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第九話

翌日、わたしは五体満足で怪我もなく生きているという事実を噛み締め、あらゆることに感謝しながら起きた。今ならあのクソ神にも感謝できいや全くできないわ。そもそも全ての悪の根源がアイツだったわ。

若干正気に戻りながらも、わたしは全体的に高いテンションで大量の草を抜いた。

そう、そろそろ大量の雑草に耐えられなくなったのだ。夏が来るまえに消滅させたいとは思っていた。

「……」

ぶちっ、ぶちっ。

「……」

ぶちっ、ぶちっ。

「……」

ぶちっ、ぶちっ。

「……」

燃すか?

あまりに終わりが見えないせいで一瞬よぎった考えを慌てて振り払う。短気が過ぎるぞわたし。

あ、燃すと言えばそろそろ蝋燭がなくなるんだけど、言ったらくれるのかな。

この数日間でさらに四つの蝋燭を見つけたのだが、それももうすぐ無くなりそうだ。

なんとかならないだろうか、なんて究極の他人事感を出しつつ、草を引きちぎる。なんとかならないだろうか、じゃなくて自分でなんとかする意思を持つんだ。

「……」

ぶちっ、ぶちっ。

「……」

ぶちっ、ぶちっ。

「……」

ぶちっ、て、あれ?

無心でひたすら雑草を抜く、雑草狩りマシーンと化していたわたしは、今までと違って等間隔に生えている何かを見つけた。というか、明らかに土質が変わった。

「なにこれ」

躊躇なく葉の部分を掴んで引っこ抜くと、土の中からオレンジ色の物質が現れた。

にんじんだ。

「って、はあ!?にんじん!?」

しかも異様にでかい。小さな大根にも見える。

「えっ、これは!?…大根じゃん!あっ、これはごぼうだし、あっあっ、さつまいももいる!」

続々と土の中からお馴染みの野菜たちが登場する。にんじんに始まり、大根、ごぼう、さつまいも、れんこん、かぶ、しょうがetc。

季節もなにも気にせず、元気に育っていたらしい野菜たちは一様にとても大きい。

見てたらなんだかお腹が空いてきた。

わたしの主食は今や桃一本。

あの桃の木から採れた、というか与えられている桃は、一日に一回食べるだけでお腹いっぱいになるし、味に飽きた、なんで思ったためしもない。地球上にあったら飢餓問題が一気に解決に向かうだろう不思議すぎる桃だ。

それでも、せっかく異世界に来たのに飯テロをしないことはどうかと思っていたし、本当のところわたしは加工食品が食べたい。

そう思っていた矢先の出来事である。

これだけ野菜があれば、鍋でもなんでも食べられる、と思ったとき、わたしはこの屋敷に調味料がなにもないことを思い出した。

鍋はある。フライパンもまあ鍋で代用できるだろう。サマキャンのおかげで竈門で火も起こして使うことができる。ナイフも一本見つかっているので食材を切ることもできる。

問題点は、つくられた料理があまりに素材そのものを生かし過ぎている味になってしまうことだ。端的に言えば味無しか落としきれなかった土の味しかしないだろう。それは流石に食べていて微妙な気持ちになる。

せめてもう少しなんとかならないものか。

調味料をくれるように誰かに言えばいいのか?誰に言えばいいんだ、オババか?

腕に大量の野菜を抱えたまま考え込んでいると、門の扉に何かを打ち付けている音がし始めた。拳を叩きつけないで壊れちゃうから門が!

