アクマなボクとクイズ好きのトモダチ
読んだ人によって、まったく違う3つの答えが見つかる物語です。
普段は小説を読まない人にも楽しんで貰えるよう、小説らしい描写は避け、エモーショナルナラティブの文体で書いています。
「イケニエを持ってくればいいの?」
「そうダ」
ボクの問いかけにソレは答えた。
ときたま吹き抜ける風はぬるく、頬にまとわりつく。
背の高い木々の隙間から、数本の光が差し込んだ場所。
そこだけが隔離された空間。
いつもなら自然とできているはずの呼吸も危うく感じる。
「ほんとに好きなものと交換してよ!」
異質な空気に飲み込まれないように、ボクは大声で叫んだ。
後ろを振り返ることもなく家に向かって走り出す。
怖かったからじゃない。
そりゃあ、ビックリはしたよ。
近所の神社の森の奥。
こんな身近な場所にアクマがいたんだから……。
アクマの姿は、言葉では説明できない。
なんだか、とても、ぼんやりとしていて……。
三角だったか、丸だったか、形さえもわからないんだ。
でもアイツがアクマだってことだけはわかる。
間違いなく本物だ。
家に到着すると、すぐに机の引き出しをあけた。
「あったぞ」
1枚の下敷きをリュックの中に入れる。
これはお父さんがタイ旅行のお土産で買ってくれたものだ。
可愛くもないし、カッコイイ感じでもない。
貰ったときは喜んでみせたけど、正直なところ、嬉しくはなかった。
でも海外のグッズだから価値は高いはず。
アクマに差し出すイケニエにはぴったりだ。
30分ほどかけ、またさっきの場所に戻ってくる。
「おい、アクマ、イケニエを持ってきたぞ!」
「ほう、それがお前の大切なものダな」
「モジティブヒーローのレアカードと交換してよ」
「いいダろう。地面に下敷きを置いて家に帰るんダ」
「カードは郵送?」
「家の前についたらポケットを見てみるんダ」
「わかった!」
ボクはまた走った。
たぶん、本当のところは、少し怖かったから。
いきなりアクマとのご対面。
小学5年生にしては早すぎる……。
なんてことを考えながら家の前に到着する。
アクマに言われた通り、ポケットに手を入れた。
指先に何かが触れる。
カードの感触だ。
折れないないようにそっと取り出してみる。
「なんだこれ」
たしかに、モジティブヒーローのカードだった。
だけど、ちっともレアじゃない。
「こんなの、1番当たりやすいカードじゃないか」
騙された。
相手はアクマだから嘘をつくかもしれない。
そう考えておくべきだった。
明日また行って文句を言ってやろう。
ボクは、そう決意するのだった。
*
「なぁ、ジュウジ」
「なに?」
教室の席。後ろから名前を呼ばれ、腰だけをひねって振り返った。
「今日もクイズを考えてきたんだ」
こいつはハルト。1年生から5年生まで、ずっと同じクラスの親友。
お父さんの仕事で、2週間後には転校が決まっている。
「どんな問題?」
「浦島太郎のラストだけ違うバージョン。太郎は竜宮城で50年の勉強をして知識を村に持ち帰ったんだ。そのおかげで疫病に対処して数万人が救われたっていう話しだよ」
「おー、それだと浦島太郎は勇者って感じだね」
「で、問題はここから。最初にカメをイジメた子どもって<アク>だと思う?」
「アクだよ。だって弱いものイジメじゃん」
「カントの哲学で言うところの義務論の考えかただね」
「あれ? でも、村を救ったから最終的には正義?」
「それはミルやベンサムの功利主義」
「こおり主義?」
「こ・う・り、だね。世の中が幸福になることを善とする考えかただよ」
「ふーん」
「では問題です!」
「任せろ!」
「失敗や過失が最終的に良い結果になることをなんという?」
「ヒントちょうだい!」
「フェで始まってパで終わるよ」
ハルトのクイズは難しいようでいて、簡単だ。
いつも難解なスタートだけど、前半の問題文は聞き流していい。
最後に聞いたヒントだけが鍵だ。
ボクは1つだけ考えたらいい。
自分が知っている言葉から、フェで始まってパで終わるものを探す。
もちろん、すぐに見つかった。
「フェリックス・カルパ!」
そう叫んだボクに、にっこり微笑んでハルトは「正解!」と言った。
「さすがジュウジだね」
「なんだ、モジティブヒーローの問題じゃん」
「ジュウジはモジティブヒーローが好きだからさ。昨日の夜、考えたんだ」
「暇だね」
「暇っていうか……、少しでも思い出を残しておきたくてね」
ボクは『モジティブヒーロー』というカードゲームが好きだ。
自分で言うのもアレだけど、かなりのカードをコレクションしていると思う。
フェリックス・カルパ~幸運なる罪~は、その中の1枚。
意味は知らないけれど、フェで始まってパで終わる言葉はそれしかない。
「でさ、最後の1枚、揃ったの?」
「いやー、まだなんだよね」
そう。全100枚のカードのうち99枚は集めた。
でも残り1枚の激レアだけは手に入っていない。
オークションでは40万以上の値がついている本物のプレミアだ。
「だけど、もうちょっとで揃うかも!」
ボクは詳細を話さず、それだけを言って話を終わらせた。
プレミアで40万円のカードをどうやって手に入れるかって?
