表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/10

第五話

翌日わたしは激しいノックの音で起こされた。

メモ用紙はぐちゃぐちゃになっていたが、ボールペンとまとめてポケットに突っ込んで、髪だけ軽く整えて止む様子はないどころか、さらに激しさが増しているノックに返事をして扉を開けた。

「はい」

立っていたのは、恰幅の良いおばさんだった。わたしの顔を見て、一瞬驚いたように目を見張ったが、すぐに不機嫌そうな表情に戻って、急に腕をグッと引っ張った。

「宮を移ってもらいます」

それだけ言うと、わたしの腕を掴んだまま、グングン進んでいく。

「いたっ」

あまりの力の強さに声を上げても力を弱めてくれる様子はない。

そのまま、屋敷を出るとさらに奥に進み、どんどん建物が少なくなっていくなか、5分くらい引っ張っていたと思うと急に足を止めた。

「あそこです」

そして、ようやく腕から手を離し、理解が追いつかず目を白黒させているわたしに向き直った。

おばさんが手で示したところは、なんというか、一言でいうとボロボロなお化け屋敷、といったものだろうか。やけに大きい門は真っ黒で威圧感がある。屋敷は屋根しか見えないが、雑草が生えていて、ボロボロなのは伝わってくる。朝だからまだマシだが、夜に見たら怖そうだ。というか、おそらく怖がられているのだろう。その証拠におばさんは屋敷の門より20メートル手前くらいで、屋敷を指差しているのだから。

「これが鍵です。いいですね、それでは」

そう言い捨てたおばさんはわたしが返事をする前にさっさと帰ってしまった。そんなに近づきたくないか。

しょうがないので、恐々近寄ってみる。なんだろう、呪いの類いとかないといいけど。

受け取った、というか押し付けられた鍵で錠を開ける。想像通り、滑らかに開くわけなく何回かガチャガチャしなければ開けられなかった。

ようやく外れた鍵は汚れがすごく、手が真っ黒になってしまった。非常に嫌な気持ちになりつつ、門を力一杯押す。ギギィーと音を立てながらゆっくり開いていく門の向こうはわたしに頭を抱えさせるのに十分な光景だった。

とりあえず見渡す限りの草。草草草。とにかく雑草がすごい。なんかもう、色んな意味でまじ草。ウケる方の意味でも草。

呆然としていても仕方がない、と思えたのはそれから5分後くらい。

夏じゃなくてよかった、と思いながらぼうぼうの草の中を進む。そういえば、今の季節はなんなんだろうか。パーカーとスウェットで肌寒いくらいなので確実に夏ではないことだけはわかるけど。

玄関の鍵もガチャガチャ開けて、扉を開けて、また絶句した。

……うん、まあ、多分皇帝の嫌がらせのつもりかな。嫌そうだったもんな、後宮に入れるの。わたしもまったく入りたくなかったし、なんなら今からでも出て行きたい。

草のあとは大量の埃とゴミとその他諸々。

廊下には歩くたびに足跡がしっかり残っている。マスクが欲しいとかそういうレベルじゃないほど、空中には埃が舞っている。もう埃なのか酸素なのか、わからない。

軽く散策、というかマシな部屋を探した結果、一番奥の部屋が一番マシだとわかった。ちょうどそこが寝室だったようでベットもあった。

さて、昨日は豪華な使用人付きハウス、今日は使用人どころか人が住めるのかレベルのお化け屋敷。なんなんだまったく。

と、その時、わたしのお腹がぐぅーと空腹を訴えてきた。そういや、昨日から何も食べてないんだった。貰っときゃよかった。

とはいえ、ご飯を今すぐに持ってきてくれる様子はこの家から見てもないし、食料もこの家には無さそうだ。あっても腐ってそう。この上お腹まで壊したら、なんて考えたくもない。

どうしたもんか、と思いながら、とりあえず掃除に取り掛かる。パッと見た感じ、井戸が庭にあったし、家の中を見回るなかで、埃を被った石鹸一つ、それに箒や雑巾も、まあ、あった。ゴミなのかなんなのか、と言いたくなるくらいには真っ黒だったけど。あとバケツというか、木桶みたいなのもあったので、問題なく掃除はできそうだ。ほんとか?