噂をすれば影、もとい噂をすればオババがやってきてしまうようだ。考えなきゃ良かった。

昨日の今日で一体何だ、と門を開くとわたしの姿を見たオババが今までで一番眉間に皺を寄せて不愉快そうな顔をした。思わず服を見下ろすと、土まみれになった服が目に入った。

なによ、わたしが雑草抜きを頑張った証拠じゃない、と開き直ってやろうかとも思ったが、ちょっとこれまでの経験則からしてわたしの嫌な予感は大抵当たるので、大人しく着替えてくることにした。

ちなみに来ていたのは、屋敷から発見した服だったのだが、意外と肌触りも通気性もよく、着やすかった。

昨日来た服、いつものパーカーとスウェットに着替えて門の前に戻る。屋敷にあった服は一枚だけでなく、もう一着あるのだが、これらの服は今だに正しい着方がわからないので、今回は、お披露目は断念していただくことにした。

洗濯してないが、別に汚いわけでもないしいいだろう。やったことといえば、絵を描いたことと顔を焼きかけたことだけだ。問題ない。

わたしの服装を見たオババはまた眉間に皺を寄せたが、今度は無言の訴えを無視する。着方がわかんないんだい。




また昨日と同じように後宮の門の前でジャーハオに会い、オババの物理的なアタックが行われたあと皇帝のもとへ向かった。

今日はなんだろう、わたしの顔を焼く準備ができたってこと?昨日はできなかったけど、今日はバッチリ準備したから!とか言われんのかな。もう無理なんだけど、どうやって逃げよう。…あ、お鍋にするなら出汁を取んなきゃいけないよな、昆布とかあるのかな。鰹節ならあったりして。

最近恒例になってきた現実逃避を行なっている間に昨日来た部屋、つまり皇帝の執務室に着いてしまった。皇帝って土下座したら許してくれるかな。

「…失礼します、お連れしました」

ジャーハオが投げかけた声にすぐ、入れ、応答がある。

ジャーハオによってゆっくり開いていく扉を絶望の眼差しで眺めた。

「来たか」

扉の向こうにいた皇帝は何かを書いていた手を止め、こちらをみた。

どうすればいいのか分からず立ち尽くしているわたしに、ジャーハオが入室するよう促してきた。

入りたくない、帰りたい、と全力で思いながらも部屋に入ると扉からの死角で見えなかったが、部屋には皇帝以外にもう一人、人がいたことに気がついた。

「…へえ、これはまた珍しい」

腰まである長い髪が特徴的な、真っ白い法衣のような服を着た男性はわたしを見るなり切長の目をスッと細めてそう言った。皇帝やジャーハオよりも中性的な顔立ちが美しく、思わず見惚れてしまった。

「やはり黒魔術か?」

皇帝がそう聞くと、彼はゆっくり首を振った。

「いや、違う。彼女は黒魔術に掛かっていない。それどころか強く神の祝福を得ているよ」

情報量が多い多い。さっきまで全く喋らないジャーハオといたせいで言葉への理解力が錆びついちゃったんだからもっと分かるように話してよ!

「…神の祝福だと?いや、それ以前にコイツに黒魔術が掛かっていないのは本当か?」

あ、なるほど、わたしは黒魔術チェックをされていたらしい。確かに最初から疑われてたもんな、専門家を呼んだからわたしも呼ばれたわけだ。

納得だ。あー、良かった。痛かったり怖かったりする話じゃなくて。

「間違いないね。彼女の顔は生来のものだ」

「…なんだと」

だから最初からわたしはそう言ってるじゃないか。わたしのことは信じないのに、その神官さんみたいな人は信じるってことですか?いや、わたしでも皇帝と神官の二択だったら神官を選ぶわ。でも、この神官さん、なんか胡散臭いというか、なんというか。皇帝にタメ口だし、近づきたくない人物かも。

皇帝はものすごく戸惑った顔で目を泳がせた。

そうか、いや、そうだとは思ってたけど、そこまでわたしの顔を黒魔術産だと思っていたのか。

なんだろう、なんかもう帰っていいかな。

非常に疲れた気持ちになりながら、屋敷に置いてきた野菜たちを想った。はやく帰って鍋を作りたい。あ、でも調味料がないんだった。どうしよう。オババはくれる様子ないし、ジャーハオにでも聞こうかな、でもそれもなんかなあ。

そんなことを皇帝の顔を見ながらぼんやり考えていると、不意にある考えが脳裏に浮かんだ。

皇帝に頼めばいいんじゃない?

