第五話 真実 2
‐15年前‐
「ただいま〜!」
「おかえりなさい。」
6歳のリリィを出迎えたのは優しそうな女性。
「お母さん!」
女性の名はジュリア=リーヴェルト。リリィの母である。
「今日ね、歴史のテストで100点とったよ!」
リリィは得意気にテスト用紙を見せた。
「あら!頑張ったじゃない!」
ジュリアは優しそうに笑った。
「もうこんな時間!晩御飯にしましょうか。」
「今日のご飯はなぁに?」「今日はハンバーグよ。」
「わーい!お母さんのハンバーグ大好き〜!」
二人は食事の準備をしだした。
†††††
「ごちそうさま。」
リリィは夕食を食べ終えた。
「あらあら、口のまわりが汚れてるわよ。」
ジュリアは微笑みながらリリィの口まわりを拭き、時計を見た。
「お父さん遅いわねぇ。」
リリィの父、セイル=リーヴェルトはいつも夕食時には帰ってくる。
「お仕事で何かあったのかしら・・・」
セイルは村の警備の仕事をしている。
「さあ、リリィはもう寝なさい。」
「やだ!リリィもお父さん待ってる!」
「明日学校が休みだからって夜更かししちゃダメよ。」
「やだやだ!リリィも一緒にお父さん待つの〜!」
「しょうがないわね〜。じゃあお母さんと一緒に待とうか。」
「うん!」
リリィはジュリアに抱きついた。
†††††
「・・・やっぱり寝ちゃったわね。」
あれから2時間後リリィはジュリアに抱かれながら寝息をたてていた。
(それにしても遅いわねぇ)
ジュリアがそんな事を考えている時、
-ガラガラガラ・・・-
玄関から戸を開ける音が聞こえてきた。
「お〜い!ジュリア!ちょっと来てくれ!」
響いたのはセイルの声だった。
「はいはい。ちょっと待って下さい!」
セイルの声に普段とは違うものを感じたジュリアは急いでリリィを二階のベッドに寝かせ、玄関へと走った。
「あなた!その血・・・!」
セイルの服には所々に血が染みていた。
「違う違う!俺の血じゃない!それより彼女だ!」
セイルの後ろには傷だらけの女性がいた。女性は細長い包みと赤ちゃんを抱えていた。
「わ、私の事より、この子を・・・」
女性は赤ちゃんを差し出した。
「馬鹿言ってないで二人とも上がりなさい!」
「でも、いいのですか?こんな誰かもわからない者を家に上げて・・・」
「怪我人が余計な気を使うものじゃない!いいから上がりなさい!」
「・・・ありがとうございます。」
「さあ、怪我人はこっちへいらっしゃい!」
ジュリアはいつのまにか救急箱を抱えていた。セイルが女性を説得している時に取ってきたようだ。
女性は深くお辞儀をすると小さく
「お邪魔します・・・」
と呟くと家に上がった。
†††††
セイルの話によると、仕事が終わって帰る所にこの女性が現れ、赤ん坊を預かって欲しいと頼まれたそうだ。しかしセイルは傷だらけの女性を放っておけず、遠慮する女性を無理矢理引っ張ってきたらしい。
(本当にお人好しなんだから。でも、そんなとこに惚れたのよね〜)
などと一人で考えている間に治療が終わった。ジュリアは看護師だったので応急処置はお手の物である。
「これでよし!」
処置を終え、道具を片付けながらジュリアは聞いた。
「さて、何があったか話してくれないかしら?」
「・・・」
女性は口を開こうとしない。
「お節介でしょ?家は二人ともお人好しなのよ。だからかわからないけど子供を甘やかしちゃって最近益々わがままに・・・」
「お子さんがいるんですか?」
女性が口を開いた。
「ええ。娘が一人。あの子はあなたの子供?」
今はセイルがあやしている赤ん坊を見ながらいった。
「はい。」
「男の子?女の子?」
「男の子です。今年で1歳になります。」
「あらそう。親っていろいろ大変でしょ?」
「はい。」
「でもね、親が辛い顔すると子供も辛くなるのよ。あの子のためにも何があったか話してくれないかしら?」
女性は一生懸命赤ん坊をあやしているセイルとジッと見つめてくるジュリアを見て言った。
「・・・本当にあなた達はお人好しです。」