じつは秘策があるのだ。
*
「昨日は嘘をついたよね!」
「なんのことダ?」
「下敷きとレアカードを交換って言ったのに、ポケットにはザコのカードが入ってた。嘘をついたバツとして、激レアのカードをちょうだい!」
そう。これがボクの考えていた秘策だ。
嘘をついたペナルティとして激レアカードをただで貰う作戦である。
「嘘ではない。お前は大切なモノをイケニエにしなかった」
「海外のお土産だから価値があるんだよ」
「お前の大切なものでなくてはいけない」
ボクの大切なもの……。
すぐに思いついたものが1つあった。
そして、それを売り渡すことが、ボクにとって1番必要なことかもしれない、とも思った。
「イケニエって……」
言いかけて喉が詰まる。
アクマから目線を外し、このストレスの逃げ場を地面のほうに探す。
気持ちを落ち着けるように、ゆっくりと息を吐いてから、ボクは続けた。
「イケニエって……人間でもいいの?」
……ボクはアクマと契約をした。
ハルトとのトモダチ関係をイケニエにしたのだ。
「これで最後の1枚が手に入るや」
なんだかホッとしていた。
ハルトはどうせ転校してしまう。
だったら、今のうちにトモダチ関係を終わらせておいたほうがいい。
それに、トモダチ関係をイケニエにしたって、ハルトが死ぬわけじゃない。
別に悪いことじゃないんだ。
こおり主義? だっけ。
それかもしれない。
そうだ。こおり主義だ。
人生には氷みたいな冷たさが必要だ。
メリットはボクが100枚目のカードを手に入れること。
なんだ、いい結果じゃないか。
何度も頭の中で会話をしながら家に帰る。
ポケットに手を入れるとカードの感触があった。
「本物だ!」
思わず声に出してしまう。
カードは本物の激レアだった。
折れないようにファイルに収納する。
コンプリートしたカードは最高の眺めだった。
よし、ハルトに見せよう。
きっと驚くぞ。
「どうやって手に入れたんだ」って聞くだろうな。あいつって謎を解明するのが好きだから。
あ。
トモダチやめたんだった。
まぁ、ボクのコレクター魂は満足しているし、大丈夫だ。
どうせハルトは転校していなくなるんだし。
*
次の日の休み時間。
席についたまま後ろを向く。
トモダチじゃないと言ってもクラスメイトなんだし、普通に会話ぐらいはできるはずだ。
「ハルト、今日は新作クイズないの?」
「え?」
「ほら、いつもクイズあるじゃん」
「いつもって……1回も話したことないよね?」
「ああ、そうだった……間違えたよ」
すぐに向きを変えて黒板を見た。
4時間目の板書を日直が消している。
それを見ながら、トモダチってこうやって終わるんだな、なんてことを思った。
給食が終わり昼休みも終盤の頃。
5時間目のチャイムがなる直前に先生が入ってきた。
「席につけー、みんなに報告があるぞー」
席を移動して喋っていた生徒たちが一斉に着席し、先生の報告を待っている。
「ハルトは2週間後に転校予定だったろ? アレ、なしになった!」
クラスがわーっと盛り上がる。
よかった、よかった、という声が随所で聞こえてくる。
みんなが歓喜する中、ボクの感情だけは違った。
カラダが熱い。額から流れる汗が止まらない。
「お父さんの転勤がなくなったそうだ」
先生が説明を続けているが頭に入ってこなかった。
転校がなくなった?
2週間後にいなくなるって。
え。
だからトモダチやめたんだよな。
どういうことだ?