いや、落ち着けわたし。昨日の今日でこの発想はおかしすぎる。皇帝が素直にくれるわけないでしょ。

…いやいや、でも黒魔術疑惑が晴れた今がチャンスなのでは?今なら不名誉な疑惑をかけたあちらに落ち度があるのでは?

いやいやいや、そんな人の弱みに漬け込むようなこと、わたしには到底……。………………。

「…あの、お願いがあるんですけど」

できないこともない。

「…は?」

「あの、わたしの疑惑って晴れましたよね?黒魔術で顔を変えたわけじゃないってわかってもらえたんですよね。だから一つお願いしてもいいですか?」

そう言うと、皇帝は

「それは脅しか?それに、黒魔術が使われていないことはわかったが、お前が間者ではない証明になりはしない」

と、限りなく嫌そうな顔でそう言った。

うーん、わたしは間者ではないけど、ここで皇帝に調味料を頼むのは無理そうかな。

非常に残念だ、と諦めようとしたとき

「何を言ってるんだ、お前が一方的に疑ったんだろう?疑惑は晴れたんだから、謝罪の気持ちを持てよ。神に見放されるぞ」

援護射撃は意外なところから放たれた。

「…お前のような信仰心のカケラもない奴に言われたくない台詞(セリフ)だな」

皇帝は苦虫を噛み潰したかのような顔をしながら神官さんにそう言い放つと、こちらを向いて、渋々といった体でわたしに続きを促した。

「…何が望みだ。言っとくが、くだらんことだったら容赦せんぞ。私がお前の屋敷に訪れることはないし、寵妃になぞなれると「あ、鰹節が欲しいんです」……は?」

しまった、なんか言ってたのに遮っちゃった。今日の鍋のことしか頭になかったから……!

「あ、話を遮ってしまってすみません。鰹節が欲しくて」

皇帝は目を見開いたまま固まってしまった。神官さんは隣で俯いて肩をぷるぷるさせている。なんだこの人たち。

「なければ昆布でもいいです。あ、あと塩と胡椒、胡椒ってこの時代高いんだっけ?じゃあ、あの醤油とか味噌とか」

大豆の加工食品系はあるのかな?まあ、最低でも塩…!味付けの全ての基本だから…!

「贅沢言えば砂糖とか麹とか欲しいんですけど…。あ、それと蝋燭がもうないんです」

そう、今我が屋敷では明かり危機なのだ。最初に蜜蝋を発見したあと、他にも四つほど見つけたのだが、それもそろそろもうなくなりかけている。節約に追われつつ、夜はつけるしかないので、いつ無くなるのか怯えていたのだ。

くれるかな、くれるかな?と小学生の頃並みに期待の目で皇帝を見ると、こめかみに手を当て軽く目を閉じた彼は唸るような低い声で

「…お前のところの使用人は職務怠慢なのか?料理の調味料をなぜお前が」

は?何を言ってるんだコイツは。

「は?使用人なんていませんけど。なんならご飯だって一度も貰ってません」

お前がそう指示したんだろうが。

そう言うと、皇帝が大きく目を見開いてビシリと固まった。なんか今日はこの顔をよく見る気がする。イケメンって驚いた表情でもカッコよく見えるんだなあ。

「…は?貰ってない?それは嘘だろ…?」

「嘘じゃないですけど。後宮に入れられてから一度もご飯なんてもらってません」

なんでそんな悲しい嘘をつかなけりゃいけないんだ。

「じゃあなんで生きてるんだ?餓死してないどころか普通に健康に見えるが」

「庭に生えてる桃食べて生きてます」

なんか言えば言うほど悲しいなわたしの食生活。

でも、皇帝のこの様子から見て、どうやらあの嫌がらせ、しかも、餓死狙ってくるとか結構度を過ぎた嫌がらせは皇帝の命令ではなかったみたいだ。つまり、完全に下の独断暴走か。色んな意味でうわーとしか言えない。

皇帝は完全に目をきつく瞑って動かない。ちょっと見ないフリしても現実は変わりませんけど。

「……本当にすまなかった」

え?

