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第六話

次の日の多分明け方、あまりの寒さに目が覚めた。

肌寒いなぁ、なんて呑気なこと言ってられない。寒いのだ。とにかく寒い。

シーツにくるまっても薄すぎて意味がない。昨日水で体を洗ったことも悪かった。体を冷やしてしまった上に、特に暖かくする工夫もせず寝てしまったのだ。周りは真っ暗で、何も見えない。今何時なんだろう、いや、時間とかいう概念はないか。

寒すぎてもう一回眠れる気もしない。

どうしたもんか、寒い、とりあえず蝋燭に火をつけて、寒い、火打石どこだ、寒い、寒い寒い寒い。

手探りで燭台と棚に戻した火打石を探し出し、寒すぎて震える手で火をつける。良い子は震える手で火打石叩いちゃダメだよ。

ついた火で手を温めつつ、火打石から時代の推測できないかな、と考える。全然わからない。火打石っていつからあったの?歴史の授業、もっと真面目に聞いとけばよかった。火打石の話があったかわかんないけど。

シーツを被ったまま、なにか暖房器具がないか探しに行くことにした。贅沢言わないからエアコンとか設置してほしい。

火鉢とかないか探してみたけど、それはなかった。持ってかれてしまってるようだ。

人が住むんだからさー、最低限の備えとして置いとけよー、凍死するぞ凍死、なんてぶつぶつ言いながら、家を歩いている間に少しずつ太陽が登ってきて、外が明るくなってきた。



完全に外が明るくなってから、庭に出てみる。冷えた体に日光が心地よくて大きく伸びをした。今日は昨日できなかったところの掃除だ。暗くてよく見えなかった部屋も、明るい今なら何か見つかるかもしれない。

明るいなかで家の中を探索すると、全部で七部屋あることがわかった。それに加えて、トイレと、台所と思われるところ、風呂場のような場所、書斎のようなところがあった。

書斎は、豪華な彫刻の机と椅子があり、そばの棚には資料こそなかったが、紙が大量に入っていた。紙って高級品って聞いたことがあるけど、そうでもないのかな。

今日は書斎を中心に掃除することに決めた。

昨日友達になったクイックルワイパー雑巾くんを振り回し、箒で埃を外に出してるんだか撒き散らし散るんだかなんだかをし、とにかく昼前には一応部屋も綺麗になった。換気したおかげで、空気も綺麗になったし、満足だ。

そのくらいになって、またお腹が空いてきたのを感じた。そういえば朝ご飯を食べてない。なんなら昨日の夜ご飯も食べてない。まったくお腹が空かなかったのですっかり忘れていた。もしや、死ぬ間際には何も感じなくなる、というあの現象だろうか。

そんな想像に怯えながら、桃の木へ向かう。どうせご飯は来ない。昨日も来なかったし。なんたこれはイジメか?

昨日ぶりの桃の木はますます青々として聳え立っていた。

「昨日ぶりですー。お元気ですかー?今日は寒いですねー。桃をいただいてもよろしいですかー?」

なんて話し相手がいない寂しさから、桃の木に話しかけつつ幹を撫でる。

ボトッと桃が一つ落ちてきた。

今日から友達だぜ。




そんな不思議桃を食しつつ、ぼんやりする。午後はどうしようか、掃除してもいいけど、七部屋も使わないんだよな。日本の社会人の大抵は一部屋で生活できるからなあ。この桃のおかげで、別に料理しなくてもいいし。いや、飽きてきたらなんか別のもの食べたいよなあ。でも食材がないんだよなあ。

食べ終わったあと、また二礼二拍手一礼で桃の木に挨拶する。なんだか、体がぽかぽかしてきた。日光であったまってきたのかなあ。

体が温まったことと、桃でキマったおかげで、午前中より効率よく作業ができる。洗濯物を取り込み、台所を掃除すると、少し太陽が沈みかけてきた。今日は慌てず火をつける。

寒いしな、と早めに全身を石鹸で洗ったあと、取り込んだ服を着てみることにした。着方がよくわからないけど、これでいいのか?

こんなに足の長い人いるのかってくらい長いスカートは胸らへんまであげないと大分引きずることになるし、上は若干着物っぽいおかげでそこまで戸惑わずに着られた。流石にチャイナ服ではなかった。

下着はなかった。




暗くなってくると本当にすることがない。体も洗って服も着替えたし、掃除も急を要さない部屋しか残っていない。寝るにしてもまた眠くないし、なぜか全然寒くないので、布団に潜り込もうとも思わない。

少し考えて書斎に行くことにした。確か、紙がいっぱいあった気がする。



少し埃をかぶっていた紙もしっかり棚に詰め直した。掃除して綺麗になったところに入ると気分がいいなあ、今日の自分の頑張りが目に見えるからなあ。

置いてかれていた紙は、流石に現代日本の紙ほど質の良いものではなかった。少し黄ばんでるし、ゴワゴワしている。でも、厚めでしっかりしているので画用紙に近い感じだろうか。サイズはA4からA2くらいまである。

筆はなかったが、わたしにはボールペンがいる。インクの残量も結構あったので、ちょっと使ってもいいだろう。

やりたいことがあった。





しばらくして、熱中し過ぎたことに気がついた。今何時だろう、蝋燭が大分小さくなっている。通りで紙が見づらいと思った。

机の上で広げてあるA3サイズの紙には、二人の女性と、三人の男性の絵が描かれていた。

そう、わたしの家族の絵だ。

スマホを落としてしまったから、写真フォルダを見ることさえできない。考えたくもないが、ここで何年も過ごすことになったら、家族の記憶も薄れていってしまうかもしれない。家族の顔がわからなくなったら、もうわたしは完全に一人だ。

これでも、美大でコンクールで何回も優勝しているくらいには絵に自信がある。彫刻とか陶芸とかは苦手なのだが、絵を描くことは昔からできた。

色々あって結局一般企業に就職したが、画家になるのが小学生の頃からの夢だった。

特に見たものをそのまま描く写実的な絵や、具象画が得意なのだが、抽象画も大好きだった。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ゴッホ、サンドロ、ルノワール、ミロ、モンドリアン、ピカソ……。偉人の絵を見るために学生の夏休みは連日美術館にいったこともある。社会人になってから絵を描くことは減ったが、もうすぐある予定だったルーブル美術館も通う予定だったのに。あのクソ神のせいだまったくもって全てが。

ボールペンでの下書きだから、余計な線は消せないが、形取ることはできた。ポケットに鉛筆を入れておけばよかった、そもそもボールペンを入れた記憶もないけど。

もう一度全体を眺めたあと、紙は机の上に置いたままにして部屋を出る。

少しずつ眠気も襲ってきた。あくびが出るなか寝室に戻ってベッドに入った。

なぜかまったく寒くないが、毛布にくるまって、昨日より暖かい気持ちで眠りに落ちた。


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