わからない。
いるならいるって言ってくれよ。
だったらトモダチやめないほうがよかったじゃん。
どうせいなくなるって思ったからカードと交換したのに。
そうだよ。
カード。
カードを返せばいいんだ。
「先生、ちょっと頭が痛いので早退します」
ボクはじっとしていられず、授業をサボった。
一度家に帰り、激レアのカードを持って神社に向かった。
その道中、ハルトとの思い出が蘇ってくる。
放課後、2人しかいない教室。
「絶対、秘密にして欲しいんだ」と言ったハルトは、神妙な顔つきだった。
「なに?」
「ジュウジにだけ言うからな」
「うん」
「じつは、宝くじで50万円が当たったんだよね」
「うそ、マジかー」
「買ったのはお父さんだけどね」
「なんか買って貰った?」
「クイズの本かな」
「おー、すごいじゃん」
「はははは」
ボクがそう言うとハルトは嬉しそうに笑った。
「なに笑ってるの?」
「いや、ジュウジだけなんだよね。クイズの本のことバカにしないの」
「だって好きなんでしょ?」
「でもみんなはバカにする。だからクイズの話しはしないんだ」
「じゃあ2つだね。秘密を打ち明けてくれたの……」
脳裏に蘇ったシーンはそこで終了。
アノ場所についた。
あたりを見回すけどアクマの気配はない。
「おい! アクマ!」
大声で呼んでも返事がない。
「カードを返しに来た! 契約をやめよう!」
いくら話しかけても風の音だけ。
たまに揺れる木々が、その場所にはボクしかいないのだと告げていた。
そうか。
甘かった。
そう単純じゃないよ。
激レアカードはボクの手に渡った時点で中古になった。
価値が下がったんだ。
そう思い、家までダッシュした。
そして、自分のコレクションのすべて……残り99枚のカードが入ったファイルを持ち出す。
そしてもう1度、アクマに語りかけた。
「ほら、100枚だよ。ボクが今まで集めたカード全部ある!」
「あげるから出てきてよ!」
「ハルトとトモダチに戻して!」
「ねぇ、カードなんていらないから!」
「ハルトは引っ越しをやめたんだって! 転校しなくなったの!」
「トモダチを返して!」
影1つ、動かない。
アクマへの交渉はボクの独り言に終わった。
*
「次の授業ってなんだっけ?」
教室の自分の席。
後ろに振り返って、知っていることを聞く。
「国語だよ」
ハルトのそっけない返事。
そりゃ、そうだろう。
黒板の横に今日の時間割が貼ってあるし、そこを見たらわかることだ。
「ああ、ありがと」
ボクは何でもないフリをしながら前を向く。
窓際だから雨の音がよく聞こえる。
昼間なのに薄暗い空は、ボクのいまの気分にぴったりだ。
その日の帰り道、ボクはある作戦を考えていた。
もうアクマはいない。
契約を取り消せないのだとしたら、ボクがやるべきことはなんだろう……。
何度考えても答えは同じだ。
ハルトに気に入られて、トモダチだったことを思い出して貰うしかない。
プレゼントを買うんだ。
ハルトが前に欲しいって言ってたものを買おう。
迷わず本屋さんに行く。
「コウジエンって本が欲しいって言ってたな……」
先月はお小遣いを残したから財布には1700円も入ってる。
コウジエンを買い、余ったぶんでクイズの本を買ってもいいかもしれない。
辞書のコーナーでコウジエンを見つけたボクは愕然とした。
1冊で1万円以上もするのだ。
お小遣いは月1000円だから、買えるようになるまで8か月以上……。
これじゃあプレゼント作戦が台無しだ。
そのとき、あることをひらめく。
そうだ。
カードを売ったらいいんだ。
中古になったとは言え、ファイルを丸ごと売ったらコウジエンが買える。
本屋から家へ。
ファイルをリュックに詰めて中古ショップへ。
向かう途中、
「あらららら……ッ」
白髪のお婆さんが慌てている。
レジ袋が破れて食材が道に転がってしまっていた。
「大丈夫ですか?」
ボクは声をかけて拾うのを手伝う。
そして──バシャーン──と音を立ててファイルが落ちた。
急いでいたからチャックを最後までしめなかった……。
ファイルは水たまりに沈んでいた。
「平気です」
お婆さんの荷物を拾い終わったあと、ボクはそう言って立ち去った。
ファイルの中身は怖くて確認できない。
何も考えないようにしながら中古ショップに入った。
買い取りコーナーでファイルを出す……。
「どのカードも濡れてるし泥まみれじゃないか、こんなの買い取れないよ」
「……わかりました」
びしょ濡れのファイルをリュックしまう。
傘をさすことも忘れ、雨に打たれながら帰った。
「コウジエン、買えなかったな……」
せめてお小遣いの1700円で買える値段なら良かったのに。
あんな分厚い本だとは思わなかった。