わたしはなかなか自分の目を疑った。目を瞑っていた皇帝が急に頭を下げて、謝罪の言葉を述べたからだ。

え、な、あの謝罪?な、なんで、っていや、後宮の暴走についてか。それを皇帝が謝罪したのか。この皇帝がね、なるほど。え?この皇帝が?

内心パニックになるほど目の前の光景が信じがたかった。今までの行動からすると謝らないどころか、最悪公式にそういった指示が出されちゃうのかな、なんて思っていたのだ。まさか素直に謝るとは。

…もしかしてだけど、そこまで悪い人じゃないのか?

いや、謝罪一つで揺れるんじゃない美帆!

人を、知らなかったとは言え餓死させかけたのは謝罪しないのはありえないし、なんなら謝罪で済むなら警察はいらないよ、って言っていい場面だ!謝罪一つで許せる問題じゃないぞ!

「本当にすまない。…疑いがあったとはいえ、事実も判明していないのに扱いが酷すぎる。まして、黒魔術使用もなかったことが確かになった。謝ってもすまないことは分かっているが、……本当に申し訳ない。さっき望んだものは全て届けさせよう。使用人も手配しておく。この責任は必ず取る」

…皇帝がここまでしてくれるなら…?いや、今ってなかなか皇帝が謝るとか難しい時代だよね?

 騙されるなわたし!

でも、すごい反省してるし…。

 いや、反省どころか土下座行脚案件でしょこれは!

皇帝は知らなかったんだし。

 知らなかったじゃすまないよ!

わたし、別に餓死したわけでもないしなあ。

「………使用人は大丈夫です。自分一人で生活できるので。…それに、ご飯すらくれなかった人と急に共同生活とか普通に無理」

最後の方は小声で言ったのだが、皇帝には普通に聞こえてしまったようで、ぐっとなにかをくらったような顔をしていた。

「…それは、そうか。分かった。他に何か望むことはないか?」

最初の暴君が嘘のように萎れていて、なんか段々面白くなってきた。

「あー、そうですね。…なんだろう、あ、お肉も食べたいかも。鶏肉とか。(にわとり)っています?」

わたしの提案に頷こうとした皇帝の動きは、

「あ、鶏なら僕持ってるよ」

という神官さんの一言で止まってしまった。

鶏を持っているとは?

ていうか、この方いたんですね。完全忘れてました。

神官さんは部屋の端にあった袋をゴソゴソ漁り、しばらくして何かを引っ張り出してきた。

「いたいた、……はいどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

手渡されたのは、一般的な鶏より少し小さい、つまり栄養状態があまりよくないと思われる鶏一匹だった。

なぜこれが神官の持ち物に?てかどっから出した?

疑問は尽きず、思わずじっと眺めるが、にこにこしているだけだ。なんだこの人。

戸惑いながらも礼を言ったあと、若干落ち込んで見える皇帝に見送られ部屋を出た。

相変わらずジャーハオは部屋の前におり、つれだって後宮まで帰った。正直皇帝の部屋から出たとき腕の中にいる鶏を二度見くらいしてましたよね?

すれ違う人みんなに二度見と衝撃を与えつつ屋敷に戻ると、朝抜いたばかりの野菜たちが揃って地面に転がっていた。

…ごめんよ野菜たち。調味料は今日はまだもらってないので料理は少し先になりそうだ。

わたしは、鶏を庭に離してそのまま屋敷の中に入った。


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