強く掴んだ。
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「ウリコちゃん。今すぐその話を詳しく聞かせて!」
「へっ?はい」
イズミはその時自分の正体を隠す事も忘れて思わずウリコちゃんの肩を掴んでいました。
だってその子の名前を聞いた瞬間にどうしてウリコちゃんについていた匂いが気になっていたのかを理解してしまったから。
それから聞いたのはマジク=タイガ・サンサーラエッグと言うウリコちゃんとほぼ同郷の子が何者かに誘拐されたという情報を天啓のような形で受け取ったという事に、そのマジク君が転生者であってその前世の名がタイガと言うものであること。
そしてマジク君が今どこに居るのかと言う情報は全くないと言う絶望的な情報も。
「あ、あの……イズミ先輩?」
「大丈夫。何も問題は無い。けれどこの先の事については誰にも言わないでおいてね」
そう言いながらイズミはこの先の事を考えるのならば隠しておくべきであろう手を一つだけ彼女に対して明らかにする覚悟を決める。
「来なさい。モヤ助、それにみんなも」
「へっ?」
イズミは腰に不可視の状態にして吊るしていたアクセサリを外すと放り投げ、空中でそれを本来の姿……街中で活動するのにちょうどいいサイズにした狼の姿に変える。
「イズミ先輩。これは……」
「総員散開。急いで探し出しなさい」
「「「ワン!」」」
この世界でもまずありえない様なレベルの魔法に驚いているウリコちゃんを無視してイズミはモヤ助たちにタイガを探し出すように命令する。
「ウリコちゃん。イズミたちも行くよ」
「えっ?きゃあああぁぁぁ!?」
そしてイズミはウリコちゃんを抱えると転移魔法で実習室から学院の屋上に移動し、街中へと駆け出して行く。
「イ、イズミ先輩!?」
「話なら後でするから今はただタイガを探す事にだけ専念して」
もう偽装は最低限しかする気は無かった。
だってイズミがお母様の娘になる形で神としての力を手に入れたのはそもそもタイガを……イズミの住んでいた世界から別の世界に行ってしまったタイガを探し出すためなんだから。
モル姉さんの頼みごともお母様が探しているあの人に敵視されるのも構わない。タイガを助ける事こそが私の存在意義なのだから。
「待っててね。タイガ……今度こそは助けて見せるから」
そうしてイズミはウリコちゃんを小脇に抱えたままタイガの魂の匂いを嗅ぎつけたモヤ助に先導される形でクルイカの街中を駆け抜けていった。
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「さて……次はここか」
相も変わらず俺は突然クルイカに現れた人間を探しており、次の目標の調査を空中から観察する形でしていた。
多少、マドサ侯爵に良いように使われている気もするが、誰も損はしていないので別に良いだろう。
「アウトなのは確定っぽいよな」
で、今回の調査対象だが、複数の人間が人の形に魔力が籠った袋を普通の建物に比べれば大きくて豪華な屋敷の中……それも地下へと運び入れているのをすでに確認している。
恐らくだがこいつらは人攫いの類だろう。
ちなみに単独犯ばかり調べていたはずの俺がどうして複数犯を追う事になっているかと言えば、単にこいつらがクルイカに入ってくる際には単独だったのがいつの間にか一か所に集まっていたからである。
恐らくはそれぞれ別ルートで侵入し、都市内部で集合してから色々とやる手はずだったのだろう。
さて、部外者を可能な限り入れない点と妙に高い隠蔽性と強度を併せ持った結界を常設している事から考えるとかなり閉鎖的な組織であり、目的は不明だが危険な思想の匂いも何処となくしてきている。
「うん。急いだ方が良いな」
そこまで分かった時点で俺は今すぐにでもこの組織の建物へと突入し、捕えられている人を助けると同時にこの組織の人間を全員捕えるべきだと判断した。
「ん?おいおいマジかよ……」
そして突入しようとした瞬間。運び込まれて行った袋の中の魔力を見た瞬間に思わず呻きたくなった。
袋の中から見えてくる魔力の色は緑色……それもマジクのだった。
どうしてかは分からないがとりあえずマジクは此処の連中に捕まったらしい。
「全力で行くか」
マジクが捕まった時点で今までの連中とは格が違うと判断し、俺は自分に対して複数の身体強化の効果を有する共鳴魔法をかけると魔力視認能力で人質の位置を確認する。
「ヒュロロロォォ!」
そして俺は上空から勢いよく建物に向かって急降下を始めた。
やる気の度合い
イズミ>ウリコ>パンプキン
そして学院都市クルイカ編のヒロインはマジクです。誰が何と言おうと
05/18誤字訂正