それこそ、そこの本棚に入れたら数冊でいっぱいになりそうだ。
目線を向けると、幼稚園のアルバムが目に入る。
そうか。トモダチだった証拠を見せたらいいんだ。
そうしたらきっとトモダチだったことを思い出してくれる。
そこからボクの写真探しが始まった。
鍵付きの引き出し、押入れの奥、玄関の横にある物置……。
写真がありそうな場所を巡る。
アルバムを部屋に持ち帰り、1枚ずつ確認していくのだが、
「なんでないんだよ……」
二人で写った写真だけがなかった。
きっとアクマに消されてしまったんだ。
これはアクマにトモダチを売った、ボクへの罰なんだと思う。
*
──ピンポーン──
インターホンが鳴る。
「あの……ハルトくんのトモダチのジュウジです」
ボクはハルトの家に来ていた。
ハルト自身が覚えていなくとも、ハルトのお母さんが覚えているかもしれないと思ったのだ。
「あら、初めてのお友達ね。まだ帰ってないから部屋で待っててね」
だけど、すぐに淡い期待は崩れ去った。
ここで「じゃあいいです」と帰るわけにもいかないので、言われた通り、ハルトの部屋で待つことにした。
小さな丸いテーブルの横に座って部屋を見回す。
学習机。棚には難しそうな本がたくさん詰まっている。
アイツ……よくボクなんかとトモダチだよな。
きっと優等生の学校に進学するんだろう。
ボクはどっちかっていうと勉強は苦手だし、別々の中学になると思う。
──ガチャン──
帰ってきたハルトは、ボクのほうをまじまじと見た。
「え、君、こないだも急に話しかけてきたよね? なに?」
「いや、なんていうか……」
冷たい表情と口調に気圧されて口ごもる。
「え、もしかして、宝くじのこと誰かから聞いて、お金を狙ってる?」
「お金目当てなんかじゃないよ!」
「やっぱり宝くじのこと聞いたんだ」
「関係ないって」
「今まで同じクラスなのに1回も話しかけてきたことないよね。帰ってよ」
数分もしないうちに部屋から、いや、家から追い出されてしまった。
しかも、完全なる誤解つきだ。
お金目当てだと思われた。
これも、プレゼントを買えてたら違った結果だったかもしれない。
それからしばらく何もしなかった。
どんな行動も無駄な気がした。
ある日、無気力にリビングでテレビを眺めていると、クイズ番組が始まった。
「問題……リンゴが木から落ちるのをヒントに引力を発見したのは誰?」
わかんない。
鈴木さんか、佐藤さんか、たぶん、そこらへんの人だと思う。
きっと、ハルトだったら……。
そういうことか。
やっとわかった。
ボクとハルトの繋がり。
クイズだ!
クイズを考えよう。ハルトが喜ぶようなクイズを作ったらいいんだ。
それから毎日、放課後に1問だけ。
ボクはクイズを出し続けた。
「ちょっと待って、帰らないで」
「なに?」
「新作のクイズを考えたんだ。解いてみてよ」
「いいよ?」
「山に登る理由を聞かれて、そこに山があるからと答えたのはどこの国の人?」
「イギリスだね」
ハルトは答えを言った。
けれど、まだボクを宝くじ目当てのヤツだと疑っているようだ。
こちらに冷たい視線を向けかと思うと、すぐにカバンを持って教室を出ていった。
また次の日も。
「冷たいもので頭がキーンとなるのはナニ頭痛?」
「それは、アイスクリーム頭痛」
そのまた次の日も。
「サボるという言葉の由来とな……」
「サボタージュ」
疑いの眼差しを向けられながらも繰り返しクイズを出した。
そして、すっかり寒くなった、ある日のこと。
「失敗や過失が最終的に良い結果になることを」
そこまで言うと、ハルトの瞳が大きく揺れた。
「え……待って……ジュウジ?」
「え?」
いつもと違うハルトの反応。思わず変なところから声が出る。
そんなボクを笑いながらハルトは言った。
「思い出したよ」
「うそ!? ほんとに!?」
「昔もこうやってクイズをしてたよね」
「ハルトッ!」
恥ずかしいとか、そんなこと考える余裕もない。
抱きついて、名前を呼んだ。
「ハルト! 思い出した!?」
「久しぶり、って言えばいいかな」
「ボク、もうトモダチやめたりしないから!」
「もちろん、ずっとトモダチだよ」
「ボクは、ボクは、アクマにお願いをしたんだ……」
「知ってる」
「もしかして、ハルトも?」
「転校しないように願ったんだ、ゼロからでも、こうなるって信じてたから」
重い荷物を手放したときのように安らいだ声でハルトは言い、笑顔を浮かべたまま、まっすぐにこちらを見た。
ボクは思わず問いかける。
「何をイケニエしたの?」
「わかんないならいいよ。それよりさ、クイズしよ」
「任せろ!」
「僕に──お前と同じことを願ったヤツがいる──って教えてくれた、語尾に<ダ>をつける存在はナニ?」