女性は初めて笑顔を見せた。
「ふふっ。ありがと!」
女性は話し始めた。
「・・・そういえば、まだ名を名乗ってませんでしたね。私の名はウェルテス、姓は・・・ごめんなさい。言えません。」
「言えないって・・・」
「待て。」
どういう事?そう聞こうとしたジュリアをセイルが止めた。
「何か事情があるのだろう?」
「はい、すみません・・・」
「いいからいいから、続きを聞かせてくれ。」
「はい。私は王都アルテスタに住んでいました。」
「「アルテスタに!?」」
セイルとジュリアが声を揃えた。
「はい。アルテスタは大きく、豊かな都ですが、悪魔の襲撃が絶えないんです。」
「なぜ・・・」
「わかりません。一説には王の血筋を絶つためだといわれています。」
この時セイルはウェルテスの眼が逸れた事に気付いたがあえて何も言わなかった。
「今から一ヶ月程前、アルテスタは悪魔に襲われました。家は壊され、人々が殺されていきました。私はこの子を抱えて必死で逃げました。走って走って走り続けて、逃げ続けました。そうやってアテもなく世界をさまよっているうちにこの村へ・・・父も母も親戚も皆、殺されました。共に逃げた夫は途中で悪魔に襲われた時に・・・」
ウェルテスの眼から涙がこぼれた。
「ご、めん、なさい。」
ウェルテスはおえつを噛み殺しながら言った。
「馬鹿ね・・・泣いていいのよ。泣いてスッキリしたほうがいいわ。」
ジュリアが優しく言った。
「うぅ、うっ、うぁあぁぁぁ」
しばらくウェルテスは泣き続けた。
†††††
「どう?スッキリした?」
「はい。」
「大変だったわね。」
「・・・はい。」
「・・・その体の傷は悪魔に襲われた時に?」
「はい。」
「でもその傷は最近のものよね?よく逃げられたわね。」
ウェルテスの体にはまだ新しい傷もたくさんあった。
「私は剣術を少々学んでいます。ある程度の悪魔なら私一人でも大丈夫です。」
「本当!?凄いわ〜!」
「ほ〜!そりゃ立派なもんだ。」
ジュリアとセイルは感心した。その時、
「お父さん?帰ってきたの?」
リリィが起きてきた。気付けば夜が明けていた。
「ただいま。ごめんな、起こしちゃったか?」
「だれ〜。お客様?」
リリィはウェルテスを見ながら聞いた。
「こ、こんばんは。」
「お名前は〜?」
「ウェルテスよ。」
「私はリリィ〜。」
「そう、リリィちゃんか〜。」
ジュリアはウェルテスが笑顔になっていることに気付いた。
「あ〜赤ちゃんだ〜!かわいい〜!お名前は何て言うの?」
「その子はアレンって言うのよ。」
「アレンか〜じゃあ男の子だね!」
「そうよ。まだ1歳なの。」
「ねえ!お姉ちゃんとアレンくんはいつまで家にいるの?」
「えっ?」
ウェルテスは言葉を詰まらせた。
(すぐに出ていくつもりだったわね)
ジュリアは気付いた。そして言った。
「ウェルテスさん。傷が癒えるまでここに止まっていかない?」
「えっ!?」
ウェルテスは驚いた顔をした。
「リリィもなついちゃったし。」
「でもっ!また悪魔に襲われたら、みんなを巻き込んでしまったら・・・」
リリィはうつ向いた。
「ありがとう、ジュリアさん。だけど・・・あいた!」
ジュリアはウェルテスのオデコを軽くこづいた。
「大丈夫よ。うちの人強いから!きっと守ってくれるわ。ねえ?」
ジュリアはセイルを見た。
「おう。君もたまには気を抜かないとしんどいだろ?」
その言葉を聞いたウェルテスの眼に涙が溢れた。
「本当に・・・あなた達はお人好し過ぎます。」
話についていけないリリィはあわてている。
「なんでおお姉ちゃん泣いてるの?どこか痛いの?」
ウェルテスはそんなリリィを抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫よ。お姉ちゃん達もう少しここにいるけどいいかな?」
「うん!」
リリィは嬉しそうに笑った。
ちょいと過去編です。次でアレンの事がいろいろわかります(予定)。次話も付き合っていただければ幸いです。