まあ、悩んで立ちすくんでいても何も変わらない。クソ神やカス皇帝に対する怒りで頑張ろう。

幸運なことに井戸は枯れていなかったので、水を汲み、まず雑巾を5回くらい洗う。少し灰色になったかな、というところで自分の背丈くらいある棒を探してきて、簡単クイックルワイパーを作る。雑に扱ったら壊れそうな玄関の扉を慎重に外し、箒で埃を外に出す。これで雑草枯れてくれないかしら、夏までに。

とりあえず、わたしが生活するつもりの奥の部屋と、廊下、あとトイレのような場所を重点的に掃除する。

トイレは正直本当に入りたくなかったか、生理現象もあるし、必要な場所なので頑張った。ほんとに、本当に頑張った。何度か諦めようかと思ったが、なんとか乗り越えた。終わった頃には死にかけだった。

色んな意味でふらふらになりながら、換気しようと奥の部屋の窓を開けたとき、外に桃の木があることに気がついた。思わず掃除道具を投げ捨て、窓を飛び越えて外に出てしまった。

クソとカスへの怒りで空腹を誤魔化していても、正直限界ではあったのだ。お腹空いて死ぬかと思った。

真っ黒な手を気にする余裕もなく、木から桃を取ろうとして、なんとなく止まる。

目の前の木がすごく大きく見えたのだ。なんというか、威厳があるというか、とにかく勝手に取ってはいけない気がした。

桃ノ木の圧とかいう、意味のわからないものに負けたわたしは、手を下げようとした。すると、ボトッと音がして手に桃が一つ落ちてきた。

熟れかけている桃はすごく美味しそうで、皮の産毛など気にせずペロリと平らげてしまった。

桃は空腹というスパイス有りだからだろうか、異様に美味しく、舌がとろける、ほっぺが落ちるとはまさにこのことかと思ったほどだった。

食べ終わったあとは、二礼二拍手一礼を桃の木に行った。あのクソ神よりよっぽど拝礼するべきだろう。

それと、びっくりすることに桃一つで満腹になったのだ。全然満足感がすごい。疲れも無くなった気がする。なんだなんだ妙薬か!?

薬をキメたかのようなハイテンションで掃除は続けられ、日が沈む頃には廊下と奥の部屋はまあ満足できるほどになっていた。

暗くなってきたなあ、なんてぼんやりしているとどんどん光がなくなってきて、一メートル先が怪しくなってきた頃、慌てて蝋燭か何かないか探し始めた。すぐに寝台の近くの棚から五つの蜜蝋が出てきたので、火をつけようとして、ライターもマッチもないことに気がついた。

マッチぐらい用意しろや、と思った。

幸いなのかどうかわからないが、棚には火打石と思われる石が二つ入っていたため、蝋燭に火をつけることはできた。小さい頃のサマーキャンプのおかげである。火付けの美帆と呼ばれた頃が懐かしいものだ。参加しろっていってくれた父、どうもありがとう。そのときはふざけんな、なぜわたしがって思ったけど、生きてると色々あるものですね、主に誰かのせいで。

まあ、意外なアクシデントでバタバタしつつ、次の問題としては、わたし自身である。路地裏の時から着替えていないし、当然風呂にも入っていないわたしは正直過去一汚い。

水はあるのだが、それ以外が何もない。なんならお湯のほうが良かったので、本当に何もないといっても過言ではない。

着替えはないのはまあ、いいとして、下着は変えたいのが乙女心…人間としての心である。

裸で過ごすという案も脳をよぎったが、裸族まで歴史を戻してもいいものだろうか。

ただ、人が誰一人この辺に来ないことは昼間わかっているので、それは最後の手ということにしとりあえず部屋で体を拭くことにした。

が、布がない。流石に雑巾で体を拭いても綺麗になった気がしない。今日だいぶ頑張って働いて貰った雑巾くんは再び真っ黒なのだ。

水を木桶に入れ、なんとかならないか、と家の中をうろうろする。これまでに開けなかった部屋を開けて、埃にやられて、を繰り返し、最終的に服とおぼしきものを二つ、ベットのシーツの替えを一枚、毛布と思われるものを一枚発見し、寝室に戻る。ちなみにベッドに元々あったシーツらしきものは既に洗濯してある。3回ほど洗ったことでようやく布の元来の色がわかった。石鹸があって本当に良かったと世界で一番思っているのは多分わたしだと思う。昼間の太陽のおかげでギリギリ乾いたかどうかの瀬戸際まで持って行けたので、あとは自然乾燥だー、と桃でキマッたテンションで振り回したら少し冷たいかな、くらいまで乾いた。

持ってきた毛布、シーツ、服も洗濯し、今が夏なら良かったのに、と思いながら、全身を洗い、服を着直した頃にはすっかり夜も深まってきていた。下着?何にも聞かないでくれ。

見つけてきた細長い棒を、元々設置されていた竿上げ棒にかけ、燭台片手に持って苦労しながら、外に洗濯物を干し、一息ついた頃には、外はしっかり寒いと言える気温になっていた。

暖房もないのに、と思いながら、クソ神に対する怨念を念じた。側から見たら信心深く見えるだろ?怨念なんだぜ、あれでも。

ベッドの上で薄いシーツにくるまって目を閉じた。意外と疲れていたようですぐに寝てしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